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魔法世界の剣術士 中  作者: 相會応
雨上がって、鈍色の心は晴れ渡る
99/189

ⅠⅥ ☆

「ああ……俺の選んだ道は、きっと間違いじゃなかったんだな」

             つよし

 第一体育館に連なる通路を、四人の男子が走っている。四人の男子と言っても、先頭を走るのは、どう見ても女性のような出で立ちのドレスであったのだが、こと短距離走において、彼の右に出る者はいなかった。


「あの人にだって、この放送は聞こえているはずです!」


 頭上で鳴り響く、双子の妹の必死の放送は、今も続いている。

 小野寺真おのでらまことは、ウエイトレス姿の三人の男子を引き連れ、本城直正ほんじょうなおまさ雨宮愛里沙あまみやありさの元まで向かっていた。

 

「控室はこっちのはずだ!」


 聡也そうやが叫ぶ。

 

「お前たち!?」


 ちょうどそちらの方では、本城配下のレジスタンス構成員たちが、待ち構えていた。あの放送が始まってから、相手も演説を止めさせまいと、警戒していたようだ。


退いてください! 自分たちの魔法学園を、危ない目には合わせません!」

「今更引き下がれるものか!」


 向こうは容赦なく、魔法式を展開する。立ちはだかるのは二人組の男だったので、二つ分の魔法だ。

 それを見た悠平ゆうへいが、相手の懐に一気に突っ込んでいた。


「そらよっ!」


 男の元に体当たりをして態勢を崩せば、男たちは怯む。

 立て直そうと前を向きなおした男らの目の前で、聡也が発動していた魔法式が、光輝いていた。


「安心してくれ。少し大人しくしてもらうだけだ」


 兄譲りの幻影魔法を用い、聡也が男を二人とも、無力化する。

 

「何事だ!?」


 騒ぎを聞きつけたのか、敵の増援が、通路脇の部屋の至る所から湧いて出てくる。

 

「この数の多さ……囲まれる!?」


 小野寺がやや怖気づくが、彼女を捕らえようと背後から伸ばされた手を弾いたのが、志藤しどうが発動した攻撃魔法だった。


「志藤さん!?」

「どうやらお嬢様のエスコートはここまでみたいだな!」


 頬に汗を滲ませ、小野寺の背後をカバーしながら、志藤が大きな声で言う。


「行け小野寺! ここは俺たちに任せろ!」

「はっはっは! まるで死亡フラグだな!」

「いやせっかくの格好いいシーン台無しだなっ!」


 志藤と悠平が互いの位置を変え、お互いを狙っていた攻撃魔法を防御魔法で防ぎきる。

 二人が同時に走り出すと、その間からは聡也が飛び出し、攻撃魔法を発動。正確無比なコントロールで、聡也が放った攻撃魔法が、またしても男を一人、無力化する。


「この魔法学園を守りたい思いは、俺たちだって同じだ。小野寺、安心して進んでくれ」

「皆さん……」


 どくんと、熱い思いを抱いた胸元を抑え、小野寺はうんと頷く。

 次にははっきりとした、中世的な顔立ちを上げ、小野寺は振り向いて走り出した。


「ここは頼みました! 必ず食い止めてみせます!」


 瞬く間に戦場となった体育館通路を背に、三人の友人を背に、小野寺は再び走り出す。

 

