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事案が発生

2019/01/16 電話連絡まわりの表現を一部訂正

 前にも言ったかもしれないが、俺の仕事はデスクワーク中心だ。

 といっても昔のようにバリバリ開発業務をやっているのではない。

 近年はどちらかというと、人間の目で見ないとわからないデータ加工みたいな事が中心になりつつある。いくら人工知能が発達したところでこの世界とデジタル世界は直接リンクしていないわけで、人間が手で入れなくちゃならないデータは常にある。いやむしろビッグデータ時代だからこそ、そのあたりが今、増大している。

 昔のSFみたいに類人ロボットが自動でデータ入力もするようにならない限り、この部分の仕事だけはなくならないだろうと思っている。

 

 とはいえ、実際に今の仕事がいつまでできるのかとなると話は別だ。

 次第に狭くなっていく道を理解しているが、ゼロから新しい技術をやってももう追いつけない。

 かといって全く別のジャンルに転職するには、さすがに歳をとりすぎているだろう。

 じわり、じわり。

 這い寄るように近づく嵐。

 そして、それに対応したいのに、なんの準備もできない焦燥感。

 ああくそ、憂鬱だなぁ。

 

 そんな精神状態で仕事をしていた時、唐突にそれはやってきた。

 

 集中していた真っ最中にいきなりスマホが鳴り出した。

 え、こんな時間に電話?

 IT系企業にもかかわらず仕事中、個人用のスマホを預けも停止もしていないのはちょっとした歴史的事情による。いわば特例なのだ。

 当然、実家には非常事態以外にはかけてくるなと固く言ってあるから、今のところ会議中にしょうもないゴタゴタで電話が鳴り出すような事態にはならず、問題にもなっていないのだけど。

 誰だろうと名前を見た俺はギョッとした。

 だって。

 その番号はサワナさんのものだったからだ。

 

 こんな時間にサワナさんから電話?

 そんなもん、サーナちゃんに何かあったに決まってるだろう!

 

 まわりに「すみません」と手で示してからスマホをひっつかみ、休憩室に駆け込んだ。

 暖房がちゃんと効いてないせいで少し寒いが、気にしている暇はない。

「サワナさん、何かありましたか?」

 後ろで「さわな?」「外人さん?」みたいなヒソヒソ声が聞こえるけど無視、ムシムシ無視!!

 電話の向こうはやっぱりサワナさんなんだけど、声が深刻そうだった。

『すみませんお仕事中に、実はサーナがまた調子を崩したんです。

 小雪さんが先生のところに連れて行ってくださいまして』

「え、またですか?最近は調子がよかったのに?」

『それなんですが……どうも外に行きたい気持ちが先にたっていたみたいで』

「あ」

 それって、俺のとこまで遠征してきたせいじゃないか?

『その事も含めて、お願いというか、ご相談したい事があります。

 ご都合がよければ今夜にでも、お宅にお邪魔してかまいませんでしょうか?』

「ちょっと待った、それダメ、俺が行きますよ。ちょっと遅くなりますけど仕事すんだら直接行きますから」

『え、でも』

 遠慮しようとするサワナさんの声に俺は畳み込んだ。

「サワナさんはサーナちゃんについててください、俺が行きます」

『でも』

「いいですから。

 とにかく、こちら仕事片付けたら速攻メールしますんで」

 そういって押し切ると、俺は電話を切った。

 

 フロアに戻ると待ち構えていた上司に「肉親ではないが、こちらでとても親しくしている人の娘さんが倒れた」と簡潔に報告した。

「ご家族ではないのか、でも緊急電話かけてくるってことは?」

「はい、ちょっと事情がありまして。

 すみません、今日はちょっぱやで片付けて帰ります」

「そうか、そうだね。うん、そうしたまえ」

 そんな会話をしていて、ふと気づいた。

 ……支部長が下世話な笑顔になっている気がする。

 コホンと咳をすると、ひとこと告げた。

「あの、念の為に言っておきますけど、単にご近所の方ですからね?ちょっと縁があって、そこの娘さんが倒れた時に病院までつきそいまして、それでその」

「うんうんわかってるとも」

 いや、その笑顔はわかってないでしょ支部長!

 

 いつになく全力で仕事をすませたのだけど、なんだか変な気分だった。

 

 実のところ、サーナちゃんは心配だけど、それ自体は緊急性のある話ではないだろうとも思っている。

 え、どういう事かって?

 俺はサワナさんに、確かに「非常時には電話でいいです」と言ってあった。

 でもサワナさんは、よほどの大惨事でもない限りは電話でなく、メールか何かで来るだろうと思っていたんだ。

 それこそ、サーナちゃんの命に関わる案件でもない限りね。

 

 なのに電話、しかも仕事中。

 しかもその内容はというと、すでにサーナちゃんとお医者様に診せ終わってる。

 ね、おかしいだろ?

 俺にわざわざ電話する緊急性がないのに、なんで電話?

 

 となれば、まぁアレだろ。

 緊急ではないけど重大な案件があるんじゃないか?

 万難排しても俺と話したい案件が別途、あるんじゃないかな?

