来る“女主人公” 2
まだ、“女主人公”は情報としてしか出てきません。いつになったら出せるんだろう。
平穏な日々は緩やかだが確実に過ぎていき、とうとう“女主人公”桃園姫花が転校してくる日になってしまった。打てる手は打った今、私に出来ることは、桃園姫花を監視することくらいだ。まずは、転生者かどうか見分けなければいけないが、私のように隠そうとするならば難しいことになる。だが、まぁ。桃園姫花が攻略キャラを攻略することを望んでいるならば、行動からそれとなく分かるし、攻略する気がないのなら、それはそれで構わない。
そうそう打てる手といえば、「万寿菊の会」の人間に「同学年に来る転校生ということもあり凪ちゃんが害されないか心配だ」と吹き込んでおいたりもしたな。彼女達は、その言葉に不安を感じたのか、それとなく凪ちゃんを見守ってくれている。持つべきものは有能なファンクラブ会員といったところか。
石蕗学園には転校生が稀ということも有り桃園姫花が転校してくることは、ちょっとした噂になっていた。ただ、転校生がご令嬢ではなく、少し金持ちの一般庶民ということで噂は直ぐに消えたが。だが、桃園姫花は確かゲーム設定上かなりの美少女だったはずなので、転校してきたあと、つまり今日から少し騒がしくなりそうだ。
あくまで、少しなのは、この学園にはやたらと容姿のいい人間が集まっているからである。多分外部生以外は直ぐに飽きるだろう。内部生はあくまで家柄を重要視している人間が多いし、たかだか一般庶民にうつつ抜かしてるなんて外聞の悪い真似は好まないから。
ちなみに、私はゲーム設定上かなりの美少女だと言ったが、写真を見る限りだと凪ちゃんよりも何倍も劣って見えた。共に転校生の写真を見ていた生徒会役員達も「どっちかというと可愛いかな」程度の認識だったので少しだけ安心した。転校生の写真を見ていた理由は「何か問題を起こす可能性があるから知っておいた方がいい」という判断でだ。
HRがはじまると一組の方がワッと騒がしくなった。恐らく、桃園姫花が転校生として紹介されているのだろう。そういえば、この世界の桃園姫花の過去はどうなっているんだろうか? “悪役令嬢”の凪ちゃんや“悪役令嬢の取り巻き”の私“男主人公”の蒼依にもちゃんと過去がある。義務教育を受けて、この学園にだって入学している。それならば、今までの“女主人公”の素行を調べてみるのもいいかもしれない。
それなら、まず通っていた学校の裏サイトで聞き込みでもしてみようか? 裏サイトで聞き込む理由は単純に悪意が書き込まれやすいからだ。過去ログを辿る方が賢明かもしれないな。生徒会役員なら通っていた学校くらい権限で調べられるだろうし。
「瑠璃ちゃん。一組盛り上がっているみたいだけど、そんなに盛り上がるような子だったっけ?」
「私には凪ちゃんの方が何倍も魅力的に見えたけどね。どうなんだろう? 人の好みは人それぞれだし」
「もう瑠璃ちゃんたら!」
「雪城さんってサラッと凄いこというよね。……まぁ。僕も同意見だけど」
これぐらい、事実なんだし、あっさり言えるだろう。それを大声で言えない水瀬は割とヘタレなのかもしれない。しかし、照れた凪ちゃんはやっぱり可愛いな。桃園姫花なんて目じゃないレベルだ。
私達がHR中であるにも関わらず最前列で会話を繰り広げているのは守山先生のHRが直ぐに終わったからだ。ゆっくりのんびりした、おじいさんだが特に話す内容がないときは、本当に早く終わる。まぁ。話す内容がある時はプリントを配り忘れたりなどのトラブルがつきものなわけだが。だから、今は貴重な自由時間のようなものだと言える。
今日の一限は必修科目の英語で三組の担当は言わずもがな烏羽先生だ。見事に厄介なクラスを押しつけられた形になっているが、全く気にしていないあたり流石烏羽先生だと皆、口を揃えて言っているらしい。全く失礼なヤツらだ。
