舞い戻る嵐 3
クソ女とは廊下で数回すれ違ったが監視役がしっかりしているお陰か問題はなかった。どうやら監視役は常に同じ人物が務めているわけではないようだが、クソ女を見る目は皆冷ややかなモノだった。クソ女はクソ女でそんなこと気にしないとでもいうように、すれ違う度に水瀬と蒼依に秋波を送り凪ちゃんを睨むということを繰り返していた。
監視役は恐らく特別委員会の管轄なのだろう。彼女達の視線の冷たさは日を増すにつれて強くなっている。特別委員会役員は基本的に凪ちゃんに好意的だし、もちろん、その下についている彼女達も凪ちゃんに対して悪感情を抱いている人は少ないから無理もないけど。
ちなみに水瀬と蒼依は秋波をスルーし、クソ女に対する酷評をすれ違う度にしているが、あまり効果は見られない。いや、効果が出た結果として凪ちゃんを睨む視線が強くなってるんだろうか? とりあえず、癪に障るから私はクソ女とすれ違う度にボイスレコーダーを起動しながら凪ちゃんの注意をひくために世間話をした。
本当は酷評に加わりたい気持ちもあったがクソ女に睨まれたせいで凪ちゃんが傷つくなんて嫌だしな。それなら、凪ちゃんが醜悪な視線に気をとられないように道化を演じる方がマシだった。そもそも凪ちゃんはクソ女ごときが睨みつけていい子じゃないというのにクソ女は未だにそれに気づいていないらしい。本当に攻略キャラ以外見えていないというか、何というか。
凪ちゃんは水瀬家の令嬢であり生徒会役員だ。ぶっちゃけ学園内の特権階級に位置する。その上、学園外でもかなり強い影響力がある家柄だ。そんな人間を特権階級ありきの学園で格下も格下の人間が睨みつけ妙な言いがかりをするなど言語道断。非常識中の非常識とも言えるような行為だ。
水瀬達への付きまといに対してファンクラブ達がキレたのも周りが諫めたのも、ソレが理由だったりする。明らかにクソ女の行為は学園内の人間――特に内部生から見たら不敬なものだった。それくらい、学園に来たら新入生であっても1ヶ月くらいで学ぶ。
ちなみに朽葉は生徒会役員バッチを付けていた私に対して意見したが、あれは朽葉側が本来なら正論だから問題はないし、私は一応生徒会補佐兼「万寿菊の会」会長というある種の特権階級ではあるが奨学生という立場は同じだから尚更だ。
でも、クソ女と凪ちゃんや同じく暴言を吐かれた柚木先輩や付きまとわれた水瀬達は全く立場が違う。まだ、クソ女が奨学生や特待生なら学園に貢献しているとして問題行動を起こしても性格が悪くても周りは少しだけ大目に見ていたかもしれない。だが、クソ女は貢献もせずに迷惑行為だけをしたから、今こんな状態なのだ。
クソ女と同じクラスの楠木さん曰わく「いつも文句ばかり口にしています。私達は聞き飽きました」とのことだし、クソ女がこの現実や学園の内情に気づくのは大分先だろう。クソ女の立場を乗っ取った私が言うのもなんだが、何かしらの結果を残してから、やらかすならやらかせよ。全く、特権階級アレコレなんて嫌なこと思い出したな。
* * * * * *
「そういえば、あと少しで体育祭よね。皆は、何に出るのかしら? ちなみに、アタシ達は二人三脚よ」
「僕は障害物競争だよ! 楽しそうだから立候補したんだ!」
「お、俺はクラス代表リレーです。何で、俺なんかが選ばれたのか……」
「実力があったからだろう?」
「螢先輩の言う通りだよ! 浅葱は足早いんだから自信持ちなよ!」
「お、おう」
これは私達がフォローすべきだったんだろうか? 一応味方チームだし。茜先輩が苦笑してるあたり多分フォローすべきだったんだろうな。でも、龍崎が足早いとか私と凪ちゃんは外部生だから知らないし仕方ないよね。
「お前達は何に出るんだ?」
「僕が学年対抗リレーで凪と雪城さんは玉入れですよ」
「あら? 凪ちゃん今年は走らないのね?」
「ウチのクラスやたらと体育会系が多かったのよね。だから私が出る必要なかったの」
「なんだそれ? 体育特待生はどのクラスも同じ人数だろう?」
「確かに会長の仰るとおりなんですが、運動神経に優れた人間が多い上、性格的にノリがいいというか……」
