帰還前の寄り道
富良野を出た俺は、占冠村に向かって南下をはじめた。
いろいろあった今日だけど、まだ午前中だ。
「とりあえず帯広に出て、それからえりもに回る」
昔のルートで帯広に出るなら、国道38号(R38)の南富良野経由で狩勝峠ルートになる……観光旅行でも、目的が道東で早く移動したいのでない限り、そっちがおすすめではある。
そのルートは俺としては思い出が濃すぎて、何日かかるかわからなくなる。
だけど、地図をみて俺は解決策をみつけた。
なんと高速道路が日高山脈を通ってる!
おお!
千歳から日高経由で、一気に帯広に出られるのかよ!
すばらしい!
時間帯からいって、下道なら行けても大樹町あたりで一泊になると踏んでたんだけど、これは助かる。
これなら、圧倒的に時間短縮できるだろう。
軽い音をたて、順調にR38を南に向かう。
俺の愛車、ホンダレブル250はよく売れているらしいが、実用性よりも雰囲気優先のジャンルに属するバイクだ。
ただし、このホンダ・アメリカ設計のオートバイは実にメリケン好みのロングアンドローの姿をしていて、その重心の低さと車体の長さこそ、旅人に愛される理由にもなっている。
近年、いわゆるアドベンチャーモデルなんて言われる高重心の大きなバイクをツーリングに使う人が増えているのだけど、俺は車高の高いバイクが苦手だ。昔、強風の瀬戸大橋で、観光バスの真ん前で自爆しかけた苦い思い出があり、それ以降、車高の高いバイクには基本的に抵抗がある。
しかも、前にも書いたけど俺はバランス感覚に少し問題があり、両足がベタっとつかないバイクには乗りたくないって気持ちもある。
結果的に、昔も今も、俺はレブルのような低く構えたバイクが大好きなんだ。
「お、きたか」
右に曲がる分岐が現れた。曲がるとその先は、国道237(R237)。かなやま湖のキャンプ場近くを経由、占冠村方面に向かう。
もちろん、迷わず右折した。
ああ、かなやま湖ったら昔……ああいやいや、やめとこう。
だてに何年も近郊に住んでたわけじゃないんだ、このあたりも思い出が多すぎる。
「ん?」
「なんでもねえよ。それよりナビたのむぜ」
「ういっす」
都心と違って、このあたりでは基本的に迷いにくいと思う。
だけど、旅には何があるかわからないからな。
地元の人、旅した事のある人ならわかると思うけど、この地域の人口密度は低い。
有名な日高山系であり、町があるだけでも凄いといえる環境なのだから当然で、ひとが住む集落とその前後以外にはまさに「何もない山中の道」を延々と走ることになる。
だけど北海道の、この「何もない道」は、旅人にとっては非常に快適であることが多い。
工事中でもなければ未舗装区間もなく、しかも悪天候の季節を考慮して道は広め。もちろんセンターラインがあり、内地で言えば対面交通規制の高速道路に近いくらいは広さがある。
これが北海道内の、田舎の国道でよくある風景だ。
ただし、さすがに細かいところまでは手が届いてないのか、舗装が荒れているのはよくあるから注意が必要だけど。よく知らない北海道の道を、いくら広いから、誰もいないからって自分の技量いっぱいでぶっ飛ばすのは絶対におすすめできない。
むしろ、曲がった向こうに動物がいたり、故障車があったとしても対応できる前提で走るべきだと思うよ俺は。
「ん」
「ん?」
「あれ」
指差す方をみたら、なんとヒグマの姿が見えた。
おいおいマジかよ。
いくら、ここから民家も集落も遠いからって……なんか近年、大胆じゃね?
……って、あれ?
「なんか、こっち見てね?」
「たぶん『印』を見てる」
「おい」
この世ならざるもんだけでなく、クマまで引き寄せるんかい。
「あれって、本物のクマだよな?」
「そう」
マジか。
何年も住んでたし道内各地ウロウロしてた頃だって、動いてる野生のヒグマなんて二度しか見なかったってのに。
「おいおい……こっち来たりしないだろうな?」
「バイクとめて、呼んだらきっと来る」
「呼ばねーよ、つーか呼んでどうすんだよ!」
あと、ハンドルの上でしょうゆせんべい食うな。カケラが顔に飛んでくるから。
ったく。
バイク旅行でヒグマなんか呼び寄せたら……向こうは遊びのつもりでも、こっちは命にかかわるっての。
昔、車で旅してる知り合いがキタキツネに餌をやってる写真を見せてくれて「やめたほうがいい」と止めたんだけど、それをなんか思い出すよ。
狐が可愛いと思うなら、ひとに関わったら食べ物をくれるなんて学習させちゃいけない。
その行為が後日、よくない事、悲しいことを呼び寄せてしまうんだから。
決して忘れちゃいけない。
たのむぞ?
