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思い出の地へ

 朝のひとときは、マイペースで過ぎていく。

 テントの中を片付け、寝袋とシュラフカバーを収納。

 朝食の支度。

 終わったらノルンと食べて、それからテント内に残った細かいものを箱などに戻してから、テント内マットを片付けつつ外に出る。

 霜なり夜露なりで濡れているフライシートをふき、陽光にあてて少し乾かす。

 その間に、止めていたペグを一本ずつ抜いていく。

 いいかなというところでフライシートを取り外す。

 テント本体には結露も汚れも水滴すらもなかった。さすが老舗メーカー品。

 そのままテントを固定しているペグも外し、ポールの吊り下げを外して片付けにかかる。

 汚れているのは唯一、テントと地面の間に強いていたシートだけだ。

 これを裏返して乾かしつつ、それ以外の荷物のすべてをバッグに収納、単車に固定する。

「お」

 車の人はもう出発のようだ。

 彼らはいわゆるパッキングをしなくていいので、テントや寝袋を収納すれば即、出発できるのだ。

 だったら車中泊すればいいじゃんと思うかもしれないが、そう簡単ではない。

 車中泊は車種により向き不向きがあるし、実のところ車中泊が快適な季節というのは限られる。設備の整ったキャンピングカーのようなわけにもいかないわけで、一年中なにがなんでも車中泊というのは効率が悪すぎる。

 そういう時、テントでキャンプする技術と道具があると選択肢がドーンと広がるってわけだな。

 まぁ実際はもっといろいろな事情があるんだろうけど。

 

 さて、自分の作業に戻ろう。

 地面に敷いていたシートは薄いものなので、適当に乾いたら専用の袋にいれ、積載したバッグの隅っこに無理やり押し込む。

 そこまでやったら、昨夜の炊事で出たゴミを袋ひとつにまとめ、荷物にしばりつけた。

 よし、出発準備完了だ。

 

 このゴミはどうするのかって?

 もちろん、ちゃんと稼働中で分別も行われているキャンプ場で処分させてもらう事になる。

 ああ、間違っても、コンビニとか道の駅に捨てちゃダメだぞ。

 それと、これは俺の出すゴミが非常に少ない──なぜなら野営地で宴会など滅多にしないからね──から可能なことでもある。一晩で出るゴミなど、昔から焚き火のたきつけで燃やしてしまうものでしかなかったんだから。

 家族旅行などで毎晩ジンギスカンしていて多量のゴミが出ていたら、これが正しいのかは……すまない、俺にはわからない。

 

 一休みして大きく空気を吸い込み、青空を見上げた。

 結局、会釈くらいしかしなかった他のキャンパーを見て、そしてヘルメットをかぶる。

「さ、いこうか」

「おー」

 いつのまにかライダー・スーツ姿になったノルンが、当然のようにハンドルのところに鎮座して手をあげる。

 単車にまたがり、タンク左側にあるキーホールにメインキーを差し込み回し、セルボタンを押す。

 ここ数日の酷使にも関わらず、元気に250ccエンジンは目覚めた。

 エンジン音に気づいた単車の人がひとりこっちを見たので、軽く頭をさげて挨拶。

 そしてギアをぶちこみ、出発した。

 駐車場に出て左に曲がり、国道に戻る道を通る。

 ゆるいS字を来た時と逆に曲がっていくと道の駅の脇に出て、そしたら国道は目の前だ。

 道の駅に人はもういた。

 右にウインカーを出して路上の車を確認する。オーケー。

「よし」

 そして、北に向かい走り出した。

 

 

 地図のある人は、北海道地図を確認してみてほしい。

 昨夜泊まった美深(びふか)は、上川(かみかわ)地区のだいたい北端にあたるのがわかると思う。

 美深までは基本、旭川を中心とする領域に属する。いくつかの段階を経て旭川より多少寒くなっているのだけど、それでも劇的なものではない。

 だけど、ここから先はいわゆる道北エリア。雰囲気も道も気候も劇的に変わる。

 わかりやすいのが、今走っている国道40号線だ。

 美深と音威子府(おといねっぷ)の間の距離はわずかなのに、荒れた国道の小さな峠のような道を越える。内地の峠のように強烈なカーブこそないが、山越えの道なのである。

 このわずかな距離の間に、旭川周辺ではきれいに消え去っていたはずの残雪が普通に見えはじめる。美深に至る前後でチラリ、チラリとたまに見えていたものが、いよいよ本格的になってきたわけだ。

 そして空気も、だんだんと5月の上川地方の熱が抜けて、いかにも北の大地然としたものに変わっていく。

「しつもーん」

「ん?」

 じっと沈黙していたノルンが唐突に質問してきた。

 珍しいな、ノルンが自分から質問してくるなんて。

「どうした、なんだ?」

「ナビ使わないのはどうして?」

「ああ、それか」

 ハンドルにつけたスマホは現在地をマップ表示しているが、ナビは使っていない。

 そして、この旅が始まって以来どころか、ノルンと出会って以降、単車では常にナビを使ってきた。

 ノルンとしては、使わない理由を知りたいのだろう。

「今から行く予定は、現在地がハッキリしないんだよ。目視で判断するしかないんだ」

「そうなの?」

「ああ」

 お墓のように決まったポイントがあればいいのだけど、ないからなぁ。

「それってなに?」

「友達の事故現場だ」

「事故現場?」

「あいつの墓、場所を知らねえんだよ。当時の人脈も切れててわかんねえしな。

 だから墓参でなく、事故現場でお祈りするのさ」

「ふーん」

 

 むかし、ひとりの旅人がこの国道40号線上で死んだ。

 彼は、礼文島で恋人と待ち合わせていて、国道をひた走り稚内まで移動中だった。離島いきフェリーターミナルで夜をあかし、一番の船で渡るつもりだったんだろう。

 前日の夕刻に恋人と、そして、恋人嬢と共に彼の連絡を待っていた友人と電話したあとに旭川近郊のアパートを出発。

 だけど濃霧の中、車線を埋めて追い越しをかけてきた無謀な対向車が、彼の人生を止めてしまった。

 旅人の名は通称マサ。

 ……そう。

 その友人というのが、昔の俺なんだ。

 

 昔の俺は変に中二病をこじらせてた、まぁ、ハッキリ言えばロクなヤツじゃなかった。

 今になって思うことだけどね。

 妙な意地をはった結果、人としての義理を欠いてしまって親友だった者の墓の場所すらわからなくなっちまった……バカな話だ。

 そして、やっちまった事はもう取り戻せない。

 いいかげん忘れた頃に、顔も見たくないような人物が突然現れて、嫌な過去を思い出しちまったら……喜ぶ人は誰もいないだろう。

 俺だって、誰かに頼まれたとかならともかく、純粋に俺のワガママだけで今さらそんな迷惑をかけたくない。

 そう。

 そんなわけで俺は、マサの墓の場所を知らないままだった。

 でまぁ、今となっては再調査も難しいんだよなこれが。

 

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