四月の終わり 2
幸か不幸かクソ女が警備員に連行される前に守山先生とクラス委員が戻って来てしまった。外で何を話していたのかは聞こえなかったので知らないが、ドアが開いたときにはクソ女の姿がなかったあたりドアの仕組みや警備員について教えてしまったんだろう。少しだけ残念だ。
そして、やっと配られたプリントには、ゴールデンウイーク中の注意や緊急連絡先が書かれていた。少し気が早いと感じないでもないが、時期的に、あっという間といえばあっという間に5月ではあるか。ちなみに、このプリントは生徒会が製作したモノではなく生徒指導部が製作したモノだ。
内容をよく見てみると事故に気をつけろとか病気に気をつけろとか法に引っかかることはするなとか課題をしっかりしろとか中学の時とそう変わらない一般的な休み中の注意が書かれていた。こういう身近なモノを見ると何となく安心する。
しかし、中には金持ち学園らしく海外は日本と文化や法が違うから気をつけろとかもあったが。まぁ。金持ち達はゴールデンウイーク中は海外に行く人間が多いみたいだしな。あとは国内の別荘とかか。バカンスを楽しみながらも課題提出率は悪くないみたいだし、羨ましい限りだ。
去年のゴールデンウイークは凪ちゃんとショッピングモールに行ったり、お泊まり会をしたり、課題を一緒に片付けたりと結構充実していた。今年もそんな風に過ごせたらいいんだけどな。ショッピングモールはクソ女と遭遇する危険があるから無理かもしれないが、お泊まり会は出来るだろうか?
あぁ。でも、凪ちゃんが「家族と過ごしたい」と言うなら邪魔は出来ないよな。どっちなんだろう? もう予定とか決まってるのかな? 気になるけど、なんとなく今は聞きにくい状況だ。なんせ、直ぐ側に水瀬が居るから。家族と過ごすことを全力で否定されたら流石にいたたまれない。
今更だが、ゴールデンウイーク中の生徒会の活動はどうなるんだろうか? 会長とかは海外で優雅なバカンスと洒落こんでいそうだけど。体育祭についての話し合いが終わった以上コレといって話し合うことはないんだよな。次の大きな行事と言ったら10月の文化祭だし。流石に今話し合うには早すぎる内容か。まぁ。文化祭前にも細々とした行事はあるけど。
忘れていたが、二年には6月に一大行事である修学旅行があるんだった。でも、修学旅行について生徒会で話し合うことって何かあるんだろうか? 去年は生徒会に入ってなかったから凪ちゃんに聞いたり出来なかったんだよな。守秘義務の関係で話せないっていうのは分かってたから困らせたくなかったし。
そういえば。クソ女はちょっと金持ちの転校生になっているみたいだが、海外に行ったりするんだろうか? 一体、ゲーム内容をどこまで知っていて、どこまで知らないのか分からないから困るんだよな。私は会長達がゲーム中でゴールデンウイークに何をしているか知らないし。あっ、でも、それとなく明日にでも聞いてみればいいだけか。今の私はソレが出来る立ち位置だしな。存分に活用させてもらおう。
* * * * * *
スマホの鳴る音で目が覚めた。慌てて時計を見ると、7時過ぎになっている。やっぱり疲れていたらしく、食事もとらずにリビングのソファーで眠ってしまったようだ。授業中に居眠りしなかっただけ、まだマシか。しかし、スマホということは学園に関する内容ということだが、一体誰からだろうか?
「生徒会長と副会長から?」
まず、優先順位を考え会長のメールを開くと『明日の昼休み生徒会室』と実に簡潔な内容が記されていた。わざわざメールしなくても最近は全員生徒会室に集まっているはずだが、それでもメールするあたり重要なことなんだろうか? とりあえず『分かりました』とだけ返信した。
次に「万寿菊の会」の副会長からきたメールを開く。驚くべきことに会長と全く同じ時刻にメールが着ていた。『また、例の転校生が凪様や会長のクラスに迷惑をかけたそうですね。何か対策をとりますか?』と記されている。これは、何て返すのがいいんだろうか?
今のところは、まだ静観しておきたいんだよね。ちょっと、堅苦しくして、そう返せばいいかな? よし『今暫く静観しましょう。彼女については、過去の素行についてや経歴を生徒会や特別委員会で調査中ですし、どうせなら、もう少し泳がせてから徹底的にやりましょう』と。実に石蕗の魔女らしい文面だと思う。多分、これで納得してくれるだろう。
少し待つと副会長から返信が来た『かしこまりました。会長の仰せのままに』と書いてある。内心はどうか分からないが、一応納得してくれたと思いたい。上流階級に位置する家柄の彼女とは友好的な仲で居続けたいし。まぁ。邪魔になったら切り捨てるしかないわけだけど。
そう思いながら、プライベート用のガラケーを見てみるとメールの受信を知らせる光を放っていた。開いてみると、はじめにクソ女について教えてくれた一組所属の「万寿菊の会」の子からのメールが届いていた。彼女は『本日の転校生の問題行為』として、クソ女の問題行為をほぼ毎日送ってくれている。ちなみに私は「桃園姫花が何か問題行為を行ったらメールして欲しい」と頼んだだけだ。後は察してくれるとありがたい。
内容は蒼依達へのつきまとい、私達のクラスへのドア事件、授業の遅刻、授業中の居眠りや忘れ物などの問題行為が書かれている。一体クソ女は何をしに学園に来ているんだろうか? つきまといや遅刻や居眠りや忘れ物はメールにほぼ毎回書かれているのだ。
遅刻や居眠りや忘れ物は自分のためにもよくないはずだが、何を考えているんだろうか? 何だか、ここまで来ると転校できたことすら怪しく見えてくる。まさかと思うが自分が“女主人公”だから何をやっていても退学させられるわけがないと、未だに思っているのか?
一組の子から先日『桃園姫花は自らは水瀬様達に嫌われることなど有り得ないと思っているようです。今の状態も拒絶されているのではなく恥ずかしがっているだけだと思いこんでいるらしく……。その上、若竹先生に注意されても先生が水瀬様達に嫉妬していると思っているようで、マトモに話を聞きません。私達の注意に関しては、水瀬様達に愛される自分を羨み嫉妬しているがための暴言だと感じているとか』というメールが来たが、まさか今もそう思っているんだろうか?
いや、こちらとしては、そういう勘違い思考をし続けてくれた方が助かりはするんだが、転校して来てから一週間も経っているのだし、いい加減に気づいてもいい気がしないでもない。それとも、気づいてはいても、それを認められないんだろうか? 一応“女主人公”という立場だから。
しかし、こんな思考回路で家族仲は良いとか、どうなっているんだろう? 若竹先生が会った御両親はマトモだったらしいし。もしかして二重人格とかじゃないよな? 私の場合は“私”の自我がちゃんと目覚める前に“ワタシ”が塗り潰すような形になったが、桃園姫花はいつ自身が転生者だと自覚したんだろう?
本当に、何で考えても、どうしようもないことばかり浮かんでくるんだろうか? これでは“ワタシ”の時と何も変わらないじゃないか。でも、そんな自分を嫌悪すると同時に、どこか冷静な自分が当然だというのだ。私は“ワタシ”なんだから仕方ないだろうと。
だって、この世界に本来いたはずの“雪城瑠璃”を“ワタシ”が塗り潰してしまったのだから。だから私は本来の“雪城瑠璃”がどんな思考でどんな行動をとる人間だったのかすら分からないのだ。