ああ、これ見てるあんたもな。
ノルンという同乗者がいる俺の旅は、バイク旅としては反則レベルの便利さだ。
なんたって、ナビの操作から始まり、はては食べ物や飲み物まで口にいれてくれるんだから。
もちろん、走行中に電話もかけてくれる……さすがに通話にはヘッドセットがいるけどな。
元々スポーツモデルでなく操縦姿勢にも余裕があるのもあって、旅は快適そのものだった。
「さすがに富良野の町に比べると冷えてきた……お、あれだな」
占冠の町が近づくと、道東道の標識がみえた。
やがて町に入り、高速の下を通過してしばらくすると、占冠ICへの誘導路に入った。
「よし、ETCカード確認……OKだな」
ヘッドライトの上にとりつけてあるETCセンサーが常時点灯、つまりOKなのを確認する。
俺のETCシステムは別体式で、本体は車体後部に隠されている。
これ、利便性でいうと最悪で、蓋をあけて確認するには荷物を降ろさなくちゃならないという面倒きわまりないものなんだよね……。
だけど、その不便さよりはるかに上回る利点もある。
フロントまわりに無粋な機械がなく、小さなセンサーだけが視界に入るんだよね。
俺は純正品の便利さより、あえて見た目優先をとったってわけ。
「よし、乗るぞ」
「アイアイサー」
左折し、誘導に従って走る。
まだ慣れきってないETC改札を通過し、進行方向右側、帯広方面に向かう。
「よし」
対面交通の本線に合流し、そのまま東に向かおうとするが……。
「ち、悪天候か」
薄々気づいていたが、やっぱり高山部は悪天候なのか。
ということは……山越えはやばいな。
盆地気候の富良野と山間の占冠は、距離こそ遠くないけど気温差は激しい。
よし。
すぐに現れた占冠PAに立ち寄り、さっさとカッパを着込んだ。
悪天候の東北道以降、防寒の意味もかねてすぐに取り出せるようにしてあったので、手間はかからない。
むしろ、少し疲れの来た体でカッパを着る方が手間がかかる……よし。
「やぁ、大変だね」
「いや、ホントだよこれから山越え……おっと」
ふと横を見ると、そこには防寒着を着たカッパがいた。
一瞬、東京で会ったアメカジ野郎かと思った。
けど、このカッパは小太りしていたんで、どうやら違うらしいと気づけた。
「同族に会ってるのか。それで驚かないんだね」
「いや、充分驚いたけどさ」
思わず頭をかいた。
「そう言うあんたは仕事かい?いや、見た目でそう思ったんだが」
防寒着の下はスーツっぽかった。
しかも、オレの車はアレだよと見せてもらったのはトヨタが誇る商業バンの雄、プロボックス。
どう見ても仕事の移動中だった。
「ご名答。これでも勤続20年にはなるよ」
「へー、バレないもんなのか……あ、どうも」
缶コーヒーもろた。
「そっちこそ、妖精連れの旅とは珍しいじゃないか」
ノルンも見えてるのか。ま、そりゃそうだよな。
「まぁいろいろありまして……そういえば、このへんの道は詳しいんですか?」
「え?まぁ、そこそこは」
「実は富良野でちょっと時間を使いすぎたんだけど。
えりもに向かいたいんだけど、さすがにこの時間からだと厳しいですかね?
黄金道路のこともあるし、できれば夕刻までに行きたいんですが」
「えりも?今からだったら全然余裕じゃないか?急ぐってことは高速OKなんだろ?」
「あ、はい。帯広まで出られるみたいなので、今こうしてるわけですが」
「……ん?」
カッパ氏は少し考えて、そして言った。
「もしかしてだけど、最近の道路事情を知らないのかな?」
「え?」
「前にこのへんに来たのは、いつ頃だい?」
「あ、はい」
説明すると、ああとカッパ氏は手を叩いた。
「なるほど。
それだと、帯広広尾道も知らないし、えりも黄金トンネルも知らないんだな?」
え?
「なんすかそれ」
「うんうん、ちょっと説明しよう」
カッパ氏は笑顔になった。
「たぶん君が北海道に来た最後の時代からだけど、以前から計画されていた道路計画が、かなりカタチになりだしたんだよ。
最も大きいのは、今我々がいるこの道東道なんだけどね」
「あ、はい、わかります」
昔、石狩平野方面から道東に抜けるのは大変なことだった。複数の峠を渡り、季節によっては危険をおかす必要もあった。
それが、細いとはいえ高速一本で釧路方面まで行ける。
素晴らしいとしかいいようがない。
「帯広広尾道っていうのは文字通り、この道東道から分岐して広尾に向かう高速だよ。
今のところ、道は大樹町で終わってるけどね」
「おー……」
「あと、黄金道路は昔、波がかぶるような超海辺の道だったろ?」
「あ、はい、知ってます。ていうか、目の前走ってた車が波かぶるの見ました。ビビりました」
「うんうん、そういうのの対策をしたんだよ。
トンネルをたくさん作って海から離すことで危険地帯を通らずにすむようになったんだ。
これで所要時間も短縮されたってわけさ」
「へー……それはそれは」
かつて、かなりの時間を見込む必要があった部分のほとんどが高速やバイパス化したってことになる。
まぁ、黄金道路は危険のかわりに海辺スレスレの景観も提供していたわけだけど、唯一の生活道路が天候次第で波をかぶるっていうのは明らかによくないもんな。
旅人としては残念な気もするけど、これは仕方ないことだろう。
「うん、すげえ参考になりました、ありがとうございます」
「いえいえ。君の旅が良い旅になりますように」
カッパ氏はそういうと、去っていった。
「なぁノルン」
「?」
「いや、なんでもない。行くか」
「ういっす」
そろそろ寒い。行かねば。
俺はレブルに戻り、スタートさせた。
今の会話で気づいたことがあった。
道内に入ってからの俺は、経路案内などをノルンに任せっきりだった。自分で地図を見る事はあっても、それ以上は「昔住んでいたところだから」とあまり深く考えてなかったんだ。
新しい高速やバイパスに気づけなかったのは、つまりそういうことだと思う。
そして、ノルンがそれを指摘しなかったのは、ノルンもまた俺の知識や思考を参考にしているためなんじゃないかなと思う。
「こりゃ問題だらけだなぁ」
「?」
「なんでもないよ……って寒っ!」
悪天候の上に雨までちらつきだした。
こうなった日高方面は当然、寒い。
うう……帯広方面が晴れていることを祈ろう。
昔だって、狩勝峠越えたら晴れてるとか、よくあったもんな。
俺は風防に少し顔を伏せると、ただレブルを走らせた。




