最後の心残り
「ほんとに何もないんだな」
その「何もなくなった跡地」に、俺は立っていた。
ここには昔、北をゆく旅人なら誰もが知るような有名な宿があった。
きれいでも便利でもない、でも、多くの若者の愛されし宿。
北海道三大バカ宿のひとつ、なんて呼ばれた時代さえあった。
二年前まで営業を続けていたのは聞いていた。
今はもう営業してないわけで、あの「普通のおばちゃん」な見た目の女将さんもいないだろう事もわかってた。
だけど。
「なんらかの痕跡はあると思ったんだけどな……ここも完全に更地かぁ」
富良野の時に反応したノルンも、ここには反応しない……残存物もなしか。
だけど。
「……ありがとうございました」
思わず、空き地に頭をさげていた。
泊まった時、ベッドに寝もしないで談話室の『サイクル野郎』読んで夜明かしした阿呆は俺です、ごめんなさい。
他にも、なんか色々やった記憶あるし……うん。
本当、ごめいわくおかけしました。
「さて、いこうか」
「おう」
ハンドルのところで留守番していたノルンにそう言うと、俺は再びレブルを走らせた。
「買い物して、それからキャンプ場いくぞ」
「わかった。でも雨くるよ?」
「……何とか間に合うといいんだけどな」
一応、目指す先はオートキャンプ場。
雨がパラつくし風も心配だけど……まぁ何とかなるだろう。
なぜかやたらと距離のある、反対側の町外れのセイコーマートで買い物をした俺は、岬の逆側にある『百人浜オートキャンプ場』を目指した。
このキャンプ場に限らないが、えりも周辺は強風が吹く土地柄。
どのくらいの強さかというと、強風を観光の目玉にするほどだったりする。
はっきりいえば、半端なファミリーキャンパーだと危ないからバンガローを強く推奨する。
それくらいではある。
だけど俺には、ここでキャンプしてみたい理由があった。
えりもに来た時はいつも、以前はさっき行った宿に泊まっていた。
でも、その宿はもうないわけで。
さらに言うと、オートキャンプ場になる前の百人浜キャンプ場は「出る」と噂が出回っていて、昔の俺もビビって避けていたんだよ。
けど「出る」噂の由来は単に、百人浜という名称から来た都市伝説だったんだよね。
たしかに、その名には由来となった出来事があるらしい。
だけど、そもそもキャンプ場は百人浜の名をつけられてはいるが、海からは離れている。
これってつまり、たとえ都市伝説が本当だったとしても無関係ってことになるだろ?
そう。
つまるところ単に名前と、そしてたぶん風の強さから自然と出来上がった都市伝説なんだな。
だからね。
えりもに今度いったら一度は百人浜のキャンプ場に泊まろうと、そう考えていたわけ。
……そのチャンスが、こんな年数たってからになるとは予想だにしなかったけど。
「おひとりさまでお願いします。テントはひと張りで」
料金を支払った。
「はい、これどうぞ。
あと、向こうにある高齢者センターでお風呂に入れますよ。入り口で300円を支払ってください」
「おー、ありがとうございます」
それはありがたい。利用しよう。
やっとこさ慣れてきたテントだが、今日は強風の中で張る事になる……が、あまり心配してない。
なぜなら。
「よし、ここがいいな」
「ここ、風つよいよ?」
大丈夫かとノルンは言うけど。
「弱いとこなんてないからな、このテントサイト」
本来、こういうとこに作るなら林間キャンプ場だろう。木々を防風にも使うわけだ。
けど、ここのフリーサイトはほぼ吹きっさらしで、単車も引き倒されそうな勢いだけどな。
でも、おそらく大丈夫。
「場所を決めてグランドシートの四隅を仮止めする。手伝ってくれ」
「ういっす」
ひとりでもやれるが、手伝いがいれば早い。
ノルンに手伝ってもらってグランドシートを軽く四点どめすると、その上にテント本体を広げ、グランドシートを止めたペグを使って仮固定してしまう。
骨組みをとりだし、広げる。
普通のドームテントなら二本のポールを組み合わせるんだけど、クロノスドームは最初からバツ印になっている。
四隅を下の本体に固定し、各所についているフックをポールにとりつけ、本体を吊り下げていく。
「ほら、がっちり止まっただろ?」
「おー……」
ノルンが感心したように、テントのまわりを飛んで、いろいろ試している。
まぁ、まだフライシートをかけてないし、あっちが構造上どうしても風をある程度巻き込んじまうけどな。
風を完璧に受け流したいのなら、フライシート一体式で前室のないテントにするしかないけど……さすがにそれは利便性に難があるすぎるからなぁ。
はじめてのテントが前室のないモデルだったから、その不便さは身にしみてるんだ。
フライシートをかぶせ、固定していく。
四隅をひっかけてから、対角線上を仮止め。本体のペグも仮止めしつつ、次第に力をかけ、均等に、緩まないように固定していく。
「よし、こんなもんか……さすがモンベルだ」
やはり狙い通り。
モンベル製、しかも最小の一型テント。
基本的にモンベルの小型テントは小ささ狭さと引き換えに、強風などにはめっぽう強くできているものだ……特に最小の一型はそうで、横風に弱い構造のはずのムーンライト一型が、台風直撃の中、ビシリとも揺るがずに立っているのを見たことがある。
おそらくクロノスドームもそうだろうと思っていたが……やはり正解だったな。
けど油断せず、残りの張り綱も使ってテンションをかけ、完全に固定してしまう。
よし。
これでいけるだろう。
設営したテントの中に荷物を投げ込み、サンダル代わりのクロックスもどきに履き替える。
俺のバイク用ブーツは実はただの安全靴なんだけど、少し大きめだし歩き回るには向いてないからね。
キャンプ初心者は現地の靴を忘れがちだけど、これ大事だよ。
今の俺の靴は濡れるとダメなやつだからサンダル系にしたけど、野外であることを考えると、本来はサンダルめいたものでなくスニーカーなどがおすすめである。
さて。
案内で聞いた通り、近くに高齢者センターなるところがあり、そこで料金を払ってお風呂に入ることができた。
……念の為に言っておくけど、キャンプ場の料金とは別だからね?
