(おわり)これからの居場所
移転の話はトントン拍子に進んでいった。
サワナの辞職ど同時に、館山の『海の館』への正式な移住のアプローチ開始。
俺は水瀬さんと業務上の相談をあれこれ。
ちなみに交通については、大家さんから一言あった。
『高速利用する時は異空間側の道を使うように』
『それはいいですけど、あっちを使う理由は?』
『向こう側にも管理団体ができたんだが──おまえさんはそこの職員扱いになってるのさ』
『それってもしかして、高速料金免除対象?』
『悪用するでないぞ?』
『う……あの、できれば家族旅行にも使いたいんですが……えっと、ダメです?』
『はぁ?家族旅行?』
『はい』
あとから聞いた話だと、俺の後ろでは水瀬さんが真っ青になっていたらしい。
だが。
『ふふ……ふふふ……変わらんなぁ、おぬしは』
『?』
『よいよい、その程度なら悪用とはいわん。好きにせい。
どうせお主のことだ。
本当に家族サービス用と関係者への挨拶まわりくらいにしか使わんのだろ?』
『あ、はい……へ?なんでわかるんです?』
ていうか、業務用の特権なんだから業務に使うのは当たり前だよね?
だから、家族と外出用に使っちゃダメですかと許可を求めているんじゃないか。
たしかに海は近くなったよ。
でも今度は水瀬さんが遠くなっちゃうからね。
『ははは、まったく……まぁお主はそれでよい。
水瀬、手配しておけ。よいな』
『はっ!』
『しかし、これだけは忘れるなマコトよ。
これは他者に許可するわけではない、あくまでお主だけの特別じゃ──だから他言はするなよ?』
『はい、ありがとうございます!』
なぜか秩父の魔王っぽい大家さんには楽しそうに笑われた。
そして、あとで水瀬さんには──。
『あんたはよくわかってないだろうけど、すごい方なんだよ?
それをあんたときたらもう』
『いやまぁ、俺は基本、底辺のモブの村人だから』
『……はぁ』
盛大に呆れられた。
そして転居の日は来た。
「よし、準備はもういいかい?」
「はい、長いことお世話になりました」
「よしとくれ、どうせまた週明けから仕事でやりとりがあんだよ?」
「そりゃそうですが、直接話せるのはしばらく先でしょ?」
「いやいや、秩父のシステム更新調査で来月にも会うサ」
「え、あれもうやるんです?……まさか何か出ました?」
「ああ出たよ」
「調査です?まさか増設?」
「増設だネ」
「まじすか」
なんか、また余計な仕事増やしちゃったっぽいな。
まぁいい。
すべては人の縁。
荷物とはただの重荷ではなく、人生そのもの。
サワナとサーナ。
それにノルンたち。
さらに後ろに積まれている荷物を見ていたら、しみじみそう思う。
仕事だってそうだ。
仕事は生きる糧を得る方法。
それだけのものでしかないが、だからこそ大切。
俺のためだけじゃない。
大切な人たちとの暮らしを支えるためにね。
「ところでマコちゃん、バイクは処分したのかい?」
「レブルですか?アレは先に館山に持っていきましたよ」
「おや、処分しなかったのかい?だけど──」
「実はサワナ・サーナ両名に反対されまして」
「あらら」
もちろん、これから家族がいるって事で処分も考えた。
だけど、驚いたことにその家族に反対されたんだ。
処分するのはいつでもできるから、とりあえず館山周辺限定で使えばどうかと。
まぁサーナと妖精たちを後ろに乗せてご近所用になるだろうけどな。
バイク好きの俺としては、妻子が積極的に認めてくれたのはうれしいけど。
え?育児期間中なのにバイクはだめだって?
うーん、俺もそう思うんだけどね……。
それがね……ほんとにガチで反対されたんだよ。
それも日本的なものでなく、彼女たちなりの理屈でね。
サワナが言うには、彼女たちの世界ではオートバイは「馬」の一種に見えるらしい。
で、そんな彼女たちにとり、馬ってのは大切なものなんだって。
自分の持ち馬は、たとえ今は用がなくても大切にして面倒を見るもの。
また必要になった時に困らないように。
少なくとも引っ越しの都合で手放すなんて、不吉だからやめなさいと逆に怒られた。
この想定外の文化摩擦はマジで驚いた。
でもありがたい。
レブルは思い入れのあるバイクだからね……うれしいよ。
そういう事ならこれからも、まぁご近所限定で使わせてもらうよ。
もちろん安全には本当に気をつけて。
ちなみにレブル同様、仕事車であるエブリイもすでに移動ずみだ。
移動の際、エブリイの時は水瀬さん、レブルの時はカッパの奥野君が車で迎えにきてくれたので、幸いなことに不慣れな内房線に無理に乗らずにすんでいる。
本当、ひとの輪というのはありがたい。
「ところでサーナ」
「「ん?」」
「その妖精はどうしたんだ?」
そうなのだ。
サーナは見慣れない妖精を連れていた。
しかも。
「カラス──もしかしてマー様の眷属?」
マー様というのは最近新しく生まれた神様のことだ。
ああ、いつかのカラス様を覚えてるかな?
