美深の夕暮れ
一杯飲んでいたら夕刻になったので温泉に入りに行った。
え?風呂の描写はないのかって?
いやいや、おっさんの風呂、それも露天風呂でもない内湯なんてコメントしても仕方ないだろ?な?
念のためにいっとくけど、相変わらずいい湯だったよ。
TV映えする豪華設備はないし、素敵な露天風呂もない。そういう派手さはここにはない。
けど銭湯なみのお値段でゆっくり入れるし、予約しておけば宿泊もできる。
そういう温泉なんだよ、ここは。
あと。
入り口ホールのところにチョウザメの水槽があって、優雅に泳いでいるのも昔からずーっと変わらない。
あまり綺麗な水槽じゃないけど、要は完全な展示用というより、養殖技術を使って立てた水槽を見せてるだけって感が強い。
だから、コレはこれでいいと思ってる。
さて。
いいお湯で潰れる前に缶ビールを買い、テントサイトに戻ってきた。
薄暗くなりだしたので、さっさと作業に戻る。
ストームクッカーを組み立て、バーナーに燃料用アルコールを注いで火をつけた。
蒸し器をセットして野菜とウインナーを投げ込み、もう一杯飲みたいのを我慢しつつ、サワナさんたちに写真を送りつつ待つ。
お、連絡きた。
ちなみにやりとりだが、スマホ同士でチャットツールを利用する事にしたよ。
メッセージだけでなく写真もポンポン投げあえるので、なかなかに便利だ。
え?ノエルでやりとりできるだろうって?
それは否定しないけど、実はノルン同士で直接通話すると、妙に疲れる事が判明したから。
どうやら魔力とかそういうたぐいの、よくわからない力がノルン経由で持って行かれるみたいなんだよね。
サワナさんが妙に押せ押せというか積極的というか、ノルンたち経由で直接繋がりたがっているのは正直くすぐったいというか嬉しくもあるんだけど、何しろ今は旅の途中だ。慣れないことをやって体調を崩したくない。
なので俺は、ノルン経由は非常時に限り、普段は文明の利器を活用することにしてもらったってわけなんだけど……。
なんとなく、スマホ経由にしたら通信量が増えた気もしないではない。
え、どういうことかって?
『今夜のお食事は?』
おし、返事返事。
『野菜とウインナーの蒸し物』
『蒸し物?お惣菜なんですか?』
『いやいや、わずか14cmという超小型蒸し器がありまして』
『あら』
こんなやりとりがポンポン飛んでくるんだからなあ……これじゃまるで、どこぞのキャンプアニメの高校生サークルみたいじゃないか。
ちなみに話題の蒸し器だが、新潟の燕三条製だったりする……要するに怪しいブランドではないってこと。
ストームクッカーSの鍋にピタリとハマるので非常に助かってるけど……まぁ、たぶん本来の姿は旅館とかの、あの小さな、おひとりさま鍋用に作られたヤツだと思う。
そいつが山用テントの前室で、スウェーデン製の野営コンロセットに乗せられ、アルコールの火で温められた蒸気を吹き上げているさまは、なんともいえないものがあるけどね。
まぁいい。
昔の友人なんか、キャンプの明かりにわざわざ、かさばる上に手間のかかる本物のカーバイトランプを使っていたヤツもいたし。
ま、キャンプってそんなものだろう。
「できたか」
トランギアの小さな小皿……たぶん本来は14cmソースパンの蓋だと思うけど……に少し分けて調味料を落とす。ノルン用だが。
「ん?」
そういえばノルンはどこだ?
今、このテントサイトには単車一名、徒歩一名、それから少し離れたところに車一台分のテントがある。あとはバンガローに泊まっていると思われる車や自転車が、少し離れたところにごちゃっと集まってる。
だけど、そのあたりにいそうな気配は……ん?
