修学旅行 あるビビリな後輩の受難
今日の朝から二年生が修学旅行に行っているせいで、生徒会室に居る人間は普段の半分にあたる4人になってしまった。副会長の水瀬颯先輩も書記の水瀬凪先輩も生徒会補佐の雪城瑠璃先輩も二年生だから居ない。その上、顧問の烏羽要先生も色々な事情があって付き添いとして行ってしまった。だから……生徒会室はいつもと比べるとガランとしていて少し寂しい。
二泊三日らしいけど、週明けの月曜日までは顔をあわせることがないから余計に寂しい。それは、一年の俺や萌黄だけじゃなくて三年生で生徒会長である紫堂螢先輩や副会長の矢霧茜先輩も同じみたいだ。特に矢霧先輩は、よく水瀬先輩(書記)と雪城先輩の3人で女子会? とやらを生徒会室でしているから、それが出来なくてつまらないらしい。
「二泊三日って結構長いよねー」
「そうねぇ。自分達が旅行に行ってる間はそうでもないけれど、待っている側は寂しいわね」
「そ、そういえば、紫堂先輩はどうしたんすか?」
「螢は先生に少し用事を頼まれたから遅れてくるのですって。お弁当だけ先に持って行ってくれってお願いされたのよ」
だから、豪華な重箱がポツンと矢霧先輩の隣にあるわけか。でも、生徒会長って大変だよな。生徒会の仕事をするだけじゃなくて、他の人にも頼られるし。紫堂先輩や水瀬先輩(副会長)は俺の代の会長は萌黄じゃなくて俺にしようって考えてるみたいだけど、俺なんかじゃ務まる気がしない。
ついつい重い息を吐き出すと、それと同時にガシャーンとドアを開けられ、ビクッと飛び上がった。恐る恐るドアを見ると紫堂先輩がよく知らない男子生徒の襟首を掴んでいる。もしかして、その状態で引きずって来たんじゃ? 周りの女の子がよく言う「童話の王子様みたいなお姿」の紫堂先輩の行動とは思えないけど、もし、そうだったとしたら? 無駄にデカい体を極限まで縮めて静かにする。怒られるのは怖い。
「あら? 螢ったら蓬生君をこんなところまで持ってきてどうするつもりなの?」
「コイツがいきなり「僕の姫だっ!」とか叫びだしたから、他の生徒の迷惑になる前に引きずってきただけだ。どうするつもりもない」
「し、紫堂。首、首が……」
「螢先輩。その人の首しまってるんじゃない?」
なんで、皆平然と会話してるんだろう? 矢霧先輩は「持ってきて」って言ってたけど、人は「連れてくる」ものだし、紫堂先輩の言ってることは正しいかもしれないけど、襟首持って引きずるのは変だよな? それに、引きずられてきた人も「姫」って叫ぶって、まさか、この人も電波!? この学園に電波が2人!? こんな時、水瀬先輩(副会長)や水瀬先輩(書記)や雪城先輩がいたらツッコミを入れてくれるし、それとなくフォローもしてくれるのに……
「ちょっと、あんた! 人の仕事をとるんじゃないわよ!」
「こんにちは。生徒会の諸君! 何か面白いことでもあったのかい?」
変なのが増えた! 風紀委員長は知らない先輩の襟首から手を離した紫堂先輩を指差して睨んでるし、演劇部部長?はなんか、やたらとテンション高いし、手を離された先輩は床に座り込んでるし。何なんだこの状況! 怖い! 情けないけど、プルプル震えながら救いを探して萌黄を見る――えっ。い、居ない! ど、どこ、行ったんだ萌黄のヤツ!?
