ⅠⅦ
「俺たちの戦いはこれからだ!」
せいじ
美しく輝く夕日を背に、彼方から伸びる人影が、誠次と一希を包み込んだ。
黄金の草を揺らすそよ風を浴びる二人の男子は、その近づいてきた少女たちを、迎えていた。
「天瀬くん!」
破れた鼓膜であっても、その声はよく聞こえた。香月の声だ。
誠次と一希は、共にぐったりとした顔を、上げていた。
「酷い怪我……今付加魔法を施します!」
クリシュティナがレヴァテイン・弐を両手に持ち、それを誠次の元まで咄嗟に運んでくる。
「香月……一希に、治癒魔法をしてやってくれ……」
誠次はクリシュティナからレヴァテイン・弐を受け取りながら、しゃがみ込む香月へ言う。
「わかったわ」
「付加魔法、使用します」
誠次の手元でクリシュティナの魔法により発生した琥珀色の光が、誠次の傷だらけの身体に纏い、傷を修復していく。
一方で香月は治癒魔法を発動し、一希の全身に白い光を浴びせていた。
「ありがとう、香月さん……」
「天瀬くんがそうしたいと望んだのならば、私は彼の考えを尊重するわ……。ずっと前から、そうしてきたから」
「僕は……そんな二人を、壊そうとした……」
「……それでも天瀬くんが貴男を許すのであれば、私は、貴男の事を癒す」
冷静なままであるが、香月は力強くはっきりとした口調で、一希を言う。
香月にも諭され、一希の青い目は、次第に力を取り戻していった。
「――いやはや、見させていただきましたよ、天瀬くん」
その嫌味たっぷりな声は、二人がやって来た方向より聞こえた。
一希が手放したレーヴァテインを持ち、朝霞刃生が、やって来たのだ。
「まさか……ずっと見ていたのか?」
クリシュティナの付加魔法を受け、完全復活した誠次は、クリシュティナの肩に手を添えて「ありがとう、クリシュティナ」と言い、立ち上がる。
クリシュティナは安堵の息をつき、誠次のすぐ後ろに控えた。
「まさかまさか。私が香月詩音さんを呼んだのですよ。そうしたら、香月さんが次々と他の女の子にも連絡をしたのです」
「桜庭さんと篠上さんと本城さんとルーナさんは、体育館の方へ向かってくれたわ。どうせ貴男は怪我をしているだろうし、クリシュティナさんと一緒に来たの」
「どうせって……まあ、確かにいつもボロボロになってるし、実際助かってるけどさ……」
誠次はバツが悪く、後ろ髪をかく。
一方で、香月の治癒魔法を受けた一希もまた、血だらけの姿のままだが立ち上がり、そよ風が吹く中、朝霞と対面する。
「朝霞刃生……。僕にそのレーヴァテインを渡したのは、貴男でした……。しかし僕は、その使い方を誤ってしまった」
「ええ。しかし、私にも非はあります。国際魔法教会の命を忠実に受けた私は、この魔法世界に、もう一人の剣術士を生み出した」
朝霞は自分が手に持つ、レーヴァテインをじっと見下ろす。
「科連本部で私は、貴男を止めることが出来ませんでした。だから私は、天瀬誠次くんに賭けたのです」
次には彼の青い目は、琥珀色の光を纏う誠次へと向けられていた。
「貴男が言う仲直りを信じ、私は貴男を牢から出した」
「……一希の身を、貴男も案じていたのですね」
誠次が確信を持って言えば、朝霞はほくそ笑んでいた。
「これでも元教師ですからね。生徒を思う気持ちは持ち合わせていますよ」
「それでも……僕は、貴男をも殺そうとした……」
一希は視線を落とすが、その瞳の先には、朝霞が差し出したレーヴァテインがすでにあった。
「貴男も私と同じく、誠次くんによって許された人のはずです。ならば、再びその剣を振るう理由も、責任も、あるはずです。だからこそ、貴男はまだ生きている。この魔法世界で自分が果たすべき使命を果たすために、きっとその命はあるのでしょう。私も、貴男も、誠次くんも」
「未だ尚、僕に剣を振るう責任と使命……」
一希がちらりと誠次を見ると、誠次はうんと頷いた。
「……一緒に戦おう、一希。この魔法世界で俺たちは、剣術士として出来ることをしなければならないと思うんだ。なによりも一希は魔法も使える。ならば、魔術師と剣術士……その二つの特性を知る一希ならではの出来る事だって、あるはずだ。俺も一希も、この魔法世界になくてはならないパーツの一つであるはずだ」
「……誠次。ありがとう。僕は……君と出会えて、本当に……っ」
震えかける一希であったが、誠次はその背中を、軽く叩く。
「もう、お互いに泣くのは後にしよう。今は、助けるべき人の事を助けよう」
「おや、泣いたのですか?」
朝霞に囃され、誠次は恥ずかしく俯きかける。
「一希の事を思ったんだ。そしたら、自然と涙が、溢れてきて……」
「……ありがとう誠次。君のおかげで僕はもう、間違えない」
今度は一希が誠次の肩を叩き、そして、朝霞からレーヴァテインを受け取る。
「みんな……。お願いがあります。僕の大切な幼馴染……雛菊はるかを、共に救ってほしいんです」
そうして頭を下げる一希に、四人は頷き返していた。
「では、僭越ながら私も加勢いたしましょう。光安には個人的に晴らしたい恨みとやらも、ありますからね。なによりも、雛菊はるかさんも私の大事な元生徒の一人ですから」
朝霞は笑うと、自身の腰にある日本刀に手を添えていた。
誠次もまた、香月と視線を合わす。
「香月、魔法を貸してくれ。俺の友だちの、大切なものを取り戻したいんだ」
「ええ……天瀬くん。私、そんな貴男に魔法を貸せて、とても幸せよ」
香月はこくりと頷き、こちらへそんな言葉を掛けてくれると、両手をすっと前へ持ち上げる。すぐさま展開された青い魔法式に、誠次は琥珀色の光を放つレヴァテイン・弐を突き入れていた。
「……」
一希はその様子を見て、ふと、自分の腰のベルトに刺してある残りの注射器を見つめる。
それに一瞬でも手が伸びかけたが、咄嗟に、その手を一希は抑えていた。そして、長く伸びてしまった金髪と共に、顔を左右に振るう。
「僕はもう……間違えない……。大切な友と共に、進むよ……」
