えりもの春は…
あくまで体感だが、みぞれが降りそうな寒さだった。
カッパと防寒具ごしにも寒さを伝えてくる道東道を走り続けていたが、あるところのトンネルを越えたら急に雨がやみ、雨上がりっぽい湿気を帯びた温暖さとともに景色が一気に開けた。
帯広側に出たんだ。
「ほう……これはまた」
高速は一般道より少し高いところを走っている。
しかも道内の高速は町から離れていることが多いらしく、東京の高速のように防音壁をはりめぐらしていない。
となると。
そこから見える十勝平野の雄大な景色は、なかなかに雄大なものだった。
これが国道なら狩勝峠を越えてから、あの「ずーっと新得町」ってやつを体験するのだけど、高速ではそれも短縮されてしまう。十勝平野の広大さを最初に感じられるイベントなので、旅人としてはちょっと残念かもしれない。
まぁそのかわり、この景色が見られると思えば……これはこれでいいのかもしれないな。
「お」
しばらく走ると告知があり、標識に従って帯広広尾道への分岐に入った。
「ん?料金所?」
首都高みたいに別料金かと思ったが、どうやら違うらしい。
「帯広の向こうは無料区間なのか……完成するまでは課金しないってことなのかな?」
【解説】
あとで知ったんだけど、最近の高速道路は大人の事情で、無料区間扱いで通してるところが結構あるらしい。東北でも三陸方面なんかにいっぱいある。
この手の高速はSAなどの設備を一般道の道の駅と併用していることも多いが、気軽に降りられるので給油などしたい向きにはとてもありがたい。
まぁ、この時の俺はそんな事知らず「へぇ、無料なのか」で通ったんだけどね……。
以上、解説おわり。
とにかく料金所を通過し、俺はいよいよ、えりも方面に向かって走り始めた。
……ん?
「やぁ、どこへいくのー?」
誰だ?
ふと見上げると、レブルが走るのに並行するように、よくわからない白い鳥が飛んでいた……一羽だけ。
これは渡り鳥かな?
よく知らない種類だが、北海道の冬に耐えられるようには見えない。
目線を走らせると、ノルンも微妙な顔をしてはいるが、警戒はしてないようだ。
ふむ?
「ああ、あんたが声の主か。何か用かい?」
「……まぁいいか。
僕は事情があって旅の途中でね、空から印持ちが見えたから声をかけたのさ。
で、くりかえすけど、どこへいくの?」
「えりもだよ」
「えりも?」
「ああ。ちょっと見たいものがあってね」
「えりもかぁ……」
鳥は少し考えると、何か納得したかのようにうなずいた。
「うん、雲は多いし一瞬現地でパラつくかもだけど、ちゃんとした雨はなさそうだよ?
でも風が強いから気をつけてね」
「ありがとう。あんたらも気をつけてな!」
「うん、それじゃあね!」
鳥は羽を揺らすと、一気に高度を上げて西、いや南西かな?飛び去っていった……。
「ふうん……よくわからないけど、本当は鳥じゃないんだろうな」
ただし妖怪的なものとも違うと思う。うまくいえないけど。
「ノルン、あの正体わかったか?」
「わかんない」
なんとも頼もしいお答えだこと。
「念の為に確認してみるかな。
ノルン、悪いけど電話『ちょっとまて』」
唐突にノルンから、ノルンでない声がした。
一瞬、サワナさんかと思ったけど別の声だった。
「えっと、何やってんです玉藻様?」
「そなたの女と同じよ。この妖精につけた加護経由で話しておるだけじゃよ。
それで今の鳥じゃが……あれはたぶん陸奥の妖怪どもの連絡便じゃ。前にもみたことがある」
「連絡便?」
「そなた、関東でカラスを助けておるであろ?あれの北国版じゃ」
「……なるほど!」
あれかぁ。
「南では歳月を経た鳥に委託することが多いが、北国では専用の……そうじゃな、そなたにわかりやすく言えば式神みたいなものに近いかのう。
さきほどのように簡単な会話もできるが、生き物ではないのじゃ」
「へぇ……なるほど、ありがとうございます」
「なんのなんの。ではな」
玉藻様がそれだけ言うと、ノルンは元に戻った。
やれやれ。
延々と続く対面交通の高速道路なのだけど、それはやがて終わりがきた。
最後のT字路で、左に向かえば帯広・広尾という標識にしたがって曲がる。
そして走っていると、R236にぶつかる。もちろん、広尾方面つまり右に入る。
「ふう」
「なんかあるよ」
「ああ。あるな」
進行方向後ろに施設があるようだ……人だらけだが。
「忠類ナウマンゾウ記念館だな」
「よりたいねえ」
「おまえはナウマンゾウの化石でなく、表の飲食店に興味があるんだろう」
「うん」
隠しもしないのかよ……。
まったく、誰に似たんだその性格って、もしかして俺か?
