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上総の眠り

 突然だけど『(えき)』という言葉の意味をご存知だろうか?

 今さら俺が語るまでもない常識かもしれないが、ちょっとだけおさらいしておこう。

 

 文字に馬偏(うまへん)がついている事から何となく想像つくと思うけど、もともと駅とは鉄道の駅を示す言葉ではない。

 駅とはもともと駅家うまや、つまり今でいう道の駅や高速のPA(パーキングエリア)みたいなものだった。

 だから、たとえば江戸時代以前の昔の物語などを読むと『○○駅』という言葉が現れる。で、もちろんだけど鉄道の駅ではなくこっちの意味。

 たとえば、そうだな一例をだしてみようか。

 むかしの戦中世代くらいまでならメジャーな話らしいんだけど、楠木正成・正行父子の逸話である『桜井の別れ』って話を知ってるかな?

 この話の舞台は西暦にして1330年代、いわゆる南北朝、広い区分でいえば室町時代にあたる。

 当然、そんな時代に鉄道はないよね?

 だから物語の舞台である『桜井駅』とは今の駅でなく、駒留めのある宿場町みたいな場所だったろうと推測できる。

 

 そんな『駅』が鉄道の駅を示すようになったのは、おそらく明治になってから。

 明治時代にはトンネルを意味する『隧道(ずいどう)』のように、昔からあるけど改めて再利用された表現があるが、おそらく鉄道駅としての『(えき)』の言い方もそうだろう。馬より鉄道がもてはやされるようになり、駅という名称は鉄道の駅を示すものに変化していき「うまや」という言い方は消えてしまった。

 ところが近年、その鉄道の衰退に伴い、再び『道の駅』という形で、かつての宿場町に代わるものが再び作られ始めているってことになる。

 なんというか。

 歴史における、ひとつの言葉の隆盛の面白さだな。

 

 

 ところで、東京湾アクアラインで千葉側に渡るのは、個人的には雨上がりの晴れた日がオススメだ。

 眼下に広がる町に向かって降りていく景色は独特で、なんともSF的なスケールを感じさせるからだ。

 瀬戸大橋や明石海峡大橋でもスケール感があるけど、どうも瀬戸内は島が多く地形が複雑なせいか、アクアラインの千葉方面ほど明確にスパーンと「海を渡ってきた感」を感じにくいと俺は思っている……ないわけではないけどね。

 だけどアクアラインにも致命的問題点がある。

 言うまでもないが川崎側で、海ほたるPAより向こうはずっと海の底で、風景もへったくれもないのだ。

 まぁ仕方のないことだけどね。

 

「よし」

 アクアラインを無事降りて、そこで一度、車を路肩に止めると鈴の機能を解除した。

 時間帯が遅いので通行車両はいないけど、明らかに空気が変わった。

「ん」

 サワナさんは顔色にも出さなかったけど、サーナちゃんはさすがに反応した。

 眠そうに「なあに?」と言わんばかりに目をあけて、少し不機嫌そうな顔をしたのだけど、でも、どこかホッとしたような表情でもあった。

 そしてサワナさんと俺を目線で確認すると、安心したのか再び眠りに戻ってしまった。

「……大丈夫そうですね」

「ええ」

「サワナさんはどうです?」

「大丈夫です」

「そうですか」

 大人のやせ我慢かもしれないけど、問い詰めても仕方ない。

「ところで、どこか道の駅のご指定はあります?」

「特にないですね……すみません、いつもおまかせ状態だったので」

「ああ、責めてるわけじゃないです」

 実際、よくある事だしね。

 だったらと適当に道の駅を探してみる。

「よし、じゃあここに向かうかな?」

 設備が立派なのは内陸に道の駅だろうけど、あえて内房、つまり東京湾沿いのものを選び、そこに向かうことにした。

「燃料は……ああ、大丈夫みたいだな」

 ハイエースは道具として使い込むには最高の車なのだが、唯一の欠点が燃費。

 木更津より向こうになると館山まではスタンドも少なくなるからチェックが必要だったが。

「サワナさん、最後に燃料いれた時って覚えてます?」

「車検の時に運転を頼んだ方に満タンにしてもらってます」

「それ以降は乗ってない?」

「はい」

 だったら全然問題ないな。

 俺はハイエースを再び発進させると、サワナさんに言った。

「東京湾沿いに走ります。

 もし内陸の方がいいとか、どこかで休憩したいとかあったら言ってくださいね」

「はい」

 サワナさんは大きなうなずいた。

 