「行かせるか!」

「させるかっての!」


 レジスタンスの男らは、駆け出した少女姿の小野寺を追おうとするが、志藤が回し蹴りを叩き込み、男らを下がらせる。


夕島ゆうじま! 《ヴェルミス》頼む!」

「任せてくれ。《ヴェルミス》」

「ナイス! 流石だな!」


 白い霧を発動させた聡也は、悠平とハイタッチをして、赤い瞳で敵を睨む。

 悠平もまた、手当たり次第に発動した威力ある攻撃魔法で、相手を制圧していった。

 一方で、一人直正の元へ向かう小野寺は、自身の使い魔であるフクロウを召喚していた。


「ホーホー」

「先行して索敵を頼みます! 時間がありません! 無駄な戦闘は避けなければ!」


 自身の頭上で大きな翼を広げたフクロウが指示を受け、狭い通路の中でも快適に飛び回り、先に行く。小野寺は、その後をついて行った。


「これは……」


 しばし通路を突き進んでいると、後方からなにか、けたたましい()()()の鳴き声が聞こえてくる。

 この声の主は、よく知っている。羽ばたくための翼があり、実際に飛行する能力を有しながらも、こちらのフクロウの猛禽類とは違った分類となった、超音波を扱いこなす鳥。


「コウモリ……!? という事は――!」

「――お待たせ、お兄!」


 双子の妹である小野寺理が、使い魔を伴って後ろから追いついてきていた。


「理!? 放送室にいるのでは!?」


 理はぜえぜえと息を切らしながら、驚く真の前で膝に手を添え、まずは呼吸を整える。


「協力してくれる人が、来てくれたの!」

「協力者!? 先生ですか?」

「ううん」


 理は汗ばんだ顔を左右に振る。


「ヴィザリウス魔法学園の生徒会長と、男の人」

波沢なみさわ先輩と、男の方……?」

「うん。しかもその人――」


 理がそこまで言いかけると、こちらに近づく足音と声がした。その声は、テレビ等で聞き覚えのある、大人の男の厳つい声だ。


「まさか、ここまで来るとは」


 スーツ姿の威厳ある佇まいで、本城直正が、双子を睨んでいた。


「なるほど。性別を偽ったか。まるでそちらがオルレアンの乙女と言わんばかりだ」


 一瞬でこちらの入れ替わりを看破した様子の直正は、付近に連れていたレジスタンスを下がらせ、一人だけで歩いて近づいてくる。


「この放送を聞くに、我々が行おうとしたことはもう君たちには分かっているようだ。その上でこうか。この私にどのような用かね?」


 その言葉に反応し、一歩前へと進み出たのは、兄である真の方であった。


「本城大臣。貴男がしようとしていることは、間違っています。どうか、雨宮愛里沙あまみやありささんの演説を中止にしてください」

「君もまた、彼と同じのようだな」

「彼……とは?」

「天瀬誠次。私と同じ理想を抱きながらも、そこへ行き付く為の方法をたがえたため、決別の道を選んだ少年だ」


 直正はやや口惜しそうに、唇を噛み締め、言い切る。


「であれば、自分も天瀬さんと……彼と同じ意思です。仲良くしないのであれば、自分は貴男とも真っ向から戦います」

「仲良くか……。子供のような言葉遣いだな。故に彼と同じく、大局的に物事を見きれてはいない」


 直正の凍てつくように鋭い視線が、真の全身を強張らせる。

 しかし、背後に立つ妹の存在が頭の片隅に過り、意地でもその場で立ち続けた。


「ええそうですね……。自分も理も、まだまだ世間知らずの子供のままです。時に過った道を選んでしまったり、いつも最善の行動をとれるとは限りません……。時には、自分が正しいと思ってしたことが、裏目に出てしまう事もあります」


 目の前に立つ真の言葉を聞き、ぴくりと、理が反応する。


「しかし、だからこそ、過ちを悔やみ、学んで成長出来る場所は必要なんです! それがこのヴィザリウス魔法学園と……ここに集う仲間たちの存在なのです! そんな場所を、貴男方に壊させはしません!」


          ※


 薄暗闇が広がる魔法学園の廊下には、激しい戦闘の爪痕が色濃く残っている。

 そこにボロボロとなって倒れているのは、ヴィザリウス魔法学園のサッカー部男子たちと、アルゲイル魔法学園野球部男子たちであった。

 彼らを率いたフィールド上の魔術師と、グラウンド上の魔術師は、大の字となり、横並びで倒れている。


「ハアハア……お前ら、案外やるじゃ、ねーか……。伊達にバット振り回してるだけじゃねー……のな……」

「お前らこそ……根性、あるんだな……。ただ遊びで……女とボールを追い掛け回してるだけじゃねえの、か……」


 精々持ち上がる拳を天井へ向けて掲げ、互いに打ち合う。

 二人の頭の先には、二人と同じようにボロボロとなった特殊魔法治安維持組織シィスティム隊員が、床の上でのびていた。


          ※


「……君の言いたいことは分かる。だがしかし、動き出した秒針を巻き戻すとは出来ないのだ。そして、今この魔法世界を混乱へと導いている悪しき存在へ向け、我々は正義の鉄槌を下さなければならない。さもなければ私も、死んでいった同胞たちへ送る言葉もなくなってしまうのだ」

 

 直正はそう言いながら、身体を斜めへと逸らし、自身の後ろの方へ向けてあごをくしゃる。

 あったのは小部屋へと繋がる階段。その扉が開き、そこから降りて来たのは、レジスタンス構成員に囲まれた雨宮愛里沙であった。


「あ、雨宮さんっ!」


 理が思わず叫び、彼女の名を呼ぶ。

 前へ進み出ようとした理であったが、目の前に立つ真が手を横に伸ばし、彼女を制する。

 レジスタンス構成員らが、一斉に魔法式を発動し、それらを双子へと向けていたのだ。


「邪魔をしないでくれたまえ。彼女はこれから、体育館へと向かう。君たちがここへ来てくれたことは、好都合だった」

「雨宮さん! 私は、貴女に謝らないとっ!」

「理、今出ては駄目だ!」


 真が理を制し、それでも理は真の手を潜り抜けて、雨宮の元へと進み出る。


「雨宮さんっ! 貴女の事を助けると言ったのに……私は逃げてしまった! そして今、たくさんの人に助けられて、ここまで来ることが出来たんです……。私は今度こそ、貴女の事を助けたい!」