顔を上げれば、かつて自分の灰色の世界を変えた、青の光景が広がっていた。
その中心にいる、魔法世界の剣術士と呼ばれた少年は、あの日と同じように――いや、きっといつだって、そうしてきたように。……誰かの為に、戦うのだろう。
※
無数の魔法式が容赦なく、双子を狙っていた。
パーティー会場である体育館直結の通路上にて、本城直正と雨宮愛里沙、レジスタンス構成員たちと向き合うのは、小野寺真、理の二人だ。
「道を開けたまえ」
「嫌です……っ!」
などと言い合う両勢力を、柱の影から監視する女性が一人、ドレス姿でいた。
「あの……隊長からの命令はまだですか……?」
特殊魔法治安維持組織第一分隊の隊員、小野寺理の監視を命令されていた、近藤と言う女性だ。
『まだだ。その場で待機』
もう何度も繰り返した応答に、心なしか、図書棟で待機している相手も投げやりな対応をしてきている。こっちは今まさに、修羅場を迎えている最中だと言うのに、と近藤は内心でぷんすかと腹を立てていたが。
「で、でも! 小野寺理ちゃんが二人いたんですよ!? これは私のせいじゃありません! それに、雨宮副隊長が、いよいよステージに上がる直前なんです!」
『だから……日向隊長の指示があるまで現場で待機するんだ』
どうやら向こうも、指示がないことに苛立っているようであった。そのまま通信を切られそうになり、近藤はどうにか相手を引き延ばそうとしていた。
そんなやりとりの回線に、突如として割り込んでくる声があった。それは近藤が待ち望んでいた、第一分隊の、若き隊長の言葉だった。
『第一分隊の各員、聞いてくれ。……日向だ』
その声に耳を澄ませるように、近藤は壁に背を預け、耳元にある小型デバイスを手でぎゅっと押し付ける。背後では相変わらず、双子と大臣の怒鳴り合いが続いている。
『我々の当初の目的は、訓練中に仲間を殺害し、一人だけで逃走した雨宮愛里沙の身柄の確保であった』
「……」
日向に忠実に従っていたあの彼女が、まさかそんなことをするなんてあり得ない。と、近藤は最初から思っていたのだが。
隊長の言葉に耳を澄ませ、近藤は逸る動悸を抑えようと、深く息を吸う。
『……だが俺は、雨宮愛里沙の事を信じたいんだ……。これは完全な独断と偏見であるが、俺は、雨宮が意図的に仲間を傷つけて逃亡をしたとは、思えない。なにがあったか、真実とはなんであったのか、話をしたいんだ。その為には、現在我々第一分隊が受けている任務の大きな変更を、余儀なくされるだろう……』
通信機から聞こえる日向の言葉がそこで一旦、区切られる。
彼自身、多くの事を悩み、熟考していることが、よくわかった。組織に従い、多くの隊員を受け持つ若きその身に、様々な苦難や考えを、宿しているのだ。
彼の言葉は即ち、隊員の命を左右するものである。それはさながら戦時中の上官の如く、人を喰う怪物が在るこの魔法世界では、同じような重みを伴うものだ。
故に、彼は最後の瞬間まで悩んでいるようであったが。
「……これを聞いてください、隊長」
近藤が息を吹き、ドレスアップした耳元に備えていた通信機を取り外し、それを柱から出して言い争いを続ける人々の方へ向ける。
そこには確かに、彼女とこの魔法学園の平和を思う双子の言葉と、彼女の魂の叫び声があった。
「――雨宮さん! 私は貴女が、それでも魔法学園のみんなが巻き込まれてしまうこの事態をよく思っている事は無いと、信じたい!」
そんな理の声に、レジスタンス構成員に囲まれる雨宮は、口を開いて答えていた。
「――私が特殊魔法治安維持組織になったのは……子供たちやみんなを、守りたいから……。だから私は、まだ、生きていたい……! 生きて、この身の使命を果たし続けたいっ!」
雨宮の叫び声が、この場の全員の鼓膜を、震わせたことだろう。
そして、心を動かした者だって、いる。
『――っ』
通信機の向こうで、隊長である日向が、微かに息を吸う。
『全員、不甲斐ない隊長に今までよくついてきてくれた。ありがとう。俺はこれより組織を離反し、雨宮愛里沙を救う。これは個人的な心情を踏まえた、俺個人による意思の元の行動だ。……それでも、共に雨宮を救い、本当の特殊魔法治安維持組織を取り戻したいとしてくれる人がいるのであれば、俺と共についてきてほしい。これは命令じゃなく……俺の、願いだ』
『た、隊長……』
この通信を漏れなく聞いていたであろう、他の隊員たちが動揺する中、
『――その言葉を待ってました!』
誰かがそうとも言う。
現場に一番近い場所にいる近藤も、組織を離反したこれからの自分のことなど、深く考えるよりも先に、言葉があふれていた。
「了解です、日向さん! 雨宮さんを助けましょう!」
『……みんな、ありがとう』
近藤は柱の影から飛び出し、妨害魔法で手当たり次第にレジスタンス構成員らが発動している魔法式を打ち消していった。
「雨宮さん! 私です、近藤です! 私は貴女を助けに来ました!」
「こ、近藤さん……っ?」
目を丸くして、雨宮は駆け付けた近藤を見つめる。
双子もまた、驚いた様子で、振り向いていた。
「安心してください! 日向さんが、貴女を助けると決めたんです! 私たちはもう、特殊魔法治安維持組織じゃありません!」
そんなことを言うが、にわかには信じられないレジスタンス構成員たちが、数に物を言わせて一斉に近藤へ魔法式を向ける。
「――《プロト》!」
しかし、雨宮救出のための増援は、まだまだあった。
長い銀髪をした少女、ルーナが防御魔法を起動しながら駆け付け、その後ろからは、口をむっと結んだ金髪の少女も歩いてくる。
「なにをしているのです、お父様っ!」
明らかに怒った表情をしている、本城千尋であった。香月から連絡を受けたルーナがここまで、千尋をエスコートしてきたのだろう。
「千尋……まさか、お前までもがここに来るとは……」
千尋の姿を見た直正もまた、今までにないほどの動揺を見せていた。基本的にはやはり、娘には甘くなってしまう彼の性であろう。もちろん、大臣である身分として過度にならないほどにだが。
