体育祭 4
結局玉入れまで終わり今のところ薔薇組が勝っていた。水瀬はあのまま一位でゴールし、玉入れも中学時代にバスケットボール部に所属していた人間が数人いたので、彼らに玉を集め投げてもらい私達のクラスは一位になった。ただ、薔薇組の方が勝っている部分が多いので、これからの競技に期待しよう。
「次ってクラス代表リレーだよね。龍崎君は出場するんだっけ?」
「そうらしいわね。予選勝ち抜けたらしいし。というか生徒会役員が所属しているクラスは全部本戦出場だったはずよ」
「あー。そういえば、クラス代表リレーだけ予選、本戦あるんだっけ」
「ええ。昨日が予選だったらしいわ」
「全然気にしてなかったよ。まぁ。あとで応援したらいいよね」
「ええ。それでいいと思うわ」
凪ちゃんとのんびり歩きながら生徒会役員待機場所に帰る。龍崎は恐らくもう移動しているだろう。帰りのルートは薔薇組側だったので、クソ女がいるか確認してみたが、予想以上に目立っていた。周りを女子に囲まれ、不機嫌な顔をしていたからだ。何というかまるで危険な猛獣とそれを出さないための堅牢な檻のように見えた。
クソ女には気付かれなかったようだが、私には「何で私がこんな目にあわなきゃなんないのよ」とか「これじゃイベントどころじゃないわ」とかグチグチ言っているのが聞こえてきた。他にも「何で颯君達も私のために動いてくれないのよ」とか「一樹先生だって酷すぎだわ」とか「やっぱり、あの“悪役令嬢”のせいよ」とか更に周りを敵にまわす問題発言をしていたな。
全く身の程知らずにもほどがある。こんな公衆の面前であんなことを口にするとは勇気があるというか無謀というか。十中八九後者だな。というか、クソ女は今の状況ですら何かイベントが起きると思っていたのか。相手からしてみれば殆ど初対面なのに。
幸い凪ちゃんには聞こえていなかったみたいだけど、「万寿菊の会」の子からは間違いなくメールがくるよな。特に楠木さんはクソ女な電波発言について色々教えてくれるだろう。ボイスレコーダーをジャージに入れっぱなしにしなければ、私も記録出来たんだけど。
「凪。雪城さん。おかえり。お疲れ様」
「ただいま帰りました。水瀬君もアンカーお疲れ様」
「お疲れ。あんた。アイツに写真撮られてたわよ?」
「ありがとう。アイツって蒼依のこと? 蒼依はイベント事の時はいつもあんな感じだから気にしないよ」
水瀬は私達にスポーツドリンクを差し出してくれた。結構気がきくな。蒼依に写真を撮られることは本当に気にしていないらしい。まぁ。何もなくても写真を撮ってまわるようなヤツだし。イベント事なら、悪化するって簡単に予想できるよね。
「水瀬も雪城も龍崎を応援してやれよー」
「って、若竹先生ったら一応颯君達はアタシ達の敵チームですよ? いいんですか。そんなこと言って」
「そういう茜も、さっきノリノリで颯達を応援していた気がしたが?」
「あら? アタシ達は生徒会ではあるけれど一生徒だもの。敵チームだろうが可愛い後輩を応援しても問題ないわよ」
茜先輩に相槌を求めるように視線を向けられたが少し困って苦笑で返す。だが、確かに茜先輩の言う通り、生徒が親しい後輩に肩入れするのと教師が特定の生徒――しかも、担当クラスでもない上敵チーム――を応援するのでは、少し状況が異なるのも事実だ。
「そろそろ始まりそうだ。観戦するなら席に着きたまえ。雪城と水瀬は体を冷やすから、早くジャージを着なさい」
「あっ、浅葱いるよっ! 浅葱っ!」
「「分かりました。烏羽先生」」
凪ちゃんと笑いあいながら、さっさとジャージを着込む。うん。暖かいな。冷えたドリンクもありがたいけど、ちょっと冷えすぎちゃったかも。要さんは私が冷え性って知っているから注意してくれたのかな? しかし、橘はいつも以上にテンション高いな。龍崎が走り出したら叫ぶんじゃないか?
