何もかわらない?
あれから少し時間が過ぎた。
新しい仕事にも少し慣れて、やっとこさ気持ちにも余裕が出てきたところでサワナとの結婚。
しかし、サワナとサーナの種族の問題があり、うちの実家への挨拶は「きちんと生活を構築してから」という事になった。
そうしているうちに、世間の方では自粛騒動。
気楽に単車で遠出したくても、妻子を巻き込んだら怖いと思えばそれもできず。
仕方ない。
当面の間は単車でなく、仕事用に格安ゲットしたスズキのエブリィでお出かけする事になったのだった。
……のだけど。
「……おでかけ!」
「おう」
エブリィの助手席には、チャイルドシートにサーナがいる。
どうしてこうなった。
いや別に家族サービスというわけではない。単にサーナにせがまれたため。
サワナは今日はパートに行っている。
ああ、一応そのあたりの説明もしておこう。
結婚後、俺たちは共に暮らすようになったが、契約した部屋は別だった。
……決してメイドさんのゲームを隠すためではないぞ、念のため。
アパートは構造的には下宿に近くて、それぞれの部屋はまさに『部屋』でしかないんだよ。
相談の末、基本は一緒の部屋で寝泊まりってことで一致した。
そして自分の部屋にはパソコンなど私物をいれ、仕事をする時や場合によってはこちらで寝泊まりも……という感じにしようって事になった。
まぁ。
『ええ、男の子ですからね』
……などと「わかってますよ」って顔で微笑ましく笑われたのには、ちょっと閉口したが。
ちなみにサワナのプライベート部屋はいらないのかといったら、サーナがもう少し大きくなったら考えましょうと言われた。
まぁ、たしかに今のところはまだ親にべったりだからなぁ。
そんなもんか。
ちなみにサワナのパートだが。
結婚後、専業主婦になろうとしたサワナを俺は止めた。
このアパートはいい環境だけど、そもそも下宿に近いシステムを採用している。洗濯などは自分でするけど、炊事は自分でやるか、皆と一緒におまかせかを選べる方式。
時間がほしいのならパートを減らすのはいいかもしれないけど、全面的にやめてしまうのはどうかと思ったんだ。
それにこんな世の中だろ、何があるかわからない。
余ったお金はいざという時のために残そう。
今のところ、引き続き水瀬さんもサーナを見てくれるそうだし。
仕事が嫌いでないのなら、続けておくのも悪くないんじゃないか?
そういうと、俺が仕事を切られた経緯を知ってる彼女は、なるほどと納得してくれたんだよね。
さて、事情説明おわり。
車の中には俺とサーナの他に当然ノルンもいるが、ノルンはここでは問題にならない。
今までの単車での旅でもわかるように、ノルンは俺のサポーター的立ち位置にいるからだ。
だがサーナはひとりの人間──正確には人間じゃないが──であり、当然ながら一個の人格がある。
ということは当然、今日はサーナが嫌がる行き先には行けないし、行かないという事になる。
けど、ちょっと問題があるんだよな。
さすがに、ちびっこを古い隧道見物に連れていくわけにはいかないだろ?
サーナが古い土木建築に興味をもつとは思えないし、持って欲しいとも思わない。
古隧道の銘板見て唸る幼女とか……シュールだし、サワナさんに怒られる程度じゃすむまい。
そんなことを考えていたんだけど。
「トンネル見に行く?」
おや、サーナからそんなアプローチがきた。
「サーナ、俺、そんな話したっけ?」
「ノルンが言った、マコは穴が大好き」
おい。
「サーナ」
「ん?」
「穴というのはちょっと違う」
「ちがうの?」
「うむ。トンネルはトンネルで、ただの穴じゃないんだ」
「……よくわかんない」
「うむ、わかんなくていいさ。
それより、ちゃんとトンネルって言わないと、なんのお話って言われちゃうぞ?」
「おお」
これで理解するのか。本当にすごい速さで成長してるんだな。
「マコ、トンネル見に行く?」
「そうだな、行きたいな。
けど、サーナが行きたいとこはないのか?