「こんな野蛮な事は、今すぐにやめてください! そうしなければ、私はここで雨宮さんを含めた戦いに巻き込まれてしまうであろう魔法生のお友だちと運命を共にします!」
「千尋……しかし、これは……」
「な、直正様! お気を確かに!」
怯むのは、レジスタンス構成員らも同じであった。なにも彼らは、軍人のような訓練を受けた猛者と言うわけでもあるまい。組織のトップが動揺すればそれは、彼らに伝染することも請け合いだ。
「じ、じゃあどうするんだ!? このままじゃ俺たちは、光安によって滅ぼされちまう!」
「そ、そうだ! 俺たちが今立ち上がらなくちゃ、犠牲は出続けるんだ!」
彼らの主張に対して、答えたのは、日向から最新の情報を受け取った近藤であった。
「え……、そんな、あの人が……? み、皆さん、会場に向かってくださいとのことです! 演説はさせませんけど!」
「止めようとすれば会場まで通して、どう言うつもりだね?」
直正が会場行きを提案した近藤に、問い質す。
「行きましょうお父様。会場まで向かえば、きっと考えを変えてくださると、信じています」
千尋が言い、一歩下がる。
ルーナは相変わらずレジスタンス構成員らを警戒したままだが、千尋に続いて振り返っていた。
そして、小野寺双子兄妹も、彼らを見つめたまま、身体だけ振り向く。
「……いずれにせよ、計画は大きく狂った。今更、考えを変える事など……」
直正は大きくため息をつくが、周囲のレジスタンス構成員の攻撃態勢を、手を掲げて解除させた。
「雨宮愛里沙くんが鍵である事に変わりはない。未だ彼女の身柄は、我々が受け持つ。その上で、会場に行き、君たちの考えとやらを聞こうではないか、元特殊魔法治安維持組織?」
直正が言い、近藤ははっきりとした表情で、頷いた。
「はい。ついてきてください」
近藤に促された大所帯は、一斉にパーティー会場である第一体育館へと向かう。
その道中では、激しい戦闘の名残があった。魔法戦による損傷された壁や床には、レジスタンス構成員たちが倒れている。そんな彼らへの治癒魔法を、ヴィザリウス魔法生の桜庭と綾奈が行っていた。
「さすがにやりすぎ、じゃないかな……?」
「間違いなくやりすぎよ、アンタたち……」
桜庭と綾奈がげんなりとしている。
しゃがみ、倒れた男らに治癒魔法を施す傍ら、彼らを通路奥へ向かわせまいと戦っていた三人の男子たちは、よれよれのウエイトレス姿でぎこちなく髪をかいていた。
「でもさ、向こうも本気だったし……」
「天瀬みたいに上手く手加減できねえって……」
「すまない。ついハッスルし過ぎた……」
志藤と悠平と聡也が、意気消沈した面持ちで立っている。
そんな彼らへ向けて、桜庭と綾奈は治癒魔法を向けてやっていた。
「でも、ありがとう三人とも。魔法学園を……私たちの大切な居場所を守ってくれたんだよね?」
「……そうね。お疲れ様。かっこよかったぞ、アンタたち」
綾奈はそう言って、三人の男子の傷だらけの頭の埃まみれの髪を順に撫でていく。
二人の少女から治癒魔法を受け、三人の男子は「「「ウっス……」」」とまんざらでもない様子で、戦いを終えた身体を休めていた。
そこへ、雨宮愛里沙を引き連れる大所帯がやって来たのは、間もなくの事であった。
※
『パーティーをお楽しみの皆様。大変申し訳ございません。会場の設備の問題により、終了時間を予定よりも大幅に早め、夜の部の開催を終了したいと思います。重ねて、大変申し訳ございません』
ヴィザリウス魔法学園の生徒会長、波沢香織のアナウンスが、会場にいる正装姿の人々の注意を一斉に引く。照明が輝く天を見上げる者や、香織の言葉から不穏な雰囲気を感じる者。
続いて、パーティー会場の中にやって来たのは、サマースーツ姿の特殊魔法治安維持組織隊員たちだった。
「皆さん、ご安心ください。私たちは特殊魔法治安維持組織です。今から皆さんを誘導いたします。落ち着いて、ついてきてください」
――そんな体育館の中の光景を、先にアナウンスした香織は、魔法学園の放送室に浮かぶホログラム動画で見ていた。
「ふう……。これで大丈夫ですか、佐久間さん?」
ローラー椅子を揺らし、香織は隣に立っていた特殊魔法治安維持組織の男性に確認する。
「ああ。ありがとう、な、波沢、さん……」
「お姉ちゃんを知っているからって、そんなに緊張しないでください」
やや声音が震えている佐久間の様子に気がつき、香織は微笑んで、話しかける。パーティーには参加せず、昼の部の資料を自室で纏めていたところに、特殊魔法治安維持組織からの協力してほしいとの旨があったのだ。
そして協力を依頼し、横に立って来賓者と魔法生の誘導を促させた佐久間は、申し訳なさそうに、自身の短い髪をかく。
「もちろんそれもありますが……あ、いや、こう言ったら失礼になりますね、すみません……」
「あ、そんな慌てなくても……。姉の厳しさは私もよく知っていますから……」
二人してなぜか頭をぺこぺこと下げ合う、佐久間と香織。やがて、意を決した様子で、佐久間は口を開いた。
「昨年のクリスマス前の特殊魔法治安維持組織本部で再会した時に、光安に襲われている貴女を、俺は見てみぬふりをしてしまった。本当に、申し訳ない……」
「ああ、あの時ですか……」
香織も思い出した。姉と突然音信不通になり、真相を確かめるべく自分の足で特殊魔法治安維持組織本部へと赴いた際に、光安によって捕まりかけたことがある。その瞬間に佐久間と遭遇していたが、彼は素通りしてしまったのだ。
そのことを、佐久間は今でも負い目に感じているようだ。
「気にしなくても大丈夫ですよ。不用意について行ってしまった私も私でしたし。……ただ、お姉ちゃんが心配だったのは、本当です」
「今思えば、佐伯隊長は正しかった……。正義の為に特殊魔法治安維持組織に入ったはずが、こうも悪い流れになっていくとは……」
