平和な一時終了の合図
――バラクシンにて
サイラス君へとお手紙を送った後、私はアグノスを始めとする教会の子供達と遊んだり、魔法を見せたりして、キャッキャウフフ♪ とばかりに平和な日々を過ごしていた。
モーリス君は子供達に勉強を教える一方で、聖人様から『組織のトップとしてのあれこれ』を学び、爵位を継ぐということへの認識を改めたらしい。
『これまで【家を継ぐ】ということばかりに目が向いていましたが、人を使った領地経営もそこに含まれるんですよね。僕は最初、全てを自分一人が背負うものだと思っていたんです』
『それに優先順位を付けること、守るべきもののために時には手を汚すこと……きっと、全部僕に必要なものですよね。誠実さや善良さを貫きたいのならば、それを成し遂げる力がなければ。言葉や気持ちばかりがあってもその術を持たないならば、それはただの我侭だ』
以上、モーリス君のお言葉である。成長したねぇ♪
聖人様が聖職者でありながら――勿論、何事もなければ聖人様は善良な聖職者だ――黒いお話しができること、それが何のためであるかを聞き、色々と思うところがあったらしい。
政治とは無縁なはずの教会ですら、運営にはそういったものが必要なのだ。貴族ならば、なおのこと。
聖人様は『嫌味な貴族連中のかわし方』(意訳)はそれなりに上級者なので、モーリス君のために『色々と』ためになるお話をしてくれたのだろう。
バラクシンには実践練習のために来たけれど、意外と良い経験を積めたようだ。これならば少しは頼もしくなったと、シュアンゼ殿下達にも評価してもらえるはず。
なお、商人の小父さん達はその間、私が事前に依頼していたものを教会の一室――使われていない部屋を提供してもらった――に設置してくれている。
それは業務用(?)の冷蔵庫と冷凍庫モドキ、そして保管庫。
以前から魔王様にお願いしていたのだが、許可が出た模様。
だって、これらがないと毎回、おやつはイルフェナから持って来なきゃならないのよ!?
密閉できる巨大な箱の内部に複数の冷却用魔道具が設置されている……という程度だけど、機能的には十分だ。と言うか、騎士寮でも使われている。
ちなみに魔石交換できる改良型。月に一度は私がここに来るし、予備の魔石を渡しておけば魔力切れの問題も起こらず使えるだろう。
実はこれらは試作品なんだけど、ここならば問題あるまい。今後のことを考えても、教会に設置する建前には困らないのだから。
今現在、教会にあるものは彼らが日々、慎ましく生きるためのものであり、それほど大きくもなければ、性能もいまいち。
ただ、こういった場所にそれらがあるだけでもマシなんだそうな。多分、以前に叩き出したクズどもが居たから……だな。
なお、資金提供は騎士寮面子である。今回は『魔導師が使うので、現物を教会に寄付』という形だ。
最初は溜まりまくっている私のこれまでの給料を使おうと思ったんだけど、魔王様に『これまでの貸しがあるから、我侭を叶えてもらった……ということにしたら?』と言われてしまった。
騎士寮面子のお仕事を手伝っていたことは事実だし、これならば詳しいことを公表せずに済むだろうから、と。
……。
そういや、私の職業は騎士寮の厨房のお手伝いだった。
確かに、そこに『騎士寮面子のお仕事のお手伝い』なんて含まれん。
魔王様曰く、『業務外の仕事を手伝わせた挙句、ただ働きさせているようにも見えるから、【「バラクシンの教会で使いたい!」という魔導師の我侭を叶えた】ということにした方がいい』。
私がアグノスを引き取ったことは事実だし、情操教育のために彼女を教会に預けているのも本当。
しかも、騎士寮ではアグノスにおやつを作ったりしていたので、説得力があったらしい。
よって、『教会に場所を提供してもらう代わり、普段は好きに使って良い』(意訳)的な文章が盛り込まれ、バラクシン王家にも許可を得た上での設置となりました。
『うちの馬鹿猫が迷惑かけてごめんね! 普段は使って良いから、場所だけ貸して!』
簡単に言うと、こんな感じだろうな。勝手をしたのはこちら側なのよ、的な。
今回もそれがあったから、業者ではなく小父さん達が来た模様。……さすが、翼の名を持つ商人、どれだけ万能なんですか!
