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海辺の景色

 雄大な景色を見つつ国道5号線を走っていると、やがて森町あたりから海辺の道になる。

 ここいらは迂回路があまりないので、昼間の国道はそこそこ混んでいる。急ぎたいなら高速に乗るべきだが、俺は久方ぶりすぎる北海道を堪能しつつ下道を走っていた。

 で、内地から上がってきた者が感じる違和感……海辺に堤防がない、あるいは少ないことに気づくはずだ。

 実は津軽などもそうなんだけど、北海道周辺の漁村にしろ海辺の道にしろ、内地に比べると堤防などが低かったり小さかったりする。要はそれだけ荒海ではないという事なんだろうけど、幼少期を黒潮の叩きつける西日本某所で育った俺としては、異国情緒を強く感じるところだ。

 荒海が叩きつける、襟裳(えりも)岬より東側の黄金道路ですらそうなのだから、これはもう伝統的なものなのだろう。

 

 

 途中、みつけたコンビニで休憩をとり、サワナさんたちにメールを送った。

 無事に渡ったこと、帰りの船をキープしたこと、今夜はわからないが、昨日の今日なので早めに切り上げる事などを伝える。

 で、買い食い。

 買ったのは『すじこ』のおにぎり。

「これ関東じゃ食えないんだよなぁ」

 すじこを元にした改良メニューみたいなのはあるけど、素の『すじこのおにぎり』の味とは全くの別物なんだよね、これ。

 ノルンに確認したら欲しいというので、ノルンのぶんも買う。

 で、イートインに座って食事タイムだ。

 

 え?

 ノルンを誰かに見られる?見えないにしても怪しまれるんじゃないかって?

 心配ありがとう、でもそれは大丈夫だよ。

 

 おにぎり食べるのに大きな音はしない。

 それに、俺は容姿も中身も要は『おっさん』なんだよ。

 どこの誰とも知らない、おっさんの食事風景に注目するヤツがどれだけいる?

 だから、見えない人に怪しまれる事はないさ。

 で、逆に見える人がいたらだけど……それはまぁその時のことだろ。

 

 ノルンと出会ってすぐの頃はかなりビクビクした。それに水瀬さんたちにも注意された。

 でも現実問題として、要注意ではあるけどビビるほどの問題でもなかった。

 まず、ノルンが見える人なんてめったにいない。

 多少何かを感じたとしても、俺が女性でも若者でもない『おっさん』なのが、いい具合に人の注意や視線を遠ざけているようだ。

 考えてほしい。

 サワナさんは可愛いし、水瀬さんも──彼女はおばちゃんだけど、ひどく目鼻立ちが整ってる。おそらく若い頃は大変な美女だったろう。

 もしノルンを彼女らが連れていたら、見えない人も彼女らに注目して、そして、そのまわりの不自然さに気づくんだろう……しかし現実にノルンを連れているのは俺なわけで。

 性別と容姿の違いが、俺たちの安全確保に役立っているわけだ。

 

「ふぅ、とりあえず、ひと心地ついたか……なぁ、あと不足って何かあったっけ?」

「龍角散のど飴」

 軽い気持ちでノルンに確認したら、さっくりと指摘された。

「え、あれもうなかったか?」

「高速で買えなかったから」

「あー……なるほど、そうだったな」

 東北道の北の方、ほとんど店やってなかったもんなぁ。

 しかも青森で港に直行しちゃって、コンビニ寄ってないし。

「フリスクは?」

「まだある」

「わかった。他に何かあるかな?」

「……わかんない」

 ノルンは俺の顔を見て、そしてそう言った。

 あー……そもそも「なにかないか」という質問は漠然としすぎなのか。

 となると、具体的に示したほうがいいって事だな。

「質問を変えよう。

 今晩はキャンプの予定だけど、足りないものってあるかな?」

「水と食べ物?」

 即答だった。

「水はキャンプ場だから何とかなるだろうけど、食料か……たしかにそうだな、保存食すらないんだったっけ」

「うん」

 荷物に入っているのは調味料だけだ。

 なるほど、生鮮食料なんかはキャンプ地近くで買えばいいわけだけど、5日か6日はキャンプなんだし、買い出しタイミングをのがした場合にそなえて保存食は欲しいよな。

「とりあえず、そうめんでも見つくろっとくか」

 お湯があれば作成できて、調味料だけで普通に食べられる。

 さらにレトルトがあれば茹で汁で暖められるけど、そこまでは求めない。

 

 ちなみに俺のこの時、ひとつ見落としをしていた。

 今の俺の単車には、こわれものを収納するための装備がなかった。

 保存食料の持ち運びは『袋』でなく『箱』が望ましい。特に麺類は潰れたり砕けたりしてしまうので。

 前の単車は後ろに箱を積んでいたので、そのノリをひきずっていたんだな。

 この失敗に気づくのは、ずっと後のことになる。

 

 

 休憩を終え、菓子類とお茶、それから、そうめんを四食分ほど確保したら再び移動開始。

 ぽかぽかの日差しと冷たい乾いた風。北だなぁと思うことしきり。

 ちなみに寒いもんで、オーバーパンツは履きっぱなしだ。

 そんなこんなで走っていたら、唐突にノルンが反応した。

「どうした?」

「あれ」

「お」

 なんか道の駅なんだけど、縁日みたいなのが出てるな。

「お祭り……ってわけではないみたいだな、こういう道の駅なのかな」

 こっちは食事直後だし、まぁいいかと通過した。

 

 さらにもうしばらく走っていると、風景が大きく変化した。

 海辺から山間部へと、景色は急速に変わっていく。

 だけど山深さと道の感じが関東とは全く違う……地形も、そして生えている植物群も。

 珍しかったり懐かしかったり、そういう風景の中を俺たちは進んでいく。

 ──と。

「!」

 またもやノルンが反応した。

「なんだって……うお」

 進行方向左側、けっこう道端に近いところに大きなシカがいて、こっちを見てる。

 その大迫力にビビりつつ減速かけた。

 

 え?なんで減速するのかって?

