魔導師、キヴェラに傷を残す 其の一
「ところでなぁ……そなたに聞いてみたいことがあったのだ。ああ、これは今回の件とは関係ない」
唐突に話し始めたキヴェラ王に、思わず、訝しげな顔になる。この人、余計な話とかするタイプだったっけ?
勿論、『何かのついでに雑談』ということがないわけではない。ただ、今はキヴェラが割と大変な時なんだよねぇ……雑談に興じるよりも、『有益な話し合い(意訳)』の方を好むような。
そんな感情が駄々漏れしたのか、キヴェラ王は苦笑する。
「そなただからこそ、聞く意味がある話なのだ」
「は?」
「……ルーカスのことだからだ。そなたが追い落としたことは事実だが、あれは我らにも多大なる非がある。ルーカスについてどう思っているのか聞きたくてな」
その声には苦さが滲んでいる。どうやら、随分とルーカスのことについて色々と考えたようだ。
勿論、それはこの国の王として、という意味もあるだろう。だが、私に話を聞きたいと思ったのは……父親として、という意味が強い気がした。
ぶっちゃけ、キヴェラ王は後悔しているように見える。それも、物凄く。
……。
自分で気付けたんだ? この人。
こう思うのは、キヴェラ王を馬鹿にしているからではない。彼の立場上、物凄〜く判断が難しいからだ。
魔王様とて、個人であることよりも王族の一人であることを優先しているし、それが『当然』。酷い言い方だが、『個人であるよりも、立場優先で生きるべき』という認識が根付いている。
そうでなければ、際限なく個人的な我儘を叶えてしまうもの。権力者だからこそ、『自分の立場』というものを常に意識しなければなるまいよ。
それを踏まえていながら、この場でこの発言。キヴェラ王は『個人的な話題』として私に話を振りながらも、己の側近達にも私の考えを聞かせたいらしい。
「ん〜……この国に限定するなら、割と信頼している方ですよ。納得さえしていれば、責任をもって仕事を遣り遂げてくれるでしょう、あの人。私みたいな立場からすれば、ありがたいですね」
『は?』
私以外の全員が綺麗にハモった。おいおい、そんなに意外なことかよ。
私は基本的に『結果重視であり、協力者という立場を取る』。それを知っていれば、そう評価することはそれほどおかしなことではない。
ルーカス、生真面目なんだもの。妃のことで反発したのに、他の仕事はきっちりやってたみたいだしさ。王族としての姿が染み付いているというか、完全に職務放棄ができない性格なんだろう。
ヴァージル君はエレーナ関連のあれこれを間近で見て失望したみたいだけど、それは視野が狭いというものだ。ルーカスが救いようがないほどクズならば、とっくに廃されていたはずだしね。
第一、キヴェラ王はそこまで甘くはない。それに加え、他国の姫を娶らせるという措置まで取られている。『手放すには惜しい人材』ってことじゃないのか? これ。
……エレーナに対しては誠実だったらしいからね、ルーカス。大国の王太子ゆえの傲慢さも勿論あるが、概ね真面目な性格をしているとみて間違いはない。
そんな奴がお妃だけは拘った。唯一というか、意地になっていたようにも思える。
どう考えても、周囲に色々と言われまくってブチ切れたようにしか思えん。遅い反抗期というか。ある意味、ルーカスはキヴェラ最大の被害者じゃねーの? とすら思っている。
「ず……随分と予想外の評価だな……?」
さすがのキヴェラ王も呆気に取られて、私をガン見している。彼のこんな姿は、物凄く珍しいに違いない。
その様子に、私は小さく笑って理由を口にした。
「いや、私個人のことは決着がついているでしょう? まず、それが前提です」
「うむ。コルベラでのことも含め、そなたはやりたい放題だったからな」
煩いぞ、キヴェラ王。そこはさらっと流せ。
「そうなると、ルーカスの態度についてなんですが。こう言っては何ですが、セレスティナ姫達をできる限り遠ざけるのは、当時としては当然の措置だったと思います。彼女達はコルベラのことがあるから、貴方に逆らえない。『貴方の忠実な手駒』だったんですよ。ならば、どんなことを命じられても遣り遂げるでしょう」
セシル達がキヴェラ王に忠誠を誓っているわけではなく、コルベラのために遣り遂げるってことですよ。あの当時、コルベラが人質に取られているようなものだったから、セシル達に『キヴェラ王に逆らう』という選択肢は存在しない。
というか、それが政略結婚承諾の理由ですからね!