なお、これを見た教会の人々は大変驚くと同時に喜び、皆が一斉に騎士寮面子へと感謝の祈りを捧げていた。善良なことである。
……余談だが、聖人様が微妙な顔で私を眺めた後、『普段から、エルシュオン殿下に我侭を言っているのか、お前……』と呟いていた。
そ う か 、 や は り バ レ る か 。
ええ、教育こそスパルタですが、親猫様は基本的に私に甘いのです。
寧ろ、騎士寮面子や守護役どもの方が容赦なく私を使います。出回っている『溺愛』という噂は大嘘です。正しくは戦友ポジション。
まあ、それも今更なんだけど。バラクシン王も『ああ、エルシュオン殿下だものな』と呟くなり、とても微笑ましそうな目を向けられました。
……その一方で、『私もあのクズどもさえ居なければ……!』と、殺意を滲ませていたけどな。
基本的に穏やかなバラクシン王陛下ですが、許せないことはある模様。恨みは深いぞ、該当者どもは覚悟しとけ。
で。
そんな風に平和に過ごしていた私なのですが。
「あ~、やっぱりね」
サイラス君からのお手紙を見た途端、『でしょうねー』とばかりに遠い目になった。
手紙には『きっちり裏を取ったこと』と同時に、『玩具を用意してやるから、遊びに来い』(意訳)的なことが書かれていた。
どうやら、それほど間を置かずに問題を起こしたアロガンシア公爵夫妻に対し、国の上層部はお怒りらしい。
普段ならば自国の恥として暈すはずのサイラス君は今回、それすらも伝えてきたのだから。
これが今までのように自国内で済むことならば、多少は見逃されたのかもしれない。
しかし、今回は『行動しかけたこと』だけでアウトなのである。
だって、『リーリエ嬢の断罪の時に、他国の人達が居たから』!
つまり、公爵夫妻は『王を嘗めてます♡』と言ったようなもの……!
そりゃ~、サイラス君でなくとも、国の上層部は激怒するだろう。キヴェラ王の言葉が全く通じてないと証明されちゃったんだから。
と言うか、次代に必要な家だから見逃されているというのに、当の本人達が全く理解していないってどうよ?
私が見付けたのは本当に偶然――モーリス君のことがなければ、発覚しなかっただろう――なので、両国の王家が気付かないまま縁談が纏まっていたら、どちらの国も荒れたに違いない。
現在はまだ縁談を匂わせた程度だったので、バラクシン王家とお互いに『うちの馬鹿がごめんなさい!』と謝罪し合えば、それで終わり。
イルフェナは私が絡んでいる案件のため、沈黙を貫いてくれる。こちらも本来ならば知らないはずの情報だからね。
「それじゃ、バラクシン王にお知らせしようかね」
おそらく、バラクシン側もブレソール伯爵への尋問が終わり、裏が取れている頃だろう。
ブレソール伯爵の単独犯なのか、それとも教会派貴族達のパシリだったのか。
それによって叱責される人数は変わってくるけど、パシリだった場合はそれなりに教会派貴族達への牽制になるに違いない。
何せ、教会派貴族には『キヴェラ王を怒らせた』というバッドステータスが付く。
しかも、そこに魔導師がプラスされ、他国にも情報拡散される可能性・大。
同じ手が使えなくなるわけですよ、教会派貴族達は!
うっかり他国に同じことをやろうものなら、その国の王族から『実は魔導師からこんなことを聞いているんだけど?』と脅されて、終了です……!
……。
いや、それも面白くね? とは思ったけど。
ただ、この馬鹿発見器的な案件――リーリエ嬢への縁談とか、アロガンシア公爵夫妻への接触――は使えるので、各国の王には『秘密にしておいてね♡』と告げる予定。
その際、『自国の馬鹿を見付ける罠に使えます』と言っておけば、有効活用してくれるだろう。あの人達はそれくらいやってみせる。
「モーリス君ー!」
子供達の遊びに付き合っているモーリス君へと声を掛ければ、すぐこちらに駆け寄って来てくれた。
「どうしました?」
「ちょっと、バラクシン王とお話ししてくるわ」
そこまで言えば察したのか、モーリス君は一つ頷いた。
「判りました。僕はこちらに残っていますね」
「うん、お願い」
モーリス君は一応、部外者なのだ。だから、今回は一緒に連れて行けない。
それをきちんと察せているあたり、モーリス君は自分の立ち位置を理解できている模様。そんな姿は、彼の成長を思い起こさせる。
これならば当主になっても余計な火種を拾うことはなさそうだ。そうそう、安易なでしゃばりはアウトです!
いくら善意ゆえの行動とか人脈獲得のためと言っても、状況を理解した上で、きちんと線引きできなければ、ウザい奴と思われてしまうもの。最悪、警戒されてしまう。
お貴族様には表面的な付き合いというものが存在するので、安易に仲良くなったと思わない方がいい。仲をそれなりに深めれば、味方になってくれるんだけどね。
「じゃ、行ってきます」
アグノス達に手を振り、聖人様にモーリス君のことをお願いした上で、王城へ。
さて、バラクシン王家はどんな反応を示すかな?
黒猫『これでこっちでもおやつが作れるよ!』
アグノスちゃん『わーい♪ お手伝いするー!』
小父さんA『面倒見が良いことは事実なんだよな……』
小父さんB『教会が心配ってのも事実だよな……』
小父さんA&B『……(教会派貴族どもに頼らせたくないんだろうな。嫌いか、そんなに)』
小父さん達の思っていることはほぼ正解。
主人公は聖人様達に、教会派貴族達への借りを作らせたくない。