修学旅行 7
染め物体験も出来たし、浴衣も着れたし、写真も撮ってもらえたし、土産も買えたし、美味しい和菓子やパフェも食べられたし、今日は充実したいい1日だった。散策時間を長くとってくれてて助かったな。生徒会用のお菓子も烏羽先生にメール出来てよかったと思う。
「万寿菊の会」のお茶会時に出そうと思ったものを探していた時に丁度生徒会で食べるのによさそうなのを見つけたんだよね。
本当はお菓子じゃなくて物を贈れたらよかったんだけど、60人以上の人間に渡すのは予算的に無理だから、せめてお菓子だけでも土産に買えてよかった。
明日の午後には帰ることになるが、烏羽先生もそれまでにはお菓子を買いに行けるだろう。
ちなみに、今はもう浴衣姿ではなく普通の私服というかパジャマ姿だ。色々見て回り、早めの晩御飯を外で食べた後、営業時間内だった夢彩園に戻り浴衣を脱がしてもらい髪も下ろしてもらった。男2人とはロビーで別れ、旅館の部屋に帰って来てから、お風呂にも入った後なので、今は就寝前のまったりタイムだ。
「ねぇ。瑠璃ちゃん」
「どうしたの?」
「ありがとうね」
「えっと、何が?」
「私が浴衣着るの嫌いだったって知ってて誘ってくれたでしょう? 浴衣には嫌な思い出しかなかったんだけど、今日色んな所をまわって楽しい思い出に変わったわ。瑠璃ちゃんのおかげよ」
「……どういたしまして」
凪ちゃんの嬉しそうな笑顔についつい「違うよ」と言いたくなってしまったが、なんとか返事を返す。私は凪ちゃんのために説得したわけじゃない。全部自己満足のためだ。言い出したのだって私じゃなくて水瀬だし。夢彩園を探してくれたのは蒼依だ。計画をたててくれたのは2人だったのだから、楽しめたのは2人のおかげ。
浴衣を選んだのだって凪ちゃん自身だった。着付けてくれたのは夢彩園の人達だった。私は、ほとんど何もしていない。ただ、凪ちゃんに誘いの電話をかけて、少しだけ小物選びをしただけだ。でも、そんなこと言えるはずもない。きっと、言い出したのが水瀬で夢彩園を探したのが蒼依だと知れば凪ちゃんは傷つくだろう。
「そういえば、瑠璃ちゃんは、転校生のこと気にしてたみたいだけど、どうして?」
「ああ。あれは別に桃園さんを気にしてたわけじゃないよ。いや。気にしてたと言えばしてたのかもしれないけど。……烏羽先生がついていなかったのが、気になったんだよね。いつ、また、あの変な桃園さんに戻るか分からなかったし」
「なるほどね。確かに、あの3人のなかじゃ、何かあった時、一番頼りになるのは烏羽先生だものね」
「そういうこと。若竹先生はちょっと甘いしね。薬師寺先生は同性だから、前の桃園さん、もとい2に戻ったら色々ややこしいことになりそうだし」
もっともらしいことが口からすらすらと出てくることに少し嫌になるが、嘘ではないと自分を納得させる。実際、あの3人の中で何か問題があった場合、一番早く対処できるのは烏羽先生だと思う。若竹先生や薬師寺先生が使えないというわけではないが、冷静さや公平さ流されないという部分などを考えると、やはり烏羽先生が一番使えそうなのだ。実際、去年はそうだったしな。
「性格が元の善良なものに戻ったなら、あの転校生はこのまま学園に戻らずに転校した方がいいんじゃないかって私は思うんだけど、瑠璃ちゃんはどう思う?」
「確かにね。転校した方が本人にとっても学園にとってもいいとは思うよ。少なくとも揉め事はかなり減るだろうね」
ただ、クソ女に何がキッカケで戻るか分からない以上は、多分どこに行っても意味はないと思うが。少なくとも元居た学校に戻るのは無理だろうし、噂も色々広まっているだろうから、桃園姫花のままだと理不尽に肩身の狭い思いをすることになるだろうな。それに、修学旅行が終わってからクソ女にまた戻ったら転校は確実に拒否するだろう。桃園姫花に戻る可能性があると分かった以上、蓬生家の出方も変わって来るだろうし。
「面倒くさいことになりそうだなぁ」
「えっ? どうして?」
「蓬生家が表立って動き出しそうだしね」
「ああ。そういうことね。でも、蓬生家が裏で動いてるって分かって納得した部分はあったわ」
「学園側が本気で排除しようとしてなかったから?」
「ええ。前に聞いたんだけど、蓬生家の当主と理事長は知己らしいのよ。多分、蓬生家の当主から色々頼まれていたんじゃないかしら?」
「そうだったんだ」
