思い出話と現状と ある女誑しな先輩の嘆き
俺には世界で一番可愛い従姉妹が居た。名前は姫花。本当にお姫様みたいに愛らしく優しい女の子だった。名前の由来も「蓬生家の姫であり唯一無二の花」って、そのまんまだし。姫は男系の蓬生家に生まれた女の子で歳は俺の一つ下だ。周りの大人達は「姫花」「姫花」と本家の跡取りである俺以上に姫を可愛がっていたけど、不思議と嫉妬したことはなかった。
多分それは何時だって姫が俺を「兄」として慕い立ててくれていたからだ。可愛らしく「貴君。貴君」とにこにこ付いて来る女の子を邪険に出来るほど俺は酷い人間になれなかったし。ぶっちゃけ、姫を一番甘やかしていたのは俺だと思う。一人っ子だったから姫は従姉妹だけど妹と同じようなモノだった。
離れて暮らしていたけど連絡はこまめに取り合っていたし、携帯を持ってからは頻繁にメールや電話をした。会話の内容はたわいなかったけど姫らしく控え目で、でも、なんだか心が暖まるようなものだった。長期の休みには一緒に旅行にも行ったな。実にいい関係だったと思う。それが、突然変わるなんて思ってもみなかったが。
姫が豹変したのは石蕗学園を見学に来てからだ。まさに豹変としか言いようのない発言や行動の変わり方に様々な病院で検査やカウンセリングを受けさせた。それなのに、原因不明。俺達、蓬生家の人間は皆沈みに沈んだ。
あの可愛らしく柔らかい雰囲気だった姫が男に媚びを売るような甘ったるい声で品性のカケラもないネットリした口調で話すようになった。その上、誰に対しても慈愛に溢れ平等に接する子だったのに「自分こそが世界の中心」であると考えるようになったのか、差別的な発言をするようになってしまったのだ。男女で扱いを変え、まるで男好きな女のように色んな男に媚びを売るような真似までしはじめたと聞いたときには普段の自分の行為を棚に上げ卒倒しそうになった。
豹変する前は進んでしていた、おば様の手伝いもしなくなったらしい。穏やかで幸せに溢れた家庭だったのに、おば様は「家族の会話も減ってしまった」と嘆いていた。それだけじゃなく、以前は予習復習までして真面目に取り組んでいた授業すらマトモに受けなくなり、課題の提出も期日ぎりぎりで間違いだらけと成績はがた落ち。そのくせ今までは進んで買うことはなかったブランドの服や化粧にまで手を出しはじめ規定外の小遣いを催促するようになったそうだ。
石蕗学園に転校してきてからも、そんな問題行為は続いたが、石蕗学園では更なる問題を増やした。それは生徒会役員や柊や烏羽先生や若竹先生への必要以上な付きまとい行為や水瀬家の令嬢への根拠のない言いがかり。他の生徒への杜撰な対応。殆どの生徒と口をきかずきいたと思ったら暴言のような失礼な物言い。
蓬生家は裏から手を回して姫花が退学にだけはならないように理事長達に頭を下げてまわった。どれだけ豹変しても姫花はやっぱり姫だったからだ。それなのに、俺達の努力を嘲笑うかのように姫花は風紀違反を行い、反省するどころか、ソレを風紀委員長の職務として伝えた柚木家の令嬢に暴言を吐いた。
此処まで来たら蓬生家内でも桃園姫花を放逐しようという意見まで出始め学園内だけでなく一族内でも姫花を排除しようという動きをする連中まで現れた。ただ、それでも俺達本家が姫花が元に戻るように豹変した原因を必死に探していたからか、一族内での動きは、あまり活発にはならなかったが。
そんな意見が出始めてもなお姫花は変わらなかった「何かあってもぉ螢先輩達ぃ生徒会役員やぁ一樹せんせぇがぁ助けてくれるものぉ」なんて起きているのに寝言を言い彼らが手を貸さないと苛立ちを露わにして彼らや水瀬家の令嬢を罵った。決して姫なら口にしなかったような言葉で。
結局、罰として出された課題すら満足にしなかったせいで、生徒会役員や柊の取り巻きである特別委員会役員だけでなく、罰のポエムを担当していた演劇部部長兼部長会会長である篠原まで敵に回す結果になった。
体育祭でも体育委員に突っかかり、借り物競争のお題になった夢宮家の令嬢と口論するなどの問題を起こし、俺達が半ば諦めかけていたときに、ある転機が訪れた。それは、姫花達二年の修学旅行だ。基本的には海外へ行く石蕗学園の修学旅行が今年は問題児(姫花)が居るということで国内の京都に決まった。
なぜか分からないけれど勝手に修学旅行先はパリだと思いこんでいた姫花は京都に行くことに納得せず荒れに荒れたが最終的には若竹先生やおば様やおじ様が単位などの問題を話し根気強く説得したので渋々参加を決めるという一幕もあったのだが。
