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10.ザクロの実を割ると?

挿絵(By みてみん)

 あたしはユリさんから預かった暗号を、もういちど見てみた。

『ザクロの実を割ると、出てくるものは? 答は5+6』

 原文の文字を別の文字や記号に置き換える、置換法の暗号じゃないことだけは判る。その場合、暗号文はこんな綺麗な文章にはならないから。

 さっきも思ったけど、これは理論的に答を割り出せるようなタイプの暗号じゃない気がする。きっと何か、ひらめきが必要なのよ。

「ユリさん、この暗号のヒントになりそうなこと、やっぱ何か思い出せない?」

 聞いてみたけど、彼女は首を横にひとつ振って、

「あたしが思い出せるのは自宅の電話番号ぐらいよ」

 と、ちょっとオシャレな冗談を言った。

 ユリさんはそう言うけど、リョウちゃんも何か伝言のつもりでこんなメモをポストに入れてったんだろうから、ユリさんなら解けるように出来てるハズなのよね。

「たとえばさ、この『5+6』とか、何かリョウちゃんが絡んだ思い出とか、ないの?」

「ん~、『11』なんて数、探せば逆にいろいろありそうだけど、これ、ってものは思いつかないなぁ。『13』ならちょっと心当たりあるけど……」

「あ、ユリさん。『11』じゃないよ、『5+6』だよ。『4+7』でも『3+8』でも、『6+5』でもなくて、『5+6』のまま考えなきゃ」

「ああ、そうか、そうね。そう書いてあるんだもんね」

 ユリさんはそう言って腕を組んだ。

「ところでさ、その『13』なら心当たりあるって話、なんなん?」

 ナナが記者魂でツッコんだ。じつはあたしも、ちょっと興味ああったんだけど。

「リョウちゃんの浮気相手で、ウチのお店のナンバーワンの子、ヒトミさんっていうの」

「ナンバーワンなのに、なんで13なのさ?」

「語呂合わせよ。イチ・サンと書いて、ヒト・ミ。だからヒトミさん、コインロッカーとか居酒屋の下駄箱とか、何かと13番を選ぶのよね」

 なるほど。

「フッ、ナンバーワンのわりに発想は貧困だな」

「てかナナだって、好きな数字は7じゃん」

「……そうだった」

 でも残念ながら、今はヒトミさんも7も13も11も関係ない。『5+6』ってゆう数式に、ぜったい何かヒントがあるはず。

「単純に、ザクロの実を割ると出てくるものを挙げてったらどうだ?」

 アッキーの発言に、野田先生が反応して手を上げた。

「それなんだけど……ザクロっていうアイテムにもかなり特徴あると思わない? 実を割って汁や種が出てくる果物なら他にいくらでもあるんだから、もっとスタンダードなものでもよかったはずでしょう?」

 野田先生、なかなかスルドイご意見。あたしも、ザクロって渋いセンスしてるな~なんて、うすうす思ってたのよね。

「ユリさん、ザクロにまつわる思い出とか……」

 言いながら振り向くと、彼女はアメリカ人が手の平を天に向けたポーズで、ゆっくり数回、首を横に振った。

 もうっ、何か思いついてよ、あたしの脳ミソ! もとい、脳細胞!

 このままじゃナナに発想が貧困だってバカにされちゃうじゃん。

 と、その時。ずっと黙っていた社長が「そういえば……」と膝を叩いた。

「さっきのヒトミさんの話じゃないが、うちの会社の電話番号は、木田原君がまだ小学生だった頃に考えてくれたものなんだよ。それまでは普通の番号だったんだけどね、木田原君のアイデアを採用して、番号を変えたんだ」

