異世界転生?
やっとの事で新しい仕事についた俺だったが、実は速攻で壁にぶつかってしまった。
今までやっていた仕事は、なんだかんだで開発室のようなとこで黙々とやる仕事。
それに比べ、今度の仕事はあちこち出て回り、電話したり折衝する事も多い。
ああうん、これは想定してなかったかな。
そりゃそうだよなぁ。
長年マシン室暮らしだった俺がなぁ……世の中わからんもんだ。
でも仕事だし、そもそもいわゆる営業職というわけではない。
だから汗をかきつつ、時には「何やってんの」と言われつつ。
自分のペースで一つ一つ乗り越えていった。
真っ先に俺がやったのは、現状をまとめる事だった。
パソコンで顧客の連絡先、それにネット接続先を調べ上げた。
幸い相手はただの個人ではなく大家さんたちだったので、書類はきちんと残っていた。
顧客先は関東で全17箇所。うちのアパートを除けば16。
ひとつひとつ水瀬さんに声がけしてもらい、挨拶して回った。
そんでPCやネットワークの現状を調べ上げた。
幸いなことに古い事が幸いし、PCや機材構成は実にシンプルだった。
前任者が半分ほどは光回線化していたようで、それらについては古すぎるPCを新しくするだけで良かった。
残り半分は厄介で、中には設備どころか契約もおかしいところまであった。
全部確認の後、契約変更して光に置き換えた。
これらの作業は思わぬ恩恵も与えてくれた。
特にネットワークが放置状態の場合、住人たちのスマホやタブレットにまったく対応できてない。
その手のところでは wifi 対応化で大変喜ばれた。
田舎だと特に携帯ネットワークは線が細いところも多く、wifi経由で光回線が使えると劇的に扱いやすくなるケースも珍しくない。
うん。
これ以上なくわかりやすい利便性だった。
一箇所だけ有線のLANを欲した人もいたんだが、これはそこの大家さんと検討・対応した。
アパートのようなところで有線LANをいじろうとすると関連して電気工事が必要な場合があるからね、簡単にはいかないんだ。
そう、無線がこれだけ広がった理由にはそういう事もある。
マンションやアパートに回線を引く専門業者なんかもいて実に勉強になったよ。
しかも俺は本来物覚えが悪くて……能力もスキルも低めの人間なもんで本当に大変だった。
だけど、俺には妖精という頼れるサポーターがいた。
うろ覚えの名前を教えてくれたり、過去の会話記録をさかのぼってくれたり。
基本的に俺の覚えてない事はできないんだけど、それでも「そこまで出ているのに思い出せない」みたいな事をサクッと指摘してくれるし、行き違いになりそうな相手も「あっち」だと教えてくれる。
さらに先方が妖精見える人たちだったのも大きい。
とにかく話がしやすい。
技術屋あがりの身としては本当に助かった。
「まこー、おかえりー」
「おかえりなさい誠さん」
「おかえりマコちゃん」
「ああ、ただいま、それと水瀬さん、ちゃんづけはやめてください」
「わかりました」
「ふふふ」
今日はちょっと遠くの作業だったので遅くなるかと思ったけど、みな待っててくれた。
さすがにサーナは眠かったようで、すぐ寝てしまったが。
「今日は大変でしたか?」
「そうでもないよ、いい人たちだった。
最初は少し喧嘩腰な感じだったけど、きちんと説明していたら後は普通にお話できたよ」
「へえ……網元とうまくやれたのかい、じゃああそこは今後マコちゃん担当だね」
「水瀬さん、めんどくさいからって押し付けるのダメですよ?」
あの人たち、あきらかに俺より水瀬さんがいいって感じだったじゃん。
でもそう言うと、水瀬さんが眉をしかめた。
「網元のとこは機材が特殊だろ?
