資料運び ある風紀委員長のお仕事
「あんた達が何か吹き込んだんでしょ!? それとも、悪役令嬢が何かしたわけ!? そうじゃなきゃ、爽やか系同輩キャラの颯君や子犬系後輩キャラの萌黄君や気弱系強面キャラの浅葱君がアタシにあんな暴言吐くわけないもの!」
「落ち着きなさい。桃園姫花。そんな姿で騒いでも見苦しいだけよ」
「煩いわね! あんたなんて所詮アタシの物語の中じゃ脇役にすぎないのに出しゃばりすぎなのよ! だいたい何よこの縄! 早くはずなさいよ! あんた達アタシを誰だと思っているの!?」
この部屋に居るのは今は椅子に縛り付けられている(暴れるのを防ぐため)桃園とあたしだけ。まぁ。当の桃園は縛られている理由に全く気づいていないのか大声で喚き立てているけれど。
見苦しすぎる姿に、ついつい溜め息が零れる。つまらないわ。言っていることが電波過ぎて理解出来ないなんて。キャラって何よキャラって。マトモに会話が成立しないんじゃ遊べないじゃない。これじゃ2人きりになった意味がないわ。
電波は特別委員会会長としてのあたしの部下の1人である夢宮藤乃ちゃんの代名詞みたいなものだったけれど、藤乃ちゃんは有能だし仕事中なら意思疎通も出来るのよね。
でも、桃園とは無理みたい。だって、アッチに意思疎通をしようという気持ちがないんだもの。まぁ。あたしも桃園で遊びたいだけで分かり合うつもりはないのだけれどね。彼女を見た瞬間から無理だって思っちゃったんだもの。
男に媚びを売る態度も甘ったるい口調も周りの人間を見下して自分中心で生きている姿も見ていてイライラするわ。蒼依君や雪城さん、水瀬さんに迷惑をかけたって話を聞いてから遭遇したから余計に不快に感じたのかもしれないわね。
あんな女が蒼依君につきまとうなんて言語道断よ。初対面で蒼依君の名前を馴れ馴れしく呼んだりしたって聞いたんだもの。しかも、桃園は日々努力している水瀬さんを「悪役令嬢」なんて蔑んだらしいじゃない?
寧ろ水瀬さんはどちらかというと悪役令嬢というより「悲劇のヒロイン」よ。雪城さんがずっと傍に居たから本人は幸せみたいだけれど。
その雪城さんはというと流石「石蕗の魔女」と言うべきか、桃園やバカな子にキッチリと対応してくれるから助かるのよね。あの頭の良さと礼儀正しさ、そして何より水瀬さん以外の人間への容赦のなさは素晴らしい。
本当は生徒会なんかじゃなくて風紀委員に入って欲しかったんだけれど本人の意思を無視するわけにもいかないし残念だわ。下手に手を出すと敵と見なされかねないし。水瀬さんも一緒なら来てくれそうだけれど、水瀬さんを生徒会から引き抜くのは不可能だものね。
「螢先輩も茜先輩も会いに来てくれないし! 要先生も蒼依君もアタシを居ない存在みたいに扱うし! アタシに対してマトモな対応をするのは一樹先生くらいだわ!」
そりゃそうでしょうね。若竹先生だって生徒指導の教師+担任教師って立場だから放置出来ないだけで、本当はあんたと関わりたくないはずよって言いたくなるけれど更に五月蝿くなりそうだからやめておきましょうか。若竹先生の胃痛も悪化しそうだものね。
本音を言うと螢につきまとってくれるのはかまわないんだけれどね。螢の嫌そうな顔を見るとスッとするし。でも、他学年のフロアへは明確な理由がなければ放課後以外は侵入してはならないって規則があるのよね。そこらへんを守ってくれたなら、こんなに大事にはならなかったのに。
あぁ。でも、蒼依君や水瀬君へのつきまとい、水瀬さんに対する暴言、明らかに風紀違反した持ち物や化粧や服装、授業への不真面目な態度って問題があったから、規則を守っていても結局何も変わらなかったかもしれないわね。
「何よ、その目! アンタみたいな脇役がアタシをそんな哀れむような目で見るんじゃないわよ!」
「さっきから思っていたのだけれど、その脇役やら悪役令嬢やら爽やか系同輩キャラとかってなんのことを言っているのかしら?」
「はぁ? そんなのここがアタシが主人公のゲームの世界だからに決まってるじゃない」
そんなことも分からないのかと言いたげに見下したような視線を向けてくるけれど、あたしはそんなことを気にする余裕はなかった。電波だとは思っていたけれど、まさか夢と現実の境が見えないタイプだったなんて。
夢見がちなんて可愛いものじゃないわ。桃園は本当に「この世界が自分を主役にしたゲームの世界」だと思いこんでいるのだとあたしを見下す瞳で分かる。
確かに、それなら、今までの行動にもある程度納得がいくわ。危機感のなさや身勝手さや他の生徒への態度とか。あたしはあまり知らないけれど、逆ハーレムを作り上げる乙女ゲームとかいうものもあるらしいし、桃園は自分がそういうゲームのヒロインだと思いこんでいるわけね。
