修学旅行 5
生きててよかった! 私は今、心の底からそう思っている。とりあえず、バッグに入れてあるデジカメや携帯を取り出して写真を撮りたい気持ちをなんとか耐えながらも、他と比べようのない美しく可憐な姿を目に焼き付けた。こんなことなら、水瀬なんかに頼まれるよりも前に浴衣を買いに誘っていればよかった! だが、これほどの品物はきっと私の知っている店では手に入らなかっただろう。水瀬も蒼依もよくやった!
「どうかしら?」
「スッゴく似合ってるよ。凪ちゃん! 今すぐ写真撮りたいぐらい!」
「ありがとう! でも、瑠璃ちゃんも凄く可愛いわ!」
「ありがとう! 髪黒いし和服は似合うのかもね」
「瑠璃ちゃんは洋服も和服も似合うわよ! あっ。見て見て、帯はねマリーゴールド結びってやつにしてもらったの!」
「そうかな? あっ。本当だ。可愛いね!」
「ねぇ。蒼依。雪城さんって、自分のことには割とドライだよね」
「まぁ。瑠璃さんだしな」
外野を無視し凪ちゃんをまじまじと眺める瑠璃色の生地に白い芍薬の花の浴衣は大人びた雰囲気を演出し水色の帯は爽やかだ。帯の結び方はマリーゴールド結びという変わったものだが、可愛らしい。髪は右耳あたりにねじりでつくられたナチュラルな感じに、まとめられ留め具となっている芍薬の花と下がり藤がよく見える。浴衣の柄が白であることと手に持っている蝶のバッグが赤とピンクのグラデーションであるため髪飾りとも調和していたがバッグは赤みが強いためアクセントにもなっている。下駄の薄い赤紫も丁度いい感じだな。
ちなみに私の髪型は凪ちゃんと同じく右側に三つ編みなどで作られたお団子でまとめられ、瑠璃色に金色の蝶の柄が描かれた玉簪でとめられている。帯は比較的メジャーな蝶結びだが色が濃いので淡い雰囲気の浴衣にメリハリをつけてくれていた。簪とバッグは寒色系なのでアクセントにもなっている。淡い青紫色の鼻緒がついた下駄も調和がとれている気がする。これなら、凪ちゃんの隣に立っても多分恥ずかしくないだろう。
男共は蒼依は群青色の生地に黒で縦の縞模様が入った浴衣に黒と白の横縞の帯を水瀬は白色の生地に藍色の蜻蛉が飛んでいる浴衣に紺色の帯をしている。手には、それぞれ帯と同じ色の袋(信玄袋と言うらしい)を持ち、下駄は二人とも紺の鼻緒だ。まさか、袋まで買っているとは思っていなかったので、正直にいって驚いたが、確かに財布や携帯は持って歩くのでないと不便だろう。他の物はSPに預けることになるので安心だ。
とりあえず、夢彩園をあとにする。次は町を散策がてら、昼食をとることにしているのだ。着物は茶道の授業で度々着せられているので、浴衣でも少し食事をするくらいなら汚さずにいられるだろう。昼食は予約をせず気ままに興味のある店に入って食べることにしている。他の班は基本的に高級店に予約しているらしいので、鉢合わせる心配はない。もっとも、一番危険視されていたクソ女が今は桃園姫花なので、そんなに警戒する必要はないんだが。
そういえば、烏羽先生達は大丈夫だろうか? クソ女の場合、性格や言動、行動がアレだったので魅了されずにすんだが、桃園姫花も一応“女主人公”の役柄ではあるのだ。一日中かは分からないが、長時間、同じ部屋にいて絆されないとは限らない。まぁ。いつまで桃園姫花が桃園姫花のままなのかは分からないし、恐らく学園に戻ったら、また、クソ女に戻るだろうし、あまり心配しなくていいかな。
「なぁ。昼飯って、あそこでいいんじゃね?」
「ああ。あそこって、チェーン店よね。確か東京でも関西風の味の料理を出してるらしいから当たり外れはないんじゃない?」
「えっと、2人は入ったことがあるのかい?」
「瑠璃さんもあるよな?」
「え? ああ。うん。あるよ。私はあそこのおうどん結構好きだな」
「それなら、決まりね! 行きましょう!」
東京でも割とよく行く、うどんをメインメニューにしているチェーン店だが、京都にまで来てチェーン店っていうのは少し複雑だ。だが、下手な店というか、食べ慣れないモノばかりある店を選んで結局食べられないというのも嫌だし。それなら、食べ慣れたモノの方がいいよね。水瀬は違うみたいだけど、これも社会勉強だと思って欲しい。少なくとも多数決ではコッチが勝っているし、問題はないな。
