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公的な立場

 サーナちゃんを送り届けた俺は、日常に……つまり普段通りに出勤した。

 もっとも今日は、金曜日の説明をする必要があるけどな。

 え、何の説明かだって?

 つまり、サワナさんからの電話を受けて帰ったろ?

 あれ実は早退だったんだよね。

 俺は早退ってめったにしないし、皆の前で電話を受けてるわけで。

 上司には説明しておく必要があると思ったんだ。

 

 

「というわけで、近所の小さい子が遊びにくるようになったんです。

 小さい子ですし、まぁ知り合いになったもんですから、うちに来たら連絡するようにしまして。

 それで行き来が始まった感じです」

「ほほう、そういう知り合いなのか」

「はい。

 ただどうも都会の環境があわないのか、時々調子を崩すんです。

 それで先日はお母さんが病院に連れて行ったあと、車で千葉県の館山市の向こうにある、お母さんの親戚の方のところに連れて行ったんですよ」

 少しだけ聞いた限りでは、サワナさんのサフワ家とは同じ系列の一族だと言ってたし、間違いないだろ。

 さて、そんな説明の相手なんだけど。

「なるほどわかった」

 上司は俺の説明を聞いて、なるほどなと納得した。

「プライベートな質問で悪いが、扶養家族ではないんだな?」

「はい、まぁ結婚みたいな話も最近出てきてはいますけど、まだ全然そんな関係ではないです。

 そもそもがですね、サーナちゃん……娘さんの名前ですけど、その子から始まってる交流なんです。

 まだほとんど赤ちゃんみたいな子ですし、あちらの生活もある。

 そもそも知り合ってそう時間もたっていませんし、急がずいこうという事で一致してます」

 ふたりと本当に家族になれたら嬉しいけど、それはまだ先の話だと思う。

 そう思ったんだけど、上司の答えは俺の想定外だった。

「あーいや、そういう問題じゃないんだ。

 うちとしては、ぶっちゃけ、何かの事件に巻き込まれたりしてない限りは問題ではないよ。

 ただ、組合と総務はちょっと気にするかもしれないんだよ」

「総務?」

 なんで組合と総務?

「その様子だと知らないみたいだな」

 上司は苦笑した。

「あのね諸田君。

 これは仮の話だけど、その人たちの生活費や医療費が足りなくて、諸田君が助けていたとするよね?たとえば病院とか、療養で千葉にいった時の高速代とかね。

 この場合、条件もあるだろうから断言しないけど、ある程度の期間払っているという証明ができたら、その母娘ふたりが諸田君の扶養家族という扱いになる可能性もあるんだ」

「え、籍をいれてないのに、家族じゃないのにですか?」

「経済援助してるってことは家計が独立してないって事になるだろ?

 だいいち籍がどうこう言うなら、内縁の妻はどうなるんだい?」

「あ」

 そういえばそうだ。

「ちなみに内縁の妻でも、ちゃんと優遇制度なんかもあるんだよ?まぁ法的に夫婦でないなら配偶者控除は受けられないけどね」

「え、そうなんですか?」

「もちろんだよ。

 生活費を援助しているってことは、全額ではなくとも扶養しているとみなされるだろ?

 しかも事実上、自分の奥さんや娘さん状態だったとしたら?

 それは同居しているだけの他人ではなく扶養家族だろう」

「そんなもんなんですか?」

「ああ、そうだよ?」

「……知りませんでした」

 そんな事情でも扶養家族になるのかよ。

 想像もしてなかったよマジで。

「だから言ったろ?プライベートな質問で悪いがって。

 本来、部下とはいえ私生活に口を出すのはどうかと思うよ。

 だけど、扶養家族が絡むと給与などにも影響が出るからね。多少だけど額面も豊かになるかもしれないぞ?」

「それはありがたいですね」

「だろう?」

 法的には他人であっても、扶養家族ならそれなりの制度もあるってことか。

 うむ、ひとつ勉強になった。

 

 感心していたら、上司がさらに言ってきた。

「ところで相手の方だが、千葉県に親戚がいるってことだけど千葉の方なのかな?」

 え?

「いや、すまん。

 実は金曜日に君の電話での声を聞きつけた者も言ってたけど、外国の人なのかと言っていたのでね。

 娘さんの名前はサーナちゃんだっけ?それは本名かい?お母さんの名前は?」

 うん、とりあえず外向けの話をしておくか。

「あー、確かにもともとは外国から来た家らしいですね」

「元々は?」

「移住してきたのが結構昔のことで、役場に記録とかもないそうなんですよ」

「ほほう?」

 ウソではないらしいぞ、ちなみに。

「外見は普通に日本人ですよ、ちょっと南方系入ってますけどね。

 ただ慣習として、先祖代々使ってきた名前をローテーションのように長女につけているそうです。

 上が亡くなると襲名もするそうですから、歌舞伎のアレみたいなもんかもしれませんね」

「ほほう?珍しいな?」

 これはサワナさんに聞いた話だけど、本当にそうらしい。

 なんでも、大昔の伝説の姉妹の名前にあやかってるそうなんだけど。

 うん、ちょっと変わってるよな。

 

