体育祭 2
会長が開会式の為に壇上に登った途端、黄色い悲鳴が響き渡る。いろんな声が混ざりすぎていて聞き分けられないくらいだ。何か全校集会の時より悪化している気がするんだが、新一年の外部生まで会長ファンになったと考えれば、そうおかしなことでもない。
『只今より石蕗学園第二〇〇回体育祭を執り行う! 記念すべき年だからといって羽目を外しすぎないように。だが、存分に楽しめ!』
再び響き渡る黄色い悲鳴。そういえば二百回目だったな。すっかり忘れていた。壇上をチラリと見上げると会長のかわりに柚木先輩が階段を上っているのが見える。多分風紀委員長として注意事項を言うんだろうな。柚木先輩が凛と中央に立つと黄色い悲鳴は鳴りやんだ。別に柚木先輩が嫌われているわけではない。単純に柚木先輩は自分が何か言うときに騒がれるのが嫌いだと全員が知っているだけだ。
『我々風紀委員は体育祭という晴れの日であろうと不正や規則を破る者は見逃しません。それを忘れず自分を律し節度ある行動を心がけて下さい』
うん。注意事項というか脅し文句と言うか。でも、まぁ。さして言うことがないんだろうな。ウチの中学ではゴミについての注意事項とかあったけど、石蕗学園の場合ゴミは学園奉仕活動をしなければならないクソ女のような人間や後片付けをして下さる業者の方が集めて処分するし。
そういえば、クソ女は何に出るんだったかな? 私も凪ちゃんも玉入れっていう安全圏だから接触する不安がないってことで、あんまり気にとめてなかった。あっ。そういえば、楠木さんに「桃園さんは借り物競争にでるそうです」って報告もらってたっけ。
午前中が大玉転がし、学年代表リレー、玉入れ、短距離走(200m)、クラス代表リレーで昼休みと応援合戦と教師対抗リレーと部活動リレーを挟んで午後が障害物競争、借り物競争、二人三脚、長距離走(1000m)、チーム代表リレーで閉会式だったかな。
応援合戦は得点に加点されるけど教師対抗リレーと部活動リレーは加点されない。要するにお遊び企画だ。チーム代表リレーは体育委員が体育祭当日の様子や今までの成績で決めるので出場する本人達ですら指定されるまで分からない。名誉なことなんだろうが、大変だよな。
黄色い悲鳴ではなく野太い歓声が響き渡る。それだけで壇上を見上げなくても誰が居るのか分かった。確実に大熊先輩だ。大熊先輩は異性より同性に好感をもたれるタイプだけど、黄色い悲鳴があがらない理由は胡桃先輩が恐いからだと私は勝手に思っている。
『選手宣誓! 我々はスポーツマンシップに則り正々堂々と戦うことを誓います! コレにて、開会式を終了します!』
校長の言葉は閉会式だけなので、大熊先輩の選手宣誓及び開会式終了の挨拶を最後にやっと開会式が終わった。「やっと」と言うほど長い時間だったわけではないのだが正直に言ってテントが恋しいので早く戻ってしまいたい。
とりあえず、私と凪ちゃんは少しはゆっくりできる。玉入れは三番目だから待機場所に行くまでは時間があるだろう。石蕗学園の場合、待機場所もテントの下+椅子付きだから別に直ぐに移動でも困らないけどな。ただ、待機場所に行く前にジャージは脱がないといけないけど。
「えっと。最初は大玉転がしよね。初めての取り組みらしいけど上手くいくかしら?」
「うーん。体育委員の指示と選手のボールコントロール技術によるんじゃない? あとはチームワークかな?」
「とにかく、怪我人さえ出ないでくれたら俺はいいけどな」
「「若竹先生」」
声の人物を見ると現在学園一の苦労人である若竹先生が立っていた。苦労しているはずだが、体調管理をしっかりしているのかくたびれた様子はない。ちなみに烏羽先生と違いちゃんと体育祭らしいジャージ姿だ。
私達のように学園指定のモノではない某有名ブランドのロゴが入っている。こういう格好をしているとホストっぽさが少し薄れるな。暑がりなのかジャージをまくりファスナーを開けている。会長が開会式前にしていたのと同じ格好だ。
