IFな番外編・『とある親猫の夢』
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
先週、定期更新を休んでしまったので、IFな番外編を。
何でも許せる方向きです。広い心で読んでくださいね!
ぱちり、と目を開ける。眠ってから、それほど時間は経っていないらしく、周囲は未だ、午後の穏やかな明るさに包まれていた。
猫の眠りは浅いと言われているが、私も例に漏れなかったらしい。……ふと、何かが腹の傍で動いた気がして、そちらへと意識を向け……ぴったりと寄り添う黒い小さな塊に安堵を覚えた。
黒い塊は子猫である。ふわふわとした毛並みが愛らしい。
……が、この子猫は元々、外で暮らしていた。所謂、野良猫というやつだ。そこを飼い主であり、獣医でもあるゴードンに拾われてきたのだ。
最初はゴードンに呆れた。あらゆる生き物達から距離を置かれる私がいるというのに、何故、そんな子を連れて来たのかと。
命の危機にあるならばまだしも、子猫にそんな様子はない。寧ろ、家猫かと思えるほど綺麗な子猫だった。
これらの疑問は、同じ家に住むアルやクラウスも思ったらしい。彼らは犬でこそあったが、私を恐れない存在だった。私にとって家族であり、大切な幼馴染である。
そして、当時のことを思い出す。この家に『家族』が一匹増えた時のことを。
※※※※※※※※※
「エル、この子の面倒を見てはくれないか?」
ゴードンはそう言って、眠る子猫を私の側に置いた。……思わず、固まった私は悪くない。何度も言うが、私はあらゆる生き物に脅えられる性質なのだ。
青い目と鋭い視線が恐ろしい、とか。
大型の猫にしても、大き過ぎる体躯だとか。
理由は様々だったが、皆に脅えられるのが常なのだ。そんな猫に子守りをしろとは……ゴードンも中々に鬼であろう。子猫が怯えて逃げ出す未来しか見えない。
だが……子猫は何故か、私に脅えなかった。
いや、少しは脅えた。それは私に脅えたというより、『いきなり知らない場所にいたこと』について。
子猫は目を覚ますなり、きょろきょろと周囲を見回して。そして……すぐ傍に居た私――あまりにも大きさに差があるため、子猫が見上げて、初めて視線が合った――に気付くなり、へにょりと耳を垂れたのだ。
ああ、またか。また脅えさせてしまった。
そう思って傍を離れようとするも、次に聞こえた子猫の言葉は、私の予想しないものだった。
『う〜……勝手に縄張りに入ってごめんなさい』
『え?』
『? だって、綺麗な猫さんの縄張りでしょう? ここ』
『縄張り……ま、まあ、そうなるのか、な?』
子猫は私を恐れたのではなく、勝手に縄張りに入ってしまったことを申し訳なく思っただけらしい。思わず、私は胸の痛みを忘れ、まじまじと子猫を見つめた。
そういや、この子は野良だった。
野良にとって、生きるための糧を得ることは最重要。縄張りに余所者が増えれば、リアルに餌の量に響いてくるため、死活問題なのだろう。
『大丈夫。君は私達の飼い主に連れて来られただけだから。拉致されたんだよ、君に非はない』
……我ながら酷い言い方だとは思うが、子猫にとっては事実である。自分の意志でここに来たわけではないのだ、そのことを責める気がないと教える意味でも、伝えておかなければならないだろう。
『綺麗な猫さんは怒ってない?』
『怒ってないよ』
そう言って毛繕いをしてやれば、子猫はくすぐったそうにしながらも、嬉しそうに礼を言った。謝罪や感謝の言葉がすぐに出ることからも、素直な性格の子なのだろう。
そこに割り込む、元凶(=飼い主)の声。
「おや、この子はエルが平気なのだな」
思わず、びくついた子猫を腹の下に隠す。子猫は大人しく腹の下に収まるも、警戒心を滲ませたまま。
ゴードンは興味深そうに、私と子猫の姿をまじまじと眺め――
「ふむ。エルに子育てを頼むか」
よく判らないことを言った。はぁ!? 君、ねぇ……!?
雄である私に子を産んだ経験はないし、子守りをしたこともない。何より、私と一緒に居れば、この子猫も私同様に他の個体から距離を置かれてしまうかもしれないじゃないか。
『ちょっと! ゴードン、考え直しなよ!』
「おや、エルも賛成してくれるのか?」
『違ーう! 考え直せって言ってるんだよ!』
……などという不毛な遣り取りをした後、私はゴードンより子猫の親代わりを命じられてしまった。種族……いや、言葉の壁は厚い。
そう思うも、飼い主の意向に逆らえるはずもなく。私は溜息と共に、ぽかんとしたままの子猫へと決定事項を通達した。
『ええと、君はうちの子になるみたいだ。私が親代わりを任じられた』
『……え? ええ!?』
『うん、その気持ちも判るよ……』
ゴードン……子猫の方がまともな反応をしているよ。君、もう少し私達と意思の疎通ができるようになった方が良いんじゃないのかい……?
