黒猫と鮮血の連合軍、行動開始 其の一
――アロガンシア公爵家の一室にて
いきなり口調が変わった私に驚いたのか、首を掴まれたことに恐怖したのかは判らないが、公爵夫人は怯えている。
「な、何よ、その口調っ」
「私はこっちが本来の口調。服装に合わせて、わざわざ変えていただけ。って言うか、本当に今まで気付かなかったの? 目が悪いんじゃない?」
「なっ!?」
「あ、違った。頭も性格も悪いから、視力が悪くても今更だよね!」
にこにこと笑いながらディスる私を、公爵夫人は睨み付ける。
どうやら、よく判らない恐怖よりも怒りが勝った模様。はは、単純で良いな!
「貴女のことなんて知らないわよ!」
「いや、以前の夜会で私の服装に文句つけてたでしょ。だから今回はドレス」
「は、はぁ?」
……どうやら、本当に判らないようだ。大丈夫か、この人。
……。
あ。
「ああ、そっか! 髪型と服装、それから色彩が違うから気付かないんだね」
なるほど、なるほど、それならば仕方ない。
しかも私が『夜会で会った』的なことを口にしたため、余計に判らなくなったのだろう。
夜会……規模にもよるけど、基本的に貴族階級以上しか居ないものね。勿論、忙しく働いている使用人達は沢山居るけど、『服装云々~』な話題になるのは参加者だけ。
公爵夫人のことだから、これまで自分の財力や地位に物を言わせ、豪華な装いをしていただろう。
その一方で、気に入らない令嬢や御婦人方には見下す発言をしていたのかもしれない。
夜会は楽しいだけのパーティではない。
情報収集は勿論のこと、言葉と態度で殴り合う場でもある。
私が参加する場合、ガチな喧嘩が発生する可能性高いけどなー♪
こんな言い方をするのはどうかと思うが、夜会において女同士の戦いなんて『よくあること』なのであ~る!
そこに加えて、公爵夫人の『この』性格。
マウント取りの常習犯ならば、私に喧嘩を売ったことなんて『些細なこと』であり、一々、気にする価値もなかったと思っていても不思議はない。
だって、あの時、公爵夫妻が一番怒られていたのは、キヴェラ王とルーカス。
私はルーカスの付属品のような扱いであり、途中退場してしまった公爵夫妻が覚えていなくとも仕方がないのかも。
と、言うか。
この夫婦、私が魔導師ということも最初は知らなかったもの。
まともな公爵夫妻ならば私のことを『ヤベェ異世界人』くらいには思っているので、警戒心の強さから事前に情報取集しているはずだ。
そして、私は目印の意味も兼ねて『いつもの服装』なので、『なんか見慣れない服装の奴が居る→(事前に得た情報と照らし合わせる)→奴が魔導師か!』という感じになるのだ。
勿論、名乗るまでは確信が持てないだろう。しかし、心構えと言うか、話題を選ぶくらいはできる。
……しかし、アロガンシア公爵夫妻の場合、予備知識が全く! これっぽっちも! なかった。
そうなると、『ワインを掛けた』とかの方が認識されそう。顔なんて、覚える気もなかっただろうし。
「ブラッドさーん、これ外して。……はい、これでいいかな?」
魔道具を外すと、即座にいつもの色彩に戻った。
「他には……ワインでもぶっ掛ければ、その粗末な頭でも思い出せそう?」
「な! 誰が粗末……。……? ワイン?」
公爵夫人の顔が怒りから、何かを思い出すような表情に変わり。
……そして。
「……っ! あ、貴女はイルフェナの魔導師……!」
「……。そーですよー」
や っ と か よ 。
ジトっとした目で公爵夫人を見る私に、呆れたように首を振るブラッドさん。
ええ、ええ、漸く思い出してもらえたようです。疲れますね、お互いに。
「やっと思い至ったんですか、母上……」
「う……煩いわね! 大体、貴族でもないのに、ドレス姿で来る方も十分に性格が悪いわ。口調だって、わざわざ変えて……つ」
「いや、あんたが私の服装に文句言ったからじゃない。ドレスを着るなら、口調も合わせるでしょ」