肩を落として気落ちする佐久間であったが、香織は監視カメラの映像を眺めて、「そうでもないかもしれません」と呟いていた。
「それに、私の好きな男の子と素敵な思い出も、出来ましたし……。って、今はそんな事言っている場合ではありませんよね!?」
香織は慌ててわちゃわちゃと、到底一人では動かすことが出来なかったであろう放送用の器具に、指を触れかける。
「生徒会長さん! それ、触ったらたぶんまたマイクオンになっちゃうんで、注意してくださいね!」
その声は、さながらラジオブースを見守るコントロールルームで、一人で放送を制御している二つ年下の後輩の少女、帳結衣だった。彼女は昔その手の仕事の際に、現場を見ていたそうで、なんとなくともよく分からない専門機器の使い方を知っているふうだった。
「わ、ごめんなさいありがとう、帳さん……」
「それにしても良かった。隊長が、こうして雨宮副隊長を救ってくれる道を選んでくれて……」
おっちょこちょいな所もある妹の姿が、どう考えてもあの厳格な姉と繋がるところが見られず、佐久間は思わずそれも含めて安堵の息をついていた。
※
ヴィザリウス魔法学園にほど近い場所にある雑居ビルと、その下に広がる空き地のような広場。ここからでは、ヴィザリウスの白亜の外装が、電気も点かない闇世の中、ぼうっと浮かんで見えるようだった。
光安の特務部隊はビルに潜伏しており、合図があり次第、何時でもヴィザリウス魔法学園へ攻撃が開始される。
その寂れたゲートを、星野一希は一人で潜り、戻ってきていた。
「どう言うつもりだ星野一希! データは確保したんだろうな!? 我々のみで連絡する為のデンバコは渡したはずだ!」
破壊魔法の魔法式を向けてきながら、出迎えた光安の戦闘員たちは、一希に向けて怒鳴る。
「データは確保しました。これは直接渡し、雛菊はるかを返して貰います」
一希はそう言うと、胸ポケットから確かに本物のデバイスを取り出し、光安らに見せつける。
「よくやった星野一希。データをこちらへ」
「はるかの解放を先にしてください。そうすれば、こんな下らないデータも渡します」
「言葉遣いを覚えたようだが、取引は苦手なままなようだな? 自分の置かれた立場をわかってはいないようだ」
一希の足元に、破壊魔法の一発が着弾する。威嚇であった。
それをじっと見つめ下ろしていた一希は、軽く息を吐く。
「自分の立場か。……力に魅せられ、その使い方を誤り、人を殺めてしまった愚かな人間と言うのが……今の僕だ」
「自覚しているようだな。そうだ。お前は学生の身分でありながら、剣で多くの人を斬り殺してきた、殺人者だ!」
光安らの傲慢な物言いの言葉を、一希は全身で受け止める。
「罪なら受けます。そして、償います――はるかを、救った後で!」
その言葉と、決意を聞いた二人の人影が、銀色の刃を煌めかせ、闇世の中から出現する。
一希の背後、その左右から同時に突撃した誠次と朝霞が、光安らの懐に突入。同時のタイミングで刃を振り下ろし、光安の右腕を斬る。
「……俺の真似か、朝霞?」
「フフ。なんのことでしょうか?」
「治癒魔法で治療しろ!」
誠次は連結状態のレヴァテイン・弐から青い魔素を大量に放出させ、周囲の時間を意のままに操る。
その青い光の中、朝霞は左手で握っていたレーヴァテインを、現実の空に向かって投げた。
誠次の意志の元、一希と朝霞の二人は、この青の世界の中でも速度の自由を許されていた。彼らが扱う魔法ではない得物もまた、その中の一部。
「さあ一希くん。出番ですよ!」
「――任せてください!」
本来ならば魔素切れは、立っているのもやっとな状態のはず。
それでも一希は、己の足で走ると、朝霞が放り投げたレーヴァテインを手にし、目の前に立っていた光安の右肩を貫く。
「ぐあああああっ!?」
「はるかを、返せ!」
彼女の名を叫び、思わず力を込めかける一希であったが、
「一希っ!」
今まさに、一人の敵を無力化した誠次の叫び声にハッとなり、一希は咄嗟に男の右肩からレーヴァテインを引き抜く。
「……治癒魔法で、治療してくれ」
一希はそう言い残し、ビルの中へと突入していく。
その先ではすでに、朝霞が魔法を用いて、多数を相手にしていた。それは全て誠次が放った香月の付加魔法能力の世界の下での行為。
青い世界の中へと閉じ込められた光安たちは、成す術もなく、朝霞の魔法の前に討ちのめされていく。
「一希! 彼女のところまで行け! ここは俺と朝霞に任せろ!」
朝霞の背後にまで迫ってきていた男の足を斬り、誠次はその場に組み伏せ、一希に向けて叫ぶ。
すぐに立ち上がった誠次は、朝霞と背中合わせで立ち、周囲を青い目で睨む。
「ここまで来てやられる、なんてヘマはしないで下さいよ? 天瀬誠次くん?」
「御託はよせ。……貴男こそ、そんな態度で死ぬなよ?」
背後に感じる未だに慣れない感触と存在感に、誠次は言い返す。
「フフ。思い出しますね、科連本部での戦いを」
「あの時とは違う事を、証明してみせるさ」
意気込む誠次はレヴァテイン・弐を構え、こちらを包囲する光安らに向ける。
朝霞もまた、自分の左腰にあった鞘から日本刀を引き抜き、それを光安たちに向ける。
「感謝します、二人共!」
二人の男に送られた一希は、廃棄されたビルの地下へと続く階段を、駆け下りていた。
「クソ! 薺総理を裏切ったな、星野一希め!」
階段にもしつこく光安の戦闘員たちはいた。
「僕は貴方たちの元で戦い、多くの人を傷つけてきた。義理はすでに果たしている――よって」
自身の身の丈以上の長さはある剣を振るい、一希は狭い階段の中で、魔術師が魔法式を組み立てるよりも早く、敵を制圧していく。
すっかり見慣れてしまった人間の血の色を、細めた目で見届けた一希は、負傷した光安の男の胴体を蹴り、階段の下へと突き落とす。
「僕は、贖罪の為にこの魔剣を振るう――!」
背中から音もなく忍び寄ってきていた敵に、一希は振り向きながらレーヴァテインを振るい、腹を浅く切って、倒す。
