激流[1]
休み明けに出社した俺は、出勤早々にとんでもない宣告を受けた。
「契約見直し!?」
「本社の資金繰りの問題が出てね、東京支社を整理するそうなんだよ。
ついては、一部の社員に契約の見直しの話が出ていてね」
「俺も対象ってことですか」
それにしても9月で契約切るってマジかよ。
ちゃんと事前通告はしてるわけで違法じゃないのかもしれないが、この不景気に、ある日いきなりクビの宣告するかぁ?
……いやまぁ、俺が甘いんだろうけどさ。
それにしても驚きだわ。
「私も突然の指示に驚いたんだが、どうやら本格的に組織再編するらしいんだよ。
異動なりなんなり、それぞれ個別に上から内示があったそうなんだけど?」
「俺、たった今が初耳なんですけど?」
「そうか……すまない諸田くん、この通りだ」
ああなるほど読めた。
本社側にも該当者がいるのか知らないけど、あっちは事前に通告したと。
で、こっちは……最悪、昨日決めましたって可能性もあるってことか。
ありゃりゃ。
だけど。
「それ本社のせいですよね?主任のせいじゃないじゃないですか」
「それでもだよ……すまない」
頭を下げる上司……あー、大変だなこのひとも。
あーうん、なんか読めたわ。
これって本社人脈のない人、つまり俺の切り捨てっぽいな。
契約見直しと言ってるけど、ようするにクビってこと。
退職してね、みたいな事をズバリ言うと会社が辞めさせた事になるから良くないんだろ。
実際にはクビなんだけど、その言い方をしないように言葉を選んでるだけ。
いつかは来ると思っていたが……まさか、このタイミングで来るとは。
とりあえず、俺はやる事があった。
サワナさんにメールだ。
『いきなりなんてすけど、会社クビだそうです』
少し待つと、慌てた返事がかえってきた。
『初耳ですが、そんな話ありましたか?』
『俺も初耳です、さっき突然言われました。切り捨てられたっぽいです』
メッセージ送って少したつと、サワナさんから返事がきた。
『誠さん、今からお話できますか?』
『今から?どこで?』
『うちです』
『サワナさん仕事は?』
『朝、サーナが突然むずがって、お休みをいただいたんですよ。
こんなの初めてでしたけど……何かを予感してたのかもですね』
『わかりました、すぐ戻ります』
俺はスマホをおくと、上司に言った。
「すんません、早退します」
「早退?」
「ええ、家族と緊急会議です」
「そうか……うん、そうだな。わかった、おつかれさん」
上司の複雑そうな顔に見送られて、俺は会社を出た。
「ん?」
出て少し歩いたところで携帯がなりだした。発信元は、今別れた上司だ。
「どうしました?」
『諸田くん、家族会議の前にこれを耳にいれておいてくれ。
これは正式の通達でなく、私が個人的に聞いたことだが……話したほうがいいと思ったんだ』
「あ、はい。なんでしょう」
『君の契約変更に至った原因だが、君の採用枠やスキル構成が本社向きじゃない問題もたしかにあるが、でも、それだけじゃないらしい。
おそらく理由のひとつに、君の大切な人たちの事があがってると思う』
「……どういうことです?」
『私はよく知らないんだが、彼女たちの情報に不審な点を感じたようだ。
扶養家族の話を前にしたのを覚えているよね?』
「はい」
『あと、若い子で騙されるケースがあって警戒もしてるって話もしたね?
あれは実際にあったことで、総務がずいぶんと気にしていてね。
外国人名の女性とつきあってると聞いた本社の総務が、念の為に調べたそうなんだ』
「……ふたりを調べたって、いったい何を?」
『もちろん、母子ふたりの国籍・戸籍の確認だよ。
要するに身元に問題がなければいいって事だからね』
「国籍って……けど外国人がルーツなだけで、ふたりは普通に日本人ですよ?」
そもそも人間じゃないけど、日本の戸籍や住民登録に種族名の項目はないからね。
だけど。
『うん、娘さんはたしかにそうだったらしいが、お母さん、サワナさんだっけ?そちらの方は疑問符がついたそうだよ』
え?
「どういうことです?」
『サワナさんの生まれなんだがね……戸籍には大正十五年の元旦だと記録されているそうなんだよ。
確認するけど、本人はそんなお歳じゃないよね?』
……え?
「それは……」
『ああ、その反応だと君も知らなかったんだね?』
「……初耳ですけど、たぶん何かのミスだと思いますね。
彼女の家、例の襲名制のせいで同名だらけだそうですから」
『すまん、そこは私にはわからない。
だけど一度、そのことについて彼女たちと話し合ってみたほうがいいと思うよ』
「そうですね……わかりました、ありがとうございます」
そういて電話を切った。
「それは想定しなかったな」
サワナさんの年齢?
いや、そもそも人間じゃないのに歳も何もないだろ。
実際、本当に襲名関係で変なミスが起きてる可能性もあるし。
……そんなことよりさ、なんで偽装ミスしてるんだ?