しかし、社会勉強か。一度ファストフードを生徒会役員に食べさせてみたい。絶対に会長はミスマッチだよな。茜先輩と橘は意外と馴染みそうだけど、龍崎は始終オロオロしてそうだ。そういえば、コンビニには皆行ったことがあるんだろうか? 茜先輩は一人暮らしだから多分あるよな。他はどうだろう? そもそも、行く必要性がなさそうだよな。一言使用人に言ったら次の日には品物が届いてそうなイメージしかない。
* * * * * *
水瀬は想像以上に店に馴染んでいた。順応性の高さは流石蒼依の友人と言うべきか。まぁ。盛り付けをセルフサービスで追加するってわけでもないし、メニューから食べたい物を選んで注文なんて飲食店に入ったら何処でもあることだよな。逆に慣れてない方が問題あるか。私は冷やし月見とろろうどん、凪ちゃんはざるそば、蒼依は天ぷらそばの定食、水瀬はざるうどんの定食を食べた。普段食べるものと同じ味のはずだが、何だかいつも以上に美味しく感じたのは、環境が違うからかな。
「あっ」
ちなみに今私達が居るのは道端にある普通の土産屋さんだ。京都だからか和雑貨の種類が非常に豊富である。見ているだけでも、かなり楽しめるな。手当たり次第に興味のひかれた土産屋さんに入っているが、何処も売っている物が微妙に違っていて、面白い。流石日本屈指の観光地だ。しかし、こんな物まで売っているとは思わなかったが。
「瑠璃さん……何見てるの?」
「えっ。木刀だけど」
「そんなの買って、どうする気!?」
「いや。護身用に買っといたらいいかなって。それに、単純にこういうの好きだし。でも、小さいのと大きいのと、色も何種類かあるし悩むんだよね」
「いやいや。あっちに可愛い食器が有ったから見に行こうよ」
「蒼依って、ああいうのが好きだったの? 知らなかった。……まぁ。でも、可愛らしいデザインの物が多いし、確かに、男だけじゃ見に行きにくいか」
「うん。もう。それでも、いいや」
「は?」
「あら? 木刀なんて売っているのね。護身用にでも買って帰ろうかしら」
「凪ちゃん! 凪ちゃんはどれがいいと思う?」
「うーん。コレは小さい方だけど、それなりに重さはあるのね。長い方は……振り回せなくはないわね」
「…………ねぇ。蒼依。一般庶民として生きてきた女の子は木刀に心惹かれるものなのかい?」
「いや。あの2人の感覚がちょっとズレてるだけだろ」
なんで、蒼依と水瀬は木刀に食いつかないんだろう? 木刀なんて普段目にすることは、あんまりないと思うんだけど。折角、短いモノから長いモノ、色は木材をそのまま生かしたような白に、木目が分かりやすくなった茶色、美しくシャープな印象を与える黒があるのに。蒼依曰わく私達がズレてるらしいけど、そうなのかな? いや。確かに、ちょっとズレている気はしなくもないけどさ。
「瑠璃ちゃん。私はこの黒にするわ」
「じゃあ、私は白にしようかな」
「買うのかい!?」
「マジかよ……」
「別に買っても問題ないでしょ? そうだ。瑠璃ちゃん! あっちに可愛い縮緬のポーチがあったの! 見に行きましょう!」
「うん!」
「木刀持ったまま行くの!?」
「ボディーガードさんに持たせるのも悪いし、店員さんに預けるのも気が引けるでしょ?」
「そういう問題なんだね……」
「何、店の中でうなだれてるのよ。分からないヤツね」
「僕は君達の方が分からないよ」
水瀬の疲れたような呆れたような何とも言えない顔をサラリと無視して凪ちゃんは私の手を引いた。相変わらず不憫な従兄弟殿だな。まぁ。凪ちゃんの関心をひきたければ、壊滅的な絵の下手さとか、とりあえずインパクトのあるアピールをすればいいんじゃないか? 応援も助けもする気はないが、頑張ればいいんじゃない? 凪ちゃん自身の気持ちが変わったら、分からないけど、私は、まだ、暫く凪ちゃんをあげる気はないけどね。