あのカラス様がマジで神様に昇華したそうで、先日尋ねていらしたんだよ。
長い名前なのでマー様と言っているが……実はマー様のマーとはマコトのマ……つまり俺の名からとったんだと。
神様に名前の一部を差し上げるなんて……光栄を通り越して申し訳ない気分だったが。
まぁ彼のことはいい、またいつか別の機会に話そう。
それよりも問題は。
「なんでマー様の眷属連れてんだ、サーナ?」
「もらった」
「もらった?マー様に?」
「そう」
たしかにサーナは成長著しいし、妖精はうまく使えばすごく助けになる。
それはノルンを連れている俺自身がよく知ってるが。
……それでもまだ幼女だろサーナは。
いったい何考えてんだマー様?
首をかしげていたら、カラス妖精から声が聞こえてきた。
……いや、これは俺の頭に直接聞こえてるのかな?
『本当はおまえにつけたかったのだがな……彼女でも問題ないだろうと判断したのだよ』
『あ、こりゃどうも』
どうやらカラス妖精そのものでなく、その向こうでマー様が話しているようだ。
でも声に出してないのは何か理由があるのかな?
『マー様、俺につけるってどういうことです?』
『我が神に昇華する時に、おまえの名をもらったろう?
あれでおまえに、わずかであるが神格が備わったらしいのだ』
『はぁ?なんですかそれ!?』
神格ぅ!?
『わかっているともマコトよ、おまえにとり青天の霹靂である事はな。
我も驚いたが、備わってしまったものは仕方ない。
それより問題は誰かに狙われる可能性があることだ』
『狙われる……それで守護するものを?』
『そうだ』
なるほど。
『それでこの、前のマー様に似たカラスってわけですか。
でもなんでサーナに?』
『おまえには既にノルンがいる。
ノルンは見た目こそ森の妖精だが、二匹の強大な狐と北の地の古木、さらにいくつもの加護を受けてさらに進化を続けている。
未来ならともかく、今はこれ以上干渉しない方がよいのだ』
『それでサーナに……でもサーナはまだ子供すぎませんか?』
『問題ない、まだ幼いとはいえ彼女には巫女の才がある』
『え、巫女の?』
『うむ』
へえ……。
ああそうか、声に出さずに頭に話しかけてくるのは、サーナ当人に聴かせないためか。
『そういうことだ、迷惑だったかな?』
『いや、事情がわかればむしろ歓迎ですよ。
うちのノルンたちと同様に扱えばいいんで?』
『それでかまわない』
『了解、そんじゃよろしく頼みます』
そんなこんなで会話していたのだけど、当然その間は無言だった。
となると当然、サワナが焼き餅を焼くのはお約束。
奥さん、網を交換しますぜ(謎)。
「誠さん、カラスの方となんのお話を?」
「事情を聞いてたんだ。
最初は俺につけようとしたらしいけど、ノルンがいるだろ?
とりあえずサーナに預ける形にして、今後の事はノルンが落ち着いてからだってさ」
「落ち着く?」
「これは俺のせいなんだけど……いろんな加護が入っていて結構すごい状態らしくてね」
「ああ、なるほど」
どうやらサワナも、ノルンの異常性に気づいていたらしい。
「わたしには、むずかしい事はよくわかりません。
ですがおそらくこのノルンは……こうして見ていても、やはりただの妖精じゃないと思います」
「……でも最初は」
「ええ、最初は単なる妖精だった。
だけど運命の中で急速に進化して、そして誠さんの優秀なサポーターになったんですよ」
「……そんな大げさな」
「いいえ、足りないくらいですよ。
誠さん。
たしかに契約妖精は育て上げると優秀なサポーターになります。
ですが、生まれて3年とたたない妖精、しかも印付きとはいえ訓練も受けていない人間の誠さんの妖精が、別の空間に車ごと自在に出入りさせたり、妖怪のいたずらや攻撃も弾き返すなんて誰に話しても信じてはもらえませんよ?」
「……やっぱりそうなんだ」
「あたりまえです」
ノルンを手に乗せ、遊ばせながらサワナは苦笑いした。
俺たちを載せたハイエースは高速に乗っかり、東京湾アクアラインを目指して走り続ける。
木更津に渡ったら下道に降りるけど、それまでは高速走行。
そしたら千葉県の海沿いの道をまったり走り、俺たちの新たな土地──館山市を目指していくんだ。
「誠さん」
「ん?なに?」
サワナ、本当にすっかり「まこと」の発音に慣れちゃったよなぁ。
今や全く違和感なく「誠」と呼びつつ、運転する俺に横からしがみついてくる。
柔らかい感触に思わずピクッと体が反応してしまう。
でも、そんな俺の変化に気づいているサワナは楽しげに笑うだけだ。
「うふふ、楽しみですね」
「え、ああ、うん」
「♪」
サワナは楽しげに、俺の体にスリスリと体をすりつけてきた。
俺はちょっと困ってしまったが、とても幸せな心地なのは間違いない。
だからそのまま、彼女の楽しいいたずらに抵抗しなかった。
「そろそろ海ほたるだけど、寄る?」
「いいえ、そのままいきましょう」
サワナは首をふった。
「いいの?」
「ええ」
そうか、ではそうしよう。
物語はとりあえず、ここで終わる。
ひとりぼっちで、交差点で狐様に声をかけられてから、かわった俺の人生。
今後はどうなるかわからないけど……。
でもまぁ、それはまた別のお話ってことで。
「どこかで見たリトルカブが……あああの時の!」
「ありゃ?ああいつかの、お久しぶりっす!」
──おしまい。




