邂逅
しばらくぶりです。
コロナ他もろもろでリアルがアレな状況ですので、不定期&マイペースになるかと思います。
託された手紙(?)を無事渡した俺は悪天候を避けつつ、昔住んでいた事のある旭川・富良野地域に移動を開始した。
宗谷岬に向かっている連中がうらやましいけど、今回はなしだ。
昨夜の感じだと夜の寒さがちょっと危険で、宗谷地方じゃ野営困難だろう。
無理をするつもりはないので、寝袋の選択ミスを後悔しつつ南下を開始したんだ。
本当は天塩経由で苫前まで日本海側を走るつもりだったが、とんでもない雨雲がドヤドヤ広がっていくところに突っ込む気はしない。だから、懐かしい羽幌や天塩方面を見るのはあきらめた。
まぁ、いつか機会があれば。
『一度だけなら誰でもできる』
ある筋で有名な、昔の旅人の言葉を思い出した。
たしかにそうだ。
もう一度来る、それだけ、たったそれだけに俺は十年単位の時間を使ってしまった。
人間、あとの事を全く考えないなら、相当な無茶ができるものだ。
バブル時代の話だけど、長期海外旅の資金を作るのにローンでビッグバイクを買った人がいた。
要するに、買ってすぐ売り飛ばしてお金を得、それで渡航してしまうってわけ。
当然だが、日本に帰国後に大変な事になるわけだけど、それでも渡航はできる。
そしてネットもケータイもない時代には、見知らぬ異国の旅の空まで借金は追いかけてこなかった。
無茶な話だし、間違っても今の世の中にやっちゃいけない事。
だけどたぶん今もまた、当時とは別のカタチでできる無茶があるんだと思う。
ノルンを道連れに、快適な北の道だけど、南下するほどに暑くなってきた。
「まじか……道北はあんな寒かったのに」
時間的にも午後とはいえ、こりゃひどいな。
美深から名寄に抜ける途中からどんどん気温があがり、旭川に近づくと、ついには都心と変わりないほどになってきた。
上川地方……すなわち旭川や富良野といった北海道の真ん中あたりというのは、夏は暑く冬は寒い地域として知られている。昔俺が住んでいた頃なんか、7月に摂氏37度に達して悲鳴をあげたのを覚えている。
これは一日の気温変動にも言えることで、夏場は昼夜の気温差が激しい。
まぁ、この気温差を利用して、甘〜いスイカの栽培なんかも行われているのだけどね。
「あっちが近道」
「……あんな道あったっけ?」
「しらない」
「ああうん、そりゃそうだな」
ノルンの知識は俺の記憶を元にしているらしい。
当然、俺が知らないもんをノルンが知るわけもない。
ちなみにノルンだけど、とうとう俺が何もしなくても道案内してくれるようになった。
まぁ、ファンタジーな不思議能力でナビってるのでなく、ちゃんとスマホを操作しているのがご愛嬌だけど。
交通量も多くないし、たまにノルンを視認できる人がいてもバイクに人形でもぶらさげてツーリングしているように見えるのか、特に注目もされないようだ。
なので、当初はビクついていた俺もだんだんと慣れてきて、普通に遊ばせたり菓子食ったりしながら走っている。
旭川から富良野というと国道237号と考えがちだけど、R237は市街地を通るので道筋としては遠回りになるし、しかも美瑛方面の観光写真などに登場する起伏の連続した明媚な風景もあまり楽しめなかったりする。
なので個人的には、道道851号、上富良野中富良野線を経由するのがおすすめだ。
ただし途中には信号もGSも、コンビニすらもない区間がたくさんあるので、必要なら旭川で補給しておく事を強く推奨する。
補給しておけばなんの心配もなく、旭川から50kmそこそこで富良野市のどまんなかまで行ける。
行けるのだが。
さて、富良野市到着。
「うわ……なんか富良野も変わってるなぁ」
ご無沙汰しているうちに、富良野駅に立派なバスターミナルが整備されたようだ。
町は大きくなった。
だけど……おそらくだけど、周辺部から市街に人が流れ込んでるだけ、という気もする。
ちょっと複雑な思いをいだきつつ、懐かしい店を探す。
おお、まだやってた。
目的地の前、路肩の歩道にバイクを止めてノルンに言う。
「悪いが、ここで番しててくれるか?
