夏休みまで 4
クソ女について――いや、私と若竹先生と理事会についてが正しいか。とりあえず諸々を要さんと話したのは、つい一昨日のことだ。
私はその際に少しだけ話に出た問題に現在直面している。そう“男主人公”の攻略キャラである刈安満と朽葉百合子に絡まれて? いるのだ。
「やぁっとっ。雪城先輩に会えた! あれから、ずぅっと御礼が言いたいから会いたいって龍崎や橘に頼み続けてたのに2人ったら全然首を縦に振ってくれないんだもん」
頬を膨らませる姿は一般的に見たら可愛らしいんだろうが、私は何とも感じない。寧ろ鬱陶しいと思う。刈安は小柄で童顔だが仕草も子供っぽいんだな。というか敬語を使え。隣にいる朽葉は少し申し訳なさそうだが、内心は刈安と変わらなさそうだ。私を見る目が輝いているし。
はぁと一つ溜め息を零して2人を眺める。まさか昼休みの図書室で遭遇することになろうとは思わなかった。こんなことになるくらいなら大人しく生徒会室に居ればよかったな。
「私は礼はいらないと風紀委員や橘君や龍崎君を通して伝えたはずですが?」
「でもっ! 助けてくれた人にはお礼を言うのが常識です」
不満そうに語る刈安に思わず敬語は一応使えたのかと妙な感心をしたが、ぶっちゃけ常識を語るなら嫌がる人間に何度も接触しようとするな。周りの迷惑を考えず自分の「常識」を振りかざす姿は滑稽でしかない。
「確かに常識かもしれませんが、私は礼はいらないと伝えました。それならば、その常識は適応されないと思いませんか?」
「雪城先輩。それでも私達はどうしても御礼を言いたくて……」
朽葉が縋るような瞳で見つめてくる。本当にウザい。被害者面をするのはいいかげんにして欲しいものだ。
「それは、貴女方の自己満足の為ですよね? そんなことに橘君や龍崎君や私を巻き込まないでください」
くだらない問答を繰り返すのは面倒だな。自分達の行動が自己満足の押し付けだって本当に気づかないんだろうか? 刈安はともかく朽葉は頭がいいと思っていたんだが。
「酷いよ。雪城先輩っ! 雪城先輩がこんな人なんて思わなかった!」
ヒステリックに詰られて、思わず顔をしかめる。一体どんな人間だと思われてたんだろう。
「別に酷くはないだろ」
聞き慣れた声に視線を向ければ、意外な人物がこっちに向かって歩いてきた。
「蒼依が図書室に居るなんて珍しいね」
「まぁ。ちょっと面白い話を聞いたから確かめに来たって感じかなー」
「面白い話、ねぇ?」
十中八九、私とコイツ等が接触するって話だろうな。突発的な出来事を一体何時知ったのか分からないが、まぁ蒼依だから仕方ないか。しかし“男主人公”と攻略キャラの修羅場? になるのかな。何がおきるのか楽しみだ。
「柊先輩っ」
「朽葉が瑠璃さんに憧れてるってのは知ってたけど、まさか妄想癖があるとはなぁ」
「もっ、妄想癖ってなんですか!」
「えっ? 妄想癖って言葉知らないのか?」
「知ってます! ただ、どうして私に当てはまるのか分からないだけです!」
「そうだよ。柊先輩。なんてこと言うのさ」
どうやら蒼依は2人を翻弄するつもりらしい。本当にいい性格をしているな。2人とは一応仲良かったんじゃなかったのか?
「だってお前さ。瑠璃さんに自分だから助けられたとか瑠璃さんが特別に助けてくれたとか思ってんじゃねぇの?」
「そんなこと……」
「ないって言えないだろ? それは勘違いも甚だしい考えだぞ。瑠璃さんはお前のことなんてなんとも思ってないから。ね? 瑠璃さん?」
「まぁ。そうだね。別に朽葉さんだから助けたってわけじゃないし」
蒼依に素直に同意する。ぶっちゃけ事実だし間違っちゃいないし。しかし、蒼依のヤツ何かやたらと棘のある言い方するな。何かあったんだろうか?