わたしゃアレはわかんないヨ、マコちゃんじゃないとネ」
「いやいやいや、個人のパソコンのしかもUNIXの面倒なんて対象外でしょ?」
詳しい話は置いといてざっくり言えば、まぁやっぱりいたんだよ。
自室にネットワーク引いてサーバ立ててる人……しかもOSがLinuxっていうPCむけUNIXの一種を使ってゲームサーバーを立てていた。
前に水瀬さんに言ったように、こういう人は少ないとはいえ時々いるもんだ。
車でも時々、本業でもないのに整備士顔負けに自分で面倒見ている人がいるだろ?
あれのようなものだ。
そして──ここまで言えばわかるよね?
俺が見る必要あるのは管理業務用パソコンまで。
多少は住人の機械も見るけど、あれはそういう「ふつうのパソコン」じゃない。
きちんとネットワークにつながり稼働していれば、あとは保証外だよ。
それに、俺は一人しかいない。
もし俺に何かあった時、水瀬さんが代役できない仕事は保証しきれない。
だからサポートはできないと説明したら、水瀬さんは首をかしげた。
「それはわかるし正しいと思うよ。
だけどアップデートの相談乗ってあげたんだろ?」
「ちゃんと保守契約外であると説明の上、無保証と明言して大家さんにも言質とってます」
個人的な情報なら提示できるけど、正式なサポートではないとわざわざ明言した。
でないと後日、別の人に「前の人はしてくれたじゃん」って言われると困るから。
「その人から、あんた名指しでお礼と、無保証でメールでもいいから時々相談のってくれって来てるよ。
なんだったら割増払ってもいいって大家からも連絡きてる。どうする?」
「……あとで面倒になっても知りませんよ?」
「あんた個人の知識を求めているだけで、サービスそのものではないから構わないさ。
こっちは業務内にしてもいいから、話をきいてあげなヨ」
「そういう事なら微力を尽くします……けど基本はメールだけで頼みます、きりがないから」
「ああ、それでいいさ」
サービス業で範囲外の事をするのは、他のひとに迷惑をかけてしまう事もある。
でもまぁ最初から俺個人だけと決まってるなら構わないよ。
え?ケチ?
いやいや、仕事の確認するのは大事だよ。
だって。
先日サワナが「パートの仕事が終わる」と言ってきたからね。
しばらく俺の稼ぎが頼りになるんだ。
ならば、俺もしゃんとしないと。
「仕事がなくなる?」
「務めているお店で、あらゆる局面に自動化を導入して人を減らしているんです」
「自動化で合理化はわかるけど、サワナは結構長いんだよね?
ぺーぺーの新人さんなら仕方ないけど、慣れてる人をそう簡単に切るの?」
「それは……上はハッキリと言わないですけど」
「あー、むしろ詳しい人は扱いにくいって事かぁ」
「ええ」
サワナの今の仕事は、サーナが生まれた後についたものだと聞いてる。
たしか出産前に勤めていたところと折り合いが悪く、復職をあきらめたって。
それでもポッと出のバイト君よりは間違いなくベテランだし、元々事務職で単なる現場の子よりわかる事も多いはずだ。
そんなサワナを切る。
俺の前いた会社もそうだけど、ずいぶんと世知辛いもんだ。
「今後の行き先は、すぐには決まらないよね?」
「はい」
やれやれ、なんてこった。
だけど。
「とりあえず今は俺が仕事できてるからね。あわてずゆっくり探そう?」
「すみません」
「なんで謝るの、家族じゃん」
この可愛いひとを守りたい──心からそう思う。
俺だって今の仕事にいるのは、サワナや水瀬さんのおかげ。
しかも今や俺たちは家族。
ならば守るのは当然のことじゃないか。
「そうだ」
「え?」
「どうせ仕事がその状況なら、いっそ館山に引っ越しちまうか?」
「館山……ああ『海の館』ですね?」
「そそ」
ふたりは本来、海の種族。
幼いサーナのために今だって時々、千葉の奥に療養に行っている状態だ。
例の常夏な異空間の宿もそうだけど、あっちにはもうひとつ拠点がある。
それが館山市の近くにある通称『海の館』。