「……っ」


 雨宮は近づく理を見つめ、驚いたような表情をしていた。


「雨宮さん! 私とまた一緒に、逃げてください!」


          ※


 傷を一瞬で修復した一希に向け、誠次は右手で構えたレヴァテインの先を向ける。

 一希もまた、崩壊しつつあるビルの中で、レーヴァテインの刃を煌めかせ、誠次へと向けていた。


「レーヴァテイン。思えばその魔剣は、確かにそんな名前だったはずだ。それがただ、名前を変えただけで仲間を守る為の力だと……? 笑わせるなよ天瀬誠次!」


 今度は紫色の光を魔剣に注ぎ、一希はそれを一息で、誠次へ向けて放り投げる。

 誠次の足元に着弾したレーヴァテインは、そこから蒼い閃光を放ち、誠次へ向けて衝撃と雷撃を浴びせた。

 誠次はふらふらな足取りでレヴァテインを翻すと、真っ向からそれら二つを受け止め、大きく身体を吹き飛ばされる。崩壊していた壁の先へ飛んでいき、再び雨風が強く吹き付ける屋外へと出て、崩れ落ちていくビルの大きなブロック瓦礫の上に、着地する。


「ハアハア……っ!」

「逃がすものか」


 それを見た一希も、崩落するビルから飛び出し、落ち行く瓦礫の上に着地。そこでもまた、誠次と斬り合いを行った。


「お前はただ、自分の使命から恐れて逃げているだけだ! 傷つける為に生まれた魔剣を、絶対的な悪に向けて、それでも振るう事が出来ないお前自身の弱さだ!」

「ああっ!?」


 一希が思い切り振るった一撃が、誠次の態勢を逸らし、誠次は悲鳴を上げて大きく吹き飛ばされる。

 落ち行く次の瓦礫に飛び移ったが、一希は赤い付加魔法エンチャントを使用し、すぐに誠次の元に追いついた。


「悲劇を……繰り返すわけには、いかない……」


 朦朧とする意識の中、鼻からつたう血の味がする唾液を呑んだ誠次は、白い息を吐き、頭上から接近する一希を睨む。


「ああそうだ……誠次。お前には、お前の死で悲しんでくれるはずの、ヴィザリウス魔法学園のお友だちがいる……。だが今のお前では、それらすらも守ることが出来ない」

「まだ……終わってはいない……っ!」


 一閃の稲光の後、赤く禍々しい光を放つ頭上の敵へ向けて、誠次は震える身体を律し、レヴァテインを構える。雨夜の天にはまさに人の生死を手に持つ神がおり、降り注ぐ死に、人は抗っていた。

 豪風を浴びながら、深く息を吸った誠次は、周囲へ共に落ちていく瓦礫を踏み台にし、一希が待つ上空へ向けて跳んだ。


「かつて神話にあった魔剣が世界を滅ぼしたと言うのであれば、同じ力で、世界を守る事だって出来るはずだ!」

「傷つける事と守る事、それが同じ事だと思うな! 人は余りにも脆く愚かだ……傷つける事に比べ、守る事の方が遥かに難しい!」


 抗う誠次を天から見下ろし、一希は白い付加魔法エンチャントを使用し、一閃、居合切りを行う。剣の接触点を見切った誠次は、しかし高威力の斬撃により、再び身体を吹き飛ばされ、ビルの壁面パネルへと向けて吹き飛ばされる。パネルが背中に接触し、バチバチと電気の音を鳴らして、ひび割れる。

 パラパラと細かな結晶が雨に混じって目の前で煌めく中、遠くから、緑色の閃光が迸り、こちらへ向けて接近している。

 身体中に咄嗟に力が回せなかった誠次は、緑色の閃光がビルごと自身のすぐ傍を通過し、再びビルの崩落に巻き込まれてしまう。ちょうど、X字の形に斬り裂かれたビルが落ちていく中、誠次は瓦礫と瓦礫の上を踏んで跳ね跳び、再び上空の一希へ向けて跳んでいった。


