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オリヴィエの受難(旧題:彼女に神の祝福は無く)  作者: はーみっと
第一章

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第二十二話



 後に《クランハフェンの惨禍》と呼ばれる事件の真相を知る者は少ない。

 多くの市民には、突如前触れもなく《大禍》が大量発生し、破壊の限りを尽くしながらも、ヘルムタールの聖術師たちがほとんど一日で解決したという程度のことしか伝わらない。すべてが異例尽くしであり、大量の荒唐無稽な噂と的外れな推測、そして証拠を提示できないが真実に近い憶測などが溢れ、氾濫した情報は、もはや誰の手にも負えなかった。


《クランハフェンの惨禍》による単純な経済的損失だけでも頭が痛くなる損害であるが、それ以上に住民の心に暗い影を落としたのが数千の死者、その数倍に及ぶ負傷者だ。早くも立ち直り始めている者もいるが、傷が一生癒えない者もいるだろう。

 それほどまでに《大禍》による破壊は一般人の心をえぐり、無力感を突きつける。

 もっとも、その無力感は一般市民だけが味わうわけでもない。

 ことの真相に近い聖術師アンジュリーゼも、同じような気持ちをかみしめている。


「魔術師ハンクの収容が終わりました。すでに多くの部位がダメになっていますので、術式の使用はもちろん、一人ではまともに動くこともできませんので、脅威ではないと思いますが……」

「ことがことだけに強引な手段を使ってもかまわない。死霊術を用いてもかまわんが、あれの精度は今一つだからな。できれば生きているうちに、背後関係をすべて洗い出せ」


 ヘルムタール家当主キルギア・ジルム・ホル・ヘルムタールは冷厳に告げた。

《クランハフェンの惨禍》の際、彼もまた《大禍》を相手に戦っていたが、その隙をつくような形で魔術師たちの襲撃も受けている。その際、護衛の聖術師たちを失っており、彼自身も多少の手傷を負っている。


「それとハーヴェスティ。この者は何としても見つけ出し、始末せねばならん。だが現状、我々だけでは難しい。動向を追うだけにとどめよ。それも難しいだろうがな……」

「御意」

「情報統制に関しては議会の連中とすり合わせねばならぬが、魔術師狩りを再燃させるわけにはいかん」


 今も正義の執行として各地で行われている魔術師狩りだが、魔術師の総数が減っていることから活動自体は年々縮小傾向にある。しかし今回の《大禍》に魔術師が関わっているとなれば、再び燃え上がるだろう。実際の魔術師が少ない現在において、その対象は攻撃しやすい弱者に向くことは疑いない。

 人為的な事件ではなく、あくまでも自然発生の不幸な事故とする当主の判断に対して、アンジュリーゼはそれが正しいのか間違っているのかわからない。だが、いずれ決断を下せるようにならねばならないとも思う。


(私がいずれ当主になった時のために……)


 じわりと野心の炎を燃やしながら、アンジュリーゼは無言のまま頭を下げる。

 その姿を冷ややかに見下ろしながら、キルギアは去るように命じた。



 * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



 ハンクを拘束した後、オリヴィエは仕事――アルトマン殺しの犯人と共犯者を見つける――の終了を告げると、事後処理などを監視役のアンジュリーゼに押し付けて、拠点と定めた場所に戻ると、眠りの精霊レプラコーンを呼び出して、ひたすらに寝た。

 精霊術を使うための術式をフル回転させたうえに、肉体も限界を超えて酷使したので、ひたすらに休息が必要だったのである。

 そうして三日が過ぎて、猛烈な渇きと飢えを感じて目が覚めた。


(何か適当なものを……、その前に喉が……)


 術式に頼らない自然回復に身を任せて、栄養補給は必要最低限である。

 買い置きの保存食にはまだ多少の余裕はあるが、クランハフェンの惨状を考えると、買い物には別の場所に足を延ばす必要があった。

 買い物を考えながら保存していた栄養飲料を口に含んで渇きを癒すと、粉末スープをカップに入れて、湯を沸かすための炎の精霊サラマンダーを呼び出す。

 精霊界より呼び出された手のひらサイズの燃える蜥蜴は術者の意を理解して、水の入ったケトル(湯沸かし器)の下で丸くなる。

 お湯が沸くまでラジオの公共放送を聞きながら、対魔獣用大型弾を装填する三連発改造された回転弾倉式拳銃も整備、お湯が沸くまでに空撃ち練習を終える。


「ふむ、八割ほど回復しましたか」


 ラジオ放送を流し聞いた限り《大禍》は予測不可能な大規模災害として処理されているらしい。魔術師ハンクや彼の後ろにいる組織のことなどは公表されておらず、犯行声明も出されてはいない。

 十全とは言えないが、これ以上の時間をかけていては「相手」がいなくなってしまうかもしれない。

 湯が沸いたことを知らせる音を聞くと、彼女はサラマンダーを精霊界に帰す。

 そして湯を粉末スープにかけて溶かし、かき混ぜてから飲み干す。


「最後の晩餐になるかもしれないのに、今一つ味気ないですわね」


 銃弾をダミーから切り替えて、身体能力や精霊術を強化するためのストックしてある呪符や薬品類を確認し、必要なものを取り出していく。玄関扉には、斡旋業者――マルトン・フランデルから紹介された情報屋に頼んでおいた「相手」の潜伏先候補が載っている。


「《大禍》以外の相手はしたくないんですけど……」


 拠点としていた人里から取り残された郊外の館の周辺、以前はだだっ広い空き地であった場所には《クランハフェンの惨禍》から生き延びたが住居を失った人々のための仮設住宅が所狭しと並んでいた。

 各地を巡ったオリヴィエも時折見た光景。幸か不幸か、リグルット共和国の対処と支援は迅速で、経済的影響を考えたのか周辺国の援助も潤沢であったため、避難者たちは疲れてはいる者の暴動などに発展する様子はない。


 玄関口の先には、避難民たちから贈られた寄せ書きが置かれていた。

 彼女が寝ている二日目あたりに、避難民の代表者が来て支援を呼びかけていたので、その時の寄付のお礼らしい。個人が出す金額というには些か多すぎたかもしれないので、相手側も思うところがあったのかもしれない。


「気持ちだけはありがたくいただいておきますか」


 一度館に寄せ書きを戻すと、再び外に出て『トルメの猛犬』を点検する。

『トルメの猛犬』は激戦を潜り抜けた後も、故障らしい故障は見られない。いくつか傷はあるし、目には見えない部分での不具合が起きているかもしれないので、この戦いが終わった後、生きていたらメンテナンスに出そうと、オリヴィエは思う。

 犬の低い唸り声のようなエンジン音を鳴り響かせる。





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