今の仕事のサポート先のひとつであり、要はここと同じ「こちら側」の拠点だ。
「あっちの大家さんと親しいもんね、サワナ」
「まぁその……ナスネおばさまのとこ行くと、今も子供扱いですけど」
サワナは苦笑した。
ナスネとは海の館の大家だが、なんでもサワナを生まれる前から知ってるらしい──もちろん種族もサワナと同じだ。
そしてその出自ゆえに、都会暮らしのふたりを大変憂慮してくれている。
実は最近、サーナの事もありウチに拠点を移してはどうかと打診も受けていた。
「業務に影響はありませんか?」
「それは問題ないね」
もともと現場は関東の各地だし、普段は遠いからネットでのやりとりになる。
つまり無店舗営業状態なわけだ。
拠点変更の影響はせいぜい、現場までの距離の問題くらい。
それだって高速道路網のおかげで緩和もされている。
そんな話をしていたら、水瀬さんがやってきて話に加わった。
「ここも縮小しているからネ」
「縮小?」
「去年から今年にかけて、だんだん寂しくなってきたのに気づいてるよネ?」
「あ、はい」
そうなのだ。
かつて、どこぞの妖怪いっぱいのアパートみたいと思っていたこのアパートだが、今は「いっぱい」とは言えなくなってきていた。
急速に何かが変化している。
「都心の再開発が続いていてね。
ここは確かに路地裏の奥で、直接道路がたつ話などはないわけだが……ここ半世紀ほどで、まるで砂漠のオアシスみたいになってしまっていたからねえ。
とうとう古株も少しずつ重い腰をあげはじめたのサ」
「……ここは閉鎖するって事ですか?」
それは寂しい気がするんだが……。
そう思っていると、水瀬さんが苦笑した。
「変わらないものはないサ。
それはひとの世でも、この世界でもネ──そういうモンだよ」
「……そうなんですか?俺はてっきり」
「マコちゃん。
あんたはサワナと夫婦になって、ひとと少し違う寿命を手に入れたかもしれない。
けどそれだって、世の中の移り変わりの中じゃ一瞬のことさ。
ただ単に運命ってやつが、相方と幸せでいられるように計らってくれた──それだけの事サ」
「はい」
妖怪にすら婆さん呼ばわりされる水瀬さんの言葉には、強い説得力があった。
狐の巫女さんに「印」をつけられてからこっち、いろんなものが変わった。
でも何が変わったかって、一番変わったのは俺自身の人生観だろう。
以前はただ生きるだけ……長生きしても単に苦労が増えるだけと思っていた。
だけど今は違う。
俺の種じゃないけどサーナって子供ができて、サワナって大切な人もできて。
ふたりと共に生きたい……いつまでも。
心からそう願う。
そう願う俺にとり、ひとより少し長くなった寿命は福音になった。
一年でも、一日でも長く、この幸せな日々を続けたい。
「誠さん」
「なに?」
すっかり「誠」の発音がうまくなったサワナに応える。
「どうかしたんですか?」
「ん?どういうこと?」
「いえ、何か遠い目をしているなと」
ああ、それね。
「ふと考えていたんだよ。
まるで俺、異世界に転生した主人公みたいだってね」
「異世界に転生……ですか?」
「だってそうだろ?
俺は社会のいわば底辺で生きているつもりだった。
ひとりぼっちのままで──いつか終わりが来るまでね」
「……」
「なのに今は素晴らしい連れができて、思いもしなかった暮らしになった。
……そう。
まるで別の世界にでも迷い込んだみたいにね」
ああ……でもねサワナ。
異世界転生みたいだって思ったのには、もうひとつの理由があるんだよ。
物語の転生者は大抵、前世で叶わなかった夢を叶えたり幸せになれる。
孤独だった人が家族を得たり。
底辺暮らしをしていた人が貴族の若様になってみたり。
それはどうなのって転生もあるにはあるけど、大抵は「幸せになれる」。
まぁ当然だ。
異世界転生物語がウケる最大の理由は「せめて今生で得られない夢」を別の世界に見ているからなんだから。
だから俺は思うのさ。
ああ──こんなに幸せになれるなんて、まるで異世界にでも転生したみたいだって。
ね、そうでしょう?