「ねえ。この電話繋がってない?」
「ゴホッ、ゲホッ……そうだよ。姫と繋がってる」
「はぁ? 姫って、何? あんた。また、新しい女作ったの? 風紀を乱したら、ただじゃおかないわよ?」
気づいたら萌黄は、えっと、蓬生先輩? の傍に居て先輩のスマホを覗き込んでた。なにやってんだよ。萌黄のヤツ! 普通なら、勝手にスマホの画面見られたら怒るぞ! 蓬生先輩が良い人だったからよかったけど……でも、風紀委員長は蓬生先輩の言葉に怒りの矛先を紫堂先輩から蓬生先輩にかえたみたいだ。蓬生先輩って、もしかして「石蕗一の女たらし」って言われてる人なのか?
「それで、姫ちゃんって誰のことなの?」
「あー。えっと。うーん……桃園姫花だよ」
「おや? 桃園姫花と言えば、あの電波な転校生と有名な桃園姫花さんかな?」
「あんた達、従姉妹なんですってね。それで、桃園姫花と何を話していたのよ?」
「……じゃ……んだ」
あの電波な転校生って桃園姫花先輩って言うんだったな。皆、「電波」とか「転校生」とか「勘違い女」とか呼んでるから忘れかけてた。それにしても、風紀委員長の質問に対する蓬生先輩の様子がおかしい気がする。何か、声小さいし。どうしたんだろう? 俺もよく自信なかったり、あってるか分からないときとか小声になっちまうけど、そんな感じじゃなさそうだし。言いにくいことでもあんのかな?
「電波じゃなかったんだよ! 僕の姫に戻ってたんだ!」
「「は?」」
「信じられないなら、スピーカーにするから声を聞くといい!」
ヤケになったような蓬生先輩に紫堂先輩と風紀委員長は疑いのまなざしを向け矢霧先輩は苦笑を浮かべた。萌黄と演劇部部長は新しいゲームを買った時みたいな楽しげな顔をしている。俺は……何か、不安だ。
『貴君? どうしたの? 何だか変な音がしてたけど』
「ああ。大丈夫だよ。姫。姫こそ平気かい?」
『私は大丈夫だよ。あのね。貴君。私、石蕗学園に見学に行ってから記憶がないの。石蕗学園に転入してから私がどんな行動してたのか、教えて欲しいな』
「それは……」
蓬生先輩は複雑な顔で口を噤みながら、チラチラと紫堂先輩や風紀委員長の顔を見ている。対する2人は平素見せないような凄まじい笑顔を浮かべ蓬生先輩を見ていた。…………怖い。今すぐ、逃げ出したいくらいに怖い。何か、後ろで黒いナニカが蠢いてる気がする。
『貴君。お願い。私は誰に何をしたの? 教えてくれなきゃ謝ることも出来ないよ』
何か、想像以上にマトモな人だ。本当にあの噂の電波先輩と同じ人なんだろうか? でも、あの人の言葉に紫堂先輩達はサラに笑顔を凄めた。笑顔で人って脅せるんだな。何で、萌黄も矢霧先輩も演劇部部長も平然としてるんだ? 俺がビビリなだけなのか?
結局、蓬生先輩は電波先輩(今は電波じゃない)の言葉と紫堂先輩達の笑顔に後押し(という名の脅し)され電波先輩に転校して来てからの彼女の行動や言動を包み隠さず話した。電話先で電波先輩は絶句してたけど、本当に性格変わる前はマトモだったんだな。このままで転校してきてくれれば、俺も少しは脅えて過ごさずにすんだのにって、少し恨めしくなった。
* * * * * *
電波じゃなくなった電波先輩と蓬生先輩はそのまま電話を続け、俺達は2人の声をBGMに昼食を食べた。風紀委員長と演劇部部長もちゃっかりとお弁当を持ってきていて、電話の内容が気になるからと生徒会室で一緒に食事をすると勝手に決めたらしい。途中で風紀委員長と演劇部部長が呼んだ先輩2人もやって来て気づけば普段よりも人口が増えている。電話からは、たまに電波先輩以外の若竹先生の声も聞こえてきた。
「じゃあ。姫はこの後、柊君と水瀬君と水瀬さんと雪城さんにだけ会うんだね」
