夏休みまで 9
滅茶苦茶間が空いてしまいました。その割に内容が薄くて申し訳ありませんm(_ _)m
まだ暫く仕事が忙しそうです(泣)
「ねぇ。瑠璃ちゃん。ここが分からないんだけど……」
「ああ、これはね。凪ちゃん。使ってる公式が間違ってるみたいだよ。こっちじゃなくて、この公式を使えばいいんじゃないかな?」
「えっ? ……あっ、本当だわ。……駄目ね。1人でやってると、コレだって思い込んじゃうみたい。他の公式使うなんて全然思いつかなくなってたわ。ありがとう。瑠璃ちゃん」
「うん。どういたしまして。でも、まぁ。そういうことってよくあるよね」
本当によくあることだ。私自身ソレで躓くしなぁ。“ワタシ”の時と比べると2回目なだけあって勉強に関しては大分減ったけどね。
「瑠璃先輩。この英文なんだけど……」
「ああ。ここはbecauseよりforが最適ですね。詳しくは烏羽先生に聞いてみて下さい」
「あっ、あの雪城先輩。これって、どう読んだらいいんすか? 読みが分からないから辞書で引けなくて」
「これは稀覯本って読むんですよ。意味は、簡単に言うなら珍しい本ってところかな」
「あっ、ありがとうございます。辞書でも調べてみます」
うむ。橘も龍崎も素直で何よりだ。なんて和やかに勉強を教えていると視線の端に会長達の写真を撮る蒼依が映った。いつもと違ってシャッター音がない気がする。
いや、そういえば、この前「一眼レフなのにほぼ無音で写真が撮れるんだよ!」と何時になく興奮した蒼依にあのカメラを見せられたっけ。
私には何が凄いのか、よく分からなかったけど、かなり凄いことなんだろうとは蒼依の姿で分かった。まぁ。基本的に写真を撮る時はなんだかんだで、シャッター音があるカメラを使ってるんだけど。
本人曰く「撮ってるって感じがする」からシャッター音がするカメラの方がお好みらしい。ただ、こういう場では、そういう個人の感情ではなく周りに気を遣ってくれるから問題なしだな。
「瑠璃先輩。瑠璃先輩」
「どうしました?」
「いや。瑠璃先輩って本っ当に頭いいんだね~。こんなスラスラ問題解いちゃうんだもん」
「あたってるかは分かりませんがね」
「でも、瑠璃ちゃんって殆ど間違わないじゃない。テストでも90点台ばかりだし」
「あぁ。まぁ。一応毎日ノート見直したりしてるからね」
「えっ、と。復習してるってことっすか?」
「うん。そんな感じですかね。まぁ。本当に見直してるだけですけど」
「復習かぁ。僕、面倒臭くて、ついつい怠けちゃうなぁ」
分かるよ。橘。“ワタシ”もそうだった。ぶっちゃけ、私だって凪ちゃんの傍にいる為じゃなければ予習も復習も面倒臭くてしたくない。
「しなくても、ある程度、点がとれるならいいと思いますよ。私の場合、順位落としたりすると大変だからしてるだけですし」
「そういえば、瑠璃先輩って奨学生だったよね」
「大変っすよね。……一人暮らしなら家事もして勉強もして、今は生徒会の仕事までこなしてるし……俺には無理だ……」
おい。龍崎褒めるなら褒めるだけに留めてくれよ。反応に困るだろ。別に誰も「お前には無理だろ」とか言ってないのに勝手に落ち込むな。コイツ本当に面倒くさいな。
「必要にかられれば出来るようになりますよ。私も2年前までは殆ど家事なんてしたことなかったですし」
「そうなの?」
「そうですよ。まぁ。たまにお菓子作りはしてましたけどね」
「瑠璃ちゃんのお菓子スペシャルバージョンが食べられるから毎年誕生日とクリスマスとバレンタインとホワイトデーが楽しみだったわ~」
「あっ、あの。スペシャルバージョンってなんすか?」
「普段からクッキーとかマドレーヌとかは作ってくれてたんだけど、スペシャルバージョンはフォンダンショコラやガトーショコラ、生地から手作りしたアップルパイにフルーツタルト! 手間がかかったり大きめのお菓子のことを言うのよ!」