 するとアッキーがYシャツの胸ポケットから、さっきもらった社長の名刺を取り出して、「ああ、これですね」とみんなに示した。

 そこに書かれた会社の電話番号……。「○○○-4119」の上に小さく「ヨイインク」とフリガナを振ってある。

 また語呂合わせの話に戻っちゃった。けど、リョウちゃんにまつわる貴重な情報であることに違いはない。

「ユリさん、これ知ってた?」

 するとユリさんは、

「ああ、この話なら聞いた覚えがあるわ」

 と言って、ずっと組んでいた腕をほどいた。

「社長の会社にバイトが決まった時に、自慢されたのよ、たしか。会社の番号、俺が考えたんだぜ、とかいって……。なつかしいなあ……」

 いや、急になつかしがられても。

「そういえば、ウチの家デンも、リョウちゃんが考えた語呂合わせで番号を覚えたんだっけ。クサイナって」

「それ、9317ってすぐわかるわね」

 野田先生が言うと、すかさずアッキーが

「ウチはクサイヨです」

 と情報を追加する。ぶっちゃけ、いらない情報……。

「ユリさん、今日からクサイナナで覚えてちょーだい」

「わかった。それ、採用」

「やめろ、おまえら」

 社長以外のみんなから、またひとしきり笑いがこぼれる。社長は娘と会社のお金が行方不明なんだもん、笑えないよね。

 そんな中、ふと気づいた。

 リョウちゃんは、語呂合わせが得意。そのことを、ユリさんは知っている。

 5+6。ザクロ。……そうか、わかったわ。

「語呂合わせだよ、これ」

 あたしが言うと、笑い声の充満した部屋が一瞬で静まった。

「これ、『5+6』と書いて、『ごろあわせ』って読むんだよ」

 だって、5+6っていう数式は、5と6を合わせるっていうことなんだから。

「ああ!」

「そうか!」

「なるほど!」

 みんながそれぞれのリアクションで納得してくれて、暗号解読は大きく一歩前進した。

 改めて暗号を見てみる。

『ザクロの実を割ると、出てくるものは? 答は5+6』

「つまり、ザクロの実を割ると出てくる答を、語呂合わせしろってことだな」

 アッキーが言った。正解だけど、もはやだれでもわかることだよね。

「語呂合わせしろってことは、言葉なら数字に、数字なら言葉に変換できる答なわけでしょう? これでだいぶ絞られてきたんじゃないかしらね」

 野田先生がフォローする。なにげにいいコンビだわ。

「せんせ、数字じゃないよ。よく見て、ほら」

 あたしがメモの「5+6」を指差すと、野田先生は眉間にシワを寄せて、

「数字じゃない」

 と不服そうに言った。

「違うってば。これは数字じゃなくて、数式。『クサイナナ』みたいに単純な数字の並びじゃなくて、これは足し算を『合わせる』って読んでるでしょ?」

「ああ、そういうこと」

 野田先生の眉間から、瞬時に力が抜ける。

「そ。そこでさっきのザクロの話になるんだけど、リョウちゃんは他のスタンダードな果物じゃなく、なんでザクロを選んだのか……それは、語呂合わせに必要だったからに他ならないわ」

 あたしはテーブル(ちゃぶ台?)の上にあったボールペンを借りて、メモの「ザクロ」という文字の上に「396」と書き加えた。

「おお~」

 とみんなが唸る。

「つまり、この問題文そのものを、まず語呂合わせしなきゃならない、と。そして、大事なのはコレ」

 あたしはさらに「割る」という文字の下にアンダーラインを書きこんで、

「これ、怪しくない? これぞ数式の語呂合わせって感じ……」

 とみんなに示した。

「あとは、『実』は『3』になりそうだし、『割る』の後の『と』なんかも、『10(とお)』に書きかえられそうだよね」

「その後の『出てくるものは?』はどうするの?」

 ユリさんの質問はもっともで、あたしも若干ひっかかってた所なんだけど……。

「たぶん、イコールハテナ(=?)でいいんじゃないかと思う。とりあえずこれで、頭から数式に変換すると、『396の3を÷10=?』ってなるんだけど、この『の』はやっぱ、アレだよね、電話番号で局番を区切るときに言う○○○の9317、の『の』みたいな」