前後でうめき声が重なる中、一希はレーヴァテインに付着した血を振り払い、剣先を下へと向ける。
「治癒魔法で治療してくれ」
一希はそう言い残し、階段の下、突き当たりの部屋の中へと入る。
そこで待ち構えていたのは、ベッドに向けて破壊魔法を展開している一人の男であった。今回、光安の攻撃部隊の指揮を執っている隊長格の男であった。
あろうことか、眠っているはるかへ向け、《サイス》を放とうとしていた。
「やめろ……!」
「今からでも遅くはない! データを渡し、こちらにつけ!」
「断る! 僕はもう、貴方方の指図は受けない!」
一希はそう言うと、レーヴァテインを構える。
それを見た光安の男は、やや怯えた表情で、額に滲んだ水の雫を髪と共に左右に振り払う。
「や、やめろ! この女がどうなってもいいのか!?」
男の手元で、破壊魔法の魔法式が完成へと向かう。
しかし、その魔法が、眠るはるかへ直撃することはなかった。
「え……いつの間に……!?」
「――ああ。君を信じるよ、誠次」
踏み込んだ一希が振り上げた刃が、先に男の右腕を浅く斬ったからだ。それを可能にしたのは、廃墟ビル全体を包み込むほどに拡散された、誠次の扱うレヴァテイン・弐による香月の付加魔法能力。
懐にまで接近していた一希はレーヴァテインを振るい、男の腹部を柄で打つ。
「一希。タイミングぴったりだな」
遅れてやって来た誠次は、レヴァテイン・弐から青い光を放ちながら、一希の隣に立つ。
「ありがとう。信じていたよ……誠次」
一希は誠次に向けて、自身のレーヴァテインの柄を差し出す。
誠次は無言で、それを受け取っていた。ずっしりとした重さを感じるのは、この漆黒の剣が、自分を主として認めてはいないからだろうか。
「はるか……」
一希はやや戸惑いながら、ベッドの上で眠るはるかへ向け、両手をそっと差し出す。
「……外で待っている。その間の敵は俺が抑えるから、任せてくれ」
誠次は一希の肩に手を添えて声をかけ、部屋の外へと出て行った。
頷いた一希は、はるかの頬に手を添える。
「はるか……っ。目を開けてくれ!」
「――……かず、くん?」
返答は、確かにあった。掠れかけの声でだが、はるかは、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。
「良かった、はるか……。本当に、ごめん……っ」
身体を震わせる一希は瞳を瞑り、項垂れるようにしてはるかの手を握る。
「かずくん……」
はるかは一希の手を握り返し、優し気に、微笑む。
「起きたばかりでごめん。だけど時間がないんだ。君を今すぐここから連れ出さないといけない」
一希はそうしてレーヴァテインを床の上に突き刺し、ベッドの上に横たわるはるかの身体を支える。
体内魔素はもうないも同然なので、レーヴァテインは一旦その場に残し、はるかの救出に全力を注ぐことになる。
「僕の背中に、乗れるかい?」
「うん……しっかり掴まるよ」
はるかはゆっくりと、一希の背中に手を伸ばす。
一希は優しくはるかの手を取ってやると、
「はるか。今度は僕が、君を守りたい……。君を傷つけた僕なんか、信頼できないかもしれないけど……」
一希は唇を噛み締めながら、震える体と声で、言葉を紡ぐ。
「でもまだ、チャンスがあると言うのならば……僕の事、また信じてくれるかい……?」
「……うん。前のかずくんが戻ってきてくれて、嬉しいよ……」
一希の背に乗ったはるかはにこりと、微笑んでいた。
地下室の外で立って待っていた誠次の後ろで、ドアが開く。
そこから出てきたのは、はるかをおんぶで抱える、一希であった。はるかは一希の腕にぎゅっとしがみつき、とてつもなく恥ずかしそうにしている。
「ひ、久しぶりだね、天瀬くん……」
「はるかさん。無事でよかった」
誠次は青く光る目ではるかを見て、続いて一希に視線を向ける。
「朝霞が敵を引きつけてくれている。俺たちはここから離脱して、ヴィザリウスへ戻ろう。道は俺とレヴァテインが切り開く」
「ありがとう、誠次。頼りにさせてもらう」
「――いたぞ!」
階段を駆け下りて、光安の魔術師たちが迫ってくる。
誠次は右手に連結したレヴァテイン・弐を、左手にレーヴァテインを持ち、青い光を発生させた。
「友の為、俺はこの剣を振るおう!」
向かってきた敵をレヴァテインで一斉に薙ぎ払い、傷を負わせ、後退させる。
すでに戦える状態ではない一希とはるかの突破口を切り開き、共に階段を駆け上がる。
「朝霞!?」
朝霞は防御魔法を発動しており、敵からの攻撃を防いでいる最中であった。大宴会場だったのか、ここは大きなホールとなっており、光安の魔術師は至るところに潜れているようだ。
「私としたことが、少々油断してしまいました」
「どこまで本気か分からんっ!」
誠次はそう言いながら、朝霞の前に立ち、青い光を放つ。しかし、敵の数は多く、誠次は大きな魔力を消費していた。
「っく。この人数、予想していたよりも遥かに多いな!」
「どうやら連中は、ヴィザリウスで戦争でも起こそうとしていたようですね」
誠次の剣術と朝霞の魔力を持ってしても、苦戦は必至の状況であった。
「そちらの残りの魔力は?」
「まだあるが、一体一体片付けている余裕はない……!」
「では、一希くんとはるかさんを先に行かせ、我々は玉砕覚悟で突撃いたしますか?」
「ふ、ふざけるな。誰がお前なんかと運命を共にするか!」
「私たちもそろそろ仲直りしませんか、誠次くん?」
「……」
朝霞の提案に、誠次はレヴァテイン・弐とレーヴァテインを構え、そっぽを向いていた。
横に立つ朝霞は肩を竦め、日本刀に両手を添える。
「……わかった朝霞」
自分が朝霞に対して抱いていた敵対心も、ここまで共闘すればもう掠れていた。影塚と日向を見習い、また一希を見習い、自分もまた、素直になる番なのかもしれない。
「……共に戦ってくれ、朝霞。みんなも、それを望むはずだ」
誠次の言葉を聞いた朝霞は、いつも通りの笑みをこぼした。