二限は選択教科の現代社会(必須科目の公民の補足のような科目)なので転校生のクラス担任となった若竹先生の授業だ。恐らく彼は生徒に桃園姫花について質問責めに合うことだろう。私は静観しながら話だけ聞かせてもらおうかと思っているのだ。自分から質問に行く気はない。
そうそう凪ちゃんとは示し合わせて教科を選んだが何故か水瀬とも蒼依とも、かなり教科がかぶっているのだ。恐らく、水瀬が凪ちゃんの受ける教科を選び、蒼依がそれに乗っかったんだろう。まぁ。蒼依は質問責めをする側の人間なので、今回ばかりは感謝したい。後でいい情報が聞けそうだし。
* * * * * *
「若竹せんせーい! 転校生って、どんな子ですか?」
「可愛い?」
「先生の好み?」
「あっ! 名前はなんていうんですか?」
「どうして、こんな中途半端な時期に転校して来たんですの?」
やっぱり質問責めになったな。質問責めと言えば、一限の烏羽先生に質問した猛者もいたけど、全部「若竹先生か本人に聞きたまえ」で流されたんだよね。その反動でか、三組の人間は若竹先生を取り囲むようにして質問をしている。というか「先生の好み?」って聞いて「好み」って答えたら、どうなるんだろうな。桃園姫花は即いじめられっ子になりそうだ。
「ああっ! もうっ! 何なんだお前等! そんなに気になるなら、烏羽に聞いとけばよかっただろうが!」
「烏羽先生は「若竹先生か本人に聞きたまえ」って俺達の質問全部流したんですよ。だから、若竹先生に聞いてるんです。あっ。転校生って出身どこ? 中学は公立? 私立?」
「烏羽ー!」
うん。若竹先生が叫びたくなる気持ちは分かる。蒼依の馬鹿正直な言葉のせいで先生方が喧嘩しなければいいけど。いや、烏羽先生なら若竹先生の怒りもスルーしそうだな。しかし、とっとと質問に答えた方が自分のためだと思うんだが。つうか、さっさと私に情報を流せ。そんな気持ちで若竹先生を睨んでいたら、その視線に気づいたのか、一瞬気圧されたような顔をしてから肩を落とした。
「まず、転校生の名前は桃園姫花。どちらかと言えば可愛いだろうが、石蕗には美人が多いからな騒ぐほどでもないだろう。俺の好みではないな。性格は会ったばかりだから、よく分からないが人見知りは全くしないタイプらしい。この時期に転校してきたのは親の仕事の都合でコッチに急遽戻ってきたからだそうだ。だから、中学は都内の公立らしいぞ」
「へぇ。都内の公立かぁ。俺、知ってるかな?」
「知ってるんじゃないか? 花の名前の中学に通ってたらしいし。あっ、ちなみに、この情報の殆どはウチのクラスのヤツは知ってるぞ。本人が自分で話してたようなものだからな」
若竹先生の言い方に何かひっかかる。「人見知りしないらしい」とか「自分で話してたようなもの」とか、もしかして、いきなり親しげに話をされたのかもしれないな。確か一組にも「万寿菊の会」の子が居たはずだし話を聞いてみようか? もし、この予想が当たっているなら転生者かよっぽどの男好きかのどちらかだろう。しかし、都内の花の名前の中学校に通っていたとは、多少は調べやすくなった。まぁ。本当かどうかは分からないが。転校初日から担任には必ずバレる嘘を言うほど馬鹿ではないだろう。
「ほら、そろそろ授業をはじめるぞ、ここには奨学生だっているんだ。授業を遅らせるわけにはいかないからな」
若竹先生はちらっと私を見てから自分を取り囲む生徒を諭した。どうやら私の睨みは「質問に答えて、さっさと授業始めろ」と先生には伝わっていたらしい。やはり、アイコンタクトは、ある程度親しくないと難しいものだな。