『うん。若竹先生も「謝罪したいなら、まず、一番つきまとってた柊と副会長の水瀬と濡れ衣を着せた書記の水瀬と巻き込んでしまった雪城だろう。それに、あの4人は要職についてるし、まともに話も聞いてくれそうだしな」って、仰ったから。謝罪を受け入れてもらえるかは分からないけど……』
「そうか……頑張るんだよ。姫」
『ありがとう貴君』
穏やかなまま電話は終わった。ただ、生徒会室には、あの黒いオーラがまた溢れ出している気がするけど。もう、怖くて紫堂先輩と風紀委員長を見れない。あの人達仲悪いはずなのに、何で今日に限ってこんなに息ぴったしなんだよ! 従兄弟だからか? それなら、普段仲良くしてくれればいいのに……泣きたい気分で弁当を食べる。こんな空気じゃ味なんて分からない。
「ちょっと、蓬生。な・ん・で、蒼依君達があんたの従兄弟のために貴重な時間をさかなきゃならないの? あと、要職についているなら菜実ちゃん達も入るはずでしょ? どうして、2人は除け者なのよ!」
「前半部分には同意だな。颯も凪も雪城も修学旅行を楽しみにしていたんだぞ。それを、わざわざ、邪魔するなんて何考えてやがる? 顔をあわせるだけでも、不快な人間といくら性格が変わったからってあわされる側の身にもなってみろ。まぁ。確かに、颯達は特別委員会の2人と違って冷静に物事を判断出来るが、別に特別委員会の2人が居ても問題はないんじゃないか?」
まさにニヤリといった感じの紫堂先輩の笑いが怖い。風紀委員長の無表情も怖い。何で、俺、生徒会室に来ちまったんだろう? あの先輩が居ないなら、教室でも学食でも行けばよかったのに!
「ふ、2人とも、そう言うけどね。姫は現状をまだ完璧には把握出来て居ないんだ。それでも、謝罪しようという気持ちはかってあげてくれないか? それに、特別委員会の二年は藍川さんと夢宮さんだろう。藍川さんは直情型だし、夢宮さんは会話がまともに通じないじゃないか病み上がりの人間が会うには荷が重すぎるよ。本当は魔……雪城さんに会わせるのも不安なのに……」
「あら? 瑠璃ちゃんは優しい子だけど? 貴方は瑠璃ちゃんに人を会わせるのは不安だっていうけど瑠璃ちゃんだって貴方に人を会わせたくないでしょうね」
「茜君の言う通り瑠璃ちゃんは優しい子だよ。どうして、蓬生君はそんな酷いこと言うの?」
「あんたが雪城さんに拒絶反応示してるのって、雪城さんが一年の時に興味本位なんて軽い気持ちで水瀬さんに手を出そうとして怒らせたからでしょ? 自業自得じゃない」
「彼女は病み上がり相手に攻撃的な発言をするような子じゃないだろう。失礼だよ。蓬生」
女性陣? から蓬生先輩は総攻撃を受けている。雪城先輩って、凄い人なんだな。でも、蓬生先輩の気持ちも分からなくもない。俺も実際に雪城先輩と一緒に過ごして、はじめて雪城先輩が石蕗の魔女なんて、噂される怖い人じゃないって分かったし。いや。怖い時もあるけど、その時はちゃんと怖くなる理由ってか周りを威圧する理由があるって分かった。
だから、今は雪城先輩は、そんなに怖い先輩じゃない。むやみやたらに俺を怖がらせたりもしないし。少なくとも蓬生先輩を口撃してる女性陣? 達や、それを楽しげに見てる演劇部部長や鼻で笑ってる紫堂先輩に比べたら大人しく良識のある先輩だ。
早く、水瀬先輩達に帰って来て欲しい。この人達怖い。優しくて常識人の水瀬先輩達が恋しい。萌黄は本当になんで平気なんだ? 弁当食べ終わって、茶菓子まで食ってるし。まだ修学旅行の初日のお昼なのに、俺は今すぐにでも水瀬先輩達に会いたい気持ちを抱えながら、残っていた弁当を口の中に放り込んだ。