「フフ。これより私たちは本当の意味でお味方同士です、誠次くん。隠し合いはなしにしましょう?」
「貴方にそれは言いたいが……まあ、良いだろう!」
そう応えた誠次に、その思いにさらに応えるように、味方が続々と集結する。
「――《エクス》!」
勇ましく覇気のある女性の声。
無属性の攻撃魔法が、ホールの入り口から飛んでいき、光安の魔術師を倒していく。
「――間に合ったか。急ですまないが、広と日向はどこだ? 私が説教をしないとな」
一希とはるかの背後からも、救援が駆け付けていた。
「こっちは光安に対して相当ストレス溜まってるんだっつーの」
「うん、間違い、ない」
波沢茜、南雲ユエ、岩井義雄。
現在の特殊魔法治安維持組織より離反していた、面々だ。
「久しぶりに大暴れしちゃいましょうか」
「私たちがずっと隠れているのも、納得できないしね」
さらに、南雲澄佳、戸村環奈も、誠次と朝霞の後ろから突然現れ、魔法式を展開する。
「いいんすか、茜さん? ここで俺らドンパチやっちまったら、もう特殊魔法治安維持組織と光安、国家組織に喧嘩売るようなもんだっつーんだけど?」
ユエはバンダナを巻いた白い髪をクシャクシャにかきあげ、先頭に立つ茜に問う。
「それは私が、真面目で堅物な性格だからと気にして言っているのか、南雲?」
妹の香織とは反対側に伸びた青い髪を揺らし、茜はちらとユエに視線を送り、問い質す。
ユエは慌てた様子で、肩を竦める。
「安心しろ。怒りはしないさ。ただ今は、この怒りを、相手にぶつけないと」
「それ、やっぱ、怒って、い――!?」
ボソリと言い始めた岩井の口を、ユエが慌てて後ろから塞いでいた。
「皆さん……どうして……?」
誠次が驚いていると、ユエが岩井の大きな身体を抑えながら、ほくそ笑んできた。
「おー久ぶりだっつーの、剣術士! 八ノ夜さんから連絡があってな」
「うん、全員、集合」
岩井もにっこりと、大きな図体で頷いていた。
誠次の真横に立つ朝霞は、まるでこの事態を予測していたかのように、ニヤリと、笑みを零していた。
「これで本当の、役者は全員揃った、でしょうか」
「誠次。広は……」
朝霞への不信感は未だあるのだろう、一年前に戦っていた茜が心配そうに尋ねてくる。
誠次ははっきりとした表情で、頷いていた。
「安心してください。もう、大丈夫ですよ。日向さんとも、仲直りしましたし」
「な、仲直りっ!?」
茜は驚いたように、青い目を大きくする。全く持って予想外のことだったらしく、組み立てていた魔法式も、空中で点滅する。
「あの二人が……そうか……」
そう呟く茜の横顔が、少しだけ、綻んで見えた。ヴィザリウス魔法学園の学生時代から、彼女も二人の事を内心でずっと心配していたのだろう。
「ねえ、話は後にしない? パッと見でも結構囲まれてるよ?」
環奈が周囲を見渡して、誠次らに告げる。
態勢を整えつつある光安らが、再びこちらに向けて、破壊魔法を向けてきていたのだ。
「諦めが悪い人たちですねー」
澄佳が自信気な表情で、防御魔法を発動する。
迫りくる攻撃をいくつか防いだところで、ユエが攻撃魔法を発動。光安の魔術師らを沈黙させていく。
「へっ。とうとう公務員が国家組織に喧嘩売っちまった。こりゃあもう、後戻り出来ねっつーもんだな」
「いいじゃん。もともとウチら、はみ出しものだしさ」
片目を伸びた髪の毛で隠し、気怠けな態度を変えることなく、それでも扱う魔法は一流の環奈の言葉に、「違いないっつーの」とユエは笑う。
「みんな、注意、忘れずに」
「突撃します! 援護頼みます、皆さん!」
岩井の前に出た誠次が、青い光をまき散らし、光安らを青い世界へと誘った。
そうして戦う人々の姿を、また青い世界の中で見つめていた一希は、眠るはるかを抱き抱えながら、思わず息を呑む。
「そうだ……。本当は僕は、この光の見せる光景に、ずっと憧れていたんだ……。君が見せてくれたこの色に……僕は……」
仲間が戦ってくれているというのに、こんな時に、もう、何も出来ない……。悔しくて身体が震え、それも自分がしでかした、取り返しのつかない事を思い出し、自然と涙が溢れてくる。
そして、はるかを支える身体の力が思わず弱まってしまったとき、後ろから、一希の背を支える人がいた。
「めそめそしないで、一希。お姉ちゃんが、子供の頃みたいにまた慰めてあげようか?」
「あ……姉さん……」
星野百合。一希の四つ上の姉であり、ヴィザリウス魔法学園の教師が、そこにはいた。
一希は咄嗟に涙を拭こうとするが、はるかを両手で抱えているため、それは出来なかった。
「僕は……間違っていた……。自分一人でなんでも出来ると思っていたし、そうしてきた……」
「そう思わせちゃったのは、貴方を置いて、海外に行っちゃった私のせいでもあるわ……」
残念そうに視線を落とす百合に、一希は首を横に振るう。
「父さんと母さんが死んでしまったのは、姉さんが海外に行った後だった……。姉さんは、何度も帰ってきてくれようとしていたのに……。それなのに、僕は……道を間違えた……」
「まだ、やり直せるんじゃない? 間違えても、反省して、次に繋げるの。お姉ちゃんだって、何回も失敗しちゃったり、変に誤解されちゃってばかりだけど、周りの人に支えられて、ここまで来られたんだから、ね?」
目の前で微笑む彼女の、星のように眩しい姿を見た途端、一希は思わず、自分が救われたような思いを感じ、胸がきゅうと苦しくなった。
「一希! こっちだ!」
誠次が駆け寄り、一希を引き連れる。
光安らは元特殊魔法治安維持組織が扱う卓越した魔法を前に、成す術もなく、制圧されていくのであった。
※
パーティー会場である第一体育館には、食べかけの料理や、慌ててこの場から避難した時の名残であろう、ドレスの切れ端等が散乱していた。
照明は点いたままだが、人の気配は一切なくなり、吹奏楽部の華やかな演奏も消え失せた。
豪華絢爛な内装に比べ、不自然なほど静寂に包まれたこの場には、二人の男が立っていた。