「生き返るなぁ」
今日は団体さんなどもいないらしく、平和なものだ。
しばしあたたまり、すっきりして戻ってくる。
誰もいない事にノルンもしっかり入浴しており、気合いの抜けきった、ゆるキャラみたいな顔になってやがる。
「疲れたか?」
「うにゃあ」
ゆるみきってやがるな。よし。
風呂道具をいれた布リュックにつっこみ、入り口はあけておく。
で、そのリュックをしょってセンターを辞する。
「どうもー」
商売っ気ゼロの平和な受付に挨拶だけすると、テントサイトに戻った。
風が強いので炊事場での炊事はあきらめた。
持っている火器がアルコール系なので風に弱いし、昼の屋外はアルコールの火は見えにくい。
まあ、その名のとおり嵐の中でも使える『ストームクッカー』なので「燃えだせば」この程度の風は問題にしないのだけど、火が安定するまでは静かなほうがいいだろう。
そんなわけで、狭いクロノスドームの前室の中に、荷物固定用の板切れで平らな火場を確保。
可燃物が多いので火花の飛びまくるファイヤスターターの使用はやめ、安物ライターの火花で火をいれた。
「うむ」
小さな火花で簡単に点火するうえに非常に静かなアルコールコンロだが、いかんせん火力が弱い。
この欠点をカバーするのがアルミ製の『ストームクッカー』で、やはり屋外ではこれが一番だ。
さて。
お湯を沸かしていると狭いテント内に湿気がたまりだすので、もういいだろうと入り口を開ける。
「ふう」
たちまち中にも風が吹き込んでくるが、その程度の風なら燃焼中のストームクッカーは問題にしない。
それよりも外の風景をながめつつ、まったりできるのがよろしい。
「……いかにも風が強そうだよなぁ」
風景からしてもう、風が強いですよーといわんばかりだ。
そして、最初からテント設営はあきらめているのか、バンガローのところに止まっているバイクが一台。
「その選択肢もありだよな……実際俺も、最初のテントのままだったら向こうを選んだかも」
安いテントだったが、耐久性には難があったということだろう……壊れてしまったのは天の配剤ってやつか。
やはり、寝床は安心できるメーカーのがいい。
勉強になったわ。
翌朝。
疲れもあって早々に寝てしまった俺だけど、目覚めたのは朝の6時だった。
「……わりといい感じに眠れたかも」
指に痛みを感じているのは、おそらく寒さで体調を崩しているんだろう……でもそれ以上の進行は止まっているみたいだ。
たぶん、美深でもらった特別な酒のおかげだろう……このまま無理をせずに戻れば回復する、そんな感じもする。
コロポックルなあの方々には本当に感謝だな。
さて。
「おっとそうだ、帰る前に届け物をしないとな」
予約できた船は苫小牧東からだから、少し遠回りになる……が、時間は十分にある。
ならば。
天塩で預けられた手紙を、あの最初の神様に届けようじゃないか。
うん。
よし、今日の目的地は決まりだ。
「朝飯は……簡単にラーメンにしとくか」
買ったやつが残ってるしな。
【北海道三大バカ宿】
かつて『北海道三大バカユースホステル』と言われた3つのユースホステル(以下、YH)が存在した。
礼文島の桃岩荘YH、岩尾別YH、そして今回主人公が訪れた場所にかつて存在した『えりも岬YH』である。
筆者は90年代に桃岩荘に通算70泊以上、今回話題のえりも岬YHにも何泊か泊まり、えりものライダーエプロンを沖縄県の波照間島まで届けたりもしました。
誠の語る思い出やなんかは、全部ではありませんが、ほとんどはこれらの経験を元にしています。




