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オリヴィエの受難(旧題:彼女に神の祝福は無く)  作者: はーみっと
第二章

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第十五話


 不死者アンデッドとは何か?

 これに対して、未だに議論が行われることはあるが、生者の残滓という認識が大勢を占めている。わかりやすく言えば、精神的な老廃物――切り離された爪や髪、あるいは垢や汗、涙のようなものである。

 普通であれば、それらはすぐに消え去ってしまうものだが、強い精神的負荷により現象として世界に焼き付いた残滓――すなわち亡霊や怨霊などのアンデッドとして出現する。それら不死者アンデッドを使役する術式を扱うのが死霊術師だ。

 ただ使役せずに消滅させるだけならば、精霊術や錬金術などでも可能ではある。もちろん、出現するアンデッドの等級次第で討伐難度は変化するが、本家の死霊術をしのいで最も効果的な術式は、聖術であった。


「ぎゃしゃぁあああああああ!!!」

「ひぇえええええええ!!!!」


 髪を振り乱した血塗れ女の怨霊の叫びと魔族の新人聖術師エルマの悲鳴が重なる。

 基礎的な攻撃系聖術「聖弾」が連打されて、偶然直撃した一撃が怨霊を消滅させた。優雅さも洗練さもない、戦いというよりも腕をぐるぐる振り回したと表現した方が良いかもしれない。


(……なんて無様な、なんてもったいない)


 思うだけにとどめ口には出さなかったが、アンジュリーゼは険しい表情を浮かべる。

 一方でオリヴィエは気だるげな態度で、エルマにアドバイスを送った。


「攻撃系統の術式制御も、だいぶ良くなってきましたわね。威力は十分ですから、あとは放出する力の制御に専念すれば十分ですわ~」

「戦い方は素人、だけど一撃一撃の威力は普通じゃないわね。事前に重ね掛けた防御系統の術式にブレもないし、亡霊相手なら問題はないわね」


 アンジュリーゼは皮肉げに言うが、その赤い瞳に怒りと嫉妬の色が宿っている。

 聖術師が、いくらでも代わりがいる亡霊退治などする必要はない。世界を滅ぼす《大禍》との戦いに一生を捧げるべきなのに!

 聖術の基礎となるエネルギーが低ければ、あるいは怒りも嫉妬も覚えなかったかもしれない。多少の哀れみをもって、この件を終わらせることができたかもしれない。


「オリヴィエ、貴女にもわかっているでしょ? 戦闘のセンスを磨けば、彼女は大成する。貴女の妹と同じ、天に選ばれているわ。それを腐らせるなんて、世界の損失とは思わない?」

「別に思いませんわね。あの子がやりたくないと言っているなら、やらなくていい。仮にそれで世界が滅びるなら、その程度のものでしかありません。それにしても少し意外ですわね。ライバルの数は少ない方が良いんじゃなくて?」

「みくびらないでよ。《大禍》と戦う人材が無為の時を過ごすより、対立候補として活躍する方がマシ。それに派閥争いは必ずしも強者が制するわけではないのは知っているでしょ?」


 赤い瞳に宿る聖術師としての矜持。

 嫉妬と羨望、それに加えて負けん気が混ざり合った色に、オリヴィエは苦笑する。


「やっぱり、エルマには不向きな環境ですわね。予測ですけど、足を引っ張るだけですよ」


 絶対に敗北することのない相手に、未だに悲鳴を上げながら聖術を叩き込む魔族の少女を見ながら、オリヴィエは薄灰色の瞳を細める。

 彼女たちがいるのは、隠された地下――現在、地下三階である。

 オリヴィエの探査により、亡霊の発生原因は地下に閉じられた呪詛溜まりであると突き止め、現在贅沢にも聖術による浄化を実行中であった。


「そろそろお昼になりますわね。エルマ、昼食を用意しますから適当に結界を張りなさい」


 後半を大声で言い、魔族の少女はようやく休息できると、急ぎ聖域の術式を整える。



 * * * * * * * * * * * * * * * * *



「あの、攻撃術式をみせてくれるという話だったと思うのですけど……」


 昼食を食べながら、エルマは色違いの瞳に非難の色を浮かべてアンジュリーゼをみる。

 ヘルムタール家の聖術師は白銀の髪をかき上げて、鼻で笑う。


「あの程度の雑霊では練習にもならないわ。オリヴィエ、私が術式を見せる程度の格の相手はいるのよね?」

「ええ、少し手強い相手かもしれませんけど。貴女たちなら練習相手にちょうどいいはずです。具体的には次の階に潜んでいるはずです」


 昼食――というには味気ないビスケットを口にしながら精霊術師はそう言った。

 エルマはゼリー飲料で、アンジュリーゼは数粒の錠剤――やはり食事というには簡素すぎるものを口にしている。単純な栄養補給と割り切った選択であるが、毎日のように豪華な料理を口にしていることを想像していたエルマは、聖術師に憧れていた同級生たちに彼女たちの姿を見せたい衝動に駆られる。


(やっぱり、全然羨ましくないよぉおおおお!!!!)


