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石蕗学園物語  作者: 透華
21/107

初対面 2

 その声を不快に感じたのは私だけじゃなかったらしく、なぎちゃんも蒼依あおい水瀬みずせも顔をしかめた。顔すら見ていないのに名前を言い当てたということは、どうやら、隠しキャラの“男主人公”も知っているらしい。


「どぉしてぇ。2人ともぉ。こっちを見てくれないのぉ」


 本人は可愛いと思ってやっているのかもしれないが、正直に言ってかなりうざい。声をかけられた2人は更に顔をしかめ振り向く気はないようだ。というか、自分に声をかけられたら相手が振り向くのが当然だと思っているんだろうか。その思考が既に痛い。

 とりあえず、私は彼女がいつボロを出してもいいようにポケットに入れている小型のボイスレコーダーと胸ポケットに入れているペン型のカメラのスイッチを押した。今回は動画撮影に設定している。最近の科学技術の発展は本当に素晴らしいと思う。こんな便利なモノが簡単に手に入るのだから。これらには昔からとても世話になっているのだ。


「もぉ。2人ともぉシャイなんだからぁ」


 その声が聞こえたかと思うと、声の主――亜麻色のボブカットの髪に赤いカチューシャ、桃色の瞳をした凪ちゃんに劣るが可愛いらしい少女が水瀬の腕に抱きついた。そう、コイツこそ“女主人公”桃園姫花ももぞの ひめかだ。しかし、直に見ているとゲーム内より劣化している気がするな。そして、桃園よ水瀬の顔を見てみろ完全に引きつってるぞ。蒼依なんて「俺じゃなくて良かった」とでも言いたげに安堵の溜息を吐いている。


「ちょっと、君。離してくれないかな? 正直に言って不愉快なんだ。それと、本人の許可なしに名前を呼ぶなんて失礼だと思わないのかい? まぁ。君がどう思うかは別として僕は不愉快だから名前を呼ぶのも引っ付くのもやめてくれ」


 水瀬は私が聞いたことも見たこともないほど冷たい声と冷たい目をして桃園姫花を見下ろした。意外だな。こんな声も出せたのか。桃園はまさか水瀬にそんな反応をされると思っていなかったのか、ビクッと体を震わせ視線をさまよわせた。まずは、救いを求めるように蒼依を見たが蒼依はどこ吹く風とでもいうように自分のデジカメを眺めている。視線には気づいているが無視することにしたらしい。次いで、やっと桃園は私と凪ちゃんに気がついた。その瞬間瞳が輝いたあたり妙な勘違いをしたらしい。


「颯君がぁ。そんな酷いこと言うなんてぇ。そこのぉわるぅい従姉妹のせいなんでしょお? 私ぃ。ちゃんとぉ分かってるからぁ」


「は? 変な濡れ衣着せるのやめてくれる?」


「やだぁ。こわぁい」


 桃園の物言いにイラッと来たが何とか耐えて、水瀬に視線を送る。「とっとと、このクソ女引き剥がせ」という気持ちはもちろん込めた。だが、まぁ。これでこの女が転生者だと確信できた。この学園内で凪ちゃんの悪口を言うヤツなんていないし。それに、丁度良いから凪ちゃんのかわりに私が売られた喧嘩を買ってやろうか。


「転校二日目にも関わらず凪様を「悪い従姉妹」と仰るなんて何か根拠がおありなんですよね? まさか何の根拠もなしにそのような失礼な物言いをなさったとは言わせませんよ? あぁ誰かから伺ったのなら是非その方を私に教えてくださいね然るべき対処をせねばなりませんので」


 スラスラと一息で言い切ってやると桃園――もうクソ女でいいか――は目を白黒させていた。まさか私のような地味もとい“悪役令嬢の取り巻き”がそんなことを言うなんて、想像していなかったんだろう。ちなみに、凪ちゃんを凪様と言ったのはわざとだ。クソ女は、怯えたように水瀬に強くしがみついたが、水瀬はとうとう乱暴にクソ女を引き剥がした。


「僕に馴れ馴れしい態度をとるだけでなく、従姉妹に対して訳の分からない濡れ衣を着せるのはやめてくれ。僕が君を拒むのに彼女は関係ない」


「そんなぁ。私ぃ。颯君のことをぉ思って言ってあげたのにぃ。皆ぁひどぉい」


 わざとらしく顔を歪めて肩を揺らして俯いたが芸達者ではないらしく涙を流したりは出来ないらしい。現に顔を拭う振りはしてあるが手に水はついていないし、廊下にも水滴は落ちていない。どこまでも、残念な女だ。


「お前達。こんなところで何してるんだ? もうじきHRだぞ?」


 そう言いながらクソ女が来た方向からやって来たのはクソ女の担任の若竹わかたけ先生だ。クソ女は「味方が来た」とでも言った感じで素早く顔を上げ若竹先生に走り寄ってしがみついた。やっぱり泣いてねぇじゃねぇか。