 

 俺が行くと押し切った理由は、その点だった。

 

 まぁ幸いなことにもう週末なんで。

 それに俺としても心配なんで、駆けつける事にはなんの問題もない。

「お先に失礼します!」

 定刻になると、あいさつをして会社を飛び出し、そのままサワナさんちに向かった。

 

 

 洗練された都会といっても、さほど昔と変わらずに残っているものもある。

 たとえば俺のいるとこを含め、周囲のほとんどのアパートは今どきの学生むけにリフォームしてしまっている。

 だけど一部には学生とは別の顧客を掴み、昔そのままの姿で今も運営される古いアパートもある。

 たとえば学生でなく、何十年も住み続ける人を多く抱えているアパートがその典型例だ。

 これらは充分な店子が確保されている限りは、とりあえずリフォームを急がなくていい。

 数年で出ていく学生を相手にするなら、その時代の学生むけのアピールが必要だろう。

 逆にいえば、学生をターゲットとしない限りその必要もないわけだ。

 サワナさんたちのいるアパートも似たような経緯なんじゃなかろうか?

 つまり大家さんが関係者なのか、それとも住人に誰かいたのか。

 とにかく、サワナさんみたいな種類の訳あり店子が多数派になってしまってから、そうした「近代化を急がないアパート」になってしまったんだろう。

 

「おじゃまします」

 ここのアパートは古き良き下宿や学生寮みたいなスタイルになっている。

 つまり各人の部屋はまさに部屋であり、風呂や水場などは共同になっているんだ。

 マジで進化止まってる……というよりむしろ進化の必要性がないんだろう。

 前に聞いた話だと、ここの食堂は近隣の単身世帯むけに食事の提供もしているんだとか。で、そちらのアパートのリフォームなんかを機に引っ越してくる人もいるんだとか。

 ……その住人の何割が人間で、何割が人外なのやら。

 ま、いいか。

 住人じゃないのに勝手に上がり込むのはよくないと思うんだけど、ここの人に呼ばれているからと上がらせてもらう。

 スタスタと廊下を歩いていくと『サワナ(サーナ)・サフワ』と書いてある部屋にたどり着く。

 ちなみにサフワはファミリーネームらしい……といっても俺の『諸田』みたいな意味のある名字でなくて、サフワはご先祖様の名前らしいんだけどね。

 要するに、外人にたまにいるマイケルズ(マイケルさんち)みたいな名字なんだと思う……そうだよな?

 まさかと思うけど、アイスランドみたいに名字という概念そのものがなくて「誰ソレの娘」みたいなのを名字の代わりに名乗っているって事ではないと思うんだけど。

 まぁ、確認したことないからわからないけど。

 部屋にひとの気配があるのを確認してから、トントンと軽く叩こうとするんだけど。

『誠さんどうぞ』

「あ、はい」

 先に気づかれたらしく、中から聞こえる声のままに扉を開いた。

 

 

「マコ!」

 中に入ると、寝ていたサーナちゃんが俺を見て、ぱぁぁっと笑顔になった。

 で、そのまま寝床から飛び出そうとするんだけど、サワナさんが額をグイと押して、そのまま寝床に縫い付けてしまった。

「さわなー」

「ダメ」

 あれ、サーナちゃんってお母さん(サワナさん)を名前で呼んでたっけ?

 首をかしげていたら、どうしたんですかとサワナさんが質問してきた。

「いや、サーナちゃん、サワナさんを名前で呼ぶんだなって」

「ああ」

 俺の言葉に納得したように、サワナさんはうなずいた。

「それが今朝から言い出したんですよ。わたしも驚きました」

「あ、そうなんですか」

 本当に日進月歩で大きくなってるんだな。

「お茶でもいれてきます。サーナの相手をしてあげてくださいますか?」

「わかりました」

 寝床の横にはお菓子だの本だのがある。

 俺がその横に座ると、サーナちゃんがいきなり寝床から飛び出そうとした。

 だから俺はサワナさんの真似をして、サーナちゃんの額を押して床に縫い付けた。

 寝ている人の額をこうして押さえると、指いっぽんでも起き上がれなくなるよね。

 ウソだと思ったら、たとえば椅子に座っている人の額を指で押さえてやるといい。たったそれだけで、その人は椅子から立てなくなってしまうから。

 なぜかというと、人間は立ったり起き上がる時、最初に頭をまず前に動かそうとするからだ。

 そしてこの行動は無意識のもので全く力も入ってないから、指一本で押されるだけでも動けなくなるんだよね。おもしろいもんだ。

「まこ?」

 サーナちゃんは、どうして自分が動けないのか理解できないらしい。

「サーナ、お医者さん行ったか?」

「いった!」

「痛かったか?」

「ない!」

「ほうほう」

 そんな会話をしていたら、サワナさんがお茶と茶菓子を持って戻ってきた。

 なぜか、おにぎりと漬物も持っていた。

 だけど俺はそこを見ていなかった、なぜなら。

「え、楓さん?」

「マコトや、先日ぶりであるのう」

 

 なんと。

 サワナさんの後ろには超見覚えのある、狐の巫女様が立っていたのだった。

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