その後の授業は滞りなく進んだ。若竹先生の教え方が上手いのか活力のある声の効果なのか寝る人間は1人もいないようだった。勿論集中力がなく、別のことをして注意される人間もいなかった。やっぱり、授業中は何も考えずに落ち着いていられる。
* * * * * *
「雪城。水瀬、っと女の方な。後、柊少しいいか?」
授業が終わり教室から出ようとすると若竹先生に呼び止められた。思わず呼ばれた私、凪ちゃん、蒼依、それから水瀬の4人で顔を見合わせる。クラスの中はもう大分落ち着いていて、授業が始まる前の好奇心に溢れた空気ではなくなっていた。呼び止められた私達に視線を向ける人間達は水瀬の笑顔で威圧されすごすごと立ち去っていった。
「何でしょうか?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあってな……」
ヤケに歯切れの悪い若竹先生に首を傾げる。普段は無駄にハキハキした人なのに、一体どうしたのやら? だが、まぁ。おおよその予想はついているので尋ねてみることにした。
「もしかして、桃園さんが、どうかしました?」
呼ばれた私達の共通点は外部生ということだ。他にも外部生はいたが私達を呼んだということは、恐らく、他言するのが憚られるような内容なんだろう。
「ああ。そうなんだ。察しが良くて助かるよ。実はな。桃園に少し違和感を感じているんだ」
「違和感ですか?」
水瀬の声に若竹先生は苦笑を真剣な表情に変える。
「俺は外部生とは、それなりに関わってきたつもりだったんだ。だが、桃園は今まで関わってきた外部生の誰とも似つかわしくないというか、何というか……」
「なるほど、やたらと馴れ馴れしいんですね」
「何で、分かった!?」
絶叫にも似た叫び声を出す若竹先生に私は至極冷静に答えた。あれは疑って聞いてなくても言い回しの可笑しさに気づくレベルだろう。
「先ほどの質問の答え方に違和感があったので」
「あぁ。「人見知りしないらしい」とか?」
「確かになぁ。「自分で話していたようなものだ」とか、ちょっと引っかかったよな」
私と凪ちゃんと蒼依の発言に水瀬は苦笑を浮かべたが若竹先生は目を見開いて固まった。全く自覚がなかったらしい。
「それで、具体的には、どんな感じだったんですか?」
「いきなり一樹先生と呼んできたり、自己紹介中もやたらと俺の方を見てきたりしてな。普通は生徒と仲良くなるために自己紹介すると思うんだが、中学が同じような花の名前で運命感じましたとか俺の方を見て言うんでなぁ」
「まぁ。普通だったら、先生を名前で呼んだりしませんよね。しかも初対面ですし。それに自己紹介だったら趣味とか話しますよね」
「やっぱり、お前達も違和感感じるか?」
「違和感なんてレベルじゃなくて、気持ち悪いわよ。完全に媚び売ってるじゃない」
「一応ウチに入れたってことは馬鹿じゃないだろうけど、性格面では馬鹿なのかもな」
凪ちゃんと蒼依の歯に衣きせず物言いに若竹先生は「やっぱり」と小さく頷いた。ずっと石蕗学園にいる若竹先生は自分の感覚が可笑しいのか確認したかったらしい。まぁ。石蕗に入ってくる外部生は基本的にお行儀がいいのが揃ってるけど、普通は初対面の人間――それも教師を名前では呼ばない。
「そういえば、若竹先生って桃園さんにフルネーム教えたんですか?」
「えっ?」
「確かに、颯の言う通りだよな。若竹先生の名前って「いつき」じゃなくて「かずき」って読めるし」
「私も教えられるまで「かずき」だと思ってたわ」
水瀬達の言葉に若竹先生は再び目を見開いて固まってしまったが、何かを考え込むように腕を組んだ。
「俺は教えた覚えはないな。この学園に友人も親戚もいないと言っていたはずだが、何で分かったんだ?」
若竹先生の戸惑いを含んだ言葉に私は大声をあげて笑い出したい気分になった。これで分かった。彼女は、ほぼ間違いなく転生者だ。