 

 時間は夜から深夜になり、ハイエースは冷たい空気を切り裂いて走っていく。

 周囲を見ながら運転に集中していた俺だったが、ふと、つぶやくようなサワナさんの言葉で我に帰った。

「あの」

「?」

 見れば、サワナさんは俺の顔を見ていた。

「何ですか?」

「いえその、失礼かなって思いますけど……思ったより運転慣れてるなって」

「それは見た目だけですよ」

 サワナさんの勘違いを俺は訂正した。

「クルマの運転そのものは身体で覚えてますから、動かすことは何でもないですよ。

 でもこの大きさには全く慣れてないんです。

 今はただ走ってるだけなんだからいいけど、狭い道や人の多い場所、駐車場、あとは昼間でミニバイクなんかと混走している状態だと余裕なんか全然ないですよ?

 場合によってはサワナさんに、外で誘導をお願いすると思います」

 ちなみにこのハイエース、バックカメラなどの補助機能もついてはいる。

 だけどやっぱり、不慣れなところではお願いするべきだろう。

「あ、はい。大丈夫です」

「やったことあります?」

「ええ何度も」

 クスクスとサワナさんは笑った。

「この子の父親は安全第一な人でしたから、必ず手伝ってました」

「なるほど」

 楽しそうな、懐かしむようなサワナさんの顔。

 胸の奥がその時、ちくりと痛んだ気がした。

 

 それからしばらく走ったところにあった、トイレ完備の小さな休憩所で夜明かしをする事にした。

 近くのコンビニで飲み物を購入した。

 弁当も何か買おうかと思ったんだけど、サワナさんが止めてきた。

「小雪さんのお弁当をいただきましょう」

「え?でも?」

 俺はサーナちゃんが寝ているチャイルドシートを指さした。

「寝てるのに食べちゃったら、まずくないですか?」

 そしたらサワナさんは首をふった。

「大丈夫、食べ物のニオイがしたら、すぐに起きますよ」

「なるほど」

 そういうことですか。

 

 大きな車であるハイエースに人間がたったの三人。

 しかも、1番大きい俺ですら日本人の平均身長を下回っているうえにサワナさんは今どきの女子小学生にまぎれかねないほどに小柄だし、サーナちゃんに至っては乳幼児の乳の字がとれて、そんなにたってないレベルのお子ちゃまときたわけで、当然ながらハイエースのビッグな車体はスカスカである。

 ではそのデカい後部スペースはどうなっているかというと、まるっと生活スペースのようになっている。

 カーペットに布団に車中泊用の道具の数々、そして小さな折りたたみテーブルまである。

 車中泊が基本だけど、キャンプもできそうな布陣だよなこれ。

 そんで後部座席は畳んだまま残してあるんだけど、かわいいアップリケつきのカバーで包まれているし、一部の荷物の台代わりにもなってる。

 ああうん、あれだ。

 普段は使う気ゼロだよなこれ。

 

 水瀬さんにもらった包みを開くと、ちょっとめずらしいものが目についた。

「あれ?もしかして、めはり寿司?」

 ちょっと説明しよう。

 めはり寿司とは、要は高菜で包んだおにぎりの一種だと思えばいい。

 いわゆる熊野地方を中心にした地域で今も愛される郷土料理のひとつなんだけど、その手軽さからネットのレシピサイトなどでもとりあげられ、じわりと広がっているらしい。

「ご存知なんですか?」

「母方のばーちゃんが紀州・田辺の山ン中出身でね、小さい頃に作ってもらって食べたよ。

 まぁ昔の仕様だから、こんなかわいらしいサイズじゃなかったけどね」

 昔からの伝統的なめはり寿司は、弁当のように食べられるよう大玉になっている事が多い。

 近年は現代風に小さくまとめられたものも多いが、それでも基本部分は変わっていない。

「俺、これ大好きだったんだよなぁ……っておや?」

「──ごはん!」

 チャイルドシートで、サーナちゃんが暴れだした。

「うわ、ホントに起きた」

「ええ」

 サワナさんはにっこり笑うと、くいしんぼ大王を回収しに行った。

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