理解ある皆様(ただし、生温かい視線付き)
――ガニア・ブレイカーズ男爵家にて
「……。詳細を説明してもらってもいいかな?」
私の唐突な『キヴェラ王(※正確にはサイラス君)から招待を受けたよ!』という発言に、混乱しかけたシュアンゼ殿下がそれだけを口にする。他の面子も、視線で私に促してきた。
……そだな、それが正常な反応だろう。
いくら私の所業を知っていて、今はキヴェラ王とそれなりに良好な関係を築けていると知っていても、いきなり招待するということはない。
と、言うか。
正式な招待の場合は事前にイルフェナへと打診するはずだし、前回訪れてからそう経っておらず、それも今はシュアンゼ殿下の課題をお手伝いしているため、招待を受けることは『ありえない』。
シュアンゼ殿下も王族なので、途中でキヴェラからの招待を受けるってことは、『ガニア王家よりも優先します』という意味に受け取られかねないからね。
当事者達やガニア王家の人達が快く許してくれたとしても、騒ぐ奴が絶対に出る。
特にシュアンゼ殿下はガニアでの立場がまだまだ微妙なので、私個人としても、キヴェラを優先する気はない。
ぶっちゃけ、派閥に関係なくガニアの貴族達を信じる気がない。
奴らは私をシュアンゼ殿下ごと葬ろうとした前科がある上、ちまちまと鬱陶しく絡んできやがったので、好感度はマイナスである。
例外としてファクル公爵が居るけど、それ以外は距離を置かれているだろう。まあ、そうなるのも仕方ない。
何より、私が王弟夫妻の実子であるシュアンゼ殿下の味方をしていることが気に食わない輩多数。
王家派とか王弟派関係なく、シュアンゼ殿下に力を付けさせたくない奴が一定数は居るのだ。
王家派は『王太子であるテゼルト殿下の対抗馬になる可能性がある』という理由から。
王弟派は『実の両親を裏切って国王に媚びた裏切り者』という憤り。
『各国の王の御前で、テゼルト殿下に忠誠を誓った』という事実があろうとも、シュアンゼ殿下は紛れもなく王族の一員だ。
あまり想像したくはないが、今後のガニアの状況次第では、『王位を継げる者が居ないため、仕方なく王位に就いた』という手が使えてしまうのであ~る。
これならば各国の王達とて、納得せざるを得ない。自国でも有り得ることなのだから。
勿論、これは最終手段。現在のガニアは王も王太子も健在なので、ほぼ可能性はないと言ってもいい。
……が。
シュアンゼ殿下の場合、『それは最悪の場合であって、基本的にありえない』で済ませられない事情がある。
シュアンゼ殿下は表舞台に立ってこなかったこともあり、本人の性格その他がほぼ知られていない。
本人が『王になる野心はない』と言ったとしても、それを信じる貴族達がどれほど居るか。
ゆえに、味方であるはずの王家派からは未だに疑惑の目で見られているのが現状だ。
それに加えて、王弟派の中にも『シュアンゼ殿下を新たな旗頭として、王家派の対抗に!』と考える輩――あくまでも『お飾り』として求められている、という意味――がゼロではないため、警戒されていても不思議はない。
よって、私がシュアンゼ殿下を手伝っていることを知っている者達からすれば、シュアンゼ殿下を叩ける絶好の機会なわけですよ!
ここで素直にキヴェラ王の招待に応じてしまえば、即座に『魔導師が味方していると言っても、その程度の扱いか(笑)』と思われること請け合いです。
シュアンゼ殿下は当然、私がそういったことに気付いていると思っているため、キヴェラに赴くことが不思議なのだろう。
……もしくは、『そうしなければいけない事情がある』と察したか。
なまじ優秀な頭をお持ちなので、シュアンゼ殿下はこちらを警戒していると思われた。
……。
いや、実際には『馬鹿が馬鹿なことやっただけ』なんだけど。
シリアスなんて要らんのよ、マジに!
「え~とですね、多分、物凄く深刻な状況とか、急を要する事態みたいに思われている気がするんですが……」
後ろめたい気持ちのまま口にすると、シュアンゼ殿下は訝しげな表情になる。
「気がするって言うか、君がキヴェラを優先しなければならないと考える事態なんだろう?」
「う、うん、『急を要する』っていうことは合ってる。合ってるんだけどね!?」
「?」
ああ、シュアンゼ殿下だけじゃなく、ラフィークさんや三人組まで首を傾げてるよ。
モーリス君は……微妙な空気を察したのか、沈黙を貫いてくれる模様。会話に加わることも避けてくれるみたいです。成長したね!