「やる気のある人が多かったわけね。颯君も立候補?」
「いえ。僕は……」
「女の子達に押し切られたのよね」
「凄かったよね。「是非! 水瀬様の走る姿を拝見したいですわ!」とか」
「「私もよ! お願いいたします水瀬様!」って。私と瑠璃ちゃん除く女の子全員参加してたんじゃない?」
「お、俺の時と似てる……」
肩を落とす水瀬と呆然と水瀬を見つめる龍崎。何か面白いというか珍しい構図だな。他の生徒会役員も同じような体験を少なからずしているらしく、水瀬に哀れみの目を向けている。モテる男は大変だな。
しかし、私達のクラスの競技を決める争いはなかなか楽しかったな。ぶっちゃけ、運動が苦手な私にしてみれば非常にありがたかった。だって、皆して目立ちたがりというか出たがりなんだもんな。意外だったがクラスメイトは、お祭り体質の集まりだったらしい。
蒼依は借り物競走にノリノリで立候補していたし、押し切られて仕方なくという形でリレーに出るのは水瀬1人だったりする。あとは皆、好きな競技を選び重なれば白熱したジャンケン勝負になり勝者は喜びのガッツポーズを敗者は悔しそうな表情を浮かべていた。
たかだか体育祭で出場する競技を決めるためだけに、あんなに白熱した戦いが繰り広げられるのを初めてみた。一体、何が彼らをそこまで駆り立てるのだろうか? 確かに目立てはすると思うが、得することなんて、それぐらいだろ。正直に言って私には理解できない。
出場する競技を決めるだけで、この有り様なら本番はどうなるんだろうか? 何か、かなり不安になってきたな。クラス単位で熱狂的な応援をするなら、ついていける自信がない。生徒会役員用の席で常に仕事をしていた方がマシな気がする。まぁ。まだまだ若いし元気がいいのは素晴らしいことだとは思うんだがな。
救いがあるとすれば、別に競技で負けたからといって、文句を言う人間がいなさそうなところだ。たかだか体育祭の競技で負けた程度で責められたらたまらない。いや、でも私にとっては「たかだか体育祭」だけど、彼等にとっては違うのかもしれないな。何にせよ熱くなるところは熱くなるが、場や状況をわきまえた判断が出来る人間が集まっている気がする。
まぁ。当たり前と言ったら当たり前なのだ。なんせ、私達のクラスは色んな意味で問題児というか扱いづらい私と凪ちゃんと蒼依の3人がいることを前提条件として作られたクラスなわけだし、周りが人格者だらけなのは何らおかしなことではない。
考えると腹が立たないでもないが、クラスにいて窮屈な思いをせずにすむのは助かるな。最初は考えてクラス決めしろよとか思っていたが、案外学園側はちゃんと考えていたのかもしれない。担任が若竹先生や烏羽先生のように、安心して私達を任せられる人間にしなかったのもよかったのだと思う。
守山先生のように、おっとりした一種不安を抱かせる担任だったからこそ、生徒が自主的にクラスをいい方向へ持っていこうと努力した結果が今なんだろう。幸い私だけじゃなく凪ちゃんも今のクラスが好きらしいし。蒼依も積極的にクラスを居心地のいい場所にするように尽力している。水瀬もあまり口出しはしないけど、言うことはしっかり言うしな。
逆にクソ女のクラスはどうだろうか。若竹先生という家柄もよく優秀で若いながらも生徒指導部に所属する教師が担任をしているが、あのクラスは、あまりまとまりがない気がする。クソ女に嫌悪感を抱いているという点だけは一致しているようだが教室の空気は微妙なものらしい。
若竹先生は情熱のある教師だが問題があると要さんは言っていた。若竹先生は「挫折」を知らない。幼い頃から愛情豊かな家で育ち学園でも周りは善人ばかりが集まり、とんとん拍子に教師になった。だから、きっと今が彼の踏ん張りどころだろう。
クソ女をちゃんと罰せられるか、他の生徒の不満を理解できるか、彼はクソ女によって成長するのかもしれない。別に若竹先生が成長してもしなくても、どちらでもかまわないが、何だかんだで御世話になっている要さんの友人だし。私達に害がないなら応援だけはしたいと思う。応援だけは、ね。