出発
俺の単車、レブル250はハッキリ言うと高速道路向きではない。
だが俺は昔から、あまり高速向きではない単車で長旅をしてきたから、ノウハウは染み付いてる。
まず、最低限の準備を車体側にしておくこと。
ひとつ、小さな風防スクリーン。
風を完全遮断する力はないが、腹などに当たる強い風を軽減することができる。
つまり「風で疲れた……」をちょっとだけ減らせる。
ひとつ、グリップヒーター。
冷たさで手がかじかみ、感覚がなくなったり動かなくなったりしないよう温める。
つまり「手がかじかんで感覚ない、戻るまで休憩」を減らせる。
ひとつ、スロットルアシスト。
右手を強く握らずとも一定速度をキープさせるための小道具。主に高速道路で有効。
つまり「アクセル疲れで右腕が……」を軽減できる。
ひとつ、腹巻きやオーバーパンツ等、多少過剰ぎみの防寒装備。
寒さ・冷たさによる疲労を軽減する。
これにより「トイレ休憩を減らせる」。
そして最後に、反射テープ類。
これは後続の車にこっちを認識してもらうためのもの。
つまり「追突防止」。
これだけあれば、車体側の準備はOK。
あとは時速90km程度の速度が維持できればそれでいい。
「キャラバン?」
「……また懐かしいネタを引っ張り出してきたなぁ」
ノルンのツッコミに俺は苦笑した。
キャラバンってのは、大昔に読んだツーリング本に書いてあったネタのことだ。
かつての砂漠のキャラバンなどは夜明けと共に出発し、ゆっくり徒歩ペースで、ただしほとんど休憩しないで旅したんだと。で、そんなペースで一日50kmとか進めたんだそうだ。
要は、飛ばすよりも緩急つけて一定のペースを保てってことね。
昔の俺はソレを隊商ペースと呼んで、長距離を走る時の参考にしてたんだよ……なつかしいなぁ。
荷物を積載していく。
右の振り分けバッグには工具類、左の振り分けバッグにはカッパと書類、水など。
60リッター入るターポリン素材の大型バッグにはキャンプ用品を詰め込み、入り切らない細かいものを、遊んでいたカーキ色のザックに収納してバッグの上に。
で、バッグは太いロック・ストラップで、カーキのバッグは細いロック・ストラップで固定。
さらにタンク上には、モバイルバッテリーと予備スマホが入るだけの容量しかない小さなマグネット・バッグをセット。
俺はハンドルの上にUSB電源をとりつけてあるんだけど、直接スマホに充電しない派だ。いちどモバイルバッテリーに蓄電する。
「よし、準備OKだ。そっちはどうだ?」
「いいよー」
まぁノルンは荷物なんてないからな、スマホホルダーの横に座ってしまえば準備完了だ。
「よし、いくぞ」
「ういっす」
■ ■ ■ ■
飯田橋から首都高に入り、そこからナビに従い東北道を目指す。
最初は慣れた首都高の風景なのが、次第に東北道らしい風景に変貌していく。
「おー」
そういえば俺、東北道は結構……たぶん十年単位で久しぶりかも。
なんたって旅行以外では全く使わないうえに、東北には長いこと縁がなかったもんなぁ。
そんな俺にとって。
「……ダイナミックな景色だなぁ」
「ん?」
「ああすまん、ひとりごとだ」
何かいったかと首をかしげるノルンにそう言った。
関東平野ってのは、そこそこ広い。
その広い平野に風が吹きすさび、分厚い雲が天を斜めに割っていた。
晴れ渡った空というのも嫌いじゃないけど、晴れ・曇り・雨と切り分けられた空というのもいいものだ。
そんな世界の中、東北自動車道ってのは、ゆるやかに左右に揺れつつ北にぶち抜けていくんだよな。
そして。
「これは、確実に雨に向かってるよなぁ」
「うん」
ノルンの定位置はハンドルにとりつけたスマホ、そのそばだ。
俺のアシスタント気取りって感じだけど、実際に役立ってくれることが多い。走行中にナビの設定変更とか俺にはできないからなぁ。
ちなみに、ポルコ・ロッソばりの飛行帽姿である。なかなか格好いい。
「雨の前に風がくる、冷たい風」
「おう」
ノルンの知識はほとんど俺の記憶からのもののはずで、その意味では俺を越えないはずだ。
だけどノルンの言葉は的確で、俺は気をひきしめた。
え?どういうことかって?