前に蓬生に聞いたときは、元々の桃園姫花にはそんなヒロイン願望なかったみたいだし、蓬生との電話を聞いた限りだとそういう考えを持っているような感じではなかったところを考えると、そういうヒロイン願望を持っているのは、コッチの人格だけみたいね。
何故人格交代が起きたのか、また、起きるのかは、この際置いておくとして、どうしてゲームのヒロインだと思いこんだのかということについては転校生という立場だと考えると分かるわね。
蒼依君も生徒会役員も烏羽先生も若竹先生も顔と家柄だけ見れば一級品だもの。勿論、蒼依君みたいに性格も一級品の人もいるけれど。そんな人間が存在する学園でヒロインになり得る立ち位置になったなら夢を見ることもあるわよね。普通の人間なら直ぐに夢だと気づくけれど。桃園は未だに夢を見続けているわけね。
「ところで、桃園姫花。貴女はどうして蒼依君達のことを知っていたのかしら?」
「アンタ馬鹿なの? ここがゲームの世界だからだって、さっき言ったでしょ! アタシは主人公なんだから攻略キャラのことは知ってて当然じゃない!」
どうやら桃園の中で攻略キャラとして存在しているのは、蒼依君、生徒会役員、烏羽先生、若竹先生みたいね。そして、彼らと近い位置にいる水瀬さんはさしずめヒロインの恋路の邪魔をする悪役令嬢というポジションということかしら。
それにしても分からないわ。蓬生は学園について、あまり話したりしていなかったみたいだし、石蕗学園には良家の令息、令嬢が数多く通っているから外部に情報が漏れないように厳しいセキュリティーシステムが存在するわけだし。
教師である若竹先生と烏羽先生はともかくとして生徒である生徒会役員の情報を得ることは、まず不可能。生徒会役員ではないけれど蒼依君の情報は風紀委員長という立場のあるあたしでも閲覧出来ないレベルだし。
そんな人間達の情報を少しとはいえ外部から入手することなんて普通に考えたら出来るわけがないのよ。
蒼依君は中学まで公立の学校に通っていたから当時の学友からちょっとした情報なら手に入れられるかもしれないけれど、他は生粋の内部生だし不可能なはずよね。
蓬生が嘘をついているか、それとも蓬生以外に蒼依君や生徒会役員達の情報を渡した人間が居たかの2択になるかしら?でも、学園内で親しい友人は居ないみたいだし、以前通っていた高校やそれより過去の交友関係を調べても蒼依君や生徒会役員達と関係のある人間は居なかった。
学園のセキュリティーに侵入した形跡もないとなると本当にわけが分からないわね。桃園の言う通りこの世界がゲームの世界なら話は別だけれど、こんな荒唐無稽な話を信用する気はないし。謎が深まるわね。
「とりあえず、この話はひとまず置いておくわ。それより貴女の処分について話しましょうか」
「なんで、アタシが処分なんて受けなきゃいけないのよ! アンタの部下が無能だったのが悪いんでしょ!?」
「確かに、貴女を逃がしたのは私の部下の力量不足ね。でも、貴女が彼らから逃げたのは事実でしょう?」
「当たり前じゃない! 何も悪いことなんてしてないアタシを大勢で監視するなんて、おかしいでしょ!?」
「認めたわね……。桃園姫花。貴女の監視役は倍に増やすわ。――しかし、貴女には、まず謹慎処分を言い渡します」
「なっ!」
絶句する桃園姫花に笑みが零れる。コレよ。コレコレ。あたしが見たかったのは、こんな反応なのよ! あぁ。やっぱり良いわね。現実をおもい知らされ絶望する姿! たまらないわ。
「謹慎って……なんでよ!」
「貴女には反省の意思が見られないからよ。ここに来るまでに水瀬君や橘君にも指摘されたんでしょ? それにも関わらず貴女は自らの罪を理解しない。まぁ。貴女曰くここは貴女の世界らしいから仕方ないけれど……でも、おかしな話よね。貴女の世界の割に貴女の思い通りにならないことだらけなんて」
「そっそれは、悪役令嬢やアンタ達が何かしてるからでしょ! そうよ。アンタ達が結託してアタシを悪者に仕立て上げようとしてるんだわ!」
「残念だけど、あたし達にはそれをする理由がないわ。元々、貴女よりもあたし達の方が彼らに信用されているし、今さら転校生を嵌めるメリットがどこにあるのよ?」
「それは! それは……」
「とりあえず、貴女は自宅謹慎。詳しい処分はおって連絡するわ。――もういいわよ。入りなさい」
「「「失礼します!」」」
「蓬生家が迎えの車を用意してるらしいから、そこまでコレを運びなさい」
「「「はいっ!」」」
体格のいい部下達に椅子に縛られたまま連れて行かれる桃園を見送った。さて、学園上層部は一体どんな処分を下すつもりなのかしら? そろそろ厳しい処罰を期待したいものね。