「若竹せんせえ。皆ぁひどいんですぅ」


「おはようございます。若竹先生」


「おはよー。若竹先生」


「おはようございます」


「あんた。担任なんだから、その失礼な女なんとかしてよね」


 クソ女と凪ちゃん以外平然と若竹先生に挨拶をしたが、2人の様子で何があったのか理解したらしく、チラリと私を見てきた。今はちょっと喧嘩を買っただけで、まだ何もしていないというのに正直に言って心外だ。ついでだし、少しいじめてやろうか。


「若竹先生。そちらの桃園姫花さんはどうやら凪様を何方からか水瀬君の「悪い従姉妹」と吹き込まれたそうなのですが、私にはどなたか見当もつかなくて困っているんです。信用されている若竹先生になら、きっと答えて下さると思いますので、分かりましたら後ほど私に教えていただけませんか?」


 私の言葉に若竹先生は分かりやすいほど顔を青くした。水瀬は苦笑し蒼依は必死で笑いを耐えている。凪ちゃんは感動しているのか目を潤ませて私を見てきた。うん。やっぱり、クソ女より凪ちゃんの方が何倍も――いや、月とスッポンを比べても意味がないな。やめておこう。

 キンコンカンコーン、キンコンカンコーンと、いい感じに予鈴がなってくれたので、私は凪ちゃん達を促し目を円くしたクソ女と青ざめた若竹先生を放置して教室に入った。


* * * * * *


 ボイスレコーダーを切りカメラのスイッチも消しながら教室に入ると一気に女子達に囲まれた。男子も遠巻きにだが、こちらを見ている。どうやら私たちのやりとりを教室の窓やドアから見ていたらしい。まぁ。野次馬をしたくなる気持ちはよく分かる。私が彼らの立場でも多分しただろうし。あんな近くで噂の転校生と学園の良くも悪くも有名人がやり合ってたら気にもなるよな。


「流石、会長と凪様ですわ! あの毅然とした態度。素敵でした! 私「万寿菊の会」の会員でよかったです!」


 拳を握りしめ熱弁してくれるのは、少し恥ずかしいが、ありがたいな。他の女子達もうんうんと頷いているが、ちょっと待て「万寿菊の会」以外の人間も大勢いるだろうが。あんたら何で頷いてるんだ? とりあえず、熱弁してくれた子に凪ちゃんと2人でお礼を言うと彼女は嬉しそうに笑った。


「本当にお二人の対応は素晴らしかったわね」


「あら。水瀬様もご立派でしたわ」


「ええ。普段の優しいところも素敵ですが、あのようなお姿も素敵ですわね」


ひいらぎのあのスルーっぷりも凄かったよな」


「確かに。ひたすら我関せずで1人カメラ見てたしな」


「とりあえず、そろそろ席に着こうか。守山もりやま先生が来てしまうよ」


 水瀬の鶴の一声で口々に感想を述べていたクラスの人間が蜘蛛の子を散らすように自分の席に戻っていく。勿論蒼依も私達とはかなり離れた窓際の一番後ろの席へと向かった。本来ならクラス委員の役割だろうが、流石生徒会副会長様と言ったところか。しかし、若竹先生がこれから、どうするのか見物だな。後あの頭の軽そうなクソ女の動きも楽しみにさせてもらおう。あの女がボロを出せば出すほど、こちらは有利になるのだから。


瑠璃るりちゃん」


「何? どうしたの凪ちゃん?」


「ありがとう。庇ってくれて。若竹にも色々言ってくれたから、何だかスッキリしたわ」


「うん。どういたしまして。私も若竹先生の顔見て、ちょっとスッとしちゃった」


 2人で顔を近づけて、まるで悪戯が成功した子供のように密やかに笑い合う。私はこの笑顔のためなら、どんなことだって出来るのだ。例え、それで多くの人を傷つけるとしても。だから、凪ちゃんはいつだって笑っていてくれたらいい。私は凪ちゃんの笑顔を見るだけで幸せになれるんだから。


* * * * * *


 一限から選択科目だったためクソ女は水瀬や蒼依と接触しようとしていたが三組のみならず自分の所属する一組からも徹底的に邪魔されていた。邪魔をしていたのは主に女子で好意的に「桃園さんは転校してきたばかりで、学園に詳しくないでしょう? 迷っては大変ですから私達がお連れしますわ」と声をかけてクソ女を取り囲んでいた。

 クソ女はそんな彼女達を押しのけて蒼依達に近づこうとしていたが、かなり周りの心証を悪くしたことだろう。なんせ、クソ女は「私ぃ。案内されるならぁ颯君達にぃしてほしいのぉ。だからぁ。貴方達はぁいらないわぁ」とかぬかしていたのだから。クソ女の言い分は少なくとも彼女達の心境を知らない人間から見たら親切に接してくれる相手に対して、失礼すぎる対応をしているようにしか見えない。

 水瀬達を攻略したいならもう少し考えて動いた方がいいと思うのだが。無理そうだな。クソ女だし。あぁ。ちなみに彼女達とクソ女の会話はバッチリ、ボイスレコーダーに録音しておいた。これも、いずれ役に立つだろう。どんどんボロを出してくれて、此方としては本当に、ありがたい。

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