つまり素材としての記憶は一緒でも運用している頭が違うってことだよ。
俺が忘れていること、認識してるのに気づかない事でもノルンはわかるってこと。
実際、北関東の強風なんて忘れてたよ。
まったく、大したアシスタントだよ。
上空は晴れたり曇ったりだが、明らかに北の天気は悪い。
吹いている風は次第に強く、冷たく変わってきた。
これはたぶん北関東によくある風で、東北に抜けるまでは消えないはず。
そして東北に入れば、風のかわりに雨が降るんだろう。
天の風景は、太平洋の方だと晴れていて、くるなら常磐道へ来いと言わんばかりだが。
「でも、ダメなんだよなぁ」
常磐自動車道は仙台近くで事故で通行止めだと出ていた……つまり通れないはずだ。
天気が悪くても、昔通ったことのある東北道の方がいいだろうと俺は判断した。
それに。
「おまえがいるからなぁ」
「ん?」
「頼りにしてるといったんだよ」
「うっす」
ひとりぼっちのノルンはそういうと、飛行帽に手をやって敬礼っぽいポーズをした。
何とか都内を抜け、まずは蓮田SAで小休止。
ここで、本来は出発後30分でやるべき荷物の確認を行った。
「?」
「ん?ああ30分チェックだよ」
「……あー」
記憶共有しているノルンは「30分チェック」という言葉で気づいたようだ。
30分チェックというのは、俺が昔から採用している積荷確認だ。
今回の荷物はキャンプ用品を含んでいるから、いつものサイドバッグには入り切らない。
当然、ストラップやロープで単車に積載しているのだけど、そこには荷崩れの可能性がつきまとう。
出発前にきちんと確認するのはもちろんだけど、それだけじゃ足りない。
荷物が最も緩みやすいのは出発直後の30分間で、この間に一度休憩し、緩んでいるとこなんかを締め直したり、場合によっては積み直しもするんだ。
出発30分後に積荷調整のための休憩をとり、調整や増し締めをする……これを30分チェックと呼んでるワケ。
以上、説明おわり。
「問題なさそうだな」
キャンプ道具を大きな防水バッグにいれて積んであるんだけど、付属の弱いロープでなく、専門の強力な荷物固定用ストラップを使っている。
そのおかげで、荷物で単車が引き起こせるほどにガッチリ固定されていた。
「小物いれ良し、サイドバッグよし……よし、オールオッケーだ」
現代的な強力ストラップベルトは、なかなかにいい仕事をしているみたいだ。
最後に手足をのばし、身体をほぐす。
「はぁ、よし……ハスターの領地から出るかぁ」
「?」
「いや、なんでもない。ただの古いネタだよ」
「……」
「そんな目で見るなよオイ」
すぐにノルンも気づいたようで、生暖かい視線を向けてきた……ほっといてくれよぅ。
はじめて蓮田に来た時、ハスタと読み間違えたんだよ。
で、当時俺が読んでいたクトゥルフ神話にハスターなる神様が登場したと。
蓮田とハスターをひっかけたネタなわけだが……同好の士しかわからんよな、こんなの。
「昔から、このあたりにはネタになる地名が多いんだ。
館林市なんて、はじめて来た時、当時流行っていたゲームの女の子のセリフが頭に浮かんだんだよなぁって、さすがにそこまで知識共有してないよな?」
「……『もしもし、館林です』?」
「知ってんのかよ、つーか声まで真似んでいい」
BGMまで聞こえてきそうになったぞ、今。
チェックを終えた俺は燃料をいれ、ただちに出発した。
空は次第に夕暮れのそれに代わりつつあった。
『もしもし、館林です』
あの日本コンシューマゲーム史に残る傑作『ときめきメモリアル』の有名なアレですね。
詳しくはネタバレになりますので。