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石蕗学園物語  作者: 透華
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体育祭 ある熊っぽい先輩の頑張り

 今日は今まで話し合いを重ねて来た体育祭の本番だ。昨日は、リレーや短距離走や長距離走の予選をしていたが、皆今日のことを楽しみにしているようだった。胡桃くるみも「楽しみにしている」と言ってくれたし、俺は頑張らないといけない。胡桃は俺のか、彼女で絵本に出てくる妖精みたいな女の子だ。「名は体を表す」とよく言われるむさ苦しい熊みたいな俺には勿体無いくらい可愛らしい女の子で、本当に俺なんかが彼氏でいいのか悩む。

 だが、コレを口にすると、胡桃は大きな瞳に涙をためて「私にどこか不満があるなら言って? 私、てつ君に釣り合うように頑張るから」なんて言ってくるのだ。そう言われると俺は何も言えなくなってしまう。俺と胡桃が釣り合わないんじゃなくて、俺が胡桃に釣り合わないのだ。胡桃に悪いところはない。それに「名前を呼び捨てにして」という胡桃のお願いに俺は未だに脳内なら呼べるのに、いざ声に出すと「く、胡桃」と言ってしまう。俺は駄目な男なんだ。今日こそは胡桃に相応しい男として活躍してみせると、心に決めて強く手を握った。

 開会式ではちゃんと選手宣誓を言えた。初めての試みである大玉転がしには胡桃自ら出場し、感想を聞かせてくれると言ってくれ、胡桃は「はじめてしたけど、楽しかったよ。数人でチームを作って一緒に大玉を転がすなんて考えたこともなかったから、画期的だったわ!」と笑顔で言ってくれた。笑った顔はやっぱり可愛らしかった。

 学年代表リレーは副会長の方の水瀬みずせや女バス部長の木賊とくさが出場していたこともあり、凄い歓声だった。開会式で紫堂しどうが挨拶をしていた時も凄かったが同じくらい凄かった。玉入れは団体競技だが、それぞれ団結して競技に挑んでいたと思う。短距離走は陸上部が大活躍していたな。クラス代表リレーは生徒会の龍崎りゅうざきが出ていたからか、やっぱり歓声が凄かった。

 昼休みは胡桃がわざわざ作ってきてくれた美味しい弁当を食べた。俺は体がデカくて大食いだから作るのは大変だったと思うけど胡桃はニッコリ笑って「鉄君のためなら全然大変じゃないわ! だって、いつも美味しそうに食べてくれるでしょ? 私はそれで十分よ」と言ってくれた。俺は世界で一番幸せ者なんじゃないだろうか? いや、幸せ者に違いない。

 のんびりと胡桃お手製のお弁当を食べた後、俺は応援合戦を監督しなければならなかったので、胡桃と別れた。応援合戦には、牡丹組と薔薇組の有志が行うことであり、毎年個性豊かな応援が行われる。俺も去年までは応援合戦に参加していたんだが、体育委員長は参加不可だったので今年は残念ながら参加出来なかったのだ。監督とはいっても怪我人が出た際に止めるために見ているだけで、何事もなければ楽しんで見学できる。

 その後は応援合戦参加者が部活動リレーに出場するための準備の時間を稼ぐために教師対抗リレーがある。俺は一応柔道部の副部長も務めているので部活動リレーに参加するために応援合戦を監督し終わったら直ぐに移動しなければならない。本当は部長にならないかという話で部長会の一員になるはさだったのだが、何故か気付いたときには体育委員長になっていた。本当に不思議なことだ。

 だが、応援合戦と違って、教師対抗リレーと部活動リレーは勝敗に関係ないので牡丹組、薔薇組関係なく楽しんでくれるから、俺も頑張らないといけない。胡桃にも「頑張って!」と応援されたしな。柔道部の魅力を伝えるためにも応援してくれた胡桃や部員達のためにも、みっともない姿を見せるわけにはいかないんだ。


* * * * * *


 「頑張る」と覚悟を決めていたはずだが、目の前の光景に少しだけ挫けそうになった。大玉転がしと同じく初の試みだった障害物競争が怪我人も出ず、かなり盛り上がり試してみてよかったと俺は安心していたのだ。それなのに、まさか、毎年恒例の借り物競争でつまずくとは思っていなかったのだ。

