ビンタは痛い、言葉はもっと痛い
「まったく、いい歳をして恥ずかしくないの?」
「な、何を……」
バチン!
「口答えするな。つーか、喋るな」
「ちょ……痛いじゃない……っ」
「だ・ま・れ☆」
バチン!
簀巻きにされた公爵夫人の胸倉を掴み、ビンタをする私。
対して、公爵夫人はまだまだ余力があるらしく、ビンタの合間に、元気いっぱいに抗議していたり。
はは、さすが年季の入ったお馬鹿さん。この程度じゃ、大人しくなるはずもないか。
まあ、それはこちらも想定内なので、問題なし。寧ろ、最後まで見苦しく喚き散らしてもらいたい。
何故なら、その『見苦しい姿』こそが私の狙いだから。
あれですよ、誰から見ても『公爵夫人が悪い』と判る構図って奴。
私には当然ながら報告の義務がある。今回の一件は魔王様達にも報告済みの上で協力――ドレスや魔道具の送り付けなど――してもらっているので、それは当たり前なのです。
それに加えて、今回はキヴェラ王の全面協力の下、『あの馬鹿どもの醜態を盛大に広げちゃおうぜ☆』(意訳)となっているので、他国の王族+αにも私がばら撒く予定である。
裏を知らない人からすれば、『魔導師の報復の一環』。
真の狙いは『アロガンシア公爵夫妻に関わるな、危険』という注意喚起。
今後は基本的に、この夫婦には幽閉紛いが待っている。……すでにそう決められている。
……が。
他国からすれば、相変わらず『次代の最大の後ろ盾たる公爵家』なのである。
公爵家ごと処罰をしない以上、他国の野心家達が接触を試みてくるかもしれないのだ。
ゆえに、最初から王家や信頼の厚い側近程度には『あの公爵夫妻、王の怒りを買っているし、もう何の権限もないよ?』と教えておき。
表向きの理由――家に泥を被せないため、処罰という形は取られない――として、『あの馬鹿夫婦の味方をしたら、魔導師が〆に来ます♡』ということにする。
各国でやらかしている私だからこそ、効果は絶大だろう。
『貴方の身近な恐怖』という自称は伊達ではない。
なお、それでもアロガンシア公爵家を利用しようとする輩には本当に、私が『貴方の身近な恐怖』として接触するつもりであ~る!
どんな国だって要らないだろう……そこまで忠告されているのに、遣らかす馬鹿なんて。
そんなわけで。
公爵夫人(と公爵)が私に対する敵意満載だったり、〆られる姿が無様であればあるほど、説得力が増すわけだ。
だからこそ、公爵夫人が元気いっぱい(意訳)なのは大・歓・迎☆
年増よ、無様にヒスるがいい!
テメェのその姿、各国王族の皆様とともに笑い者にしてやるからな……!
魔王様を侮辱したこいつに慈悲など必要ない。なに、そんな目に遭えば、騎士寮面子とて留飲を下げ、報復する手を緩めてくれるかもしれないじゃないか。
大丈夫、アロガンシア公爵家とまともな子息兄弟は無事だ……『あんな連中の尻拭いし続けてたの』的な哀れみによって。
私が『まともな息子さん達とは仲良しです。つーか、【初めまして】の挨拶よりも先にこれまでのことを謝罪されました』とでも言っておけば、とても同情してくれるだろう。
駄目な親族に苦労させられた人達って、それなりに多いのだ……我が身と重ねて、ブラッドさん達に向けられる感情は同情一色。
と言うか、馬鹿親達に苦労させられてきたのは事実なので、調べられても問題なし。
「ま、魔導師殿、その、さすがに遣り過ぎではないかね!?」
『喋るな』と言いつつも煽る私と、感情のままに口を開く公爵夫人。
そんな妻を見かねたのか、もう一体の簀巻き――もとい、公爵が口を挟んでくる。
「君に手を上げたのは確かに、妻が悪い。しかし、十倍返しというのは、些か遣り過ぎではないのかね。妻は君と違って、荒事には慣れていないのだから」
「ほう」
なるほど、なるほど、荒事に慣れているならば、多少の痛みはカウントするな……と?
ふーん、へーえ、ほーお? 私の防御力は紙に等しいし、痛覚は人並みにあるんですけどねぇ?
どうやら、先にこいつを黙らせなければならないようだ。一々、口を挟まれてもウザい。
「報復がどんなものかを決めるのは、被害者の特権だと思いますけど? この国の最高権力者の許可もあるのに?」
笑みを浮かべてそう言えば、公爵は一瞬、押し黙り。
「それでも、限度というものがあるだろう!」
勇気を振り絞った(笑)のか、そう反論した。まあ、無難な言い分だ。
なお、彼の姿は相変わらず簀巻き状態だ。いくら真面目なことを言おうとも、簀巻きが寝言をほざいているだけなので、ただのギャグである。
……あ、キヴェラ王が額に青筋浮かべてるや。どうやら、公爵に対する同情的な気持ち――愚妹を押し付けたため、多少は同情すると言っていた――がぐんぐん下降中な模様。
「そうね、普通はそうでしょう」
「ならば!」
「でも、私には関係ないし、寧ろ、それが『当たり前』じゃない?」
「は?」
さてさて、上げて落とす第一弾、いきますよ!
