ブラッドフォードという人 其の三
ブラッドさんは平然としているが、ルーカス達は無言だった。
そんな彼らの姿に、私も生温かい目をブラッドさんへと向ける。
――こりゃ、本当にルーカス達には内緒にしていたんだろうな。
そもそも、ルーカス達はブラッドさんが姿を見せた時も驚いていたじゃないか。
あれは『まさか戻ってくるとは思わなかった』的な驚きがあったからじゃないのかね?
そして、その驚きも冷めぬまま、衝撃の暴露――『余計な奴らを排除し、仲間を集めてお待ちしておりました!』(意訳)という発言――ですよ。
そりゃ、どう反応していいか判るまい。ルーカス、ヴァージル君くらいしか傍に残らなかったと思っていたみたいだし。
と、言うか。
私とて、ルーカスの側近らしき人はヴァージル君以外に見たことがない。サイラス君はキヴェラ王のお使いです。
キヴェラ王から多少は『ルーカスを認めている者がそれなりに居たこと』(意訳)を聞いたこともあるけど、それはあくまでもキヴェラ王自身の後悔が主体の会話だった。
ゆえに、私としては『ルーカスを案じている人がそれなりに居る』くらいの受け取り方をしていたのだが。
おい、がっつり派閥予備軍が居るんじゃないかい?
しかも、現時点で国内の情報共有が成されているっぽいんですが?
それなのに、主であるはずのルーカスが何も知らないって、どういうことさー!?
結論:ブラッドさん超優秀&おっかない。
ルーカスよ……君、多分、私が何もしなくとも、将来的な派閥のトップは逃れられなかった気がする。
ブラッドさんは自分が派閥を率いる気がないみたいだし、どう見ても、ルーカスの部下でいる気満々です。
……。
私、こんな状況をどこかで見た気がする。
イルフェナって言うか、魔王様の傍って言うか、ぶっちゃけると騎士寮面子に凄く似てる。
魔王様は自分の状況から派閥らしきものを作る気がなかったみたいなのに、気が付いたら、騎士寮面子が直属の部下として居たらしい。
そもそも、『主とするならエルが良かった』と言っていたのはアルとクラウスという、幼馴染二人。
これは魔王様も心強く思っていたそうな。多少の申し訳なさがあれど、本人達が絶対に意志を曲げなかったから。
……ただし、其々の部下の選定に魔王様は関わっていないらしい。
奴らが見込んだ者達を連れて来たのが現騎士寮面子っぽいので、魔王様からしたら、『気が付いたら、ヤベェ奴らが直属の部下になっていた』(意訳)という状況だろう。
魔王様は自分の状況を理解していただろうし、極力、巻き添えを作りたくはなかっただろうから、希望者が部下になる許可を出しただけと思われる。
その結果が、世にも恐ろしい『最悪の剣』の爆誕です。当然、率いている魔王様にもそのイメージが付く。
これを聞いた時に思った……『お前らも魔王様に悪のイメージがついた原因の一端かい!』と。
現在は『黒猫と愉快な仲間達』くらいの認識に落ち着いたけど、私が来る前までは、マジで恐ろしい集団に思われていたみたいなんだよねぇ……。
そんなことを遠い目になりながら考えている間も、ブラッドさんの暴露は続いている。
「私はルーカス様以外に仕える気はありませんし、自分が派閥を率いる気もない。今は手駒が存在する、くらいの認識で構いませんよ。本格的に派閥を形成するのは、ルーカス様が家を興されてからですし」
「いや、俺が表舞台に戻ってくるかは不明だったろう? 自分のことだが、遣らかした事は軽い処罰で済むものではない」
ルーカスは困惑気味だ。ただ、ルーカスの言い分にはヴァージル君も納得しているらしく、こちらも困惑した表情でブラッドさんを眺めている。
……まあ、この場合はルーカス達の方が一般的な認識だろうな。
ルーカスの置かれた状況への認識の甘さを、キヴェラ王が後悔したのは、本当に最近のこと。
と言うか、ルーカスが表舞台に戻る可能性が周囲に示されたのって、リーリエ嬢の一件――あの夜会のことですな――が初のはず。
それまでは紛れもなく『遣らかした元王太子』なのよね、ルーカス。周囲の認識も当然、そうなっていたはずだ。
――だが、しかし。
ブラッドさんは何故か、確信を持っているかのような表情で微笑んだ。
「いいえ、ルーカス様は必ず表舞台に戻られたでしょう」
「……何故だ」
「貴方が愛国者であり、王族としての自覚を持つ方であり、弟君達を大事にされているからですよ」
即答、と言わんばかりに言い切ると、ブラッドさんは笑みを深める。
「ご自分の置かれた状況を理解できているからこそ、ルーカス様は弟君達を守ろうとするでしょう。そのためには表舞台に立つ必要がある。まして、それが次代を支えることに繋がるならば、貴方は躊躇わない。……違いますか」
「……。そう、だな。確かに、表舞台に立つ必要があるだろう」
で す よ ね ー !
