角掴み
関東の冬といっても、北国などに比べると数値の上での気温は高い。
だけど、たとえば北海道の人が転勤などで関東にやってくると、ほとんどの人が寒いと感じるそうだ。
それはなぜか?
一つには、そもそも家屋構造が北国仕様ではない事。
たとえば旭川や富良野あたりで家屋を見ると、窓もドアもその全てが二重になっていたり、とにかくきっちりと寒風対策がなされているのが誰の目にもわかりやすいのだけど、そういう配慮は関東の家にはあまり見られないから。
そしてもう一つは、関東地方に吹く冷たい季節風のためでもある。
北海道民に「一番寒い季節はいつか?」と聞くと、数字の上で最も寒い真冬よりも晩秋や初冬など、なぜかちょっと半端なシーズンが寒いと言う人が結構いる。
で、そういう人の住む地域にはたいてい、その時期に冷たい季節風が吹いていたりする……たとえば上川地方なら、大雪山系など、周囲の山地から吹き下ろす風が有名だろう。
で、これらの冷風に相当するのが関東では、いわゆる上州からっ風などの冬場の冷風なのである。
まぁ近年、冷暖房が前提の構造の家屋になってきた事で、関東でも屋内にいれば寒い思いをせずにすむかもしれない。
だが車で移動が基本の北海道と違い、関東に転勤で来る人が住むとこなんてのは公共交通機関利用が前提だろうから、当然その接続でやたらと外を歩くわけだ。
で、その途中で風にふきさらされるので、よけいに寒いと感じるんじゃないかな……とまぁ、俺はそんな風に思うのだけど。
「……それにしても寒いなぁ」
はじめて単車に乗った頃、すんげー寒い日でも平気で通勤通学していたのが信じられない。
つまりアレが若さってやつなのか?
ま、こっちも「おじさん」というべき歳になってるわけだし、そこは仕方ないのかな?
何年後になるか知らんけど、今の単車を乗り換える時がきたら、そろそろマジメに考えるべきかもしれない。
すなわち。
冬場に防寒装備で固めることを前提に車種を選ぶってことを。
しかし、それにしても寒い。
そして腹も減った。
そういや今日って、谷峨の一休食堂で昼食を食べてから何も食べてないんだっけ?
しかも、この寒風の中で体力ごりごり削られてるわけで。
うん。
腹が減るわけだわ。
ああ、できればまたスパイシーなものが食べたいな。
カレーがいいかな、それとも……。
「あ、ココ○チいいかな?」
ふと見えた看板に目がとまり、衝動的に単車をそこに向けた。
ココ○チは近年の俺のお気に入りで、行く頻度も多めになっている。
たいていはチキンカツカレーなんだけど、辛さは体調と気分で三辛になったり四辛になったり、たまーに五辛を頼んだりもしている。
駐車場に入って単車を止めようとしたんだけど。
「お」
ホンダの軽二輪スクーター、PCX150が停まっている。
このPCXは、ちょっとおもしろいスクーターだ。
PCXはいわゆる世界戦略車で125と150があるんだけど、発売された時、いわゆる日本の中型スクーターのトレンドとはかなり異質な代物だった。インプレの方も、安さ以外を積極的に評価するものはあまり見なかったように思う。
ところがそのあと数年たってみると、PCXは売れ続けて日本国内にもしっかりと根を張ってしまった。
さらに原付二種や軽二輪のスクーター・トレンド自体も変化しはじめ、それまで売れていた、やたら豪華でお高い250などのスクーターが売れなくなってきた。
また、ヤマハ等各社もPCXと同タイプのクラスを国内に投入してくるようになった。
そして今や、軽二輪以下のスクーターはPCXのような世界戦略車的なモデルか、あるいはスポーツスクーターやヤマハのLMWみたいな特有の付加価値のあるマシンとの二択になりはじめた。
つまり。
PCXシリーズとはある意味、21世紀初期におけるスクーター・トレンドの変化を語るうえで興味深いモデルなのである。
……って、うんちく語るより今はカレーだ。