「だって、そんな理屈が通用するなら……『魔導師は【世界の災厄】』なんて言われないでしょう?」
これなのよね。
普通の人ならば公爵の言い分が通用するかもしれないが、相手が魔導師だった場合、事情が異なってくる。
正確には『前提条件が違い過ぎる』。魔導師を敵にした国がどうなったかは、『災厄』呼ばわりされる時点でお察しだろう。
「私はキヴェラの王都を死霊だらけにした前科がある。他にも、他国で色々とやってるけどね。いい? 『魔導師と認められるだけのことはしている』の! それに比べたら、ビンタ十発なんて、優し過ぎるくらいじゃない」
「う……」
公爵もそれを思い出したのか、顔色が悪い。
そうだぞー、私はキヴェラの王都を死霊の町(笑)にした魔導師よ?
実際にはただの幻影だけど! クラウスが未練たらたらになるくらい、良い出来だったんだから!
畜生! 私も死霊の町を堪能したかった!
次があるなら、絶対に部外者の振りして参加してやるからな……!
「……何を考えているか想像つきますが、やめてください。親猫様に言いつけますよ」
「チッ」
「舌打ちしない!」
煩いぞ、玩具。最近、妙に勘が良くなって、遣り難いったら!
「ビンタが嫌なら、公爵家の領地を死霊だらけにしよっか? 勿論、『魔導師を怒らせた公爵夫妻のせい』って告知して」
「な!? 領民は関係ないだろう!」
「あんたが要らんこと言うからでしょうが」
公爵が慌てて声を上げるも、私は呆れ顔で続ける。
「あんた、いつも口だけなんでしょうね。言ったことに対する影響や、伴う結果を想定していない。感情のままに口を出して、被害を拡大させる……責任も取れないくせに」
煽る私の言葉と口調に、公爵の顔に赤みがさす。それは屈辱ゆえか、怒りのせいなのか。
「公爵という身分ゆえに、爵位が下の者達は口を噤まざるを得ない。納得していなくとも、理不尽だろうとも、『身分で押さえ付けたから』」
「違う! 私は……っ」
「それだけじゃない。今までは『周りが何とかしてくれた』。あんたは口を出しただけ、動いたのはブラッドさん達や王家、それに第二王子殿下の派閥の人達」
「そんなことは」
「『ない』! なんてふざけたことを言わないでね? ……だって、さっきも周囲に助けを求めたじゃない。視線を周囲に動かしたじゃない……! 気付いてたんでしょ、本当は。『誰かが何とかしてくれる』って」
「……っ」
「それにさぁ、さっきも判りやすい例があったじゃない」
「キヴェラ王陛下に『必要ならば、殴ってでも止めよ!』って言われたでしょ?」
「あ……」
「今回だって、妻の暴力や暴言を止めればよかった。殴ってでも黙らせればよかった! ……その上で私に謝罪し、妻への罰を約束していれば、それで終わったのに」
……実のところ、公爵がまともだったら公爵家で終わってしまう可能性もあった。
だって、あれは『公爵家の中で起こったこと』であり、『当主が責任を持って妻に何らかの罰を約束し、実行していれば、王家にまで話が回らない』。
王家を巻き込んだ騒動になったのは偏に、『私の知り合いでこいつらを処罰できそうなのがキヴェラ王だった』ということと、『迂闊に報復したら、仲良し達にも迷惑がかかりそう』という二点。
これが建前としての言い分だけど、公爵家内で終わってしまう可能性もあったんだよねぇ。
まあ、その場合は『納得できないので、キヴェラ王にチクります♪』と言うつもりだったけど。
そんな心配は必要ないとばかりに、公爵はこちらの予想通りの行動を取ってくださったわけだ。
「『庇う』以上、被害者が納得する補償や行動を自分が背負うことになる。何一つできない……理解すらしていないくせに、口を出すから被害が拡大するのにね」
反論できないのは、自分のこれまでを振り返っているからか。
青褪める公爵に対し、公爵夫人は『不甲斐ない』とばかりな顔をしているけれど、誰も相手にしていない。
「頼ってくるのは妻と娘だけ。そりゃ、可愛いでしょうねぇ……『都合よく利用されているだけだとしても』」
「!?」
「息子達にはどれだけ迷惑をかけても構わないのかな? 随分と勝手よねぇ……『ブラッドさん達も家族なのに』」
次々紡がれる『毒』に、公爵の顔色は益々悪くなっていく。
「自分は口を出しただけのくせに、動いてくれた周囲の功績を自分のお陰とでも思ってきたの? あらあら、随分と楽な立場なのねぇ……『私が知る【公爵】はそんな温い立場じゃないけど』」
「そ、それ、は……」
そこまで言ってから、私は笑みを消した。
「いい加減に自覚しなよ、この『甲斐性なし』が!」
今度こそ、公爵は俯いてしまう。……私の言葉に反論できるような過去がないと、気付いてしまったのだから。
黒猫『喚け、年増!(ビンタ中)』
年増『……(睨み付けている)』
甲斐性なし『そ、そのくらいに……』
黒猫『黙ってろ、この甲斐性なしが!(以下、毒が続く)』
迂闊に口を出すから、黙らされた公爵。
主人公は王族や高位貴族と親しいので、公爵には厳しい。
※『魔導師は平凡を望む 35』が発売されます。
詳細は活動報告をご覧ください。




