閑話2・とある青年の話
二話連続の二話目です。
今回は短いです。
次から本編に戻ります。
九州の某所。
初老の男と、ワイシャツの襟をあけ、袖まくりした青年が居残っている。
「あれ、この契約変えるんですか部長?」
「ああそれね」
そうだよ、と初老の男が返事をした。
「元々、おつきあい的な意味の契約だったんだが……なんか、あちらさんの会社に不穏な噂があがってるんだよね。
うちも今、変なスキャンダルはまずい。巻き込まれて炎上はしたくないからね」
「うわぁ……それはイヤですね。
そもそも利益が出てないのに、余計な厄介事はごめんですもん」
「そんなわけさ。ま、よろしく頼むよ」
「了解しました」
仕事があがって、青年は建物の外に出た。
「お疲れ様ですー」
初老の男の車を見送りつつ自分も出発するが、青年は帰宅の途につかず、逆方向にあたる丘の上にあがっていく。
舗装が切れてダート道にかわるが、青年の車は日本が誇る世界最小のクロスカントリーカー、スズキジムニー。普通の車なら音を上げるような荒れた山道を、平然と駆け上がっていく。
そして、たどり着いた先は……満天の星空の下。
「……ふう」
青年はエンジンをとめ、室内灯もヘッドライトも消してしまった。
真っ暗な世界の中、無数の星空だけがフロントガラスの向こうに広がっている。
その中で、青年はつぶやく。
「ねえ、ちょっといい?」
『……なぁに?』
不思議な声が響いたかと思ったら、誰もいないはずの隣の席に女の子が座っていた。
こんな山の中に、しかも夜にいる格好ではない。
さらにいうと、暗いからよく見えないが服はあちこち汚れているし、手足もボロボロだった。
「やぁ、悪いね」
『いいけど、どうしたの?今日は「きゃんぷ」じゃないのね』
「ごめんね、緊急だったから。
ちょっと聞きたいんだけどさ、前に、友達のカラスに聞いた話ってやつ」
『呼び捨てダメ、神様になったって言ったでしょ』
「おっとそうだった、カラス様でいいのかな?名前は?」
『まだないって。最後に助けてくれた恩人に許可もらってつけるって』
「あー……そのひとの名前を一部もらうんだね」
『うん、そう。で、なにが聞きたいの?』
「うん、そのカラス様の恩人さんだと思うんだけど、印持ちで、勤めている会社は東京の、──ってとこだって聞いたんだけど?」
『その情報は古い』
「え、そうなの?」
『うん』
青年は驚いた顔で女の子を見た。
『そのひと、その会社クビになって転職したらしいよ。
それで子持ちの女の人と結婚して、その人の関係者のとこに雇ってもらったって』
「へぇ、結婚したんだ」
『ええそう。相手は人間じゃなくて、そのひとも』
「ああ、精を交えてこっち側になったってこと?」
『え……びっくりしないの?』
「だって印もちなんだから、こっち側と普通に交流してるわけだしね。不思議はないでしょ」
『そっかぁ』
女の子はそれだけいって、うつむいて黙り込んだ。
そんな女の子に青年は微笑むと、手をのばして頭をなでた。
「どうした?さびしくなった?」
『……うん、ちょっと』
ぼろぼろの自分の両手を見て言う。
「送ってあげようか?」
『え?』
青年の言葉に、女の子は顔をあげた。
そして、みつめあう。
『あなたって……』
「うん、正解。ようやく僕をちゃんとみてくれたね?」
『……で、でもわたし、じさ』
「うん、それは自縛っていうんだよ。
強い心残りやなんかで、自分で自分を縛って動けなくなってたんだね?
けど、今もそうかい?」
『え……あ』
ふたりの間で、どんな会話が繰り広げられていたのか。
だが、しばらくしてジムニーのドアが開いて青年が出てきた時、車の中にはもう誰もいなかったし、青年の目は明らかに人でない縦長の瞳だったし、頭には白い猫耳まで生えていた。
……さらに。
「さあ、おかえり……さまよえる御霊を、今こそ向こう側へ」
両手を星空にかざすと、青年の全身から、泡立つような光が広がった。
光の中には、さっきの女の子。
ただし、疲れ果てた顔が嘘のように穏やかな顔をしていた……さらに青年の猫耳を幸せそうに撫でまくりながら。
そして光は、天に向かう。
猫の青年は、やだ、もっと触らせてと子供のように騒ぐ女の子の手をそっと放し、またいつか出会えたら一緒に遊ぼうね、と、おそらくかなう事のない優しい約束をして見送った。
そして。
「やれやれ、またキャンプが寂しくなるなぁ。
いやま、いい事なんだけどね」
青年は頭をかくと、再びジムニーに乗り込むのだった。
謎の女の子:
山の中で自殺し、そのまま地縛霊になっていた普通の人間。大の猫好き。
不定期にキャンプしにくる青年の正体を知らぬまま、謎の本能で近づいていく。
昇華の時にはじめて青年の正体を知り、もっと触らせてと悶えながら昇天していった。
謎の青年:
人間でなく、長い年月を経た化け猫。
神職の修行経験あり。
元々人間の家で育てられ、長生きの果てに化け猫となった経緯があり、人間社会に混じって生活している。
近年の趣味はキャンプで、たまに残念している魂を昇華させたりもしている。
ただし今回は相手が病的な猫好きだと悟り、昇華の邪魔になってはまずいと、ギリギリまでバレないように気をつけていた。