「まさか僕たちが、こうしてここにまた二人で立つときが来るなんて……」
「気持ちが悪い。滅多なことは言うな」
微笑む影塚の隣で腕を組み、日向が居心地悪そうに呟く。
両者ともボロボロの服や、汚れた顔のままであるが、直すことも今はしなかった。
「……だが、そうだな。悪くはない……」
日向がそっぽを向いて言っていれば、体育館に集団がやって来る。
その集団の中でも、目立つ人の姿を見れば、日向は組んでいた腕を離していた。
「あ、雨宮……」
「日向、隊長……」
やって来た集団のうち、胸に手を添えて近づく雨宮が呟く。
「……」
特殊魔法治安維持組織や魔法生たち、そしてレジスタンスの集団の最後尾にいた直正は、無言のまま、再会を果たした二人の青年を見つめている。
「……すまなかった雨宮。お前を信じずに、俺は、お前を追い詰めた……。隊長失格だ」
日向が俯きながら言うが、雨宮は首を横に振る。
「私こそ、勝手に飛び出して、ごめんなさい隊長……。結果的に私は、魔法生たちを傷つけようとしてしまった……」
雨宮もまた、浮かない表情で、目を伏せる。
そんな二人の様子を見て、近藤はほっと、息をつく。
「良かったよかった……。雨宮副隊長と戦うなんてことにならなくて……。……え、でも、それってまさか――」
第一分隊の中でただ一人、事の成り行きを知らないでいた近藤は、この状況を徐々に飲み込んで行くこととなる。――すなわち、日向が特殊魔法治安維持組織の命に背き、雨宮を保護をする道を選んだこと。
安堵した近藤の顔は、徐々に青冷めていく。
「特殊魔法治安維持組織、脱退ですか!?」
「すまない近藤。俺たちで特殊魔法治安維持組織をもう一度変えたいんだ。不甲斐ない隊長かもしれないが、ついてきてくれるか?」
日向が申し訳なさそうに、近藤に声をかける。
目眩を感じる仕草をしていた近藤は、「お父さんとお母さんになんて説明すれば……故郷から出ていくとき、温かく見送ってくれたのに……」と呟いていたが、やがて頷く。
「は、はい……。こうなったら正しい特殊魔法治安維持組織に戻しましょう! 仲間を大切にしない今の特殊魔法治安維持組織なんて、お父さんとお母さんに胸を張って働いていると言えませんから!」
近藤はびしっと腕を伸ばし、特殊魔法治安維持組織の敬礼を日向にして見せる。
「……ああ。今ならわかる。これで本当に、良かったんだ……。佐伯隊長もきっと、これを望んでいたはずだって――」
影塚がほっとした様子で、かつての同僚たちの姿を見守っていると、彼にとっては底冷えするような、しかし背筋を伸ばす力強い女性の声が響く。
「――広っ! 貴様、何をやっていた!?」
パーティーの装飾品や、出し物、料理がそのまま残されている体育館の入り口の方から、大人数の男女がやって来ていた。
その先頭に立っているのは、波沢茜だ。
「あ、茜……!?」
影塚は驚いた様子で、かつての同じ部隊に所属していた女性の姿を見る。
茜は大層ご立腹な様子で、見違えた影塚のもとまで歩み寄っていく。
「なんだ! そんなに髪を伸ばして……お前はもっと見た目に気を遣えとあれほど言っただろう!?」
「あ、茜……そう言うわけじゃ……」
「目つきもすこぶる悪くなった! そんなのでは、誰も寄り付かなくなるぞ、広っ!」
「茜に言われたくは……」
そんな茜は、影塚の目の前までたどり着くと、引き締まったその身体の胸へと向けて、両手を何度もぽんぽんと叩き付けた。
「心配、かけて……」
されるがままでいた影塚は、ようやく、茜に向けて、ぎこちない笑みをこぼす。
「ごめんね、茜。心配かけた……。茜こそ、無事でよかったよ……」
影塚の声を耳元で聞いた茜は、ハッとなり、やや、身体を震わせる。
「私こそ……お前が無事で、良かった……っ」
茜の後ろからは、光安らとの戦闘を終えた元特殊魔法治安維持組織と魔法生、そして元光安の少年と、教師がやって来る。
寒気すら感じていた第一体育館に、一気に温かさが戻った瞬間である。それは人と人とが、寄り添い合い、笑みを讃え合うことにより生まれる、身体の底で感じる温もりであった。
時にそれは、雨に濡れ冷めた身体や、心すらも温めて――、
「……一、希……」
「……理……」
金髪の奥の底から覗く、青い瞳を持ち上げ、はるかを背負う一希は、彼女の姿を見る。
理もまた、涙で瞳を潤ませて、一歩、また一歩と、一希の元へ近づいた。
その場で立ち止まってしまっていた一希の背を押したのは、百合であった。
あっと驚いた一希は、姉である百合を見つめ、うんと頷いて、理の元へと歩いていく。
「おかえりなさい……一希……っ」
「ありがとう……理……ただいま……」
ぐちゃぐちゃの会場の中、理は一希の目の前で、涙でくしゃくしゃになった顔を両手で覆う。
「はるかも……良かった……」
「理ちゃん……。理ちゃんが、この皆を、集めてくれたんだね……」
一希の背中から、はるかがおっとりと微笑む。
「うん……。私、あの雨の中で、はるかを置いてけぼりにして……ひどいよね……ごめんね……」
「ううん……。平気だよ……。こうやって、生きて、戻ってこれたんだから……。勇気のなかった私にあの時、大切な友だちを守る勇気をくれたのはなによりも、理ちゃんだったんだ……」
そこまで言って、はるかは照れくさそうに、微笑んでいた。
「はるか……はるか……っ」
そんなことを言われてしまえば、理はますます涙を流す。
そんな理の肩に真が手をそっと添えてやるのが、双子の兄である真であった。
「なんと……」
再会を喜び、命を分かち合う人々見たレジスタンス構成員や直正らは、しばし、言葉を失っているようであった。
一希はそうして、理を見つめ、彼女に対しても申し訳なさそうに視線を落とす。
「ごめん理……。すぐ近くに君はいてくれたはずなのに、僕は、見てみぬ振りをしてしまっていた……」
「一希……」
理は複雑そうな表情をした後、うんと、瞳を瞑って頷いた。