「まぁ、それ以前に時間もないし大盛況っぽいからなぁ。
それに妖精づれのぼっち男が寄り付くのはちょっとな」
「そっかー」
「ま、どこかで何か買ってやるって。またセイコマになるかもだけどな」
R236を延々と走る。
休日で人が出ているのか、車が多めになっていた。
けど都会のように渋滞にはまることもなく、スムーズに広尾に達し、さらに進んでいく。
「お」
「あれはなに?」
「覆道だな」
「ふくどう?」
「ロックシェードとも言うぞ。
ほれ見ろ、上のガケが崩れそうだろ?
ああいう、上からの落石を防ぐんだ」
「おー」
覆道が現れるということはつまり……そう。
いよいよ広尾から海辺の道に出たという事だ。
今までの山や平野の道とは一変し、いよいよ覆道とトンネル、海辺の道が連続する日高山脈最南端、襟裳岬への道を進んでいく。
「なるほど、たしかに対策進んでるな」
昔のように、海に張り出したむき出しの道は、ほとんどなくなった。
いや、厳密にいうと、そういう昔の道も廃道化して残っている……が、ほとんどは入り口にゲートがあったりして、間違ってもイチゲンの旅人をそちらに誘導するようにはなっていない。
うーん……。
むかしスーパーカブで来て雨の中、目の前を走っていた軽自動車が、見えなくなるくらいの高波を食らうのに遭遇した者としては、ちょっと感無量なものがあるなぁ。
うん。
ちょっと寂しくもあるけど、安全が何より一番だろ。
■ ■ ■
「おー、またトンネルか。けど高波注意多いな!さすが!」
「……」
順調に海辺の道を走っていく誠を、ノルンはハンドルの上からじっと見ている。
楽しげにホンダ・レブルを操り旅を堪能している誠だが、その誠の中にもうひとつ、本人も自覚していない誠の姿があるのをノルンはちゃんと認識していた。
そう。
「ほう、この道は……ちょっと待ってろ」
そう言うと、ゲートの閉じている旧道入り口にいって、看板の写真をとる。
……誠の興味の対象は風景よりも、路上の何かにあるようだった。
特に。
「お、銘板めっけ!」
パシャリ。
基本的に止まるより走り続ける性格のくせに、汚い橋梁やトンネルのそばでは容赦なくバイクをとめ、写真を撮りたがる。
しばしば構造物のそばによくある四角い金属などのプレートを覗き込み、ああだこうだと考えてはまた写真をとる。
明らかに、時折走りすぎるほかのバイクの旅人とは異なる目線を持っているようだ。
そんな事が続いたあげくの事だった。
「うわ、当たり引いた!」
やはり例によって大きなトンネルの出口で調べ物をしていた誠は、いきなり素っ頓狂な声を出した。
「なーに?」
「みろよこの銘板、宇遠内トンネルって書いてあるだろ?」
「うん」
「けどな……ちょっと来てみ?」
誠はトンネルの外に出ると、ノルンをちょいちょいと手招きする。
その反応を奇妙に思いつつもノルンも外に出、そして言われるままに振り返ると、そこには。
「……えりも黄金トンネル?」
「な、おもしろいだろ?」
おもしろいだろと言われても、ノルンには意味がわからない。
だが誠とともにいる関係で、その状況が理屈にあわないのはたしかにわかる。
「……正式名と愛称?」
「お、わかってきたじゃないか。たしかにそれもありうるな。
けど俺は違うと思う。
どうしてだと思う?」
「わかんない」
「このトンネル、途中でカーブしてんだけど、なーんか妙な感じだったんだよな。
あれはただ曲がってるんじゃない。
むしろなんかこう、ツギハギしてるみたいでさ。
で、俺の予想なんだが」
「うん」
「たぶんこれ、千葉のアレと同じだよ……ふたつのトンネルを合体させたんだと思う」
「……うえんないトンネルと、えりもおうごんトンネル?」
「違うな。近いけど、その組み合わせじゃないと思う」
誠は首をふった。
「……俺の推測を言おうか?」
「うん」
「もともとの計画では、単に宇遠内トンネルを伸ばすつもりだったんじゃないかな?
けど結論からいうと、別に新しいトンネルを掘って、宇遠内トンネルの途中につなぐ形で延長したんじゃないかと思う。
理由はよくわからないけど、なるべく通行止めを短くするためかな?」
「……」
「で、新しい名前をつけた。
これなら別の名前にしたとしても、うなずける理由だしな」
「……なるほど」
ちなみにこの誠の推論は、だいたい正しいことが後で証明される事になる。
そしてノルンは。
(……トンネル大好き?)
はじめて出会ったのもトンネルだったのを思い出し、誠を改めて『トンネルマニア』と強く認識するのだった。
その感想をあとで聞いた誠が「誤解だ、俺はちょっと古い道とか好きなだけの一般人だ。マニアじゃない」と、妙にずれた言い訳をする事になった。
そして彼らはいよいよ、えりもに到着した。




