第9話 侯爵令嬢は死にました2
どうやら私は既に棺の中に入っていたようだ。あれから葬儀の準備でたくさんの人が私のいる部屋を出入りしている。その人たちの話しぶりからここが葬儀を行う場所で、私は棺の中ということがが判明した。
そして、多分ツェベルッツォ兄様は片時も離れていない。
この人もうすぐ埋葬される私の事を、目に焼き付けておきたいとでも思っているのかしらね。
ああ、キモいキモい。
ーーそして、葬儀は粛々と行われ、私が運び出される時が来た。
ここからが肝心だ。
私の入った棺が馬車に運ばれた。その馬車には人は乗らない。
家族たちは後続の馬車に乗った。
私は馬車が走り出すと仮死を解除した。そして中から出て、服を着替える。着替えた物と私の体重分相当の重しを棺の中に入れる。
そして私は置いてあった空き箱の中に隠れた。
暫くすると馬車は停まり、棺を降ろす音が聞こえた。これから埋葬するのだろう。
皆の泣き声が聞こえる。これであの家族ともおさらば出来るわ。
こうして私の葬儀はつつがなく終わったのであった。
馬車は再び動き出し、10分程走ると止まった。
「……お嬢様、もう大丈夫ですよ」
「リック。ありがとう」
リックと呼ばれた彼は、箱の蓋を開けて手を差し出した。私はその手を取り、外に出る。
燃えるような赤い髪と瞳。髪は外に跳ねており、襟足は長い。ツリ目の彼の頭には、尖った耳が生えている。
彼は狼耳族。狼耳族は一般的に灰色や青銀の毛並みの者が多い。赤い狼耳族など聞いたことがない。しかも尻尾もないとても珍しい者だった。それ故に彼は一族から追放され、我が家で出自を隠して働いていた。
我が家の御者はちょうど耳が隠れる、背の高い黒い帽子を制服として着用していた。それが我が家で働く決め手になったようだ。
転生前のシェリルーリアはある夏の日、偶然彼が帽子を取るところを目撃してしまった。彼は周囲に細心の注意を払っていたのだろうが、たまたま馬小屋で昼寝をしていた私はそれを見てしまったのだ。
普通侯爵家の馬小屋でお昼寝している人がいるなんて思わないわよね。使用人は皆仕事をしているし、侯爵家の者は馬小屋に近づくわけがない。
しかしそこはシェリルーリア。普通とは違う我儘破天荒令嬢。凡人の常識の斜め上を行く存在なのだ。
彼は青ざめ、シェリルーリアにどうか内密にして欲しいと必死に頼んだ。
シェリルーリアはちょうど買い物の荷物持ちになる人を探していたので、それを条件にあっさり快諾した。
シェリルーリアの荷物持ちは、御者の間でも正室の買い物と並んで嫌がられていた仕事であった。
限定品が欲しいから行列に並べだの、何時間も買い物に付き合わされ沢山の荷物を持たされたりする。男にとって女の買い物は面倒臭いものなのだ。
彼にとってはその仕事は別段苦ではなく、これでバラされないのなら安いものだと思っていた。彼らはウィンウィンの関係だった。
そんな彼だから、転生した私は協力者として彼を選んだ。
死の偽装の対価として、彼には荷馬車と自由貿易の証書、そして通行証を渡した。
お金も当分の生活費分くらいは渡したので困る事はないだろう。
彼は快く引き受けてくれた。
これだけの物があれば好きな場所で商売が出来る。商売がしたくなければそれらを売ってどこかで暮らすことも出来る。
自由都市リベルタのように沢山の人種が集まる場所では、彼のような者も生きにくいことはない。
屋敷に辿り着いた時は、そう言った自由な都に行くお金もなく、なにも持っていなかったので行くに行けなかった。
だが手段やお金があれば話は別だ。侯爵家にしがみつく必要性はない。
なによりシェリルーリアがいないのなら、彼にとってはいる意味がない場所になっていたのだ。
「ーーでは出発しましょう。先生とはこの先の街で落ち合う予定になっています」
「ありがとう」
私はにこりと微笑んだ。
移動中、私は荷台に身を潜めていた。荷台は屋根があり、乗り口も布で覆っているので中は見えない。本当はリックと一緒に前に座りたいが我慢だ。
しかし、この場所は……かなり揺れる。
……気持ち……悪い。
私は慣れない荷台に乗るのはかなり辛い。御者の乗る場所なら外だし、進行方向を向いているから酔いにくいが、こう閉鎖された空間は酔いやすい。
「これしきのこと……耐えるのよ、私……‼︎」
街に着いたら、先生に酔い止めをもらおう。
じゃないとリベルタまで絶対無理‼︎
こうして先生と無事に合流し、私は無事酔い止めをゲット出来た。
そして私たち三人はまず、王都の病院に入院している先生の娘さんを迎えに行くのだった。