マヌケすぎるだろ、法的には90代のばあさまだなんて。
「しょうがないな、とっちめてやらねーと」
あわてるサワナさんの顔を想像すると、ちょっと笑いそうになった。
とりあえず、先に一発メールしとこっと。
『サワナさんの戸籍、大正生まれ扱いになってるって。知ってる?』
よし。
さっさと帰ろう。
サワナさんたちのアパートに帰った俺は、予想もしてなかった光景に面食らっちまった。
え、何がって?
だってさ、ドアあけたらいきなりサワナさんが土下座してんだぜ?
「申し訳ありません、マコトさん!!」
え?
「え、あのちょっと、どうしたの?」
「前に、わたしの事で会社できかれたといってましたよね?
そのせいでクビになってしまったんでしょう?」
は?
「ちょっと待った、それは誤解だ。別にサワナさんは悪くないよ!」
俺は、上司から指摘があったことを説明した。
そしてそのうえで言った。
「たしかに不穏な要素と受け取られたっぽいけど、それだけでいきなり人を切る会社はないよ。
結局そこは、俺という人間が、会社にとって魅力的な存在でなくなった、それだけの事だよ」
たとえ本社筋の人間じゃない人間を切り捨てるとしても、その不利を跳ね返す魅力があれば残してくれた可能性はあると思うんだ。
結局、俺がそこまで有能でも魅力的でもなかった。そういう事だと思う。
それよりも。
「ところで、ぶっちゃけた質問していい?
なんで戸籍情報が九十代のばあさまになってんの?」
「あ、それは単に操作するのを忘れていたのかと」
「え?操作を忘れてた?」
「はい」
あの、それって……。
「あの」
「はい?」
「つまりそれって、もしかして本物のサワナさんの戸籍ってこと?
だったらサワナさんの歳って九十「なんですか?」」
えっと。
「いや、あの、つまりサワナさんのとs「なんですか?」……なんでもないです」
なんか笑顔がこわいよ。
うう……歳の話はやっぱりダメですか、そうですか。
「まぁ、話戻しますね。
それで俺は職場をクビになりそうなんですけど。
ただですね、こんな事言うとやせ我慢って言われそうだけど、俺は転機だと思ってます」
「転機ですか?」
「だってそうじゃないですか。
今から俺がやるべきは、ふたりがいる事前提の仕事に移ること。そうですよね?」
「それは……でも、いいんですか?
たしか今の職場って、ふるさとに近いところに本社があるのですよね?」
ああ、そっちの話はしてなかったっけ。
「いや、それ実は意味がなかったんです」
「意味がない?」
「ええ」
俺は苦笑すると続けた。
「俺、実は東京限定の雇用だったらしいです。
雇われた時にはなんの説明もなかったんですけど……でも、言われてみれば地元に戻れるなんて、たしかに資料もメールも残ってないんですよね……あの頃、口頭で「ありうるかもね」って言われただけだ」
「え……それって」
サワナさんは目を見開いた。
「それは雇われた時からですか?」
「ええ」
「それって……」
「まぁ、要するに騙されていたんですね。
情けない話ですが、俺、何年もそれに気づけなかったんですよ」
「……」
俺はためいきをついた。
「我ながら、本当に情けない限りです。
まぁ当時の俺はブラック企業から抜け出すのにせいいっぱいで、そんな会社でも地獄に仏とすがりついちゃったんですけどね」
「……そうですか」
ひどい話にも思えるけど、たぶんそれは違う。
要するに、俺が底抜けのマヌケだっただけの話だ。
「すみません、こんなバカな男で」
けど、情けない気持ちでいっぱいの俺にサワナさんは言い切った。
「いえ、謝る必要ありませんよ」
「え?」
俺は思わず、サワナさんを見た。
「だってそうじゃないですか。
その、マコトさんの言うバカな過去がなかったら、わたしたちは出会えなかった……違いますか?」
「あー……それはハイ、たしかに」
今の職につかなかったら、東京のど真ん中なんかに引っ越すこともなかったと断言できる。
楓さんに出会って「印」をつけられることもなかったろう。
そうなると自動的に……。
「たしかに、今の生活をしてなかったら……万にひとつも出会う可能性はなかったでしょうね」
「ええ、そうですよね?だから気に病む必要はありませんよ」
「でも……」
「それにですね、マコトさん。
わたしは、腹黒で頭ばかり回る人より、お人好しのおバカさんの方がいいです」
「ほほう、そのココロは?」
「もちろん、悲しそうにしてるかわいい子にバカだね、やっちゃったね、よしよしって頭なで(( ゜д゜)ハッ!)」
自分の失言に気づいたのか、サワナさんは途中であわてて口を閉じた。
「あ、あの……」
「サワナさん、性癖はできるだけ隠そうね?」
「せ、性癖じゃないですよぅ!」
すねたような顔を見て、思わず苦笑した。