 エルマは今だけの我慢として割り切ったが、戦い続けることに覚悟を決めている聖術師と精霊術師に憧れや尊敬よりも恐怖を感じていた。


 栄養補給が終わると、いよいよ大物がいるらしい地下四階に下りた。

 すでにいくつもの補助系・防御系の聖術をかけ直しての突入であるが、そこに潜む死の濃度は何段階も深く濃いもので――エルマはとっさに防御術式をさらに重ねた。


「正義の盾、輝きの盾、不可侵なる障壁を此処に」


 防御系「聖盾」――使用者を守る光り輝く盾が空中に現れた。その盾に巨大な鎌が突き刺さる。

 ボロボロの黒いフードに髑髏、巨大な鎌を持つ、死を具現化した姿。


「死神グリムリーパー――アンデッドから精霊に位階を上げる途中に位置する存在。死霊術師の残留思念が集まった死霊王リッチかと思いましたけど……。なるほど、確かに今までのザコとは違いますわね」


 アンジュリーゼが前に進み出て、聖術の術式を組み上げる。


「アンジュ、そいつじゃないわ!」

「天使の翼、御使いの福音、あらゆる害意をはじく羽ばたき!」


 オリヴィエの警告とエルマの補助術式「聖翼」は同時だった。

 死神を押しのけ、飛び出してきたのは死の乗り手ペイルライダー。青ざめた馬に乗った髑髏の騎手がアンジュリーゼの胴体を手にした巨大な鎌で刈り取ろうとしたが、エルマの生み出した光の翼が凶刃の威力を弱めた。


「サポート、ありがとう。ですけど――、希望よあれ、天を突く号砲、輝ける勝利の咆哮、魔を尽く貫き滅せよ!」


 アンジュリーゼの放った「聖砲」がペイルライダーとグリムリーパーをまとめて貫き、その他にもいた有象無象の不死者たちを消滅させていく。


「放っておいても大した傷にはなりません。一応、自分でも防御術式はかけていましたしね。それより、少しは参考になりました?」

「は、はい、術式で圧縮した聖力を撃ちだす『聖砲』の術式、あんな高威力になるのを一瞬で構築して解き放つなんて!」

「そうでしょ、そうでしょ、アンデッド程度には過ぎた術式でしたけど、まあ当たらなくとも余波で……。ああ、まだ消えていない残滓が存在しますわね」


 掃討したと思ったが、奥に潜んでいたアンデッドたちが動き出し、迫ってくる。

 もう一度「聖砲」を放てば終わりそうでもあったが、アンジュリーゼは少し悩んで、エルマに譲る。


「たいしたものは残っていないでしょうけど、せっかくですから練習していきなさいな」

「は、はい」


 聖術の中でも上位の攻撃力を誇る聖砲の術式。

 アンジュリーゼが聖砲を形にしたのは、聖術師として第三階梯に昇った時、そこから時間をかけて術式を洗練させていき、今の形にした。その間、他の聖術師から指導を受け、ときに盗み見て学んだ。


「えっと、希望よあれ、天を突く号砲、輝ける勝利の咆哮、魔を尽く貫き滅せよっ」


 エルマは術式を紡ぎ、見よう見まねの「聖砲」を解き放つ。

 膨大な光の砲撃が、アンジュリーゼの余波から逃げ延びたアンデッドたちを消し飛ばしていく。


「い、痛いいいぃいい!!!」


 エルマは悲鳴を上げる。

 術式が未熟だったためか、両手に軽い火傷のような痕ができている。


「ほとんど完璧ね。何度か練習すれば、すぐに私以上の威力で扱えるようになるわ。業腹だけど、少しだけ安心したわ」

「安心ですか?」

「ええ、貴女は天才だけど、オリヴィエの妹ネリスほどじゃない」


 アンジュリーゼにそう言われて、エルマはどう返事をすればいいのか迷った。相手の表情を見るに、たぶん自分にとっては悪いことではないのだろうと感じつつも、侮られたことに対して残念に思う気持ちが皆無ではないということに、少しだけ驚きを禁じ得なかった。


(いや、実際に《大禍》とは戦わないんだから、弱いと思われた方が良いはず)


 そう自分を納得させる魔族の少女。

 オリヴィエは探査用の精霊を飛ばし、幽霊マンションに巣食う悪霊が完全に消えたことを確認すると、隠された地下の部屋の詳細な探索を始めた。正確には精霊たちを呼び出して、探索を命じた。

 不死者が存在しない今、精霊たちを遮るものはなく、次々と共和国に忘れられた過去の秘密資料が見つかった。オリヴィエたちが生まれる前におこなわれた人体実験の数々、そして廃棄される前に暴走した死霊に襲われた犠牲者の手記、隠蔽されて、おそらくは長命種以外、当時の責任者もすでに亡き今、これらの醜聞にどの程度の価値があるかは疑問であるが、オリヴィエはアンジュリーゼに資料の一部を渡す。


「アンジュ。貴女も手ぶらで帰るのはカッコがつかないでしょ?」

「お気遣いありがとう。最初に言った通り、元々は認めるつもりだったわけだけど、顔を立ててもらったと思うことにするわ」


 過去の醜聞に対して、どの程度の交渉価値が生まれるかは未知数であるが、クォーリア家からヘルムタール家に対する誠意というやつである。金品なりを包んでも良かったのだが、すでに唸るほど金のある聖術師の家などには、こうした醜聞や不正の証拠物品やらの方が喜ばれることが多い。もちろん、これらを渡したのがクォーリア家と共和国にバレたら睨まれることにもなるのだが、そのあたりは暗黙の紳士協定として誰から手に入れたかなどの情報を漏洩することはない。クォーリア家がヘルムタール家に牙をむくというのならば話は別であるが、贈り物には、そんなことはしないという意図も含まれている。


(こういうのも説明しておいた方が良いですわね)


 エルマの聖術師としての訓練は一通り終わったと考え、最後に一通りの知識や聖術師界隈での立ち回り方を教えれば、十二分にお節介は果たしたと言っていいだろう。


(名残惜しい気もしますけど、これ以上は彼女のためにもなりませんしね)




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