うん、私も同感。良きお兄ちゃんなルーカスならば、弟達が自分のように理不尽な目に遭うことを良しとしないだろう。
そのためには力というか、地位が必要。ブラッドさんはそれらを確信していたからこそ、事前に動いていたらしい。
……。
若干、『国のため』というより、『弟達のため』の方に重きを置いているような気がするけど。
ま、まあ、国のことを大事に思っていることも事実だろう。それは嘘ではないと確信しているので、問題あるまい。
ブラコンだって、立派に明日を戦い抜く力となるのだ。バラクシンの国王夫妻という成功例もあるので、問題なし!
「それに、貴方の傍にはヴァージルが居る。ヴァージルは絶対にルーカス様の傍を離れないでしょうし、守ってみせるでしょうから、私も心置きなく裏方に徹することができたのですよ」
「……その期待にはあまり応えられなかった気がするけどね」
ブラッドさんの言葉に、ヴァージル君は苦い顔だ。おそらく、彼の脳裏にはコルベラとの一件が思い描かれているのだろう。
だが、ブラッドさんは首を横に振る。
「ルーカス様に忠誠を誓い、案じる者が傍に居ること。そして、それが気心の知れた君であることが重要だと、私は思う。君の存在がある意味、抑止力になるからね」
「抑止力……?」
ヴァージル君はブラッドさんの言葉の意味が判らないらしい。
……ああ、なるほど。よしよし、ここは解説してあげようじゃないか。ブラッドさん、微妙に意地悪なんだもん。
「ヴァージル君が巻き添えになるから、ルーちゃんはトチ狂った行動を起こさないって意味だと思うよ?」
口を出すと、皆の視線が一斉に私へと向いた。
「前も言ったけどさ、ルーちゃんには『自分を他国に売り込む』っていう手段もあったの。……ああ、遣る気がある・なしじゃなくて、『そういう手段がある』って意味だよ」
「……あったとしても、ルーカス様は選ばないと思うが」
「うん、私もそう思う。だけど、そう言い切れるのはルーちゃんを知っている人だけだし、ルーちゃんに悪評を立てたい人が居た場合は……『否定できる要素が必要』でしょ」
ルーカスを無条件に見下す奴が、その『手段』に気付いてしまったとしたら。
……事実無根であろうとも、無責任な噂の一つや二つ、流しかねない。
「ブラッドさんはそういった奴らも警戒してたってことじゃない? もしも、そんな噂が流れたとしても、『唯一、残った忠臣を巻き添えにするような真似をするか?』、『あの騎士が国を裏切るような真似を許すと思うのか?』って反論できるじゃない」
「……確かに」
「それにさ、無責任な噂には証拠がないの。ルーちゃんだけでなく、ヴァージル君を知る人達なら、間違いなく反論するでしょ。そうなったら、追い詰められるのは……」
「ふふ、くだらない噂を言い出した者達の方だろうね」
楽しそうに、ブラッドさんが答えを言った。
どちらも証拠がない言い分だけど、ルーカスだけでなく、ヴァージル君の人柄も考慮されるため、十分に対抗できるだろう。
寧ろ、根拠のない言い掛かりでルーカスを貶めようとした輩の方が拙い状況になる。
そもそも、ルーカスには絶対にキヴェラ王が監視要員を付けていただろうから、彼らの報告をキヴェラ王が信じる限り、『証拠はある』んだよねぇ。
「だから、ヴァージルは十分にルーカス様の『守り』となっていたんだよ」
「そう、か」
ブラッドさんに言い切られ、ヴァージル君は何だか嬉しそう。僅かに微笑んで頷いているルーカスとて、どことなく誇らしげだ。
「それにしても、魔導師殿は随分とそういったことに気が回るんだね?」
「私も噂を立てられる側ですからねぇ」
「ああ、なるほ……」
「まあ、その場合は『私がそんな温い手を使うとでも? お望みならば、全力でやって見せますけど』って言うと、大抵は黙るんですが」
「え゛」
「『できないこと』と『やらないこと』って、別物ですよね」
やだわー、私はそんなにお馬鹿じゃないし!
だいたい、魔導師を名乗っているなら、嘗められるわけにはいかないじゃないですかー!
……などと馬鹿正直に言った結果。
「お前はやるな!」
何故か、ルーカスに叩かれたのだった。
黒猫『解せぬ』
ルーちゃん『凶暴さを披露するんじゃない!』
ブラッド君『??』
騎士二人『魔導師殿はねぇ……』
ある意味、その行動に絶大な信頼を得ている主人公。
行動した際は勿論、挑発した奴のせい。主人公的にはリクエストに応えただけ。




