終章:夜明けの逃亡者
森に静寂が戻った。
燃え上がるドローンの残骸と、朝霧が混ざり合い、皮肉にもそれは美しい光景を作り出していた。
ルナは湖畔に大の字になって横たわっていた。
全身が軋むように痛い。任務は失敗。企業への借金は倍増どころか、これからは産業スパイ兼テロリストとして、一生追われる身になるだろう。
「……最悪」
彼女は泥だらけの顔を拭い、血の味がする口の中に残っていたタバコをペッと吐き出した。
「でも、せいせいした」
ふと横を見ると、彼女が破壊したはずのチックタックの残骸が転がっていた。
ルナは痛む体を引きずり、彼のもとへ這っていった。
胸の奥で、小さな歯車が一つだけ、カチッ、カチッとかろう じて動いているのが見えた。
まだ、間に合うかもしれない。
ルナは腰の工具ポーチを開いた。中には、かつて彼から教わった「3番のプラスドライバー」も入っている。
「……とりあえず、応急処置だけよ。次は保証しないから」
彼女は震える手でドライバーを握った。
その横顔は、険しく、傷だらけで、ススに汚れていたが、かつての少女のような凛とした強さが宿っていた。
森の入り口の方角から、企業の武装部隊が接近してくるサイレンの音が聞こえ始めていた。
だが、ルナは焦らなかった。
彼女の左目からは忌々しいバイザーが外れ、右目には自分自身の視界が戻っている。
そして彼女の手には、再び「見えないランタン」が握られていた。
この腐りきった世界で、自分だけの道を照らし、生き抜くための確かな光が。
ルナは修理中のチックタックの耳元で、小さく、しかし力強く囁いた。
「起きなさい、ポンコツ。さあ、ずらかるわよ。新しい冒険の始まりだ」
(了)