「だからと言って、守り続ける事を諦めることにはならない……っ! 行くぞ一希! 破滅の悲劇を、裏切りの過ちを、この魔法世界で繰り返させはしない!」

「……誠次っ! お前は、僕の最大のライバルだ! かつての過ちを、繰り返すと良い!」


 天から降り注いだ雷が、互いの思いをその身に宿した剣の接触の瞬間、轟いた。二人の叫ぶ顔が、真っ白な閃光によって染められた時、火花は散った。


       ※


 目の前を一瞬で真っ白に染め上げるほどの光線が、閉じた瞼を激しく刺激する。だが、光線が収まったその目は、まだ生きて開けられる。打ち付ける雨が、未だに冷たいという感触もあった。まだ生きて、抗って、戦い抜きたいという信念も、決して死んではいなかった。

 日向蓮ひゅうがれんは、確かに破壊魔法の光を浴びたはずだった。


「――嘘、だ……」


 雨に打たれ、閉じた瞼を開けば、驚く影塚の声と顔があった。

 漆黒の空に微かに残っていたのは、粉々に砕かれた破壊魔法と、それをそうさせた、第三者の妨害ジャミング魔法であった。


「誰だ……一体、誰が……!?」


 最後の魔素マナを使い果たした影塚は、仕留めることが出来なかった目の前の宿敵の服の襟から手を放し、顔中に浴びた水滴を振り払って、横を睨む。

 雨により霞んだ視界の果て。白露の景色をかき分けて現れたのは、グレーのシャツに赤いネクタイを巻いた、年上の男であった。

 

「ハアハア……間に合った、か……っ!」


 雨の影響で顔もよく分からないまま、男は右腕を伸ばし、新たな魔法式を展開し、それを影塚へと向ける。急いで来たのか、息を切らし、肩を上下させて、苦しそうな呼吸をしている。


「おい……! もう終わりにしろ……! ここは学生が魔法を学ぶ……魔法学園だ!」

「黙れ……僕の復讐の……邪魔をするなーっ!」


 日向を道路に押し倒し、影塚は太腿に装備していたサバイバルナイフを引き抜くと、それを手元で回転させ、闇から現れた男へ向けて投げつける。

 駆け付けた男は目にも止まらぬ速さで迫るナイフを、展開していた魔法で撃ち落とす。

 しかし、日向殺害を一旦諦めた影塚自身が、水溜まりを弾いて接近していたのに対処できなかったのは、彼が肉弾戦を決して得意とはしていないことが理由であった。


「魔術師なら、外で魔法使って喧嘩しろや!」


 身構え、拳を振りかざす男であったが、影塚はそれをひらりと躱すと、裏拳を用いて男の腹をうち、怯んだ男の顎を蹴り上げる。

 影塚の体術をもろに喰らい、怯んだ男であったが、倒れることはせず、咄嗟に影塚のマントを掴み寄せる。

 影塚は身体を回転させてフード付きマントを取り外すと、男が至近距離で発動した攻撃魔法を掻い潜り、掌底をする。


「がは……っ!」

「言ったはずだ……僕を止めるなと!」


 瞬く間に男を制圧した影塚は、止めの回し蹴りを行い、男の顔面に靴底の味を喰らわせた。

 道路の上に落ちていたサバイバルナイフを拾い上げ、影塚はそのまま、顔を抑える男を引きずり倒し、自身は馬乗りとなって、男の首に腕を押し込む。


「くっそ……っ!」


 降り注ぐ雨粒と、首への圧迫感を感じた髭面の男が、悔しそうに影塚を見つめ上げる。


「日向の前に、お前から死んでもらう……!」


 ナイフで心臓を貫くために、今一度首を抑える腕に力を込める影塚であったが、なにか、男の左胸のポケットに硬い感触があったため、それを取り外そうと、男のグレーのシャツの胸ポケットの中をまさぐる。


「やめ……ろ……」


 男が呻くが、影塚は構わず、胸ポケットに入っていたそれを取り出した。


「これは……」


 それは――小さな、フィルムに入った、銀色の指輪であった。

 

「っ!? あ……ああ……っ」


 ぴたりと止まった影塚には、それに見覚えがあった。

 酒臭い息を堪え、彼を支える為に、肩に回した左腕の先で光っていた、彼の……指輪だ。暗闇と雨の中でも、その光だけは、はっきりと分かった。


「どうして、これが……ここにっ!?」


 男――林政俊はやしまさとしが持っていた指輪を見た途端、動きが鈍った影塚の隙をつき、左腕で攻撃魔法を発動し、影塚を吹き飛ばす。

 道路の上に背中から倒れた影塚に向け、立ち上がった林は、ハアハアと歩いていく。


「タバコ吸ってから、スタミナマジで落ちたな……。やっぱ、辞め時か……」


 ずぶ濡れとなった茶髪から雨の雫を垂らしながら、影塚が落とした指輪を拾い上げ、それを左手で握り締めながら、油断なく攻撃魔法の魔法式を展開したままにする。


「これは、俺の後輩の大事なものだ」


 よれよれのシャツを直すこともせず、林は影塚を見下ろし、答える。

 