テントサイトよりもずっと東の方……何かいるな、それも複数。
人間と変わらない大きさというか、シルエットなどは変わらないけど……。
薄暗いけど間違いない、たぶんあれ人間じゃないぞ。
そいつらからノルンが何かを受け取ると、スーッと空を飛んで俺のところに戻ってきたんだけど。
「よう、おかえり……おい、そのツクシはもらったのか?」
「うん」
ほほう。
ノルンはなんと、自分の数倍はある巨大なツクシの束を重そうにしょって戻ってきた。
ははは、なんかツクシの塊が飛んでるみたいじゃないか。
「あのひとたちにもらったんだな?」
思わず立ち上がったが、その時、向こうにいる『人たち』の気配がフッと消えた。
「うわ、行っちゃったのか……どこの誰とか聞いてないか?」
「よくわからないけど、korpokkur だって」
「ん?コルポ?聞き取りにくい発音だな」
たぶん相手の発音をそのまま覚えたんだろう……って、ちょっと待て。
「おいまさか、コロポックルって言ったのか?」
「そうかも」
「うわぁ……そりゃ話したかったなぁ。
あ、けどダメか」
「?」
「いや、伝承の通りなら、たぶん人に姿を見せるのは好まないだろ」
蕗の葉の下の人といえば、アイヌの伝説の小人族だ。
ちなみに昭和時代に、童話作家の佐藤さとるが伝説を元にコロポックルの話を書いて大ヒットを飛ばしてる……たしかアニメ化もされたんだっけ?
アニメの方は知らないけど、原作の童話は読んだからよく覚えてるよ。
しかし……なんと実在っていうか、リアルに生き残ってたのか。
コロポックル伝説は北海道から南千島、樺太にまで広がっているんだが、共通するのは以下のようなものらしい。
アイヌが住み着く前、かの地にはコロポックルたちが住んでいた。
彼らは背が低く動きがすばやく、漁が上手で、屋根を蕗の葉で葺いた竪穴に暮らしていた。
当初、彼らとアイヌは交易したりして共存していた。
だが、交易の時に姿を見せるのを好まない彼らにアイヌの若者が、無理やり相手を捕まえて引っ張り出すという無礼を働いた。相手は美しい女性だったという。
この事で彼らを激怒してしまった。
そして彼らは北の地に、一族ぐるみで去ってしまったのだという。
彼らの名前はコロポックルだけでなく、他にも石の下の人だのなんだの色んな名前が残っているらしい。
ただし、童話などでは手のひらサイズの小人のように描かれる事があるコロポックルだけど、伝承のコロポックルはそんな小人ではないんだそうだ。
だいいち、蕗の葉の下の人といっても、ラワンブキって巨大なフキの下にいる人なわけで、基準のサイズ違うだろ。
伝承のコロポックルもせいぜい、人よりちょっと小柄な程度か、実はほとんど変わらないんだってよ。
沈黙交易のスタイルといい伝わっている生活慣習といい、まぁ正体が人間かどうかは知らないけど、少なくとも当時のアイヌの認識的にいえば、利害が対立する異民族程度の感覚で見ていたんじゃないかと思う。
小さいとかは本当に小さかったのでなく、なかば悪口で「俺たちより小さい」と伝えていたのではないか?と思う。
実際、あの感じだと大きさは人と変わらないようだしな。
「ツクシかぁ……そりゃ嬉しいけど、今の装備だと料理法が限られるぞ。
そうだな、茹でてマヨネーズ和えにでもすっか?」
「おー!」
「ちなみに知ってるかもしれないが、ツクシは茹でるとすごい小さくなるからな、量は期待すんなよ?」
「そうなの?」
「おう」
あからさまにガッカリすんなよ。
それに、よく見るとツクシの束の中に違うものが隠されてる。
これは……。
「あ、これ荒巻鮭じゃないか?」
何かに漬けて干したものだな、保存食か。
切り出した小さなものなのは、俺たちが一人と一匹、しかも若者ですらもないから考慮してくれたんだろう。
え、どういうことかって?
ちょっと説明しよう。
昔、徒歩とヒッチハイクで旅していた人が、旅先で新巻鮭を一本もらったそうだ。
彼はリュックの後ろにぶらさげて旅を再開した。
これを少しずつ削りながら料理に入れ、米と塩だけの食生活が非常に豊かになったそうだ。
しかしこれ以降、新巻鮭がなくなるまでヒッチハイクの成功率が低くなってしまったらしい。
理由は簡単。
新巻鮭や糠ホッケなどの保存用海産物は、締め切った車内だと強烈にニオイが充満してしまうからだ。
つまり。
旅人がもらうとありがたいけど、大量にもらいすぎると持て余すものでもあるって事だ。
鮭があるとなると、ツクシだけ茹でるのはもったいないかな。
晩酌にはちょっと多いけど、買いすぎた袋ラーメンをひとつ使うかな。
鮭を煮て身を崩し、鮭ラーメンにしてしまおう。
で、もやしのようにツクシを添えてみるか。
俺は蒸した自分の食事を鍋からとりだすと、一度洗うために炊事場に向かった。