「おはようございます。若竹先生。どうなさったんですか? 私達に何か用事でも?」
「いや。用事はない!」
「そうなんですか……」
そんなキッパリ言われても反応に困るんだが。それなら一々話しかけないで欲しい。そもそも、若竹先生の持ち場は風紀委員の待機するテントだったと思うんだけど。わざわざ何しに来たんだか。
「若竹。私の可愛い生徒達を困らせるのはやめたまえ。雪城。水瀬。コレのことは気にせず観戦するといい」
「おい烏羽! コレって何だ! コレって! その物言いは失礼すぎるだろ! 親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らないのか。お前は!」
「ふぅ。騒がしい男だな。紫堂達も直に戻るのだから、用がないなら持ち場に戻れ」
「お前本当に冷めてるよな。風紀委員の連中は殺気立ってて落ち着かないんだ。かといって生徒に混じるとなぁ……」
やっぱり仲がいいから出来る会話なんだろうけど、烏羽先生は辛辣だなと思わず苦笑がもれる。だが、肩を落とす若竹先生の姿に彼がここに来た理由は分かった。風紀委員は新学期が始まって2ヶ月経っていない時点で問題児=クソ女がでたせいで殺気立ち、受け持ちのクラスに行くと件の問題児と関わらないわけにはいかず、他のところに行っても生徒達に囲まれて安らげないんだろう。
その点ここは生徒会役員の待機場所ということもあり、他と隔離された一種の孤立した空間になっている。入れる者は限られており無視した場合、ペナルティーがあるのだ。何より生徒会役員は体育祭に情熱を抱いて参加していない。一番、居心地がいい場所だと判断されてもおかしくはないな。
「若竹先生じゃないですか。どうして此処に?」
「あら。本当。何か用があったんですか?」
「こんな所で何をしているんです? 風紀委員達が暴走しないように監視しなくてもいいんですか?」
「あっ! 電波先輩につきまとわれてる苦労人先生だ! おはようございます!」
「も、萌黄失礼だろ! お、おはようございます。若竹先生」
どこかに行っていた生徒会役員達が思い思いのことを口にしているが、会長と橘は、割と酷いことを言ってるな。会長の場合、従姉妹である柚木先輩やその部下である風紀委員に暴走されたら迷惑だから意図的に言ってるんだろうけど、橘は完全に天然で暴言吐いてるよな。
「水瀬。矢霧。特に用はないんだ。紫堂。あいつらはあれで自制心が強いから大丈夫だ。橘。その電波先輩って、桃園のことなのか? それから龍崎。別に気にしなくていいぞ」
いい人だな若竹先生。全員の発言にしっかり返答している。丁度いいから若竹先生にクソ女への見解を聞いてみることにするか。このチャンスを逃すのは勿体ないしな。多分此処でならクソ女に見られる心配はないし。
「そういえば、若竹先生。桃園さんは何の競技に出場なさるんですか?」
「ん? ああ。桃園なら借り物競争にでる予定になっているんだが……」
若竹先生は困ったような顔をして言葉を詰まらせた。多分私と同じように「貸してくれる相手がいるのか」とか思っているんだろう。まぁ。私とは違って、クソ女のことを心配しているんだろうけど。お人好しな人だと思う。
「貸してくれる人いるのかしらね? ていうか、指定が人だった場合、絶対に一悶着あるわよ」
「やっぱり水瀬もそう思うか?」
「というか、本人以外は全員思っているんじゃないですか? 僕も凪と同意見ですし」
「そうかぁ」
若竹先生は再びガックリと肩を落とした。お気の毒だな。それと同時にパンっと音がなり大玉転がしが始まったのが分かったが今は観戦どころではない。それにしても、クソ女は本当に恵まれている。あんなに我が儘放題にしていても、若竹先生には見捨てられずにいるのだから。