トンネルは動かないし、しゃべらないぞ?俺はトンネル好きだけど、サーナはつまんないかもしれないぞ?」
「んー……」
サーナは俺の言葉に、少しだけ考えたが。きっぱりと言った。
「ひゃくブンは、イッケンに足りない」
「おー難しいこと知ってるな、そう、百聞は一見にしかずだ。意味はわかる?」
「ひとのお話をいっぱい聞くより、自分で見る方がいい」
「うん正解、すごい!えらいぞ!」
左手で頭をなでてやると、楽しそうにクスクス笑った。
「つまり、面白いかつまんないかは、自分で見て決めたいんだな?」
「うん!」
ふむふむ、そうか。
「ようしわかった、じゃあ御坂にでも連れて行ってやろう」
「みさか?」
「ああ、御坂峠といって、山のだいぶ上の方にある。
俺は、お天気任せと呼んでる」
「おてんきまかせ?」
「むかし作られた古いトンネルがあってな、それをぬけると、天気がいいと眼の前にはパアッと空が広がるんだ。いいんだよこれが」
「おー」
「でもな、お天気が悪いと、茶店がひとつあるだけの峠道なんだなこれが。
それでもいいとこではあるんだけど、やはりお天気にはかなわない。
だから、お天気任せっていうのさ」
「……おもしろい?」
「晴れればな。
これが、なかなか晴れなくてな。だから、遊びに行く時に、今日は晴れるかな見えるかなって思いながら、いつも寄り道するのさ」
「へー……」
「どうだ、行ってみるか?」
「行く!」
よしよし、さてどうなるか。
現在は曇りだけど……なんとなく、うまくいきそうな気もするんだが。
御坂峠は、山梨県南都留郡富士河口湖町と同県笛吹市御坂町にまたがる峠。鎌倉往還御坂路のルート上にある。御坂の名は日本武尊が東国遠征の際に越えたことに由来する……とまぁ、ぐぐればそんな文章を見つけられるはずだ。
この峠の最大のウリは、なんといっても景観。
もちろんトンネルの景色じゃなくて、笛吹川から富士側に抜けた時、眼前に広がる展望だ。
景観を楽しむために、笛吹側のクネクネ道を登っていく。
サーナは普段見ることのない森林を抜ける山道に「おー、わー!」と実に楽しそうだ。ノルンが俺の知識から引き出した森の説明をたまにしているが、聞こえてるのかな?
そして問題の御坂隧道を抜けて……。
「……お?」
「ふむ……今日は微妙かぁ」
そう言いつつ路肩にエブリイを停め、出た。
残念ながら、今日は薄曇りだった。晴れなかったか。
だが幸いなことに、小さな御坂初心者のために天が采配してくれたのか。
ところどころ切れた雲から見える山容。
巨大な何かが向こうにある事に、サーナもどうやら気づいてくれたようだ。
「マコ」
「ん?」
「あれ、なに……あの向こうの」
「あれは富士山だ」
「……ふじさん?」
「ああ、晴れればいいなって言ったろ?」
「うん」
「こんな曇りでなく快晴だったらな、あのでっかい山が、ドーンと青空に見えて見えるんだぜ。すんげえぞー」
「……おお!」
あ、これガチで興味引くのに成功したっぽい。
さすがに、小さなマコにこの風景を愛した明治の文豪の話をしても仕方ないだろうし、たった今通り抜けた短い隧道が、昭和のはじめに作られた古式ゆかしいものであることを話す意味もないだろう。
子供にはやっぱり、巨大な山の風景のほうが面白いだろ。
「……」
「?」
ふと気がつくと、薄曇りに浮かぶ富士に早くも飽きたのか、サーナはトンネル……旧御坂隧道の方を見ていた。
平成初期の頃には化けトン呼ばわりされていた御坂隧道だが、今はきれいに整備されていて恐怖感はない。
また、拝み勾配といって中央が高くなる構造になっているので、向こう側が見えない。
子供が見ても楽しいものじゃないはずだが……?
「……」
サーナはあちこちに目をやり、そして言った。
「マコ」
「ん?」
「あっちに道、ある?」
山の上の方を指さして言う。
「うん、たしかあるはずだよ」
隧道ができる前の街道もあるはずだし、観光用の遊歩道もあるはずだ。
そんなことを考えていたら、さらにサーナは全然違う方向も指さした。
「あっちにトンネル、ある?」
なんですと?
「あるといえばあるけど……結構遠いぞ?」
何を察知しているのか知らないけど。
さすがに、何か別のものと間違えてるんじゃないかな?
けど、間違いじゃないかとは言わない。それこそ勘違いの可能性もあるからだ。
子供は繊細だ。
ちょっとした否定のセリフでも長年覚えていたりするからな。
「サーナ、どんなトンネルかわかるか?」
「えっとね……白くてぇ、ちっちゃくてぇ」
「うんうん」
「そんで……こんなカタチ」
そういうと両手を左右につきだし、ガニ股になった。
なんじゃそりゃと言いかけたんだけど、ピンとくるものがあった。
スマホを取り出し、検索して心当たりの画像を見せた。
「もしかして、こんなのか?」
「あ、これ!」
マジかよ。
これ、旧笹子隧道の坑口写真だぞ。
なんでわかるんだ?
「いける?」
「たぶんイケるけど……遠いぞ?さっきの坂を逆に降りて、しばらく走るぞ?」
「んー……ジュース」
「ああ、コンビニに寄っていきたいのか?」
「うん!」
そこでお茶と言わないあたりが子供だな。
「わかったわかった、じゃあ、下に戻ったらコンビニで何か買って、それで行ってみようかね」
「うん!」
隧道見物にかける時間の95%は、現地までの移動時間だ。たいていは交通の不便な田舎道にあるからだ。
正直、移り気な子供が楽しめるコンテンツじゃないと思う。
かりに飽きちゃったら……俺としては寂しいけど、かわりに次から連れていけとは言わなくなるだろう。
しかし、もし面白がって、他のトンネルも見たがったら?
うーん……まぁいいか、連れて行ってやろうじゃないか。