私の場合、これは嘘ではない。だって、ドレスを着るときは『お仕事』なので。
まあ、いいか。さてさて、女同士の喧嘩の始まりですよー♪
「痛かったわねぇ……なぁに? キヴェラの公爵家の人間って、気に入らないと殴るのが嗜み?」
「そんなはずないじゃないか、魔導師殿」
「そうよね、『ありえない』わよね、『常識があるならば』」
「当然だよ。この人を基準に考えないで欲しい」
「勿論! 他国にだって、ほぼ居ないでしょ。どんな形であれ、自分が有責になっちゃうもの」
「そうだよね。普通はそういったことにも思い至るはずなんだけど……」
私とブラッドさんは揃って、馬鹿を見る目を公爵夫人へと向けた。
ああ、公爵夫人は逃げられませんよ? 締まらない程度に、私が首を掴んでいるからね☆
『駄目な奴。お前、本っ当に駄目な奴! 常識ねぇな!』
『自分から有責にするなんて、馬鹿じゃね?』
私達の視線を言葉にするなら、こんな感じだろう。
そして、それは公爵夫人にもバッチリ伝わったらしく、悔しそうに顔を歪めている。
……ちなみにこれも『罠』である。
我、異世界人。報告は義・務☆
つまり、この年増……じゃなかった、大国キヴェラの王妹の無様な姿と表情が他国に流出するわけですな!
キヴェラに恨みを持つ人も多いし、私が『私と年増の殴り合い ~キヴェラ編~』として、大笑いしながら各国の親しい人達に見せて回るつもりです♪
そこにキヴェラ王を始めとする『まともな人々』の映像も加われば、自然と『アロガンシア公爵夫妻は地雷』という認識が広まるだろう。
ええ、『魔王様を侮辱した発言』とか、『感情のままに魔導師を殴った』とかの映像ですよ。
誰だって関わりたくはないだろう……私や騎士寮面子の邪魔になりそう(意訳)、という意味で。
映像にはブラッドさんが私の共犯者のような立ち位置で出演(笑)しているため、『息子二人はまともです』と言っても信じてもらえるに違いない。
……『お前らが嵌めたのか』的な解釈の下。大丈夫、共犯者も広い意味では『仲良し』だ。
「この……大国キヴェラの王族である私に向かって、このような真似を! ブラッド! ブラッドフォード! お前も母を助けようとは思わないの!?」
「助けたくなるような母親ならば、こんな馬鹿な真似をしませんよ」
「なっ……」
「だいたい、彼女は私の大切な客人ですよ? 様々な意味を持つことから、先ほどは『大切な人』としましたが。私はルーカス様の側近です。ルーカス様の苦境を見抜き、改善し、現在は友好的な関係を築いている魔導師殿をそう称するのは当然のことでしょう」
険しい表情のまま、ブラッドさんはすらすらと言い返す。
ブラッドさん、随分と饒舌ですな。これは割と本気でぶちまけているのかもしれない。
「ブ……ブラッド? 魔導師殿と親しいならば、取り成してはくれまいか?」
「父上は黙っていてください。ああ、それと。……下手に介入した場合、母上の味方として扱いますので、お覚悟を」
「……っ」
恐る恐る、といった感じに声を掛けて来た公爵は、ブラッドさんの冷たい視線と言葉に撃沈した。
何をしているのかと思っていたら、単に私達の会話に割り込めなかっただけみたい。
公爵は口喧嘩みたいなものが得意ではなさそうだし、非が明らかに自分の妻に在る以上、どう取り成していいか判らなかったのだろう。
ただ、私が魔導師と確定した以上、口を挟まないわけにはいかなくなった……というところかな。
……。
情けない奴である。
こいつ、マジで貴族最高位の公爵向かないわ!
鮮血君『(夫人に対し、色々とお怒りの言葉)』
公爵『息子よ、取り成してはくれまいか?』
鮮血君『は? 父上は黙っていてくれます?』
黒猫『……(割と本気で怒ってない?)』
この際だからと、ぶちまけ気味なブラッド。
これまで色々とため込んでいた模様。