修学旅行の一日目に急に姫花からの電話が掛かってきたときは「どうせ、また愚痴を言われるんだろう」とウンザリした気分で電話に出たが相手は姫花ではなく姫だった。そう姫花ではなく俺の最愛の従姉妹である姫だったのだ。あまりの衝撃に思わず叫んだせいで生徒会長の紫堂に生徒会室まで引きずられたが、そんなこと気にもならなかった。
半年も経っていないはずなのに、姫の声は酷く懐かしく感じられたのだ。姫花と従兄弟であるということは学内では隠していたため表面上は平静を装っていたけど、大分限界が来ていたんだと身にしみて分かった。きっと周りに人が居なければ、あるいは親しい人間だけだったなら、みっともなく泣いていただろう。
優しくて穏やかな――でも、少し戸惑いを孕んだ声で姫は俺に色々と聞いてきたし、自分の記憶が欠けていることも話してくれた。やはり二重人格に突然なってしまったのか? という疑問が浮かんだが、迷惑をかけた柊達に謝罪したいという姫の言葉で全て吹っ飛んだ。
二年に所属する役員は三年ほどではないけど居たため状況だけでも説明すべきではあったが、生徒会副会長を務める水瀬家の令息以外はクセのある人間ばかりで、繊細な姫が会うには、いささか問題があると思った。若竹先生もそう感じたのか特別委員会所属の藍川家の令嬢と夢宮家の令嬢は外してくれたらしい。藍川家の令嬢は直情型だし、夢宮家の令嬢は会話がまともに通じないタイプの人間なので病み上がりの人間が会うには荷が重すぎる。
実際に姫と会うことになった人間の中で俺が一番心配だったのは今年から生徒会入りした雪城瑠璃だった。そのことを口にした瞬間に生徒会室に来ていた女性陣達には暗に「お前が悪い」と言われてしまったが。そう俺は去年軽率にも水瀬家の令嬢に手を出そうとしたせいで雪城瑠璃に嫌われているのだ。そのときの報復は思い出したくもない。
そんな雪城瑠璃と姫が話しをするなんて恐ろしいと思ったが、話し合いの後に姫から掛かってきた電話によると雪城瑠璃は、俺に対するときと違って姫には、かなり穏やかで冷静に対応してくれたらしい。流石に病み上がりに鞭打つようなマネはしなかったようだ。
姫と話せた幸せを噛みしめながらも協力者になってもらっていた柊に連絡を入れることも忘れなかったが、柊達も俺達以上の情報は手に入れては居なかったらしい。結局、姫が姫だったのは修学旅行中だけで帰って来たときには姫花に戻っていて謎は深まるばかりだった。
姫と会話が出来たせいなのか、姫花に戻っていたことに予想以上にショックを受けていたとき事件が起きた。なんと雪城瑠璃がまた内部生の上流階級者を退学に追いやったというのだ。実際、事件があった場所には木賊も居たらしいが、俺は焦った。そして、今に至るというわけだ。
「そんで、蓬生先輩は俺にどうして欲しいわけ?」
呆れた様子で尋ねてきたのは柊だ。ここは三年の教室であり生徒は下校しているか委員会や部活に参加しているかで俺と柊2人っきりの空間になっている。
「雪城瑠璃が姫に手を出そうとしたら止めて欲しいんだ! 君になら出来るだろう?」
「いや。無理だから」
俺の必死の叫びに柊は相変わらず呆れた顔で緩く首を左右に振る。無理なはずはないのにだ。雪城瑠璃は危険な人間だ。もし、姫花が今以上のことを水瀬家の令嬢にした場合、あの女は間違いなく姫花を排除する。
「そんなわけないだろう! 君の父君は雪城瑠璃の後見人の1人じゃないか! 彼女が暮らしているマンションだって君の父君が用意したんだろう?」
「まぁ。後見人の1人ではあるけど、瑠璃さんのやることに口出しする気はないですよ」
「それは、君と彼女の関係のせいかい? ……確かに彼女は被害者だが、君だって被害者のはずだ。君が下手にでる必要なんてっ!」
「それは他言無用でお願いしますよ。セ・ン・パ・イ。もし人に聞かれてたら――柊家が全力で蓬生家と聞いた人間の家を潰します」
呆れた顔から一転して穏やかな笑みになったが表情とは違い柊の目はギラギラと光っている。本気だと直ぐに察することが出来た。普段の飄々とした姿とはあまりにも違う。こんな柊は見たことがない。
「いいこと教えてあげますよ。瑠璃さんは俺の意見なんて聞いちゃくれません。あの人は水瀬以外に興味がないんです。昔も今も」
「だが、君は彼女の……」
「言ったでしょ? あの人の心を動かせるのは1人だけなんですよ。だから、あの人は俺に平然と接することが出来るんです。興味がないから」
そう言った柊の顔はどこか哀愁が漂っていた。俺は彼を――いや。彼らを見誤っていたとようやく理解したのだ。