そんで警察とかきたら教えてくれ。ここ駐車場じゃないから」
「わかった!」
ビシッと敬礼するノルンに「よろしくな」と言うと、俺は目の前にある階段を上がっていった。
「こんちはー」
「いらっしゃい」
狭い階段をあがって中に入ると、一瞬、時間が止まっているような錯覚を受ける。
あの頃と何も変わらない。マスターが白髪になってるけど。
マスターは何か作業をしているようで、カウンターの中でこっちに顔を向けてなかった。
かまわず中に入っていく。
すると、マスターは「ん?」という顔でこっちを見て「ああっ!」とビックリ顔になった。
「おいマコ、ずいぶんと久しぶりだな!」
「……なんで一瞬でわかるんだよ」
やれやれと頭をかいたが、とりあえず挨拶した。
「マスター、しばらくです。あの時は本当にすみませんでした」
かつて、この町を出る時にさんざ迷惑をかけたんだ。
迷わず頭をさげたが、マスターは笑うだけだった。
「ハハハ、なーにいってんだ、若かったんだから当たり前だろ、そんなん。
それより、そう言って顔出してくれるのが俺ぁ一番うれしいよ」
「はは、すんません。
それよりマスター、はらへった。コーヒーとオリジナルサンド」
「あいよ、そこ座りな!」
「ういっす!」
ごめんノルン、後で何かおごってやるからな。
出来上がりをしばらく待ちつつ、マスターに昔のメンツの近況など尋ねてみたけど、聞けば当時のほとんどのメンツはもう富良野を引き上げてしまっているという。
ま、それもそうか。
「今朝、マサの死亡現場に行ってきましたよ」
「そうか……。あいつらも最近はなかなか連絡がなくてな。さびしいもんだ」
「そうすか……そうですよね、もう二十年はたちますもん」
しみじみと昔話などを。
この富良野市には昔、はるばる旅してきて住み着いた人たちのコミュニティがあった。
彼らはもともと郊外にあるキャンプ場に長期滞在し、そこからアルバイトなどを通して地元にコネを作り、就職などして地元にも入っていた。
彼らの全盛期は80年代らしいし、世代の違う俺はコミュニティの人間じゃない。
でも、いろいろあってお世話になったんだ。
そして……。
(あのひとの行き先はわからない、か)
旅の大先輩で大きな影響をうけた人がいるんだけど……そのひとの行き先もわからないようだった。
ああ、さすがに無理か。
残念だけど仕方ないな。
そんなことを考えていると……。
(クスクス)
(あはは……)
「!」
ここ、何かいるな。
隠れているし、悪意などは感じない。
マスターは、彼らに気づいてないようだが……うーん。
「そういえばマコ、ケンのとこは行ったのか?」
「あー、行きたいっすけど、あっちも迷惑のかけ通しだったから。どうしようかなって」
「ばーか、行きたいなら行っとけ。な?」
完全に子供扱いだな、俺。
けど、なんでかうれしい。
「……ああ、うん。そうする。
もう時間が遅いから明日行くと思う」
「明日?」
「親方のとこ、今はハウスで忙しい時期だし。休憩の時間を狙うよ」
俺はそう答えていた。
そして、さらにコミュニティと関係ない別の友だちの話題などして、久しぶりのオリジナルサンドセットを「こんな大きかったのか」とちょっと驚きつつもコーヒー片手に堪能したりして。
しばらくして、俺はマスターのとこを辞した。
ちなみにその間、やってきたお客さんは二名だった。
夕刻が近づいているので寝床探しをしたが、かつてのキャンプ場は今は野営禁止になっている。
南にある、山部の『太陽の里』はいい環境なんだけどバイクから遠く離れるからちょっぴり心配だ。
中富良野の森林公園は6月から8月までなので今はダメ。
となると……上富良野の『日の出公園』かな?