 ことの始まりは、問題児と有名になっている転校生が借り物競争に出場した時に引いたお題だ。転校生が借り物競争に出場するということまでは、問題はなかったのだが、引いたお題が「図書委員長」だった。普通の生徒なら簡単なお題だと喜ぶべきモノでお題の当人も進んで協力する。だが、転校生も図書委員長も拒絶反応をおこした。俺の目の前では現在2人の口論がくり広げられている。


「ちょっとぉ! 私と一緒にぃ来なさいよぉ!」


「いやですよ~。まともに、お願いすら出来ない方に~協力なんてしたくありません~」


「はぁ!? 私はぁ、ちゃんとぉ頼んでるでしょぉ!?」


「あら~? 「来なさいよぉ」なんて一方的な命令口調が~頼みごとをする際に使う言葉だと、私はじめて知りました~」


「ムカつくぅ! 私がぁ、わざわざ、来てあげてるのにぃ! あんた一体何様なのよぉ!」


「そうですね~。石蕗つわぶき学園の特別委員会所属の~図書委員長様です~。あと~。夢宮ゆめみや家のお嬢様ですよ~」


「誰もぉ! そんなことぉ! 聞いてないわよぉ! 頭ぁおかしいんじゃぁないのぉ!?」


「でも~。さっき貴女が「何様なのよ」と仰ったんじゃないですか~? 私はその問いに答えただけですよ~? 一体何がいけなかったんですか~?」


「ああ! もおぉ! ああ言えばぁこういうってぇ! あんたのためのぉ! 言葉みたいねぇ!」


「あら~。そうですか~?」


 何と言っていいのか分からないが、2人とも間延びした口調の割に険悪な空気を出している気がする。正直言って、女同士の口喧嘩なんて始めてみるから、どうすればいいか分からない。だが、俺は体育委員長だ。止めるべき何だろう。さっきから、夢宮のクラスの人間に縋るような目を向けられているし。様子を見に来たらしい特別委員会トップであり風紀委員長でもある柚木ゆずきは目を輝かせて、2人を見ているだけだし。「ええい! 男を見せろ大熊鉄!」と頭で叫び自分を奮い立たせて2人の間に割り込もうとした時、急に後ろから腕を引かれた。


「く、胡桃?」


「鉄君。あの2人は放っておいた方がいいわ。あと、少しでタイムリミットだし、下手に間に入ると拗れちゃうと思うよ?」


「そうなのか?」


「うん。女の喧嘩に男が口を挟むと大抵拗れちゃうものなの。だから、鉄君はどちらかが手をあげない限り口を出さないで。それに、風紀を乱すことを嫌うみどりちゃんも静観してるってことは止める必要がないってことでしょう?」


 俺にはよく分からないが、胡桃が言うことなら正しいんだろう。そういえば、今石蕗の魔女と呼ばれている雪城ゆきしろも同性相手の時は自分を中心に同性だけで相手をしたという噂だったな。それに、柚木は風紀を乱すことはよしとしない性格だし、その柚木が黙って見ているということは、俺も見ているだけの方がいいんだろうな。


「分かった。く、胡桃が言うなら、俺も黙って見ておくことにするぞ!」


「うん! 私の話をちゃんと聞いてくれて、ありがとう。鉄君!」


 ホッとしたように微笑む胡桃は可愛らしかった。恥ずかしくて本人にも他の誰かにも「可愛い」なんて言えないけどな。とりあえず、その後すぐに転校生はタイムアウトで強制的にリタイアすることになった。俺の判断が正しかったのかは分からないが、割り込んでいたら更にややこしくなっていたのは確実だから胡桃には感謝しなければならない。

 転校生は借り物競争で起こしたトラブルのせいでペナルティーが追加されていたが、それ以降の競技は特に問題は起きなかった。俺が出場した長距離走でも、怪我人が出る心配があった二人三脚も無事終わってくれたのだ。チーム代表リレーではやはり学園内でも人気者が数多く参加していたため歓声が凄かったが。何はともあれ、高校最後の体育祭はいい思い出になってくれた。

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