第1話 赤竜伯グラオギルス 【ドラゴンスレイ】
武骨で重厚、かつシャープなシルエット。
陸上自衛隊、90式戦車。
その整備ピットで、俺はいつものようにレンチを回していた。
――はずだった。
90式の巨躯は、俺のすぐ前に鎮座している。
それは変わらないのだが……
俺は後ろを振り返る。
見知らぬ丘の上。
一面見事に何もない、草っぱらだ。
その上にどこまでも広がる空は真っ青で、ところどころに薄い雲が浮かんでいる。
「は……?」
俺が声を漏らした直後だった。
突然、青い半透明のウィンドウが目の前に浮かび上がった。
【車両名:90式主力戦車】
【対象世界線適応処置:完了】
【既存スキル確認:無限補給 自己修復 搭乗員必要スキル付与】
【搭乗員を認識:藤原求 (操縦手/整備主任) レベル1】
【車長:空席】
【砲手:空席】
何だこりゃ……まるでゲームのログ表示みたいだ。
俺がウィンドウを見ながら眉を顰めていると、遠くから甲高い女性の悲鳴と、爆発音が聞こえてきた。
何事かと思って、音のした方角へ向かって歩き出す。
俺が動いた瞬間、ウィンドウは勝手に消えた。
そのまま進んで、目線の先にあった丘の端に立つ。
遠くの山の稜線、その下に低い丘陵地帯が目に入る。
そして――丘の下、窪地の中央に、木の防壁で囲まれた村らしき場所。
その少し上空に、巨大な赤い竜が翼を広げて……白い炎を吹いていた。
「ド、ドラゴンかよ……」
妙に既視感を感じる光景だったのは、時々見るアニメや漫画に似たようなシーンがあったからかもしれない。
俺は焦って元いた場所へ引き返す。
そして戦車に駆け戻って飛び乗ると、ハッチをくぐって、操縦席に座る。
「GPSは圏外、訓練場ではない……どこまでも無限に続く丘陵……そんなもの、日本にはない……そして、火を吹くドラゴン」
シートにもたれてブツブツ呟きながら、冷や汗が背中を伝うのを感じる。
身震いする。
「これは、あれだな……異世界ってやつだ」
どうして、そうなったのか。
訳がわからない。
しかし、村が襲われているのを見てしまった。
遠目に逃げ惑う人影も見えた。
こういう場合、俺がするべきことは何か。
キーを回した。
90式は大分前の改修で、カメラモニターのコクピットになった。
操作感もかなりマニュアル車っぽくなっている。
動かすだけなら大して難しくない。
ディーゼルエンジンが唸りを上げる。
いつもより興奮気味の咆哮に思える。
まるで90式が、俺の意志に応じているみたいだ——
アクセルペダルを踏みこむ。
無限軌道のキャタピラが、草原を噛む感触が足や尻に伝わってくる。
この臨場感――夢じゃない。
「俺だって、自衛隊なんだ……」
心臓がバクバクいっている。
戦闘――なのか? 本当に?
「市民を怪獣から守るのは伝統だしな……やるしかねえか……!」
どうやら、本当に――これが俺の、異世界での戦いの始まりのようだ。
俺は緊張してはいたが、同時に妙に高揚していた。
この90式は退役間近。
さっきピットでやっていた俺の作業は、最後のオーバーホールになるはずだった。
だから、嬉しかったのかもしれない。
役目が無いと思っていた、こいつと俺に、出番が回ってきたことが――
さて、丘の稜線を越えて村の近くまで来たのはいいが……
竜のサイズは目測で高さ十メートルほど。
翼を広げれば全幅十六メートルを超える。
大型トレーラー並だ。
でかい生物だが、強靭な装甲があるようには見えない。
なら、90式の主武装、120ミリ滑空砲の一撃には耐えられないはずだ。
しかし竜が飛び回っていては、砲撃を当てるのは難しい……。
それに砲手がいないから、一旦止まって砲手席まで移動しないといけない。
一人乗りで飛んでる相手を撃つのは、正直きつい。
――ん?!
目の前のモニター、遠くだが青く発光する人型が何人か映っている。
そして、小さく<生存者>の文字。
「……なんだこれ」
90式に、こんな機能は本来ない。
でも、直感的に意味がわかった。
異世界転移の特権ってやつか……?
俺は唾を呑んだ。
こういうのは、考えるより先に動くもんだ。
俺は戦車を駆って、村の木でできた門に追突し、そのまま門をなぎ倒した。
門の内側は、思いのほか開けた広場だった。
右手の広場の端には、さっき空を飛んでいた赤い竜が降り立っていた。
そして左手、先ほど<生存者>の表示が映っていた場所には、逃げ遅れたらしい二人の少女が、広場の真ん中に立ち尽くしている。
俺は竜とその二人の中間に90式を停車させる。
ちょうど間に入って盾になる形だ。
そして砲塔へ移動し、キューポラから顔を出して、その二人に指図する。
「こっちへ来い! 早く乗れ!」
長い金髪のとがった耳の少女と、巻貝みたいな山羊角が頭についた紫髪の少女だった。
衣装もまるでファンタジーアニメに出てくるような見たことのないものだ。
二人は目を丸くしていたが、すぐに俺の必死さに気付いたのか、こちらに走って来て、戦車に飛び乗った。
――判断が速くて助かる。
俺は二人に手を差し伸べる。
「早く中に入れ!」
少女たちの体を引っ張り上げながら、横目でドラゴンを見る。
口を大きく開けて、息を吸い込んでいる。
その口の奥が淡く光り出した。
(まずい! 何かヤバい気がする!)