「後輩……佐伯、隊長が……後輩って……」


 影塚は信じられない面持ちをして、林を見上げる。


「アイツからよく話は聞いていた。影塚広かげつかこう。佐伯は、お前にこんなこと望んじゃいねえ」

「嘘だ……そんなはずはないっ!」


 影塚は腕を振り払い、林の言葉を拒絶する。

 そして、自分のすぐ後ろで倒れている日向へ、腕を伸ばした。


「ならば、アンタにだって分かるはずだ! 佐伯隊長に止めを刺したのは他でもない、あの男だ! 日向蓮ひゅうがれんだ!」


 影塚に言われ、林は赤い瞳を、仰向けで倒れている日向へと向ける。

 まだ意識はある日向は、林から送られる視線を、力なく見つめ返す。


「僕は何としても、佐伯隊長の無念を晴らさなくちゃいけないんだ! 彼を殺さなければ、佐伯隊長の死は報われないっ!」

「死が報われないだと……? んなの、当たり前だろうが……。報われる死なんて、あってたまるか」


 雨によって重くなった前髪を軽くかき上げ、吐き捨てるように林は言う。


「だから誰だって簡単には死なないように、精いっぱい足掻いて、このクソったれな魔法世界を生きてるんだろうが。先に死んじまった奴の分まで、背負ってな……」


 林は持ち上げた左手の平の上に乗せた指輪を、雨粒ごと、握り締める。


「そんな……。佐伯隊長は……あの場で死ぬべき人ではなかった……」

「ああ、それはそうだな……。アイツだって、あんなところで、死にたくはなかっただろうさ……」

「……あと一歩、届かなかった。貴男に止めを刺せなかったのは、あの人が、そうさせたのだろうか……」


 雨夜の天を恨みがましく見上げてから、雨風を浴び、影塚は力なく呟いた。彼も言った通り、先程の《サイス》が彼に残された体内魔素マナ最後の魔法だったのだろう。


「影塚……」


 日向は右手を抑えながら立ち上がり、今再び影塚と向きあう。

 影塚もまた、ゆっくりと立ち上がり、日向を見つめる。


「……僕もあの日、佐伯隊長に最後の最後で、言われた言葉がある」


 雨に濡れた髪を垂らし、影塚はぼそりと、口を開く。


「日向を、恨むな……。若すぎるだけで、隊長になってしまっただけだと……」


 影塚は力なくそう言って、日向を見つめ返す。


「僕は昔、志藤しどう局長に隊長にならないかと、言われた。それが、今君が指揮をしている第一分隊の隊長の話だった。僕はそれを断ったんだ。そして僕の代わりに、君が隊長になった」

「影塚……」


 日向が瞳を大きく見開き、かつての友を見る。


「……あの日僕が、きちんと己の使命を自覚して、隊長になっていれば……。もっと違う未来があったかもしれない……。それなのに、僕は、逃げたんだ……」

「俺も……そんなお前に、次第に不満を抱いていた。才能があると言うのに……それを使おうとしない、お前の事が、許せなかったんだ……」


 土砂降りの雨の音の中、魔素マナを使い果たした二人は、傷だらけの身体で、向き合う。


「僕だって……分かっていた……。お前をこの手で殺しても、佐伯隊長の無念なんて、本当に晴らせはしないことを……。でも、理屈では分かっていても……納得は出来なかった……」


 影塚は俯きながら言う。


「そうして戦って、結果はこの様だ……。君を確実に殺そうとした最後の攻撃ですら、佐伯隊長の先輩に止められた……」


 伸び切った黒い髪の奥底にある青い瞳を揺らし、影塚は力なく笑う。


「影塚……?」

「……日向。佐伯隊長の死は、君だけの責任じゃない。あの日にあの人を守り切ることが出来なかった――いや、それよりもずっと前から、僕に特殊魔法治安維持組織シィスティムとしての自覚が足りていなかったんだ……」