 ところで見た目だけど。

 印持ちや「見える人の目」を持たない普通の人が見た場合、サワナさんたちは普通に日本人に見えるらしい……まぁ、ちょっとエキゾチック入った感じらしいけども。

 

 俺の説明を聞いた上司は「ふむ」と少し考えるような顔をした。

「そういうことか……わかった」

「あの、それも控除とかに関係あるんですか?」

「あーいや、そういう話ではなくてな」

 上司は否定すると、小声で言った。

「気を悪くしないでほしいんだが、新卒の若い子なんかで、たまに変な女に騙されるケースがあるんだよ。

 特に厄介なのが、お金や在留期間の延長目的の外国人だな。

 あと、ひどい例では海外のIT企業が情報を盗むために女性を送り込んできたケースもな」

 なんだよそれ。

「俺が言うのもなんですけど、うちのデータをですか?」

「さらっと言うよね諸田君も。

 まぁでも、その価値を決めるのは我々ではないからね。

 一応は産官合同のプロジェクトも扱っているわけだし、あちらさんには魅力的に映るのかもしれないな」

「なんだかなぁ」

 こわい話だな。

「とりあえず、それはないでしょうね」

「ほう、その言い方だと何か事情があると?」

「まず、ルーツは外国かもですけど外国人ではないってことですね」

 少なくとも表向きは、きちんと日本人として戸籍もあるようだし。

「あと、経済的問題もそうですかね?」

「経済的問題?」

「はっきりいと、長屋住まいで周囲に助けられてようやく生活してるって状態なんです。

 ひとつ質問なんですが。

 IT企業のスパイってのは、仕事先で夫婦ごと長屋に住み着いたあげく子供を作り、さらにその子が生まれたところで旦那がなくなって経済的に破綻しかけ、見かねた長屋の管理人さんに助けてもらいつつパートに通うような人たちなんですかね?

 いや、もしかしたらそういうマヌケなスパイもいるかもですけど、それで仕事ができるとは思えないです」

「なるほどそうだな……。

 ちなみにその話は、当事者から聞いた話かな?」

「当人にも少し聞いてますけど、恥ずかしい話だからとあまり言いたがらないですね。

 むしろアパートのご近所さんや管理人さんが補足してくれた事が多いです。

 あと、千葉の知り合いや、昔に詳しい千葉の田舎の方にも伺いました」

 そういうと上司は、うんとうなずくと。

「きちんと裏もとったのか……なるほど問題なさそうだな」

 そういった。

 

 ……だけど。

「?」

 そんな上司の姿に、俺は何か得体の知れない不安を感じたのだった。

 

 

 報告が終わり仕事に戻った。

 そして、いつも通りに仕事を始めようとしたのだけど、その事件は起きた。

「ぎゃあっ!」

「ちょ、ちょっとっ!」

「──は?」

 なんだかわからないが、大騒ぎになっている。

 なんだなんだと顔を出してみて気づいた。

「うわ」

 とんでもないサイズのスズメバチが一匹、窓のところにいた。

「これは……オオスズメバチか。

 あ、攻撃ダメです、気づかれてますよ?」

「っ!?」

 死角から迫ろうとしていた男性社員を止めた。

「ちょっとみなさん出てくれますか?俺が外に出しますよ」

「え、大丈夫なの?」

「俺がやってダメなら役場に連絡してくださいそれより皆さん外へ」

 皆に外に出てもらってから、俺は窓に歩み寄った。

 

 当たり前だけど、俺には虫と会話する能力はない。どこぞの風の谷のお姫様じゃあるまいし。

 だけど、攻撃の意思がないのはなんとなくわかった。

 で、だ。

 ガラガラ静かに窓をあけると、ハチはそのまま出ていった。

 ……出ていく時にチラッとこっちを見たのは、きっと気のせいだろう。

 

 え?こわくないのかって?

 いや、こわいよ。

 でもさ。

 ひとが虫を怖がる最大のものに、相手がどう動くかわからんって事があるんだよね。

 

 だから。

 こっちを攻撃してこないとわかっている(・・・・・・)ハチは別に怖くなかった。

 普通にただの虫なんで、あとは怒らさないように外に出せばいいだけ。

 

 やれやれとためいきをついていると、ドアが開いて社員のひとりが覗き込んできた。

「ねえ諸田君、あの」

「大丈夫、もう出ていったよー」

「ホント!?」

「ほんとほんと」

 その後は皆が入ってきて、口々に褒め称えられた。

 でもまぁそのあとで「感謝しているが、ひとりで刺されに行くやつがあるか」とも叱られた。

 ……ま、それもそうか。

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 あとで思うと、休み明けの職場には妙な空気があったと思う。

 でも、当たり前だけど、人間なんだから人づきあいというのはあるはずで、もちろん男女のそれもあるのが普通だと考えていた。

 だからこの時も、サーナちゃんの名前が日本人名でない事を上司が気にした意味を理解していなかった。

 

 この事は後に、ひとつの状況を生み出す元になる。

 ただ現時点の俺はまだ、そのことを知るよしもなかった。


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