修学旅行までの道のり 2
修学旅行は二泊三日で行われる。一日目の昼には宿につき、宿に戻る時間は決められているが、修学旅行中の行動は殆ど各自の自由だ。普通なら決められている食事の時間も風呂の時間も自分達の班で勝手に決めていい。その代わり、行動の目的と旅行中のスケジュールを自分達で考え事前に提出しなければならない。スケジュールは一応、分単位や時間単位で「何時何分から何時何分までは何処で何をする」みたいな感じだ。
そのための話し合いの時間はHRではとられないので、班の人間で集まって会議をしなければならない。事前の準備は面倒だが、好きに行動出来るのは非常に助かる。私達4人は基本的に人に漏れないようにメールか自宅で電話してスケジュールを決めている。学園内で話し合いをすると、他の人間に知られ厄介なことになるからだ。まず、間違いなく蒼依と水瀬目当ての女生徒がスケジュールをあわせてくるからな。
修学旅行中はスケジュール通りの行動をしなければ、風紀違反と見なされるので、修学旅行中に例え行き先が一緒になったとしても、一時的なことに過ぎないので、あまり問題はない。ちなみに、修学旅行中は班での団体行動なので、1人が風紀違反をすると連帯責任になるため誰かが自分達のスケジュールを無視してついてこようとしても他の人間がとめてくれるのだ。
修学旅行中は学外ということもあり、風紀違反をした場合、学内よりもペナルティーがキツくなる。それは、石蕗学園という名門校の名を汚したと見なされるからだ。だから、よっぽどのことがない限り、誰も風紀違反をしないし、させない。誰だって、恥ずかしいポエムを学年集会の壇上で読みあげるなんて罰ゲームのようなことはしたくないのだ。
スケジュールから外れた行動をとっても私服や浴衣姿ならバレないと思われるかもしれないが、此処で登場するのが、SPだ。SPはボディーガードでありながら監視者でもある。家お抱えの者であり護衛対象と親しくしていたとしても、そこら辺を甘やかすと解雇されかねないので、彼らも、もっと言うなら、それぞれの家も風紀違反を隠したりはしない。家の場合は、下手に隠すと逆に家の評判を落とすことになるからな。
ちなみに私についてくれるSPは学園から手配されるボディーガード派遣会社の人ではない。後見人である烏羽先生の家から派遣される人達だ。凪ちゃんや蒼依は「家から誰か呼ぼうか?」と言ってくれたのだが、気づいたら烏羽先生に勝手に手配されていた。仕事が早すぎるのも考えものだな。まぁ。でも、SPを見ただけじゃ誰が誰の家のSPかなんて分からないから、まだマシかもしれない。
今更だが、私達の班って、ゲーム内でもあったことなんだろうか? いや、ちょっと待て。確か“悪役令嬢”は“水瀬颯”に対して凪ちゃんとは比べものにならない嫌悪感を抱いていたんじゃなかったか? それなら“悪役令嬢”は、こんな自由すぎる修学旅行を“水瀬颯”と一緒にまわることに拒否反応を示したはずだ。それ以前に“男主人公”と“悪役令嬢”が同じクラスになることは有り得ないわけだから、“悪役令嬢”と“悪役令嬢の取り巻き”。そして“男主人公”と“水瀬颯”という組み合わせなら兎も角、現状は明らかにゲームとしては、おかしいことだ。あと、“水瀬”と“男主人公”が同じクラスになることは有り得るんだっけ?
何でクソ女はそこら辺について、何も言ってこないんだろう?ルートによっては、私達4人が同じクラスになることが有り得るからかもしれないが、そうだとすると、“ワタシ”の記憶が正しいなら、そのルートは必然的にシークレットである“柊蒼依”のルートか“ワタシ”の知らないルートってことになるはずだ。
“柊蒼依”のシークレットルートについては、実は、ほとんど情報がなかった。普通なら出るようなネタバレがほとんどインターネットに載っていなかったのだ。だから、私は基本的な情報は皆同じだと勝手に思いこんでいた。もし、シークレットルートが最初から他の攻略対象と設定が違うんだとしたら? もし、“ワタシ”が死んだ後に設定が違う新たなルート――例えば逆ハールートが作られていたとしたら?
