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内房の告白

 めはり寿司とお茶のシンプルな食事だったが、中のごはんは水瀬流ということなのか、なかなか多彩な味になっていた。しかもわざわざ小さく握ってあり、あきらかにサーナちゃんを意識したものだった。

 また、当のサーナちゃんも好物だったようで、おなかがぷっくりと膨れるまで楽しそうに食べ続けた。

「んー、ゴチソウサマー」

「ん、よくできました」

 よしよしとサワナさんに頭をなでられると、エヘヘと笑いつつ、そのまま電池が切れたみたいに寝てしまった。

 さてと何か手伝おうとしたんだけど。

「サーナをお願いします、寝場所を作りますので」

「はい」

 車中泊のセオリーなんてその家の人次第だから、へたに手伝うと邪魔になるのは間違いない。任せることにした。

 このハイエースはバンタイプなので、後ろには完全フラットで広い空間がある。最初から寝泊まりスペースとしてしか考えてなかったようで、危険になりそうなフック等はなにもないし、壁も床も金属むき出しのところがないように覆われていた。

 まず、ガラス窓が黒いシェードできれいに塞がれた。

 床にマットをしき、さらに、てきぱきと布団を広げて行く。

 そうして、完全に寝室に変わっていくのを見つつ、俺はどうしようかなと思う。

 まさか、ここにサワナさんたちと一緒に川の字ってわけにはいかないだろうしなぁ……って、あれ?

「あの」

「なんですか?」

「そのまくらって」

「はい、再利用ですみませんが」

「いや、そういう意味じゃなくてですね」

 なんで大人用のまくらがふたつある?

 まさかと思うけど。

「あの、まさかと思うけど、俺も」

「もちろんです、狭くてすみませんが」

「そういう問題じゃない気がするんデスガ」

 い、一緒に川の字で寝ろと?

 マジですかオイ?

 

 そのまさかだった。

 

「それはまずいでしょう」

 そういうとサワナさんは、心底不思議そうな顔で尋ねてきた。

「じゃあマコトさん、どこで眠るおつもりですか?」

「何とか前席でも、なんなら外でも「却下です」」

 おもむろに却下されてしまった。

「でも」

「マコトさんはドライバーなんですよ、責任重大なんですから、ちゃんと寝てください」

「う」

 思いっきりのド正論だった。

 これでは反論できない。

「で、でも、俺は男ですよ?」

 そういうとサワナさんはスッと目を細めた。

「それが何か?」

「いや、何かって……」

「わたしだって女です、それに、これでも一児の母ですよ?

 何も知らない子供じゃないんですから、そういう可能性も理解してますよ」

 そこまで言うと、サワナさんは満面の笑顔を浮かべて言い切った。

「でも今夜のマコトさんについて言えば、おかしな心配はしてませんけどね」

「……えーと、それはいったいどういう意味で?」

「マコトさんて、こんな密室で小さい子供と川の字で寝てて、しかもその子の頭ごしに女に手を出せるような方なんですか?」

「そ、それは……ちょっと無理かな」

 

 男として、心に痛いものがあった。

 でも確かに、サーナちゃんがいるこの密室で不埒(ふらち)な事とかできるわけがない。

 事実なのでそのまま語った。

 

 で、そんな俺の葛藤を読み取ったようにサワナさんは苦笑した。

「すみません、困らせるつもりはないんです」

「あ、はい」

 なんかヘタレと言われそうだけど……まぁ今は聞くしかないだろう。

「今回、実はひそかに計画している事があったんです。

 マコトさんに帰るご予定がなければ、明日、いえもう今日ですけど、館山の南にある海辺の民宿に泊まる予定で……そこでマコトさんに、大切なお話をさせていただきたいと思ってたんです」

「大切なお話、ですか?」

 しかも過去形?

「はい。

 まぁ、こうなったら先にぶっちゃけてしまいますけど、わたしたちと本当に家族になりませんか、というお話をしたかったんです」

「……過去形ですか?それはつまり」

 それってつまり、プロポーズするつもりだったけど予定変更ってこと?

 もしかして俺。

 なんか、サワナさんを失望させるような事をしてしまったんだろうか?

 

 そんな俺の顔色を察したのか、サワナさんはあわてていい添えてきた。

「あの、もしかして勘違いされてないですか?」

「え?」

「言うのをやめたのではなく、前倒しが必要になったということです」

「前倒し?」

「つまりですね……わたしの作戦ミスといいますか」

 サワナさんは苦笑いした。

「正直ぶっちゃけるとですね、強制的に川の字したらその、ドキドキしてくれるかな、ときめいてくれるかな、なぁんて考えていたんです。

 ええ、まさか、まさか川の字で寝ることすら拒まれるとは思ってなかったんです。

 すみません、こんな子持ちにそんな魅力あるわけないのに。

 わたし、いい歳して思い上がりっていうか舞い上がりっていうか」

 いやまて、ちょっとマテ。

「いやいやちょっと待った、とりあえず色々と落ち着いてください」

 俺はサワナさんを止めた。

 なんというか、俺もテンパってる自覚あるけど、サワナさんの方がひどいみたいだった。

「どうも、俺もサワナさんもテンパリすぎちゃってるみたいなんで、一度まとめますね?」

「あ、はい」

「すげー単刀直入な確認でごめんなさいなんですけど。

 サワナさんは俺と家族になりたいと思ってくれてる、これは間違いないですか?」

「あ、はい、そうです。

 ……その、マコトさんは?」

「いや、それは俺の方こそ言いたい事だったんですが」

「?」

「あのですね、サワナさんは、一度は家庭をもった人なわけですよね?」

「はい」

「それに比べて俺は独身者で、この通りの野郎でしょ?