 影塚はそうして、とうとうその場に膝をつく。


「ここまで、か……」


 戦意を失い、影塚は項垂れる。


「申し訳ありません……佐伯隊長……。僕は、貴男のかたきを、討ちたかった……」

「……」


 林と日向もまた、雨に濡れる互いの姿を、見つめ合っていた。

 この雨と風のせいで、タバコの為の火もつけられない。林が忌々しく空を見上げると、そこで、とある変化が起きていることに気が付く。


「あれは……」

「影塚……」


 一方で、日向が片腕を押さえつけながら、項垂れる影塚の元へ近づいた。

 

「もしも許されるのであれば……また俺と、共に戦ってほしい……。俺たちの本当の相手は、別にいるはずだ」


 林が見守る中、影塚の正面に立った日向が、手を差し伸ばす。


「本当の、敵……」


 影塚が顔を上げると、すでに日向の胸元には、特殊魔法治安維持組織シィスティムのバッジがないことに気がつく。


「お前……」


 影塚が驚いて、その胸元に視線を送ると、日向の方も気がついたようだ。


特殊魔法治安維持組織シィスティムのバッジは……」

「放り棄てたさ。俺たちがつけるべきものは、今のあれではないとな」

「……そうか。昔からたまにお前は、不真面目になるよな……」

「今のお前に言われたくはないんだが……」


 影塚が手を伸ばし、差し出された日向の手を取る。日向は足腰を踏ん張らせ、影塚を立ち上がらせた。

 やがて、二人が立ち上がると、雨はやんでいた。

 それだけではない――。

 漆黒の夜空に、突如剣で切り裂いたような切れ目が奔る。それはここが、作られた幻想の世界だからこそできるもの。偽りの夜空が真っ二つに分かれ、その奥から、まるで本当の空のように美しい、橙色の夕焼け空が広がり始める。

 

「晴れたのか……」


 日向が茫然と、呟く。


「まだ、天瀬くんと星野くんがどこかで戦っているはずだ。止めに行かないと……っ」


 そうして歩き出そうとした影塚であったが、すでに魔素マナを失った身体は限界であった。倒れかけ、それを日向が支える。

 

「いや、そんな状態で止めに行っても無駄だろ」


 ようやく雨が止んだと、林はしけしけのタバコを口に咥え、魔法で火をつけ、一息つく。影塚に殴られた痣はそのままに、口の中に染みるが、吸わずにはいられなかった。

 長く伸びたぼさぼさの髪から微かに覗く横顔は、笑っているようにも見え、雨上がりの夕日がきらりと、彼の姿を照らす。


「ここは俺に任せろ。お前らはそれぞれの組織の事を頼む。この魔法学園の戦いを、止めてくれ」


 林が言い、日向と影塚は黙って頷く。


「ったく。喧嘩するなら外でやれって言ったのによ」


 林は悪態をつき、吸殻を変わりゆく道路だったところの上に落とす。外の天候変化により、自動的に景色も変わっていき、辺は一面、小麦色の草原が広がっていた。

 美しい景色だ、とガラにもなく思ってしまった林は、足元で燻る吸殻を靴底で消していた。


       ※


 テレビ画面の向こうでは、昨日からほぼ二四時間続いたテレビ番組が、フィナーレを迎えようとしている。

 事前の予報では列島を通過すると思われていた台風がすっかりと落ち着きを取り戻し、低気圧へと変化していく。

 風は穏やかに、黄金の草原の木々を揺らした。

 彼方にて輝く夏の夕日が、未だ戦う二人の剣術士の剣閃を、橙色のソフトライトで煌めかせる。

 草木を揺らす冷たい風が吹いたのと共に、誠次と一希は走り出し、夕日の閃光を堺に、斬り合う。

 一希が振り下ろした刃をかわし、誠次は踏み込みながらレヴァテイン・ウルを斬り上げる。

 誠次の攻撃をレーヴァテインを持つ腕を引いて弾き返し、一希はレーヴァテインを傾け、その先端を誠次へと向け突き出す。

 誠次は顔を横へ曲げ、耳元の刃をやり過ごすと、右腕のレヴァテイン・ウルを振り下ろす。左耳では至近距離で一希の振るった刃の音が大きく鳴り響き、ぷつりと、鼓膜が破れたように雑音が混じっていた。

 誠次の剣筋は力がなく、しかし、それを躱す一希にももう残された力はなかった。

 せいぜい後ろに下がって誠次の攻撃をかわした一希は、ふらふらの足取りと意識のまま、誠次へ向けて再度突撃する。

 誠次も誠次で、右も左ももうよくわからないまま、ただ迫りくる漆黒の刃だけに意識を集中させ、レヴァテイン・ウルを振るう。


「はーはー……っ!」

「僕は、負けられない……!」


 一希が腰の注射器を取り出し、それを首筋にまで持っていこうとする。

 