蒼依のヤツ言い忘れたのか? それとも、知らなかったのか。いや、蒼依のことだ。恐らく知っていたとみていいな。それなら、私に隠す必要はないはずだけど。私に言っても意味がないから言わなかったってことかもしれないな。腹が立たないでもないが、仕方ないか。所詮、私は一般庶民だし、直接的な嫌がらせは受けていない。
それより、心配なことがあるとすれば、今回のことがキッカケになって、クソ女の記憶が戻らないかどうかだ。自分でも、なんでこんな思考に行き着くのか謎だが、一度ショックを受けたことで、あちら側の情報が戻る可能性がないとは言えない。もし、戻って自分の立ち位置のおかしさに気づいたなら私に接触してくるはずだ。ボイスレコーダーとカメラは必ず持ち歩いておくことにしよう。
「とりあえず、もう寝ようか。明日も朝早く出かけなきゃいけないし」
「そうね。それにしても、何だか、あっという間な気がするわ」
「そうだね。二泊三日って短いものだね。ああ。そういえば、帰ったらレポート提出しなきゃいけないんだよね」
「忘れてたわ。面倒くさいわねー」
「確かにね。二泊三日の旅行でレポート用紙四枚は面倒だよね。体験のおかげで、それなりにうめられるけど」
たわいない会話は結局、その後一時間ほど続き、日付が変わってから、やっと私達は眠りについた。やっぱり、お泊まりをすると時間が早く進んでしまうよな。
* * * * * *
「今日は西陣織り体験だったかしら?」
「うん。西陣織り体験してから旅館に戻って、その後帰るんだよね」
「私、織物なんて初めてするわ。まぁ。ろうそくに絵を描いたのも、友禅染をしたのも、和菓子を作ったのもはじめてだったけど」
「私もはじめてだらけだったよ。織物も上手く出来たらいいけどね」
凪ちゃんと会話をしながら、ロビーに行くと、蒼依達はまだ来ていなかった。珍しいこともあるものだと、時計を見ると早く来すぎていたらしい。あと、2、3分すれば2人も来るだろうか、なんて思っていると階段から見知った人がおりてくるのが見えた。
「水瀬と雪城か。おはよう」
「おはようございます。若竹先生。今日は若竹先生が見回りなんですか?」
「ああ。烏羽に生徒会役員用の菓子を買ってくるように頼まれたよ」
「あれ見つけたの水瀬君なんですよ」
「そうなのか? そういえば、2人は昨日浴衣着てたらしいな。烏羽が言ってたよ」
「そうなんですか?」
「ああ。「楽しんでいるようで何よりだ」って笑ってたな」
若竹先生は楽しそうに笑いながら話してくれるが、まさか烏羽先生が、そんなことを言っているとは思わなかった。どうやら、烏羽先生と昨日お土産屋さんで会ったのも、烏羽先生が会いに来てくれたからっぽいな。まぁ。私についているSPは烏羽家の人達だから、おかしなことじゃないが、気づかないところで心配をかけていたらしい。
本当に過保護というか何というか。まぁ。生徒のうちの1人がおかしくなったら、心配にもなるんだろうか? クソ女の場合は電波な問題児が正常な人間(桃園姫花)に戻ったわけだけど、戻った理由は全く分からないし、他の人間だと逆におかしくなる可能性とか考えられなくもないしな。悪く考えようと思えば、いくらでも悪くなった状態を考えられるし。
「あれ? 若竹先生じゃん? 今日は転校生についていなくていいんすか?」
「柊か。俺だって桃園にばかりかまっているわけにはいかないからな。今の桃園は大人しくて、優秀だし見張り役が3人もいる必要はないんだよ。だから今日は外回りが俺で桃園は烏羽が担当だ。薬師寺先生には三日間世話になりっぱなしで申し訳ないけどな」
「そうなんですか?」
「ああ。でも、生徒会役員用の菓子は買って来いって烏羽から言われてるから、安心してくれよ。水瀬。絶対に買ってくるからな!」
「先生って、苦労人ですよね」
「は? 柊、どういう意味だよ」
「いや。分かんないなら、それでいいと思います。それじゃ、俺達予定あるんで!」
「おっ、おい! 柊待て! どういう意味なんだよー!」
若竹先生の叫びを背に、蒼依に促され車に乗りこむ。ついつい蒼依を冷めた目で見てしまったが、意味がないと分かっているので、溜め息をついた。知らない方が、というか気づかない方が幸せなことってあるよな。一つ言えることがあるとすれば若竹先生は本当にお人好しだと言うことだ。ただ、蒼依の物言いはどうかと思うけど。まだ、「パシり」とか言わなかっただけマシだと考えるべきだろうか。とにかく、若竹先生が修学旅行中だけでも、学園にいる時より、ほんの少しだけ穏やかな時間を過ごせたらいいと思う。多分、学園に戻ったら今まで以上にクソ女につきまとわれる日々が待っているだろうから。