 はたして、こんなヤツを受け入れてくれるんだろうかって悩んでいたわけなんで」

「……」

 不安そうなサワナさんの顔が、次第に不思議そうなものに変わっていった。

「わたし、子持ちですよ?」

「そんなん、はじめて会った時からそうだったじゃないですか」

 病院にサーナちゃんを連れて行く。

 それが俺たちの出会いだったんだから。

「!」

 あっという声がきこえた気がした。

 まさかサワナさん、マジで忘れてたのか?

「えーと、それってつまり」

「……俺の思い上がった勘違いじゃなきゃですけど。

 もしかして俺もサワナさんも、同じこと考えてたんじゃないですか?」

「じゃ、じゃあ、いいんですか?マコトさんはわたしたちを受け入れてくださるんですか?」

 なんでこの人は、こうも自己評価が低いかな?

「だから、それは俺の言いたいことですって。

 サワナさんと、サ……って」

 サーナと言いかけたところで、寝ているサーナちゃんがピクッと反応した。

 あわてて二人で「しー」っと指をだし、お互いの声を鎮めた。

「……じゃあマコトさん、オッケーしてくださるんですか?」

「もちろん。

 俺も聞きますけど、サワナさんも?」

「はい、もちろんです」

 

 寝てる子を挟んでハイエースの中、小声で意思を確認しあう。

 とりあえずお互いの部屋でなく外出中ということで生活感はないわけだけど、ほとんどノーマルのままだと思うハイエース・バンの中なわけで、正直ロマンチックのかけらもない。

 まあその、サーナちゃんが寝ているおかげで家庭的ではある……の、かな?

 

 サワナさんの表情の変化は劇的だった。

 おずおずとためらうような顔が次第に明るくなり、ついには、まるで都会から祖父の待つスイスの山小屋に帰り着いたアルプスの少女のような、まぶしいような笑顔に一変していった。

「そうですか!よかったぁ!」

 がばっと抱きしめられた。

 ……ちょ、柔らかいし、いろいろやばいし、ちょっ!

 

 

 言うまでもないけど、独身男女ではありえない展開だろう。

 そして子持ちだったとしても、ふたりっきりのデートではこんな事にはならなかったろう。

 そう。

 サーナちゃんが一緒で三人だったからこそ、起きてしまった急展開。

 ……で。

「家族なら問題ないですよね?」

「……いいのかな?」

「いいに決まってます、だって家族ですよ?」

「でも法的には」

「マコトさん、法律というのは事実に法的根拠を与えるものでしかないんですよ。

 大事なのは、わたしたち自身。そうじゃないですか?」

「たしかに」

 だめだ、勝てる気がまったくしねえ。

 そのまま川の字で寝る事になった。

 うむ。

 サーナちゃんの寝顔が可愛いから仕方ないよな、うん。

  

 ……だが、川の字が解決したからって俺の試練は終わらなかった。

 

「これに着替えてください」

「え、これは?」

「マコトさん、会社からいらしてそのままの格好でしょう?着替えてください」

 確かにそのとおり。

 そのとおりなんだけどさ。

「いや、でもそれは」

 サワナさんの出してきた服はなんと、二人と、おそろいのデザインのものだった。

 確かに柔らかそうで、しなやかそうで、とても動きやすそうだけど……これ着たら完全にペアルックじゃね?

 

 ね、ねえサワナさん、さすがに超恥ずかしいんですが?

 デザインの良し悪し以前に、ものすごく抵抗があった。

 

 でもサワナさんは、笑顔でグイグイと押してくる。

 

「……さ、サイズが合わないんじゃないかなぁ?」

「大丈夫です、小雪さんに見立ててもらってますから」

 ええええ、ちょ、ちょっと!

 でも結局押し切られて着る事に。

 でも、それで終わりではなくて。

「え、これもですか?」

「はい」

 パンツまで全部履き替えろと?しかもサワナさんたちもいるクルマの中で?

 あの、サワナさん?

「いや、さすがにパンツはその」

「清潔第一です。

 ……それとも、わたしの手で脱がせてほしいですか?」

「ぬ、脱ぎます!脱ぎますから!」

 

 結局、下着から何から全部替えさせられた。

 は……ははは……。

 

 なんだろう。

 この、何もかも握られてしまった的な感覚って。

 

「あ、そういえば質問なんですけど」

「なんですか?」

「目的地って民宿なんだよね?予約とかしてあるの?」

「いえ、起きたら早めに電話します」

「当日予約オーケーのとこなの?」

「はい、ぶっちゃけますと人間用のところではないので」

「あー……なんか理解できたわ」

「はい、大丈夫ですよ?」

「了解ー」

やったね、これで晴れておつきあいできるよ!


とはいえ、ヘタレ君と子持ちのコンビでは、甘い関係になるよりアットホームになる方が早そうです。



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