黒猫と鮮血の連合軍、行動開始 其の二
情けない公爵の姿を一瞥し、私は……私達は公爵夫人へと向き直った。
「旦那様! このような無礼を前に、何も言うことはありませんの!?」
「し……しかしだな、先に手を挙げたのが君である上、魔導師殿にはイルフェナの後ろ盾が……」
「小国の後ろ盾如き、何なのです! 我らは大国キヴェラの公爵家ですのよ!?」
頼りない旦那様の姿にキレたのか、公爵夫人は公爵相手にヒスを起こしている。
そんな両親の姿を、ブラッドさんが厳しい……厳し過ぎる目で静観中。
大変、シュールな光景です。
ブラッドさんがこの二人の実子って、嘘だろ!?
……まあ、嫌なことに、本当~に嫌なことに! ブラッドさんは間違いなくこの二人の子供なんだけど。
その事実があるからこそ、ブラッドさん達兄弟はあまり目立つようなことをしなかったのかもしれないね。
と、言うか。
もしもブラッドさん達兄弟がその優秀さを前面に出していたならば、この公爵夫人のことだ。絶対に、王家や王子達を貶める材料に使うだろう。
ブラッドさん達兄弟にその気がなくとも、こいつならばやりかねない。公爵夫人にとっては超絶優秀な『自分を飾るアクセサリー』なのだから。
彼女にはこの兄弟を産んだという実績があるので、『優秀な息子を誇る母親』という意味では間違っていない。
間違っていないのだが……公爵夫人はそこを飛び越え、『自分の息子達こそ王位に相応しい』とか言い出しかねん。
確かに、公爵家の兄弟達は濃い王家の血を引いてるよ?
継承順位も高いし、能力も十分かもね?
でも、それを口にしたら『反逆』扱いされるって気付いてるかなー?
……。
国 が 割 れ る だ ろ 、 絶 対 。
自分で予想しておいてなんだけど、実に在り得そうな未来だ。
公爵夫人的にはそこまでの意図がなくとも、話を聞いていた周囲は『【あの】陛下の甥ならば……』と思うかもしれないじゃないか。
魔王様達から公爵家の息子さん達について聞いたことはない(=警戒するほどの人物ではない)ので、彼らが自分達の評価をコントロールしていた可能性は高い。
優秀な公爵家の兄弟達が母親の愚かさを想定し、『それなりに優秀』程度に収めていたとしても不思議はなかろう。
現に、ブラッドさんは『主はルーカス』と言い切っていても、表立って動いてはいなかった。
ブラッドさんの登場にはルーカス達ですら驚いていたので、これは事実だと思われる。
それが可能だったのは……『ブラッドさん達兄弟が自分達の能力をかなり抑え、目立たないようにしていたから』ではあるまいか?
動くにしても『裏方として』。少なくとも、ブラッドさんに関しては合っていると見て間違いはない。
「ブラッドさん達兄弟ってさぁ……」
「何かな? 魔導師殿」
「昔から『色々と』苦労してきたっぽいよねぇ……?」
ちらりと視線を向けながら言えば、ブラッドさんは軽く驚いたような表情となり。
「ふふ、ご想像にお任せするよ」
それだけを口にした。……楽しそうに笑みが深まったのは、私が何かに気付いたと察したからか。
まあ、いいや。
今はこの年増を締め上げ、アロガンシア公爵家に安寧をもたらすのがお仕事だもん。
「夫婦喧嘩はそれくらいにしてくれない?」
いい加減にしろよーとばかりに声を掛ければ、二人は言い争いをピタリと止めて、こちらを見た。
「今更言い争ったところで、私『達』が受けた屈辱は変わらないから」
『私【達】』という言い方をした私に、ブラッドさんがピクリと反応する。
ええ、ええ、『私達』……つまり、私だけではございません♪
魔王様への暴言を忘れてもらっては困る。寧ろ、これが壮絶にヤバイ。
私には報告の義務があるから、必然的に、あの暴言も魔王様や騎士寮面子の知るところとなるのです。
魔王様ならば、私への暴力に怒り。
騎士寮面子ならば、魔王様への暴言に怒る。
そもそも、事前にある程度は説明してあるとはいえ、『許す』とは聞いてないんだよねぇ……。