「冷遇はルーカスの指示ではなかったんでしょう? 潜入した時に、私自身もそれを聞いていますから、これは間違いない。そうなると、ルーカスに対する判断基準って、公務への態度しかありません。ルーカスは妃のことに関しては反発したと聞いていますが、それだけです。ならば、他の仕事はしていたんですよね?」
「……。ああ、こなしていたな」
「それに加えて、他国の王族から同情されてたんですよ。呆れられたのは、エレーナ……寵姫のことだけです。それがキヴェラを揺るがす致命傷になるからこそ、皆様は呆れたんでしょうが……言い換えれば『それだけ』なんですよ。基本的に同情される立場でした」
キヴェラという国が侵略によって大きくなったからこそ、国の中枢は元他国の者を入れるわけにはいかなかった。その危険性は、私の協力者となってくれた復讐者達が証明している。
『国を背負うべき次代の王でありながら、その危険性や国の在り方を理解していないのか?』
おそらく、当時の他国からのルーカスの評価はこれに尽きる。魔王様とて『弟達はまとも』と言っていたので、ルーカス唯一の拘りが致命的過ぎただけなのだろう。
だって、他に批判を聞かなかったんだもの!
聞いてないぞ、『無能』とか『仕事を放棄をしている』なんて!
「私自身の気が済んだ今だからこそ、部外者として見たままを言いますけど……エレーナのこと以前に、ルーカスを批難していた人達って、何を考えているんです? こう言っては何ですが、先代の戦狂いって強烈ですよ? 駄目な点が多過ぎて、ある程度真っ当なことを口にしていれば、誰でも『素晴らしい王子』扱いじゃないですかね?」
「……」
すぐに戦を仕掛けようとする王を諫める、とか。
戦をする度に減っていく国庫の心配をする、とか。
戦狂いに苦言を呈する忠臣達を守る、とか。
どれか一つでもやっていれば、真っ当な王子様の出来上がりだ。直接、戦狂いと対峙などしなくても、忠臣達を労わる言葉をかけてやるだけで十分、『民や配下を想う、心優しい王子様』にはなれるもの。
それにだな……私は非常に疑問に思うことがあるのだよ。
「これ、物凄く気になっていたんですけどね。ルーカスを批難していた人達は『父親に比べて云々』と言っていたらしいですけど、具体的に何をすれば納得したんです?」
「何……?」
「いえ、ですからね? 今の王の治世に問題がないならば、同じことをする必要がないでしょう? 『何をすれば納得するんだ?』って思うのは、当然の疑問ですよね。ちなみに、私にはさっぱり判りません」
これは事実。戦狂いが王位に就いていた時代ならば色々とやるべきことが判るだろうけど、現キヴェラ王が相手では何をやったらいいのか、全く判らない。
その状況で『陛下を見習え』とか言われても、私なら『何をやれっつーんだ、畜生が!』とキレる未来しか思い浮かばない。
キヴェラ王が王太子だった頃のことが参考にならない上、あの時点で『キヴェラの在り方を変える』なんて言い出しても、賛同してもらえないからね。
キヴェラが敗北して、初めて、その道が提示されたんだもの。相手に何かを求めるならば、望む形を言ってもらわなければ困る。
「だって、貴方は『素晴らしい王』じゃないですか。貴方を理想としているのに、『王太子であった頃の王を見倣え』とか……『父親同様に、王を追い落とせばいいのかよ!』としか、思いません。でも、それって反逆ですよね? キヴェラがそういった代替わりをしてきたならばともかく、反逆を推奨する連中ってどうよ?」
「アンタ、それは極端なんじゃ……」
「何を言ってるのさ、サイラス君。具体的なことを何一つ提示せず、失望だけを向けられるって、かなりキツイぞ? しかもさ、それを口にできるのはキヴェラ王だけのはずだよ? 『遣り遂げた本人』ならば、ルーカスだって納得したんじゃない?」
サイラス君は顔を引き攣らせているが、単なる事実である。そもそも、側近を含めた配下一同に、それを口にする権利などない。
「……何故、そう思う?」
「貴方自身が戦狂いを殺したからですよ。どんな理由があっても、『父親を追い落とした』って、良い印象を抱かれません。事実、ガニアでは、見当違いではあったけれど、気合いの入った忠臣が存在しましたよ? 主の憂いをなくすため、一族郎党の命を賭して、シュアンゼ殿下と私を狙った奴らがいたじゃないですか。……貴方の側近達は忠誠を誓っているかもしれませんが、主に従っただけでしょうに」
自分の意志で何かを成し遂げたならば、命を失うことになろうとも、尊敬を向けられただろう。
『忠誠心ゆえに、敵となる』、『国を想うゆえに、悪となって王を追い落とす』……割とよくある話だと思う。というか、ウィル様は『国を想うゆえに、王を追い落とした』。