ただ一人、ヴァイスは何とな~く嫌な予感がするのか、眉を顰めている。彼はリーリエ嬢への断罪の当事者だったので、余計に勘が働くのかもしれなかった。
「一言で言うと、『馬鹿が懲りずに馬鹿なことをやった』ってだけ」
「は?」
「その『お馬鹿さん』が公爵夫妻だから、迅速な対処が求められているんだよ。ぶっちゃけると、アロガンシア公爵夫妻。王太子になる予定の第二王子殿下の最大の後ろ盾」
「……」
沈黙が落ちた。皆の反応に、私は内心、深く頷き同意する。
ヴァイスに至っては夜会の時のアロガンシア公爵夫妻を思い出したのか、苦い顔だ。
ただ、納得もできてしまったらしく、真面目人間のヴァイスからも『それは有り得ないのでは?』という言葉は聞けなかった。やはり、無理がある模様。
ですよねー! ありえねぇよ、色々と!
「ええと、ミヅキ? それ、本当?」
「マジ!」
「その方達って確か、長女のリーリエ嬢のことでキヴェラ王に叱責され、絵本の営業にも来ていたと記憶しているんだけど」
「うん、ガニアにも来てた」
「……」
「……」
「……キヴェラ王からの叱責って……それほどに意味がないものなのかい?」
「いやぁ、割とガチで怒っていたと記憶してますね!」
「……。アロガンシア公爵夫妻って……物凄くキヴェラ王を嘗めているのかな?」
「多分、素でお馬鹿さんなんだと思う。個人的には、営業も自分達が悪いとかじゃなくて、『リーリエ嬢の親だから同行させられた』とか思ってるんじゃないかと」
馬鹿正直に答えれば、シュアンゼ殿下は深々と溜息を吐いた。
「普通ならば信じられないんだけど、私は自分の実の親がアレだったからねぇ……うん、『高位貴族だろうと、王族だろうと、そういう奴も居る』って知っている分、理解できるし、信じるよ」
「失礼ながら……私も主様に同意致します」
シュアンゼ殿下に続き、ラフィークさんも深く頷いている。この主従は二人揃って、頭が痛いと言わんばかりの表情だ。
「あの二人は本当に反省しなかったのですね」
ヴァイスが忌々しそうに舌打ちを。
……。
あの、ヴァイスさん? 貴方今、小さく『クズが!』って言いませんでした? 私の気のせいかな!?
「反省しない馬鹿はどこにでも居るよな」
「ああ、いたな! ああいう輩にゃ、何を言っても無駄だぞ」
「大国キヴェラの王の言葉ですら、まともに受け止めない方が公爵ですか……」
意外なことに三人組は『あ~、居るよね、そういう奴!』で済ませている。傭兵時代に色々と人間関係で苦労があった模様。
「私もこれからキヴェラに行って状況説明をしてもらうから、今は迂闊なことが言えないんだけど。とりあえず、『馬鹿が馬鹿なことをやった』で良いと思う」
「判った。今はそれ以上、聞かないでおくよ。終わったら、その後の展開くらいは聞かせてくれるんだろう?」
「それは大丈夫。寧ろ、聞かせておかないと、アロガンシア公爵家出身の側室様や第二王子殿下、まともと聞いている公爵家の息子二人が風評被害に遭いそう」
「ああ、そういう意味で必要なのか」
さすが、王弟夫妻のせいで評価を落としまくっていたシュアンゼ殿下。理解あるお言葉です。
さて、それではキヴェラに向かうとしますか! ……おっと、その前に大事なことを忘れてた。
「あ、モーリス君のお勉強は大成功に終わりました。これ、遣り取りが入っている魔道具」
「え、いつの間に記録してたんですか!?」
「別室でずっと聞いていたから、その時に」
慌てるモーリス君に、ひらひら手を振りながら解説を。
やだなー、君のことはシュアンゼ殿下が担当者じゃないか。私はただのお手伝いなので、当然、報告しますよ!
「これを聞きながら、待ってて。同席した聖人様が多少は手助けしてるけど、概ねきちんと対処できてると思うよ」
「へぇ……それは楽しみだ」
モーリス君の成長ぶりを見てやってくださいな。キヴェラのお馬鹿さん達のことは、娯楽扱いでいいので!
黒猫『馬鹿が馬鹿なことをやりました』
灰色猫『いや、説明がそれって……』
黒猫『だって、今はそれしか言えないもん! 事実だもん……!』
灰色猫『大丈夫、理解はあるから』
従者『お労しい……』
猟犬『……(クズが!)』
理解があり過ぎて、詳しい説明が要らない皆様。