まあ、魔王様の方は不快に思いつつも、『ミヅキが原因だから』という事情から、『不快に思いはするけど、何もしない(※直接会ったら、嫌味くらいは言うかもしれない)』。
事前に『殴られるのは必要なことですよ』と説明してある上、キヴェラの次代にとっても重要な案件だと理解できているから。
対して、騎士寮面子。
『それはそれ。これはこれ』という、非常~に素直な反応をする可能性が高いので、魔王様が止めない限り、当事者達に何らかの報復をするだろう。
奴らの唯一の抑止力が魔王様だけど、今回は私が殴られているので、魔王様も見て見ぬ振りをするかもしれない。
……まあ、それは騎士寮面子の手加減を信頼しているからなんだけどね。
私の策が駄目になることはしないけれど、生かさず殺さず程度ならばやる。それが騎士寮面子、魔王様の猟犬達。
公爵夫人は自分で自分の首を絞めたのである。
私への暴力だけなら、当初の予定通りで済んだだろうに。
「ここで殴るのは簡単よ? だけど、それだけじゃすまないことは理解できるでしょう?」
「は?」
「な、何よ」
意味が判っていない公爵と公爵夫人。しかし、公爵夫人は『狡賢い』という評価のリーリエ嬢を産んだだけあって。
「貴女こそ、大事にはできないでしょうに。キヴェラとイルフェナが揉めたら困るのではないの? 保護者に迷惑を掛けたくないでしょ!」
愚かであった。しかも、この期に及んで、こちらを脅迫かい。
「母上! 貴女は何ということを!」
「あら、事実でしょう?」
「それを壊そうとした者の発言ですか! 己が非を認めるどころか、脅迫するなんて……!」
顔色を変えたブラッドさんが憤るも、公爵夫人はそんなブラッドさんを鼻で笑う。
どうやら、私がキヴェラを恐れないと知ったからこそ、今度はイルフェナを巻き込んで『平和を望んでいるのに、大事にしたら困るのは魔王様』(意訳)という方向で攻めてきた模様。
……。
ふーん、へーえ、ほーお?
なるほど、なるほど、手加減は要らないってことかい。
よし、判った!
許される範囲内で、徹底的にやっちゃうね♡
「こ、これ、やめなさいっ!」
「あら、旦那様こそそれでも大国キヴェラの公爵ですの!? このような小娘相手に弱気になって……!」
公爵の方は少しは理解できているのか、妻を宥めている。
……が、これまで言いなりだった夫のそんな態度も怒りを増幅させる要素となっているのか、公爵夫人に反省する気はない模様。
そして、私は怒りを露にして更に締め上げる……何てことをするはずもなく。
とても生温かい目で、愚かな夫婦の遣り取りを眺めていた。
そうか、そうか。大丈夫ですよ、私は最初から貴方達に期待していなかったから、こういった場合の対処も兼ねて準備してありますからね。
泣 い て 喜 べ 。
貴 様 ら の 兄 上 様 が 配 下 と 共 に お 待 ち だ 。
「ここで話して解決する案件じゃないし、王城へ行こっか♪」
「「は?」」
「王城でキヴェラ王陛下がお待ちですよー♪」
にこやかに告げる私の視界に、深々と溜息を吐いて肩を落とすブラッドさんが映る。
事前に『最悪の場合はキヴェラ王を巻き込む』と伝えてあったからこそ、結局、キヴェラ王を巻き込んだことが情けないのだろう。
……。
そだな、ここだけで事が済めば、キヴェラ王には報告と最終的な決定(=夫婦の幽閉)を下してもらうだけだったものね。
それが、まさかの、イルフェナへの謝罪案件、発・生☆
私に報告の義務がある以上、キヴェラ王からの謝罪は必要になるだろう。大変、お気の毒ですな。
「ただし、お前らは簀巻きで登城な」
さあさあ、お城に向かいましょうね。……馬車はともかく、城内は簀巻きにして引き摺って行くけど。
「……魔導師殿、君、実は結構、怒ってる?」
「……」
「……」
「うふ♡」
大丈夫ですよ、ブラッドさん。私は超できる子なので、期待には応えてみせます。
鮮血君『やはり、こうなるのか……orz』
黒猫『期待するだけ無駄だったねぇ』
鮮血君『……』
黒猫『大丈夫! きちんと期待には応えるから!』
黒猫、祟り案件発生。笑顔の裏では般若が待機中。