「ひ、柊先輩。雪城、先輩……」
「百合ちゃん……」
私たちの発言にショックをうけたのか朽葉は少し青ざめた顔をした。そんなにショックをうけられてもなぁ。というか、マジで自分だから助けてもらったとか思ってたんだ。なんで、そんな考えに行き着いたのか純粋に不思議だな。
「私は生徒会補佐という役職に就いてますから、ああいう現場を目撃したら見て見ぬ振りは出来ないんですよ。だから、誰が被害者だろうが助けますし、誰が加害者だろうが風紀や生徒会に伝える義務があります」
「じゃ、じゃあ雪城先輩は義務で私を助けてくれたんですか?」
「まぁ。そうなりますね。役職に就いていない頃の私だったら見捨てていたでしょう」
「だろうねー。瑠璃さんって水瀬以外は基本どうでもいいって人だし。スルーしてたんじゃない?」
「そうだね。加害者側の弱みを握れるってメリットはなくもないけど、いちいち割り込むのは面倒だし」
蒼依との淡々とした会話を続ける度に朽葉の顔は更に青くなり刈安も顔色が悪くなっていく。何故だ?
「ゆ、雪城先輩がそんな人だなんて知りませんでした」
「おいおい。朽葉。それはないだろ。お前の理想を瑠璃さんに押し付けて、そうじゃなかったから失望するとか失礼にも程があるぞ」
「別にいいよ。私は気にしないし」
「いや。少しは気にしようよ」
「だって、彼女たちの私に礼を言うって目的が達成された以上、私と朽葉さんがこれから先、関わることなんて殆どないでしょ?」
まぁ。あったとしても気にしないという点に関してはかわらないが。他人の評価なんて気にするだけ無駄だしな。勝手に評価されて勝手に失望されるなんてザラにあることだ。その程度のことで“ワタシ”は嘆いていたし怒りを感じたり一喜一憂してたけど、私はそんなことに疲れてしまった。
一度やり直すと見えてくるモノや感じ方が色々変わってくるらしい。まぁ。当然といえば当然だよな。精神年齢は日々成長しているわけだし。
「……瑠璃さんが気にしないなら別にいいけどさぁ」
蒼依は不満があるみたいだな。昨日の要さんが言ったようなことを蒼依も思っているんだろうか? もし、そうなら面倒くさいな。
「ぜんっぜん! よくないよ! そんなの百合ちゃんが可哀想だよ!」
「可哀想と言われましても……。だから、私は礼はいらないと言ったじゃないですか……」
「ソレを無視して瑠璃さんに接触したお前達の方に落ち度があるだろ。第一、瑠璃さんがこういう性格してるって学園内じゃ有名な話だぞ?」
「えっ? 私の性格が悪いって、そんなに有名な話なの?」
「いや、性格が悪いとかではないけどさ……」
「じゃあ、どう有名なの?」
「あー。容赦ないとか、そんな感じ?」
「疑問系で答えないでよ」
蒼依が言葉を濁すってことは、ろくでもない内容なんだろうな。今のところ凪ちゃんに迷惑かかってないみたいだから別にいいけどね。
「ところで、話が終わったのなら私は帰ってもかまいませんか?」
朽葉達からの返事はない。なんせ2人とも固まっているからだ。よく固まる奴らだな。というか今までの会話の何処に固まる要素があったんだろうか?
「何? 瑠璃さんなんか用事でもあるの?」
「別にそういうわけじゃないけど、そろそろ生徒会室に戻らないといけないし」
「ふーん。俺もついてっていい?」
「私はいいけど、凪ちゃんや会長に嫌がられるんじゃない?」
「会長さんかぁ。何でか俺、あの人に嫌われてるんだよなぁ。瑠璃さんは理由分かる?」
「自分の胸に手を当てて考えてみたら?」
全く気持ちが伝わっていない会長に少しだけ哀れみを感じつつ私は朽葉達を放置して図書室を後にした。だって、これ以上相手にするのは流石に面倒くさいしね。