「浅葱は何番走者だ?」
「浅葱は五番目だよっ! 周りはアンカーして欲しかったらしいんだけど、浅葱が緊張しちゃうから五番なの!」
「確か、クラス代表リレーは男女の順番自由だったよね?」
「うん! 浅葱のクラスは前半に女の子集めて後半に男子で一気につめるんだって!」
「お前。やけに、くわしくないか?」
「だって、浅葱のクラスのことだもん!」
あぁ。うん。こいつはやはり私の同類かも知れないな。だが、こんなに敵チームに情報流すとか迂闊すぎないか? 作戦までバレてるぞ。どこから漏れたかは分からないから、どうとも言えないけどな。橘がクラス代表リレーには出場しないから大丈夫だと思ったんだろうか?
「あっ。始まったね。僕達のクラスは今のところ二位みたいだよ」
「なんか、ウチのクラスって、本当に体育会系多いのね……」
「体育選択者はあんまりいないのに不思議だよね~」
「確かに。体育選択者は少ないのよね」
「言われてみればそうだね」
「先輩達! 真面目に浅葱を応援してよ!」
橘に怒られたが、まだ龍崎は出ていないだろうに。今の状況で龍崎の名前を叫ぶのはおかしいと思うんだが、私達も叫ばないといけないのか? ファンクラブ会員とかは、そんなこと気にせず叫んでるみたいだけど。でも、応援されすぎたら龍崎の場合、逆に緊張して本気出せないんじゃないか?
「あっ、ほら。次、浅葱だよ! 浅葱頑張れーー! 先輩達も応援してっ!」
つらつら考え事をしていたら龍崎の番になっていたらしい。黄色い悲鳴と橘の声で気がついた。意外と回りが早いな。学年代表リレーもこんな感じだったっけ? まぁ。別にどうでもいいか。
「龍崎君頑張れー」
「龍崎ファイトー」
「頑張れ! 浅葱!」
とりあえず、叫んだし。これでいいだろう。橘や茜先輩達はまだ叫んでるけど、キャラじゃないし。てか、あんたら一応敵チームだろう。本当にいいのか、それで。それにしても、龍崎は結構早いな。大柄で足が長いから一歩がデカいんだろうか?
「やったぁ! 浅葱一位だよ!」
「アンカーが抜かされなければいいがな」
「そうね……」
だから、何でアンタらはそんなに熱くなってるんだよ。そんなツッコミを入れているといつの間にか、龍崎のクラスが一位になっていた。コレで午前の競技は終わりかな。後は昼休み挟んで応援合戦と教師対抗リレーと部活動対抗リレーか。何か、カオスな予感だ。
* * * * * *
龍崎が戻って来てから、直ぐに昼休みのアナウンスが入った。時間は45分。食事をとるだけなら問題はないし、応援合戦の準備をするのも十分な時間のはずだ。生徒会役員は誰も応援合戦には参加しないので、ゆっくり休憩できる。若竹先生は流石に風紀委員の待機場所に戻って行った。あの人、結局、午前中ずっといたな。
「浅葱おめでとう!」
「おめでとう浅葱君」
「お、俺なんて全然。チームがよかったから……」
「全く、お前はやれば出来るんだから自信を持て」
「螢先輩の言う通りだよ。浅葱はもっと自信を持った方がいいね」
「あっ、えっと。俺……」
「別に、今はお説教はいいんじゃないですか? とりあえず、お疲れ様。龍崎君」
「お疲れ。あんた意外と足早いのね」
「あ、ありがとうございます」
会長達の言葉に俯いた龍崎は凪ちゃんに褒められたのが嬉しかったのか、ほんのり頬を赤く染めた。ぶっちゃけよう。すごく失礼だと思うが、がたいの良い不良系の男が顔を赤くしても気持ち悪いだけだ。そして、烏羽先生よ。まるで「青春だな」と生暖かい視線を送るのをやめてくれ。