「あ、が……っ!?」


 しかし、彼の動作に、僅かな隙が生まれる。器である身体が先に、限界を迎えてきているようだ。


「なぜだ……!? 《ティーロノエー》の力は、どうしたんだ!?」


 自分の身体を信じられないように見下ろす、一希であったが、それも隙となる。

 草木をかき分け、一希の元まで接近した誠次は、彼の右手のレーヴァテインを、弾き飛ばした。

 

「そん、な……っ!」


 夕日が照らす黄昏の戦場で、漆黒の剣レーヴァテインが宙を舞い、遠く離れた草原に突き刺さる。

 

「一希……!」


 誠次は殆ど倒れ込むようにして、一希を草原の上へと、自身の身体ごと背中から押し倒した。

 

「誠次……っ!」


 一希は倒れ込んだ誠次を引き剥がそうと、彼の血塗れの制服の背中を引っ張り上げようとするが、全身に激痛が奔る。


「くそ……っ!」


 一希が言う事を聞かない身体に苦しむその隙に、誠次は草原の上に落としたレヴァテインを拾い上げ、それを一希の首筋へと向けた。


「うがあああああーっ!」


 ほとんど言葉にならない悲鳴を上げて、一希は悔しそうに、茜色の天を睨み上げた。

 死闘の末、とうとう、誠次は付加魔法エンチャントなしで、一希を追い詰めたのだ。血をぽたぽたと流しながら、誠次は口を結び、草原の上に仰向けで倒れる一希を見下ろす。

 

「嘘だ……僕は、付加魔法エンチャントも使用していない、君に、負けたのか……? 君に勝つために……あれほど、多くを、犠牲にしてきたと、言うのに……。多くの人を、殺して……傷つけてきた、のに……」

「一希……」


 誠次が呟く。


「……喜べ、天瀬誠次……。僕をその魔剣で斬れば、お前はたった一人で、ヴィザリウス魔法学園の皆を救う、英雄だ……。僕を倒したことで……またみんなが、君を称賛する……。魔法世界の剣術士として、君は、崇められるんだ……」


 その時、一希の頬に、生温い液体がぽたぽたと落ちて来た。最初は誠次が流す血かと思った一希であったが、それが口に入った時、微かな塩気を感じた。汗ではない、では、これは……一体……?

 頭部から血を流し、流れる血が染みる影響で、右目のみを開けた一希は、驚いたような表情を浮かべる。


「誠、次……。まさか、泣いているの、か……?」


 誠次の、最後まで変わることのなかった黒い眼差しからは確かに、夕日で輝く涙の粒が、落ちていた。誠次は、右手で握っていたレヴァテイン・ウルを放り投げ、代わりに、倒れた一希の上半身を支えて起こそうとしてやる。しかし、こちらにも力が入らずに、持ち上げるので、精いっぱいであった。


「どうして……なんだ……。僕は、君を殺そうと、した……」

「言っただろ……俺は最初から、お前を救おうとした……。称賛だって、望んでもない……。何よりも、俺以外にも……ヴィザリウス魔法学園を守ろうとする人は、沢山いるさ……」

「でも……僕を止めたことで、君の勝利だ……。僕は負けて……僕が傷つけた人すらも、救う事が出来なかったんだ……」


 一希は誠次の腕の中で、誠次と同じように、涙を流し始める。身体はひどく、震えていた。


「なんでもかんでも、勝ち負けで、決めつけるなよ……。それ以上に大切な事だって、こんな血生臭い戦いの中でも、あるはずだ……」


 嵐が止み、そよ風が吹く草原の風を浴び、誠次は言う。雨と血と汗と涙によって湿り切った服が、心が、乾いていく。

 一希は誠次の腕に自身の体重を合わせ、熱い息を吐いた。


「……僕はずっと、疑問に思っていた。君の持つ、その力は、特別なはずだ。その力があれば、なんだって出来ると思っていた……。僕も君と同じ剣を授かってからは、ずっとそうだと、思い込んでいた……」


 片耳の鼓膜が壊れたせいで、耳を澄まさなければ、一希の言葉はよく聞こえなかった。それでも、草木が風にそよぐ音に混ざって、その声は確かに聞こえてくる。


「でも……実際は、違った……。不自由なこの人の身体じゃ……確かに、出来ることは多くても、完全じゃない。そして……心も、弱いままだったんだ……」


 一希はそうして、未だに震えが止まらない自身の左手を持ち上げ、それを片目でじっと見つめる。


「あの注射を……心が、拒んだ……。戦いの途中で、君に叫ばれて……僕は、確かに動揺したんだ……。そして、結局、あの力を最後まで使う事が出来なかった……。それを悟られたくないから、僕は、手を差し伸ばしてくれた君を、ずっと拒絶した……」