「あっちは有料だけど、まぁ仕方ないか」
ほかの富良野のキャンプ場と違い、ここは高額な代わりに環境を充実させている。
車で泊まると安い民宿なみにお金がかかるけど、バイクならフリーサイトだからそう高くない。
そして、夜には入り口が施錠される安心システム。
お値段には賛否両論だろうし、昔の無料キャンプ場に慣れている面々には評判が悪かったが。
だけど、短期の旅なら充実した環境はありがたいものだ。
うん、日の出公園にしよう。
コープの富良野店で買い出しをすませて、通称『九線道路』に出る。
ああもちろん、マスターのサンドイッチを食いっぱぐれたノルンのための買い物もしたよ。
そしてそのまま、信号ひとつない直線道路を上富良野町に向かう。
このあたりは昔とあまり変わらないので地図は必要ない。
そして、上富良野町に入り、日の出公園に入場。
「こんにちはー」
「バイクかい?」
「はい、フリーサイトで一泊」
書類に記入していく。
あ、年の記述が西暦でなく年号になってら。
年号が今夜で変わるので、チェックアウト予定の年号が令和に訂正されてる。
料金を払って利用者の印をもらい、さっそく設営にとりかかった。
「ん?」
しばらくおとなしくしていたノルンが、何かを見つけたようにピクッと反応した。
「いくか?」
「うん!」
「よしよし、いってらー」
元気よく遊びにいくノルンを見送り、俺はテントの設営に入った。
そういえば、二泊めだけど改めて紹介しよう。
モンベル・クロノスドーム一型。
某キャンプ漫画で有名になったムーンライトシリーズに次ぐ傑作テントだ。
山屋さんの作った汎用テントだけあって手堅い作り。
そして知人の話では、暴風雨の中でも平然と立っていたという。
ただし、このテントは悪い意味でも山屋さんのテントだ。
つまり、手堅く風に強いという事は、それだけ天井が低くて狭い……要するに居住性が犠牲になっているわけだ。
これは当たり前のこと。
そもそも山は平らな場所が少ないし風雨も激しいわけで、だから山屋さん的なテントというやつは基本、狭い場所でも設営できて、暴風雨でも耐えうるようにできているわけだが。
当然、裏返すと狭くて低い、という事になるわけだな。
全体的に平べったく均等なカタチをしているからこそ、風を受け流すことができる。
しかし裏返せば、広い前室も高い天井もありはしない。
特に俺の買った一型は顕著で、前室に置けるのはバイクブーツくらいだ。
バイクツーリングだと荷物も多いし、多少、耐候性を落としても広い前室がほしいもの。
寝床としては申し分ないクロノスドームの、唯一の泣き所が居住性と言えるだろう。
さて。
「ん」
設営を開始。
吊り下げ式ドームテントなので、設営にはまず四隅を決めてグランドシートを置く。
その上に本体を広げて、グランドシートにピッタリ重なるように四隅を固定してしまう。
骨組みであるポールをバツ印に広げ、四隅に差し込む。
で、途中についてるフックをひっかけていけばアラ不思議、テント本体の完成だ。
あとは周囲の状況などを考えつつフライシートをかけ、地面に固定すればOK。
最後に、上の換気口をあけたり入り口を好みに工夫すれば完璧だ。
うん、実に簡単だ。
いわゆるワンタッチテントには叶わないが、設営場所が平らであれば設営に困らない万能テント。
日本の田舎のキャンプ場で、個人旅行用の小型テントが十もあれば、二、三張りはクロノスドームである事と言われるほど売れている、まぁひとつの傑作テントといえる。
……ただし繰り返すけど、一型はバイクツーリング用にはちょっと狭い。
できれば二型以上をおすすめするよ。
さて。
「よし」
設営を終えて、ためいきをついた。
まだ購入して二日目だし、久しぶりのキャンプ旅行で荷物の扱いも慣れていない。時間がかかって仕方ないが、まぁ仕方ないだろう。
それに……。
サワナさんたちと選ぶ未来次第では、次からはキャンプは家族連れになるかもしれないしな。
「……さすがにソレはないか」
考えてから、ちょっと苦笑した。
俺は、男女間に甘い夢だけを見るほど若くない。
結婚しても夫婦でキャンプできるとは限らない。経済的理由もあるし、そもそも嫁さんや子供もキャンプを楽しんでくれると思えるのは、すごく楽観的な見方だと思う。
ま、その時はその時か。
俺はためいきをつくと椅子を出し、買ってきたサワーの缶をとりだした。
「新しい年号に乾杯、かな?」
サワナさんたちは今ごろ、あのアパートでにぎやかにやってるだろうか?