遠い目になるも、本当に不安なのは子猫の方である。ここに来たことも含めて、子猫の意志はガン無視だ。ここは同族として、または先住猫として、駄目な飼い主をフォローしてやらねばなるまい。
『私はエル。今から、私は君の親代わりだ。君、名前は?』
『ミヅキ。じゃあ、これから親猫様って呼ぶ』
『親猫様……まあ、いいか。宜しくね、ミヅキ』
『宜しくね、親猫様』
※※※※※※※※※
――そんな遣り取りをしたのは、そう遠い日のことではない。それなのに、これほど私とミヅキの距離が近いのは……偏に、ミヅキの性格によるものが大きいだろう。
愛らしい見た目の割に、子猫は破天荒な性格だったのだ。
それはもう、『さすがは元野良!』と思わずにいられないほどに……!
あれは幼さゆえの奔放さとか、無謀といったものではあるまい。しかも、ミヅキは意外と凶暴だ。これは野良猫時代の認識がそのままというか、残っているせいかもしれないが。
その度に叱り、前足で叩き、説教し。
時には首の後ろを銜えて、危険から遠ざける。
そんな姿は、誰の目から見ても立派に親猫だったらしく。私はあっさりと、『黒い子猫の親猫』として認知されていったのだ。
ま、まあ、子猫に一番懐かれている自覚はあるけれど。……それを嬉しく思っていることも事実だけどっ!
問題点があるとするなら、何〜故〜か、私のことを『母猫』と勘違いする人間達が多いことだろうか? 悪意なく、私達を親子と称して微笑ましく眺める人間達の多いこと!
あのね、私は『雄猫』だ! 知っているはずだろう……!?
アルとクラウスに生温かい目で見られる度、ジトッとした目を向けてしまうのも、仕方がないことだろう。
二匹とも、ミヅキを可愛がってくれるという点においては申し分ないので、是非とも、私への態度を改善して欲しいものである。
そう思っていると、黒い塊――ミヅキが欠伸をし。ぱちりと、その目が開いて、私を映す。
『……おはよう、親猫様』
『まだ、寝ていてもいいよ?』
『うーん……起きて遊ぶ』
どうやら、ミヅキは退屈しているらしい。アル達は散歩に行っているみたいだから、この子の面倒は私が見るしかないだろう。私も起きるしかなさそうだ。
己の鼻先を、私のそれへとくっ付けてくる子猫の仕草に目を細めながら、これまでの日々を想う。
ミヅキが来てからの日々は騒々しいが、嫌いではない。この子に『親猫様』と呼ばれることも、いつの間にか当然と思ってしまっているのだから。
『天気が良いから、お外に行きたい! 狩りをする!』
『!? ちょ、待ちなさい! 君はもう、家猫なんだから!』
『やだー!』
「ちょっと待ちなさい、この馬鹿猫っ! ……。……あれ?」
焦った声を出しながら、飛び起きる。そして、周囲を見回し……今までのことが夢だったと気づいた。
そう、私は猫ではなく人間だ。アルも、クラウスも、ミヅキだって人間である。
だが、恐ろしいほど違和感がなかった。むしろ、日常。
なるほど、私達のことを『猫親子』や『猟犬』と称する者達には、私達の遣り取りがあんな風に見えていたのか。
私でさえ違和感がないのだから、それほど親しくない者達からすれば、私とミヅキの遣り取りがさぞ、楽しいものに見えることだろう。
嬉しくない。全く、これっぽっちも、嬉しくはない!
誰が、そんな平和な生き物達の遣り取りと同列に見られて、嬉しいものか……!
そんな平和な表現で済むのなら、ミヅキは災厄扱いはされない。
軌道修正をしなければ、自分の興味の赴くままに暴走する。それがミヅキ。
ミヅキが軌道修正を必要としないほど真っ当な性格ならば、私は未だに『魔王殿下』のままだろう。それはそれで問題がある気がするけど、少なくとも、『お気楽・家猫生活』的な平和ボケした渾名は付けられまい。
「はあ……寝直すか」
軽く頭を振って、再び眠るための姿勢に入る。次に見る夢の私が再び猫なのか、人間となっているのかは判らないが……。
悪夢だけは見ないだろう。そんなものは、あの破天荒な黒猫が壊してくれる。
確信めいた予想に小さく笑みを漏らし、私は眠りについた。良い夢が見られるといい。そう思いながら――
魔王殿下、夢落ちネタ。初夢がこんなんだったら、楽しい。
夢の中でも、やっぱり保護者。心底、親猫ポジションです。