「ハッチを! 蓋を閉めろ!」
砲手ハッチから紫髪の少女を引きずり込むと、狭い車内で身をよじってハッチを閉める。
車長席側に潜り込んだ金髪の子も、俺の指示に従って車長用ハッチを閉じる。
同時だった。
轟音がして、装甲越しに車体に何かが当たっている感触が伝わってくる。
「これは……炎を当てられているのか?」
俺は戦闘室内から狭い通路を通って操縦席に戻る。
普通の90式だと、操縦席は独立しているからこんなことはできないのだが、こいつは生存性重視の特別仕様だったのが助かった。
席に座ったら、モニターの側についている表面温度計を確認する。
「表面温度は二百度……火炎放射器より少し高めか。短時間なら余裕だな」
90式の装甲は伊達じゃない。
炎みたいな拡散する攻撃にはめっぽう強い。
「エチカ、凄い! この馬車、レッドドラゴンのブレスに耐えてるよ!」
「そうみたいですね……鉄はブレスでは燃えないですが……それでも熱で溶けたりするのに」
狭い車内に、少女たちの甲高い声が響いた。
俺はあっけに取られて、後ろを見る。
二人の位置は砲塔の上なので、足先しか見えなかった。
その時に、結構とんでもない事実に遅れて気付いた。
(俺、この子らの言葉わかるんだ……)
めちゃくちゃ知らない言語で話されているのに、なぜかわかるという不思議な感覚。
やっぱり異世界なんだ……
それにしても、さっきのドラゴンの口の中の光、やはりブレスってやつか。
確実に殺しに来ていたな……
俺はステアリングを操作した後、ペダルを踏み、左右のキャタピラを逆方向に回した。
これ、異世界初の超信地旋回かもしれんなあ、とちょっと感慨深げに思う。
そしてその場で車体を回転させ、モニターの視界、真正面に例の竜をとらえる。
竜の口から出る光が弱くなって、やつの顔が見えるようになった。
モンスターの表情は読みづらいが、何やら躊躇しているように見える……ブレスが効かなかったことに驚いているのか、それとも初めて見るこの鉄の塊に動揺しているのか。
俺は少し首を傾けて、後ろの女の子たちに尋ねた。
「なあ、あいつ、連続でブレスは吐けないのか?」
「一度吐いたらしばらく休むんだよ。そうしないと、口が溶けちゃうんだって」
車長席に座った金髪の子が答えてくれた。
なるほど、あっちも色々制約があるんだな。
さっき、上空で一回吐いてたのに、今は飛び立とうともしない。何となくだが――あいつ、疲労してるんじゃないか?
ブレスが意外と体力を使うってことか……
チャンスかも――よし、じゃあ砲撃やってみるか。
「ちょっと、場所変わって」
「おじ様?! こんな時に?! ……その……心の準備が……!」
山羊角の子が、何かわけのわからないことを言っているが、とにかく砲手席を早く代わってもらわないと。
ううむ、車内狭すぎる。
身を車体に沿わせながら進むが、ちょっと、女の子の柔らかい肌に触れてしまった。
「あ、失敬。でも早く移動して」
「……?!」
女の子は脅えているのか、すこし震えているが、緊急時だ。
とにかく彼女の体を引っ張って、車内を移動させて、空いた砲手席に座る。
スコープに額をつけて、そこからあの竜の姿を見る。
「あれ?! なんだこりゃ」
スコープの視界がめちゃくちゃ良好でびっくりした。
それに、真正面に捉えたドラゴンの姿、その頭の横に、発光文字で変な表示が出ている。
【エンシェントレッドドラゴン・リテイナー 脅威値:850】
スコープも何やらカスタマイズされている。
本当、ゲームのUIみたいになっちまったなあ。
850っていう数字が高いのか低いのかわからないけど……たぶん、そこそこヤバい数字なんだろう。
そして、気になっていた問題。
整備の時は実弾入れてないんだよね……と不安だったのだが、90式の残弾は満タンだった。これも異世界の特典か?
「初弾、HEAT-MPか。まあ、これぐらいの生物なら十分だろう」
弾種入れ替えでモタモタしていると敵に気付かれるから、セットされている弾をそのまま撃つことにした。
竜との間の距離は、三十メートル程度。
こちらを警戒しているようだ。
翼を半ば広げたまま、少し首を下げて、威嚇するような姿勢を取っている。
――悪手だな。
逃げるか避けるかすればよかったのに。
初めて見た戦車に、どう対処すればよいか分からなかったようだ。
俺は息を詰め、照準十字のど真ん中に竜の体を据えて、引き金を引いた。
(これ専守防衛で合ってるよな? あっ……しまった……耳の防護、何もしてねえ)
視界の中で、ドラゴンの胴体の中央に、着弾の小さな円形火花が咲いた――
――直後、ドラゴンが赤い輪を背負ったような光景が見え、同時に、鼓膜が破れそうな発射の炸裂音が車内に響いた。
俺は耳を押さえながら、ぼんやりと思う。
(HEAT弾は着弾面を吹き飛ばすことはない。内部を溶かして背後に破孔が開くタイプ――)
俺から見えない背中側は、徹底的に破壊されているのだろう。
赤い巨体が、ぐらりと傾き、そのまま倒れて激しく地面を揺らした。
……興奮と耳鳴りが少し引いてきて、車内を見渡す。
斜め前左下には、操縦席に下半身だけ突っ込んだ紫髪の山羊角の少女が、小さな背中を丸め、両耳を押さえて震えていた。
「……終わったよ」
戦車の中は狭い。
合図のために手を伸ばす余裕は少ない。
俺は苦笑しながら、紫髪の子の背中をブーツの先で軽く、トントンと突いた。
その後、金髪の子の袖無しシャツから出ている肩も、グローブの先で軽く揺らしてやる。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
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