国のために成したことであろうとも、『簒奪者』と呼ばれているのだ。本人も、その側近達にも後悔はないだろうが、グレンを始めとした人達にとって、消えない傷となっているはずだ。
グレンには殺すだけの戦闘能力がない。だからこそ、知恵と知識を使った。……ウィル様の共犯者となることで、その汚名を共に背負っているともいう。
それ故の、『知将』の名と実績だ。グレンは自分がやったことを隠したりはしなかった。ウィル様の側近としての足場固めもあっただろうけど、感謝されることばかりではなかったに違いない。
異世界人ということを隠している以上、本来ならばリスクがあることは避けるはず。その危険を冒してなお、隣に立つことを選んだ。だからこそ、グレンはウィル様の側近達に認められたのだろう。守られるだけの存在ならば、こうはならない。
グレンでさえこの状態なので、アルベルダはウィル様自身が追い落とすほかに手がなかったと推測。身分とか、勢力とかを考慮し、一番潰されない人選だったんじゃないかな。
「……で、話は聞いていましたよね? 貴方達はルーカスが何をすれば満足したんです?」
体の向きを変えて、これまで黙っていた側近の皆さんへと問い掛ける。あらあら、皆様は揃って顔色が悪いみたい。
だが……ここで追及の手を緩めるつもりはない。同じことを繰り返されても困るし、エレーナもか〜な〜り遠回しにルーカスを心配していたからだ。
ただ、ルーカスの暴言に怒っていたことも事実。
乙女心は複雑である。まあ、それはエレーナの地雷を踏みまくったルーカスが悪いんだけどね。
『あの状況は私にとって非常に都合のよいものでしたが、同情は致しますわ』
エレーナから見ても、こんな台詞が出るくらいだ。暈してはいるが、ルーカスの周囲を批難している。他国からもルーカスは同情されていたので、相当だったんじゃないのかね?
そもそも、ルーカスを慕い、出世コースを捨てて付いて行く人達が出ていると聞いている。第二王子が王太子になったとして、同じことが起きた場合……キヴェラは間違いなく傾く。
『……』
側近達は揃って無言のまま。キヴェラ王も思うことがあるのか、厳しい表情をしたまま考え込んでいる。
サイラス君はヴァージル君と仲が良い分、色々と話したのだろう。この件については、口出ししてこなかった。私の言い分を否定する言葉を持たないのかもしれない……サイラス君もまた、以前はルーカスに否定的だったらしいから。
さあ、レッツ断罪タイム! こんな機会は二度とないから、盛大にやらせていただきます!
私が切っていないカードはまだあるぞぅ。今回は証拠と共に、きっちりと反省していただこうじゃないか。
つーか、キヴェラはこのままだと危うい。今回のことで第二王子の派閥や後ろ盾を守ったとしても、ルーカスの時と同じことをやらかされたら、全ての苦労が無駄になる。
容認できるはずはありません。商人さん達にその余波がくることを踏まえても、放置はできん。絶対、阻止!
「答えられますよね? 『正統な後継者を潰した』のですから」
『!?』
肩を跳ねさせる人々を視界に映し、私はうっそりと笑う。……非常識と言われる魔導師にさえ理解できる『事実』。それをもたらしたのだから、きっちり説明してくださいね?
ついでとばかりに、キヴェラへの断罪勃発。(対象は主に側近連中)
同じことを繰り返されても困るので、主人公的には必要なこと。
なお、キヴェラ編におけるルーカスの評価は、彼らの主観に基づくものです。
忠臣達がルーカスの傍を離れたのは、不甲斐ない己や国に失望したという理由もありました。
(※自分の父や兄が、ルーカスへの不満を平然と口にすることがあったため)
キヴェラ王でさえルーカスが原因と思っていましたが、彼を慕う者の多さに考えを改め、
今回、主人公に話を聞くに至っています。ヴァージル君は騎士なので、微妙に脳筋。
ルーカスの元側近が出て来なかったのは、キヴェラの問題点への布石でした。
※活動報告にて、魔導師20巻、ダンジョン生活。書籍化のお知らせを載せました。
※魔導師のコミカライズが配信されています。Renta! 様は一話が無料。
https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/140181/
※『平和的ダンジョン生活。』は毎週、月曜日と木曜日に更新されます。
宜しければ、こちらもお付き合いくださいね。
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