クソ女が“ワタシ”が死んだ後に死んで、こちら側に転生した人間ならば、それを想定して何も言ってこないだけなのかもしれない。逆ハールートなんて想像もしていなかったモノが存在するなら、あのクソ女の妙な自信にも一応納得できる。いや。それでも行き過ぎだと正直に言って思うが。しかし、私は持っている情報量で圧倒的にクソ女に負けている可能性はある。だが、少なくとも水瀬や蒼依の行動はクソ女にとっては想定外のものだったわけで――
ブーブーブーブー部屋に響いた音にハッと意識を携帯に移す。誰からのメールだ? 開いてみると蒼依からだった。『今から家に行っていい?』とメールにかかれている。珍しいことだと思う。蒼依は事前連絡なしに来ることが多いのに。何かあったのか? 少しだけ考えて私は了承した。
* * * * * *
「悪いね。瑠璃さん」
「別にいいけど……何かあったの? 体育祭で撮った写真の販売許可が下りなかったとか、思ってたより売れなかったとか?」
「いや。写真は全員許可とれたし、売れ行きも上々だよ。ちゃんと、本人達に還元出来るし部費にも加算出来るし、孤児院とかにも寄付できるで万々歳だね。……って、違う違う。桃園姫花について、話したいことがあって来たんだよ」
「それは、よかったね。……それで? 何か、分かったの?」
「ありがとう! 桃園姫花を実際、診察した医者に会ってきたんだ。その人は幼少期から桃園姫花の主治医をしていたらしくてな。やっぱり、桃園姫花の変わりようは明らかにおかしいらしい」
「それは、前から分かってたことじゃないの? 脳にダメージをうけたり、記憶が無くなったりもしていないのに豹変したんでしょ?」
「そうだよ。俺もそれは知ってる。ただ、何をキッカケにして変わったのかが気になったんだよ」
「それは、私も気になってたけど、キッカケは明確には分かってなかったんじゃなかった?」
「いや。聞いたところによると、石蕗学園を見に行った後、気分が悪くなり、転んだ拍子に頭を打って、それから人が変わったらしいんだ」
「石蕗学園を見て気分が悪くなった?」
「ああ。しかも、桃園姫花は頭を打って目を覚ますまでは、転校したがってなかったんだと。前の学校に通い続けるか、転校するにしても、石蕗は自分にはハードルが高すぎると言ってたらしい。両親に押し切られて、やっと石蕗を見学に来たぐらいには通いたくなかったみたいだね」
「今はあんななのにね。もしかして、転校するための芝居とか? でも、それなら前の学校で素行が悪くなった理由が分からないか……」
「うん。最初は主治医や親も転校したくなくて自分達の前では、あんな振る舞いをしてるんだと思ってたらしい。でも「石蕗学園に今すぐにでも転校したい」って言い出したり、学校でも噂になるくらい人が変わったとなると、流石におかしいって思ったらしいんだよね。だから、病院でカウンセリング受けさせたりもしたらしいんだ。そんで分かった大きな異常は二つ「石蕗学園に通うことに執着し始めた」ことと「自分を世界の中心と思い込み始めた」ことだそうだ」
「何それ? 頭をうったら、通いたくないって言ってた学園に通うことを熱烈に望みだして異常な思考をするようになったってこと?」
「そういうこと。でも、どれだけ調べても脳には異常がないし、言い出したことも何か変だろ? それに、性格も変わってる。こんなことって有り得るのかな?」
「有り得るのかって言われても、現に桃園さんには有り得てるわけでしょ? もしくは、桃園さんの周りが嘘をついてるとか? あと、桃園さん自身が周りに本性を隠し続けてきたとか? まぁ。桃園さんの行動を見る限り後者は、不可能だと思うけど」
「そうだよなぁ。有り得ないけど、有り得てるんだよなぁ。とりあえず、瑠璃さんが言ってたことは両方無いと思う。前者は周りが嘘をついてても全くメリットがないし、後者は俺も瑠璃さんの言う通り周りを16年近く騙せる程の腕が桃園にあるとは思えない」
「それなら、この会話って意味があったの?」
「ないだろうな。でもさ、ラノベとかゲームとかでは、ありそうな話だと思わない? 転生とかさ」
「……蒼依。ここは現実だよ」
「ははっ。そうだな。でも、まぁ。何かをキッカケに豹変したなら、また何かをキッカケに豹変する可能性はあるよな?」
「それは、そうかもしれないね」
意味があったのかなかったのか分からない会話だったが蒼依に「転生」と言われた時、少しだけヒヤリとした。コイツは妙なところで鋭いから危険だな。しかも、行動力まである。私の反応を確かめるために話した様子はないから、蒼依はやっぱり転生者ではないんだろうな。私のことも疑ってはいないんだろう。
だが、“桃園姫花”は「石蕗学園に来たくなかった」ということは退学したら、今のクソ女から“桃園姫花”に戻る可能性はあるわけか。そして、恐らく“桃園姫花”がクソ女に変わったキッカケは「石蕗学園を見たこと」だろうな。気分が悪くなったということは、クソ女に精神干渉を受け始めたからだとも考えられる。そして、頭をうち意識を失った結果、クソ女に乗っ取られたんだろう。クソ女が意識してしたわけではないかもしれないが、どちらにしても胸くそ悪い話だな。
正直に言って、蒼依が来たらクソ女のことを考えずに何か気分転換出来ると思っていたが、話を聞いて余計に気が重くなった。了承した十数分前の自分をとめたい。もしくは話し終えて満足したのか、呑気にコーヒーを飲んでいる蒼依を一発ぶん殴りたい。だが、八つ当たりはみっともないので我慢することにしよう。