「私も、何もわかってないって、思い知ったんだ……。一人じゃ結局、なにも出来なかった……。私も一希も、一人で何かをしようと、しちゃってたんだよね……?」
一希の後ろに立ち、いざこざを解き、また再会したこの場の皆を見守っていた誠次と理は目を合わせる。
気が付いた誠次がうんと微笑んで頷けば、理もまた誠次に微笑み返し、改めて一希を見つめる。
「一希もはるかも戻ってきてくれて、本当に良かった……っ」
「……ありがとう理。僕は、これから自分が犯した罪を償って、やり直したいんだ。その為にも、理とはるかの二人にまた、信頼される男にならないと」
一希ははるかと理を交互に見つめ、穏やかな表情で、新たな決意を述べていた。
そして、誠次は、小野寺理に扮していた小野寺真と再会する。
「お帰りなさい、天瀬さん。香月さんや志藤さんたち皆さんは今、来賓者と魔法生たちの避難誘導を行っています」
「ありがとう小野寺。急だったのに、協力してくれて。……その格好は」
理の姿をする小野寺は、やや恥ずかしそうに、微笑んでいた。
「やはり、異性の格好をするのは少し恥ずかしいですけれども……。どう、ですか? 不自然ではない、ですか?」
小野寺真は頬を赤らめ、自分の今の姿を見つめていた。
「ああ、協力してくれて、ありがとう。俺一人では、きっとどうにもならなかった」
「たとえどんな形でも、みんなの為になれて、嬉しいです。おそらくきっと、天瀬さんよりは全然な活躍なんでしょうけどね」
「言ったはずだ。誰かの為になるのに、大きいも小さいもないさ。それに、小さなことの積み重ねが、こうした今の結果にだって、繋がっていると信じている」
「ふふ。格言、ですね。でも、その通りだと、思います」
小野寺は誠次の隣に立ち、改めて集結した面々を眺める。
「そう言えば天瀬さん。自分たちも、そろそろ名前で呼び合いませんか? なんだか、疎外感感じますし」
小野寺はそうして、どうでしょうか、と誠次を上目遣いで見る。
誠次は確かに、と頷き返す。
「そうだな。これからもよろしく頼む、真」
「はい。誠次さん」
「部屋の掃除、また頼むぞ」
「それは当番制のはずです。ルールは確りと守りましょう」
済まし顔で答える真に、誠次はがっくしと肩を落としていた。
「――誠次くん」
そうして、激戦を終えた誠次の元へ、直正が歩み寄ってくる。
傍らには千尋が、安堵の表情を浮かべて、誠次を見つめていた。
「直正さん」
誠次もまた、自立する足腰で、しっかりと直正を見つめ返す。
「生徒会長と特殊魔法治安維持組織の声を聞き受け、テレビクルーや報道陣も撤退したようだ」
「はい……。そして、ヴィザリウス魔法学園へ迫ってきた光安も、今は元特殊魔法治安維持組織と朝霞刃生が迎撃しています」
「朝霞か……。どうやら私も薺同様、飼い犬に手を噛まれたようだ」
直正は自分の手をさすり、自嘲するように微笑む。そして、すっと息を吸い、瞳を閉じる。
「お父様、誠次くん……」
千尋が心配するように、向き合う二人を見つめる。
長い沈黙の後、直正は瞳を開けた。その視線に映るのはやはり、再会を喜び合う人々であった。そして、さらに彼の目に映ったのは、体育館の入り口のドアに背を預けてこちらを見守る、三人の女性の姿であった。
「……」
うち一人は、この魔法学園の長に立つ魔女、八ノ夜美里であった。
「……完敗だ。私もまた、いつの間にか、人を信じるという事を忘れてしまっていたようだ」
直正は、まるで雨上がりのような晴れやかな表情をして、周囲の人々を見渡し、最後に誠次を見下ろす。
「君が見せてくれたこの光景は、ある意味奇跡のようなものだ。かつて争い合った人や、袂を分かった人が、涙を見せ合い、笑い合って、手を組むこの光景……。長い戦いを続けたいつの間にか私の視界は霞み、見えなくなってしまっていた」
それでも、と直正は、最後まで変わることのなかった少年の黒い瞳を見つめ、ぎこちなく微笑んだ。
「君は最後まで諦めずに、こうした光景を私たちへ見せてくれた」
「俺だけじゃありません……。きっと多くの人がそうしたいと願った、結果なんです。直正さんだって、本当はこんな光景が見たくて、今も戦っているはずなのでしょう。俺だって、そうなんです」
誠次もまた微笑み、周囲の人々を見渡す。
影塚と日向が握手を交わし、真と理がお互いの健闘を讃え合う。やがて合流してきた志藤ら香織らや朝霞らも、この光景を見て、やや驚いていたようだ。荒れ果てた夜のパーティー会場に、つい先ほどと同じ……いや、それ以上の華やかさが、ここにはあった。
そんな彼らを繋ぐことが出来たのは、もしかしたら、魔法世界で魔術師ではない、剣術士と呼ばれる自分なのかもしれない。そんな奢りも、また謙遜もきちんとそこには介在する自分の、魔法が使えない身体をじっと見つめ、再び黒い瞳を上げる。
「――ありがとう、誠次」
目が合った、もう一人の剣術士である一希は、力強く頷き返してくれた。
その言葉が、とても身に染みて、誠次は照れくさく微笑み返す。
「大事なのは、これからだと思います。俺たちは力を合わせて、どんなことも乗り越えなければいけません。その時は俺もまた、迷わずに剣を取ることでしょう。気休め程度かもしれませんが、名前を変えた、魔剣によって、みんなを守っていきます」
誠次は胸にそっと手を添えて、長い間雨に打たれ、冷え切った自分の身体の底にある熱を、再び確認する。未だその身の炎は、燃え尽きることなく、続いている。
そんな誠次の目の前まで直正は歩み寄り、右手を差し出す。
誠次も彼の、多くの事を背負い、そして今、若き世代に託そうとする手を、握り返していた。
ちょっと早いですけど、ちょうど100話とキリがいいので、今年の更新はここまでになります。
でも、なにか忘れている気がするので、少し更新します。一二月二四日あたりの、毎年恒例(?)のお話です。多分、ちゃんと女の子になると思います。
来年三月三日発売のリメイクゲーム? 興味ないね←……ウズウズ