「ハイフンの記号ね。それなら引き算のマイナス記号に置き換えられるわ」

 野田先生のありがたいフォローが入って、あと一歩。

「問題は『を』なんだけど、『を割る』で『÷』の記号にするより、『を』を『0』に置き換えた方が答がスッキリするんだよね」

「じゃあ、それで書きなおしてみるべ」

 ナナがそう言って、ショルダーバッグから手帳を取り出すと、メモページの紙を1枚だけ取り外してテーブルの上に置いてくれた。

「ありがと、ナナ」


396-30÷10=?


「これで『ザクロの実を割ると、出てくるものは?』を語呂合わせすることができたんじゃないかな」

 するとナナがうっかり、本当にうっかり……

「ひとまずこれを計算すりゃいいんだろ? 答は……36.6だ」

 本当に本当にうっかり、やっちゃったんだと思いたい。

「オイ、兵藤。引き算より割り算の方が先だろうが」

 アッキーが、その大きな手でナナの小さな頭をガシリと掴む。

「わ、わざとだよ、わざとッ。……いでで」

 ナナ、ドンマイ。ぷぷぷ。

「え~、とゆうわけで答は393になるわけだけど、さっき言ってたとおり、この答をさらに語呂合わせしなきゃならないわけよ。で、コレをどう読んだらしっくりくる?」

 みんなの顔を見回しながら質問を投げかける。

 黙って腕を組む野田先生、その隣で頭を掻きながら鼻息をもらすアッキー。

 ナナは鼻をブタにしてほほを膨らませ、社長は目を閉じて微動だにしない。

 考える時の仕草は人それぞれね。観察すると、面白い。

 なんて言ってる場合じゃなかった。あたしも、考えなきゃ。

 と、その時……両手を頬に当てて目を左右に泳がせていたユリさんが、急に「ハッ」と息を吸い込んで、その両手をパッと顔から離した。

 みんなの視線がいっぺんに彼女に集まる。

 逆にみんなの目をひと通り見回してから、ユリさんが口を開いた。

「ミクさん、だわ……」

 鳥肌が立った。

 この暗号文が、まさかリョウちゃんの音楽活動につながるとは想像もしてなかったから。

「ミクさんって、初音ミクのことだよね?」

 あたしが聞くと、ユリさんはひとつうなずいて、

「うん。多くのファンやユーザーが初音ミクのことを『ミクさん』って呼んでるわ」

 と言いながら立ち上がり、隣の部屋からノートパソコンを持ってきた。

「ユリさん、ミクさんに関して何か心当たりはあるの?」

 野田先生が言った。

 ユリさんはパソコンを起動させながら答える。

「これといって心当たりはないけど、見てみる価値はあると思います。『ニコニコ動画』っていう動画投稿サイト……リョウちゃんはいつも作品をニコニコ動画で発表してるから。もしかしたら、ミクさんを使った彼の作品に、何かヒントが隠されてるかもしれません」

 しばらくしてパソコンが立ち上がると、ユリさんは手慣れた動作ですぐにニコニコ動画にアクセスする。

「これがリョウちゃんの作品のリストです。あ……」

 ユリさんが急に、驚いたように左手で口元を隠した。

「このいちばん上のやつ……新作だわ」

 よく見ると、その作品の投稿日時が昨夜の0時ちょうどになっている。投稿したてのほやほやだ。

 この曲に何か、大事なメッセージでも込められてるのかな。

 ユリさんはその新作のサムネイルをクリックして、視聴画面を開く。

「とにかく、いちど見てみましょ」

 野田先生の一言に、もちろん反対意見などあるはずもなく。

 あたしたちは、ただでさえ狭い部屋の中、パソコンの前に群がって、食い入るように画面を見つめた。

 みんなも、よかったら実際に見てみてね。


  http://www.nicovideo.jp/watch/sm26630891

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