 誠次は一希の血塗れの左手を見つめ、自身の左手で、それを掴み取る。


「家族を失って……世界を憎む気持ちは、俺も、分かる……。もしかすれば俺も、お前のように、そのような力を欲していたかもしれない」


 でも、と誠次は、やや口角を上げていた。


「ヴィザリウス魔法学園に入って、俺は大切なものをたくさん、貰った……。素敵な人たちが、守りたい人たちが、あそこにはいるんだ。だから、そんな人たちを守る為にも、戦う……。少し、多すぎな気もするけど、さ……」

「ああ……。それは、間違いないさ……」

「言うなよ……」


 そして誠次は、顔を傾け、一希の方を見た。


「一希にだって、あるはずだろ……? アルゲイル魔法学園、でさ……」

「僕にもか……。いつの間にか、見えなくなってしまっていた……」


 伸び切った髪の底から、青い瞳は大きく揺れ動いていた。


「多くの人を斬って、殺してしまった……。もう、これは許されない事なのだろう……」

「それでも、だとしても、お前を支えたい人はいるはずだ……。小野寺理おのでらあやさんだって、そうだった……」


 それに対する一希の返答は、やや時間が経ってからだった。


「それに気づいたときにはもう、手遅れだった……」

「手遅れ……?」


 誠次が問う。


「光安に、はるかを人質に取られたんだ。取り戻すためには……雨宮愛里沙あまみやありさの死と、彼女が持ち出した情報データが必要だった。そして、君の殺害だ……」

「なぜ、それを言わなかったんだ?」

「言ったら君は、大人しくデータを渡してくれたのかい? 雨宮愛里沙殺害を容認したのかい? そして、大人しく僕に殺されていたのか……?」

「いや……悪いが、それはないだろうな……」


 そうだろう、と誠次の返答に対し、一希はほくそ笑んだ。


「ああ……。だから戦って、勝つしかなかった。結果からすれば、僕は負けた。付加魔法エンチャントも使っても、最後まで君には勝てなかった……」

「――そんな一希のやり方には賛同しなかっただろうが、協力はしたさ」

「え?」


 驚く一希の頭上で、誠次は言う。


「まだ、俺には付加魔法エンチャントが残されている……。雛菊はるかさんを救うための力は、ある」

「また、何かの冗談かい、誠次……」

「いいや、本気も本気だ。力を合わせよう、一希。一緒に戦って、雛菊はるかさんを救うんだ。今からでも間に合うはずだ」

「だが僕は力を使い果たした……。こんな状況で、はるかを救うだなんて……」

「時間はないのか?」

「間もなく光安の無差別攻撃は開始される……。僕はあくまで先遣隊のようなものだ。光安の本隊は、すでにヴィザリウス魔法学園に集結しつつある」


 焦る一希は上半身をゆっくりと起こすと、誠次の方を向く。

 誠次もまた、血塗れの真剣な顔で頷いていた。

 そして、眩い光が瞼を挑発する瞳をゆっくりと持ち上げ、黄昏の草原の彼方を臨む。

 ――誠次に魔法ちからを与える少女たちの影が、こちらに向かってくるのがちょうど見えたところだ。魔法世界から幻想世界へ、彼女たちは境界線をかき分け、やって来てくれたのである。


挿絵(By みてみん)

~あれからずっとぽちぽちと~


「んー。これでもないようですねえ」

ばしょう

「おや、これも違いますか」

ばしょう

           「朝霞、何をやっているんですか?」

                 せいじ

「貴男のデンバコのロック解除ですよ」

ばしょう

「四一〇〇でもないようですし」

ばしょう

            「しおん、ですか」

                 せいじ

「なにせ貴男には知り合いが多すぎますから」

ばしょう

「特に女性の」

ばしょう

            「と、特には余計ですよ!」

                  せいじ

「ではこれでは……」

ばしょう

            「まあ、そう簡単に開けらないですよ」

                  せいじ

「あ、解除できました」

ばしょう

            「……へ?」

                  せいじ

「さっそくネットの検索履歴を」

ばしょう

「おお……これはこれは……」

ばしょう

「ふむふむ……」

ばしょう

「おお……っ!」

ばしょう

            「ち、ちょっと待ってくれっ!」

                   せいじ

「いやはや、お若い、ですね?」

ばしょう

            「ぎゃああああああーっ!?」

                   せいじ

「心羽は嬉しいよ、せーじ! 大事な名前をありがとう!」

ここは

            「そう言ってくれてありがとう心羽-!」

                   せいじ

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