 シカがいるのは、ぶっちゃけただの道端でガードレールすらもない。

 素直に去ってくれればいいけど、接触でもしたらマズいのはこっちなんだよ。

 大人のエゾシカと軽四がまともにぶつかったら、軽四が廃車になるんだぞ。

 しかも、こちとら荷物満載の単車なんだから。

 

 あれ、でも、あれ?

 Uターンを見越して徐行しつつも、俺は妙な違和感をおぼえた。

 

「なぁノルン……あれ、シカじゃないよな?」

 というか、普通の生き物じゃないだろ。

 よくわからんけど、わかる。

 あれはシカの見た目をしているけど、シカじゃないと思う。

 しかし、じゃあ何者だろ?

 俺が首をかしげた瞬間、頭の中に声が響いた。

『君、すまないが、ちょっと話をきいてほしい』

「!?」

 その瞬間、思わず俺はブレーキをかけていた。

 

 

『すまない、驚かせてしまったかな?』

「まぁ、人並みには……けどホッとしましたかね?」

『む、どういうことかな?』

「話が通じるなら、単車をはねられる心配ないじゃないですか。

 前に俺、関東でシカと接触事故して単車壊した事があるんで」

『ああ、なるほど……まぁ確かにその心配はないな』

 その存在(・・)は、楽しそうにケラケラと笑った。

『そこまで驚かせてしまったとは、かえすがえすもすまないね。

 本来なら土地の者に頼むべきだが、印つきの者がなかなかいなくてね。

 仕方なく旅人の君らに声をかけさせてもらったわけだが』

「あーいえ、そういう事なら仕方ないですよ」

『わかってもらえてありがたい』

 今、俺たちがいるのは道端──に見えるが、どうやらあの、人のいない道路みたいな異空間らしい。さっきから車が一台も通らないからな。

 で、俺の目の前に座って茶を飲んでいるのは、どこにでもいそうな、ただしアイヌ衣装の初老のおっさん──さっき声をかけてきたシカが変じたものだ。

 当然、人ではない。当たり前だ。

「ところで質問なんですけど、たしかアイヌだとシカは神様じゃないですよね?

 けど、あなたはシカの姿をしていた。

 となると……あなたは一体?」

『ほう、君は倭人(シャモ)のわりに詳しいな』

 おっさんは笑うと、説明してくれた。

『かつて、この大地に住む者たちは、私のことをユッコロカムイとか、ユクコロカムイなどと呼んだよ……といえば君ならわかるかな?』

「……えーと、ユクってシカの事ですよね。シカの神様ですか!」

 

 ちょっと説明しよう。

 アイヌ語で神様のことをカムイと言うのは有名だが、何とかコロカムイとか何とかクルカムイというのは、何々の神みたいな意味になると思えばわかりやすい。たとえば、エゾシマフクロウはコタンクルカムイ、集落(コタン)を守る神といった感じだ。

 で、アイヌによると動物のほとんどは神様扱いなんだけど、シカは違うんだよ。

 アイヌの人たちはシカを好んで狩り食べたそうだけど、シカは神様が与えてくださる恵みと考え、そのシカを与えてくれる神様というのが、ユクコロカムイ……シカを司る神様ってわけだ。

 なんとも、狩猟民族らしい神様だよね。

『ほほう、なかなか詳しいじゃないか』

「正直、うろ覚えなんで正しいかどうかは」

『ふふ、まぁかまわないさ。

 純血のアイヌはもうおらず、伝統的な暮らしをしている者もない。私たちは崇拝されるどころか、その存在すら忘れられつつある。

 つまり私は、もう現役の神様とは言いがたい状態になりつつあるんだ。

 長い年月の積み重ねがあるので今もこうして存在しているが、いつまで続くか。

 いずれは忘れられ、消えてしまうのだろうね』

 そういうと、古き神様はフフフと笑った。

 俺はかける言葉がみつからず、ただ黙っていた。

 

『おっといけない、そんな要件で呼び止めたのではなかった。

 実は、届け物を頼みたかったんだよ』

「届け物ですか?」

『君のこれからの予定は?天塩(てしお)の方に向かう予定はないかな?』

「あるといえばありますが」

『ならば、ちょっと頼みたい。

 幌延(ほろのべ)あたりの天塩川の河川敷に、古き知人がいるんだが、その者に知らせを送りたいのだ。連絡が通じなくなって、少々困っているんだよ』

「手紙か何かを届けるんですか?」

『いや、これを届けてくれればいい』

 そういうと、神様は俺にむけて何かキラキラした光をなげかけた。

「えっと、これは?」

『特別な効果は何もないよ。ただ、私がかけたという事がわかる、それだけのものだ。

 しかし、伝えたい相手にはソレで充分なんだ』

「相手の方はどうやって見極めるんです?」

『心配ない、近くにいけば向こうからやってくるはずだ。

 まぁ、何もなければその時は放置でかまわないし、予定が合わないなら無理することはないよ?

 この光にしても、放置していても月が一度満ち欠けする間には消えてしまうし、お互いの同意があれば別の人に託すこともできるからね』

「わかりました、じゃあ、予定が合えば行ってみます」

『うん、頼むよ』

 そんな話をして、俺たちは別れたのだった。

次回更新は、月曜深夜になります。

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