第61話 エミリーヒル本館4 【新たなる序曲】
ヘラドーン討伐完了の祝賀も落ち着き、俺たちはエミリーヒルに戻った。
以来、しばらくは戦いが無いということだったので、一週間ほどゆっくりと休んでいた。
丘の頂上に作っていた俺たちの住居である本館は、建て増しが完了している。
以前からあった母屋とその隣の教室棟。
その長い建屋の左右の端に、直角に連結させて子供たちの個室棟を二つ作った。
そして、さらにその反対側に体育館と倉庫棟。
全体として中庭を中心に配した口の字の形状に棟が配置された。
中国の伝統的な建築様式である四合院のような形だ。
これを塀や堀で四方を完全に囲って、単独でもそこそこ防備できるようにした。
まあ、ここで防備するようになったら終わりだけど。
防衛設備を設けたのは、みんなの安心感のためだけだな。
俺は今日、建屋の脇に作ってもらった馬出しスペースにある整備ピットで、90式のオーバーホールをしていた。
オーバーホールといっても、できることは限られている。
オノンタルガやセーレ大神殿での戦いで損傷した部分や、塗装が剥げた部分は時間を置いておくと自動修復で回復した。
フィルター類みたいな消耗品も一応自動修復の対象。
異世界用の整備マニュアルを見たところ、消耗品は本来は交換した方がよいのだが、戦車クラフトでは今は材料が見つからないから交換部品が作れない。
石油化学製品系が一切作れないのは結構痛いんだよな……。
本当はやりたいエンジンオイル交換なんかは、オイル受けもないから、廃油を取り出す場所がない。
また、外に出せたとしても処分の方法がなかった。
地面に染み込ませたり、川に流したりすると環境破壊になってしまう。
廃油を溜めておくドラム缶も処理場もない。
だから、基本的にできるのは、掃除と表面磨きが主だ。
車輪周りについたり隙間に詰まった泥や草を掻き出したり。
インテークやエキゾーストに詰まった煤を掃除。
あとは機器のチェックだな。
それでも、異世界に来て以来苦楽を共にしてきた相棒だ。
精一杯、心を込めて掃除して、きれいにしてあげたい。
「ねーねー、何してるのっ?」
そう言って俺の背後から背中にダイビングして飛びついてきたのは、養女の中で最年少のロッティだ。
この整備棟は本館の母屋から続いているので、時々子供たちが遊びに来る。
小さいと言っても体重二十キロはあるので、飛び付かれたら中々の衝撃。
「……ロッティ、飛び付くのは危ないからやめようね。これは戦車の整備だよ。きれいにしてあげてるんだ」
「ふーん? ロッティもお手伝いできる?」
「ありがとう。すごく嬉しいけど、汚れちゃうからね。ロッティはラティーナの手伝いをしてくれる? お父さんすごくお腹が減ってるんだ」
今やっている足回りの掃除では、油と泥が固まった汚れを相手にする。
ちょっとこれを女の子に手伝ってもらうのは気が引ける。
「ロッティ、ここにいたの?」
エプロン姿のラティーナが、俺の為に挽き立てのコーヒーを持ってきてくれた。
作業机の上に置いてくれたその木のコップに入ったコーヒーを飲む。
作業休憩の時に飲むブラックはやっぱりうまいなあ。
「ハイハイ、パパはお仕事中だから、あっちに行きましょうね。ラティーナママと一緒にお料理しましょう」
ラティーナが何気ない口調で出した言葉に、俺は思わず口に含んだコーヒーを吹いてしまった。
「エチカママはどこにいるの?」
「エチカママは図書室でご本を読んでるよ」
「パパ、またねー」
ロッティまで……
思わず油汚れの付いた手袋で頭の後ろを掻いてしまい、後頭部の髪がべたべたになってしまった。
……二人にはしっかり向き合わなければいけないと考えているが、まだ具体的な行動には移せていない。
色々と調べている途中なのだ。
こちらのしきたりとか、手続きの方法とか、何といって打ち明けるのが適切か……それに式の手順とか。
昔、ラティーナに、『自分たちの氏族になってくれるのか』と聞かれたことがある。
後から聞いたのだが、あれはほぼプロポーズと同じ意味があったらしい。
それを教えてくれたのはデミスタンだったが、俺が気持ちをはぐらかしていると、あいつから結構怒られたんだよな。
『お前はその気にさせた責任を取らないのか』
この世界では、財力があって家族を養える人間が複数の妻を持つのは当たり前らしい。
実はこちらではそれは男女平等らしく、数は少ないが複数の夫を持つ女性もいるらしい。
とにかく、重婚はニューシャルマニアでは合法で、ごく当たり前に行われているということだ。
ラティーナもエチカも、俺には本当にもったいないぐらい良い子だ。
できるだけ、二人の気持ちには応えてあげなければと思う。
俺にとっても掛け替えのない相棒であるし……それに……。
幸せにしてあげたいと思う。
*
「モトム様!」
大まかな清掃が終わって、仕事の出来具合に満足していると、エチカが整備ピットに入って来た。
「おう、おはよう。ん……」
エチカの頭が面白い事になっている。
髪の毛が寝ぐせで左右にぶわっと広がって角が半分隠れている。
最近エチカは図書室にこもりきりで、ヘラドーンの図書室から持ってきた書籍の研究に没頭していた。
なんでもディカリオン文明に関する大量の資料があったそうで、それが今後の戦いの助けになるのではないかと考えているそうだ。
「大変なことがわかったんです。モトム様……落ち着いて、落ち着いて聞いてくださいね!」
両手をぷるぷる震わせながら、声も震えているエチカ。
慌てているのはエチカだけだ。
「落ち着いて。コーヒー飲む?」
俺はエチカに自分が飲んでいたコーヒーを渡して上げる。
あっ、これブラックだった。
ぐびぐび飲むと、苦さに顔をしかめるエチカ。
「にがー……」
「それで、何がわかったの?」
「モトム様、私と一緒に、大迷宮に行ってくれませんか?」
「どういうこと?」
大迷宮というと、ここらへんで言うと、カンテラート大森林の中にあるメディナ大迷宮のことかな。
︎︎古代文明の遺物がたくさん出るという。
いつか行こうとは思っていたけど。
どうしてこのタイミングなんだろう?
エチカは一度深呼吸をすると、緊張した面持ちで頷いた後、ゆっくりはっきりとした口調で言った。
「赤竜族が本格的に動き出す前に、戦力を増やしましょう……戦車が、もう一台手に入るかもしれません」
本作の第一章はこちらで終幕となります。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
二章以降の構想もすでにありますが、投稿するかどうかは少し悩んでいます。
読者の皆さまの反応を見ながら決めたいと思っています。
続けたい気持ちは十分にありますので、もし「面白かった」「続きが読みたい」と感じていただけましたら、★やブックマークで応援していただけると、何よりも励みになります。