単車をとめ、そそくさと荷物をまとめると店に入った。
「いらっしゃいませー、空いてるお席にどうぞー」
入ると、暖房の暖かさと店員の声が耳に入ってきた。
ココ○チはどこの店もそうだけど、あまりお客様に上げ膳据え膳ではないと思う。そこそこ親切で、そこそこ放置というか。必要なことだけちゃんと聞いて過剰サービスはないというか。
だがそれがいい。
好きなカウンター席について、そして店員をひとり捕まえた。
よく見ると獣耳があったり、尻からファッションとは思えないフサフサ尻尾がパタついてたりするが、さすがにここしばらくの事で慣れた俺は、普通にチキンカツカレーを四辛で注文した。
そこまで来て、やっとこさバイク用のゴツい上着を脱いだ。
周囲を見渡すと、客は少ないのだけど……偶然なのか必然なのか、人間がほとんどいない。
どいつもこいつも人外ばかりで、唯一の例外はカレーに手をつけずに窓の外をじっと見ている長髪の女……って、向こうが透けてるからアレも人間じゃないな、少なくとも生きてないっぽい。
で、その数少ない俺以外の人間なんだが、これがまた絵に描いたようなメガネデブ男だったりする。
だけど、同じメガネデブでも俺の知るメガネデブとは明らかに異なっていた。
あー、ちょっと解説しよう。
まずこのメガネデブ、おそらく中身はアキバ系と変わらない。ではどこが違うのかというと家族連れであり、奥さんプロデュースと思われる、清潔感があり、高額ではないが、どこぞのキャラクタなどの印刷されていない一般的なもので固められていたからだ。
しかも、なにげに家族全員のファッションがそっくりなのがまた。
これはペアルックがどうのというより、単に同じ店でサイズ等を見てまとめ買いしたケースだろう。
子供と三人連れなのだけど、なんとも見ていて微笑ましく、勝手に笑顔が浮かんでしまいそうだ。
……あ、ちなみに奥さんと子供、山羊の角と耳がついてますな。
これ、旦那さん知ってるのかなぁ?
ん?何か言い合いしているけど……なんて言ってるのかな?
「あのひとたちの会話ですか?」
「!?」
耳元でボソッと声がして、思わずギョッとして振り向いて、さらに驚いた。
そこには、学生と思われる青年がいた。
特徴的なのは、明らかにスポーツむけ自転車のライディングウェアを着ていることだ。牛みたいな尻尾が生えているのと対照的だった。
驚いたけど、ままよと質問してみた。
「ああ、何か揉め事かなって」
「どうやら、旦那さんが娘さんの角に触るのが、お母さんが気に入らないみたいですね」
「良くないのか?」
「たしか山羊や羊の人たちって、親子でも異性の角を、特に後ろから掴むのはやらないんですよ。
でも娘さんが喜ぶものだから、旦那さんはつい後ろから掴んでしまう。
それに対してお母さんが、教育に悪いからやめてと言ってるわけです」
「角を掴むのは良くないってこと?」
「当たり前ですが、角を掴まれると顔が動かせないですよね?
つまり相手の意思を拘束する事にもつながるので、良くも悪くも特別なんですよ。
家族ならともかく、嫌いな者同士だと下手すると殺し合いにもなりえますよ?」
「こわいな……でも家族だったらいいんでしょ?」
「ええ、本来はいいんです。本来はね。
でもあの旦那さん、娘さんの挑発に乗って角を後ろから掴んじゃってるでしょ」
「後ろからだとまずいの?」
「ダメだとは言いませんが、そういうのはペアの男女がすることです」
「あー……そりゃ教育上悪いわ」
「ええ」
そういうと青年はクスっと笑った。
「角掴みを要求しているのは小さな娘さんなわけで、単にお父さんに懐いてるだけなんでしょう。でも」
「お母様はお怒りってわけだ」
「そういうことです」
俺と青年は問題の家族連れをチラッと見た。
「ふうむ。やっぱ、異種族婚姻だとそういう認識の差異があるってことかな?」
「いえ、単に子煩悩の父親の構図かと」
「あ、そうなの?」
俺たちはそんな話をして、小さく笑いあった。