「いや。なにもなくても言ってくれれば作るよ? 凪ちゃんの為なら苦にならないし」
「ありがとう瑠璃ちゃん! でもね特別な日に食べる楽しみってあるじゃない? 普段作ってくれるのも勿論美味しいだろうけど、楽しみに待って待って待ち続けた結果食べられるからこそ、さらに美味しく食べられるのよ!」
「そうなんだ。でも、そんなに楽しみにしてくれてたなんて何か嬉しいな」
「だって、瑠璃ちゃんが私のために作ってくれたって事実も嬉しかったのよ。だからこそ、余計に美味しく感じられるのかしらね」
凪ちゃんのはにかみを含んだ笑顔に心が暖かくなる。大切にされては居たけど孤児院には次々新しい子が入ってきてたから凪ちゃんはあっという間に面倒を見られる側から見る側になってしまった。
だから「自分のために何かしてもらう」なんてことは、あまりなかったんだろう。我が儘を言う子でも甘えるのが上手い子でもないから孤児院の院長さんもどう甘やかすか悩んでたしな。
そんな凪ちゃんにとって垣根無しに甘えられる相手が私だったんだとしたら嬉しい。今までの努力が実を結んだというか私という存在にも意味があったというものだ。
まぁ。本来なら“悪役令嬢”になるはずの凪ちゃんを心優しい令嬢に変えてしまった私は世界的に見るならバグなのだろうがな。
そんな私が平穏無事に生きていられるあたり、どうやら、この世界はゲーム転生物によくある修正力とやらが弱いらしい。まぁ。本当に此処がゲームの世界とは決まった訳じゃないけど。
「そういえば、凪先輩は何で料理出来るの?」
「何でって、孤児院でしてたからに決まってるじゃない」
「えっ!? 凪先輩のいた孤児院って子供に料理作らせるようなところだったの!?」
いつの間にか話が変わっていたが、孤児院で子供が家事を手伝うって、そんなにおかしなことなんだろうか? 私も詳しくはないから、コレばっかりは分からないな。
しかし、虐待されてたかのような反応はどうかと思う。彼処にいたスタッフの人達は皆いい人ばかりだったし。ただ家事のかの字も知らないような橘にしてみれば虐待みたいに思えるんだろうか?
「はぁ。孤児院にはたくさん子供が居て、先生達も掃除や洗濯、料理に、育児って大変だったのよ。だから、比較的年齢が上でトラウマとか無い私みたいな子が手伝ってたってだけの話よ。無理矢理させられてたわけじゃないわ。それに、家事の経験は自立した時に役に立つしね」
「そ、そうだったんすね……」
「ねー。瑠璃先輩。トラウマの無い凪先輩みたいな子ってどういう意味?」
「凪ちゃんの居た孤児院には幼くして親を亡くした子だけじゃなくて親に虐待されていて保護された子なんかもいましたからね。心の傷が深くて包丁や火を使うような料理をさせるには、リスクがある子――例えば自傷したり他の子を傷つける危険がある子にはさせられなかったんですよ。そういえば、確か、そういう子の為のカウンセラーもいなかったっけ?」
「居たわよ。優しくていい人だったわ。少し変わり者だったけどね」
「へぇ。そうなんだ」
「あ、あの。雪城先輩は何でそんなに事情に詳しいんですか?」
「凪ちゃんから聞いてましたし、何回か遊びにも行きましたから」
「孤児院って、そんなに簡単に遊びに行けるところなの?」
「うちは学校での様子を知りたいとかで親しい子は割と簡単に入れてたわよ。瑠璃ちゃんは礼儀正しいし、頭も良かったから先生達もいつでも来ていいよって感じだったわね」
「まぁ。凪ちゃんの居た孤児院は居住スペースと部外者の入れる場所が明確に分けられてたってのも大きかったんじゃないかな? 役人さんとかは別として私みたいな普通の一般人は居住スペースには行けないようにしてましたからね。さっき話したトラウマ持ちの子のための措置だったんでしょう」
居住スペースに入れなくても一緒に遊べたしスタッフの人も優しくしてくれたから全く気にならなかったんだよね。凪ちゃんの家があの孤児院で本当によかったと今でも思えるくらいには。